2016/03/00
予定の入力
2016/03/00
予定の入力
2016/03/00
予定の入力
2016/03/00
予定の入力
2016/03/00
予定の入力
2016/03/29
若の精神病院の話は、このホームページには書かないことにしました。
2016/02/00
若の2月の予定

若は精神病院から退院の予定無し



若の3月の予定

3月15日頃 若が精神病院から退院するかもしれない

3月下旬 若がニセコのスキー場に行く予定



8月の予定

8月7日 お盆のスタート

8月16日 お盆の最終日

8月17日 若のお盆休み

8月18日 若のお盆休み

8月19日  若のお盆休み

8月20日  若のお盆休み(東京旅行)

8月21日 若のお盆休み(東京旅行)

8月22日 若のお盆休み(東京旅行)

8月23日 若のお盆休み(東京旅行)

8月24日 若のお盆休み(東京旅行)

8月25日 若のお盆休み(東京旅行)

8月26日 若のお盆休み(東京旅行)

8月27日 若のお盆休み(釧路市に帰ります)

8月28日 若のお盆休み(東京旅行)

8月29日 若のお盆休み

8月30日  若のお盆休み

2014/05/09
一言:若の落選運動をする人への具体的なアドバイスとして、若のことを知っている釧路市民は、基本的に若を支えているから、若の悪口を言うだけなら市民も腹がたったり、「見えない、聞こえない」となるから、そうではなくて、市民にわかってもらえる話し方をするのさ。
具体的には、若のことを知っている市民に「若は優秀なところなんて何もない」と言うと、「そんなこと無いだろう」と言われて終わりだから、「若に優秀なところがあるのはわかります。でも、あまりにも欠点が多すぎる」と言えばいいのさ。そうしたら、市民も聞くしかないよ。誰も否定できないから。
批判をする時のポイントは、批判をする相手の良い部分や正しい部分を、最初に素直に認めることさ。それから批判すると、相手は素直に聞いてくれるよ。上司への批判で、「こういう欠点があるから困ります」といきなり言うよりも、「いつも部下のためにがんばっていることには感謝しています。でも、この部分は悪いから直してほしいです」と言ったほうが上司も聞く耳を持つのさ。
釧路市民の若の支持は、かなり根強いのさ。根強く支持している部分を素直に認めて、それでも若を落選させたほうが良いとわかってもらったら、落選が現実になるよ。
「批判する相手のすべてを否定したら、誰も批判を聞いてくれない」と思ったらいいよ。


一言:若はずっと前から、釧路市民に全体的に支えられてきたのさ。だから若は、釧路市の中で上下関係にも入らず、釧路市の枠にも入らず、ノビノビ自由に育ったのさ。釧路市民がノビノビ自由に育ててくれたのさ。「自分が若を支えてきたんだ」と思う人は、いっぱいいるよ。
だから落選運動をしている人は、そのことをちゃんとわかって、市民の気持ちを傷つけないように若の落選運動をすることが大切なのさ。具体的には、「若には今の一般市民の立場でがんばってもらって、釧路市のリーダーは別の人になってもらったほうがいいんじゃないの?」と言うと、市民の「若を支えている」という気持ちも満たされ、他の人が当選するし、さらに若には引き続き今の立場で釧路市のためにがんばってもらえるという、丸くおさまる結果になるよ。
ね、日本国憲法と、日本の法律を守って、正々堂々と、わかりやすく、論理的に、客観的な証拠を用意して落選運動をすると、強いでしょ?
がんばりなさい。
落選運動へのアドバイスに飽きてきたから、今日はもうこのホームページに書くのをやめるね。


一言:若を応援したい人は、信用される応援をしなければならないし、落選運動をする人も信用される落選運動をしなければならないよ。
落選運動をする時に気をつけることは、若を攻撃してはダメだということさ。釧路市民は全体的に若を支えているので、若を攻撃したら腹が立つし、「見えない、聞こえない」となるので、落選運動をした人の言うことが信用されなくなるのさ。だから「若を攻撃してるのでは無いですよ。若が釧路市のリーダーにふさわしいかどうかの話をしてるんですよ」と言わないとダメさ。そうすると、「若の能力や人間性がどうなのか」という話になるので、若を知っている市民は誰もが関心があるのさ。そして、次に大切なことは「落選だけが目的で、若を潰すことでは無いですよ」と言うことさ。落選しても、若は今の立場に戻るだけさ。前回の釧路市のリーダーの競争でボロ負けしても、たった一ヶ月でほとんど立場が戻ったのさ。財政再建ができなくなるだけで、経済で釧路市で一番なことには、たぶん変わりが無いのさ。何十年も不景気に苦しむ釧路市には、若の経済の能力が必要なのさ。落選しても、財政再建ができなくなるだけさ。もしも「落選だけでなく、若を潰すのか」と思われたら、市民が全体的に若を支えるよ。落選の輪が広がらないどころか、当選してしまうよ。だから市民には、「若が落選するだけで、落選しても若には今の立場でがんばってもらいます」と言うと、市民が安心して話を聞いてくれるよ。
イヤな感じがしたら、落選運動は失敗さ。市民が共感しないからさ。論理的に、やさしく、わかりやすく、客観的な証拠を用意して、「若を攻撃もしないし、潰しもしない。ただ、釧路市のリーダーにふさわしくないと思うだけなんです。落選しても若には今の立場で釧路市のためにがんばってもらいますよ」と市民にわかってもらうと、市民も真剣に考えるよ。「若を世の中から排除しようと思っているのか? 潰そうと思っているのか?」と思われたら、若が釧路市から引っ越したのと同じ状態になるので、市民がビビるのさ。本当に。若がいないと釧路市の景気の悪くなるスピードが速くなる可能性があるのさ。落選してもいいのさ。釧路市に住み続けるのだから。でも、いなくなったら、景気の悪くなるスピードが速くなって、そのまま速くなりっぱなしの可能性があるのさ。で、若を潰したら、いなくなるのと同じ状態になるのさ。だから、「若が落選したら、潰される」と市民に思われたらダメなのさ。「落選しても釧路市のリーダーになれないだけです」とわかってもらわないと、市民は聞いてくれないよ。
釧路市民が「見えない、聞こえない」とならないように、日本国憲法と日本の法律を守って、正々堂々と、やさしく、わかりやすく、論理的に、客観的な証拠を用意して、市民が「話を聞いて良かった」と思うような、市民に信用される落選運動をすると、市民に落選の輪が広がっていくよ。そうしないと、「落選運動した」という、ただの自己満足で終わるよ。市民にイヤな気持ちをさせるなんて、大失敗だよ。信用されないと。
若の落選運動をしている人が信用されればされるほど、若の応援をする人が自分も信用されないとダメだと思うから、信用される行動をとるようになるのさ。だから応援した見返りも求めないのさ。
で、落選運動の客観的な証拠も、若のまわりの人への攻撃は何の意味も無いのさ。攻撃ということが、そもそも支持されない。若のスキャンダルも意味が無いのさ。すでに市民は、けっこう知っているから。知ってて支えているのさ。市民をナメたらダメだよ。「若の人間性や、行動が、釧路市のリーダーにふさわしくないと思います」と言うのが、一番市民に受け入れられて、一番落選に結びつくのさ。
釧路市民に信用されて、落選の輪が広がる落選運動をしてね。


一言:落選運動とは、相手を傷つけるのではなく、落選に結びつくことをすることさ。そのためには、釧路市民に、理解して、納得してもらわないとダメなのさ。
もしも「相手を攻撃するだけで落選させられる」と思う人がいたら、その逆の「相手を褒(ほ)めるだけで当選させられる」というのが成り立つのか考えたらいいよ。本当に正しい考え方なら、逆の立場になっても通用するから。相手を褒めるだけで当選するほど甘くないと思うならば、相手を攻撃するだけで落選するほど甘くないということさ。
ちなみに、若を攻撃すると、市民も軽くダメージを受けるから。市民は全体的に若を支えているから。これも若を攻撃したことを「見えない、聞こえない」となる理由の一つなのだけど、落選運動する人が市民にイヤな気持ちをさせると、「この人にイヤな思いをさせられた」と思うから、落選運動をする人の話を聞いてくれなくなるよ。「若を攻撃すると、市民も軽くダメージを受ける」とわかっていたほうがいいよ。
だから、信用される落選運動が大切なのさ。


一言:応援する人も、落選運動する人も、お互いに攻撃をせずに、イヤな思いをさせずに、若が釧路市のリーダーにふさわしいか前向きな話をすることが選挙なのだと思うのだけど、みなさんどうでしょうか。


一言:落選運動をする人が、「若は釧路市のリーダーにふさわしいと思わないから落選したほうがいい」と思うのは、すごく前向きな考えなのさ。ものすごく釧路市にプラスなのさ。本当にふさわしくないならば、若が釧路市のリーダーにならないほうがいいから。
自信を持ってね。



一言:ちなみに、若が財政再建専門の特命大臣にならないほうが良いと国民の中で思う人がいたら、ものすごく前向きな考えなのさ。本当にふさわしくないならば、ならないほうが日本のためだから。自信を持ってね。
で、2年半後の釧路市のリーダーの競争の前に、あんまり「若は財政再建専門の特命大臣にふさわしくない」と盛り上がると、まるで若が大臣になるように見えるから、釧路市民が勘違いしたら困るから、釧路市民は流れに喜んで流されるタイプだから、もしも2年半後の釧路市のリーダーの競争に当選したら、それから大臣にふさわしいか、ふさわしくないかを考えてね。
2014/03/21
若の春のお彼岸の法話:「今日は、『お布施はなぜするのか』という題名でしたが、準備が間に合わなかったで他の話をします。仏教では『次があると思うな』と教えます。人間の命はわからないから、相手が次の出番まで生きているかわからないし、自分も生きているかどうかわかりません。だから一回一回を大切にしなさいと教えています。だからみなさんも、今日が私の法話を聞ける最後かも知れないと思って聞いてください。そうしたら後悔しないし、聞く値(あたい)もあると思います。それでは話を始めます。私は1999年にヨーロッパのオランダに半年間住んでいました。ヨーロッパに行くと、「ヨーロッパ人が上で、アジア人が下」という扱いを受けます。さらにドイツと日本は第二次世界大戦で負けたので、敗戦国という扱いを受けます。ヨーロッパに住んで初めてわかりました。軽くバカにされるのは当たり前なのですが、それでも「外国にいるのだからしょうがない」と思ってガマンしていました。しかしある時、私が仏教のお坊さんだと知った人が、仏教のことをバカにしました。オランダはオランダ語なのですが、ほとんどの人が英語を話せるし、外国人もいっぱい来るので英語で話すことがほとんどです。英語のわからない私でも仏教をバカにされていることがハッキリとわかりました。そうしたら心の深いところから、今まで感じたことの無い怒りが出てきました。『今なら平気で人を殺せる』と思いました。それまでは私は、なぜ宗教戦争があるのかわかりませんでした。命の大切さを教える宗教で、なぜ戦争という殺し合いをするのかわかりませんでした。しかし今まで経験したことの無い怒りを感じた時に、『宗教だから人を殺せるんだ。宗教を守るためだから殺し合いができるんだ』とハッキリと思いました。だからそれからは私は、仏教も、他の宗教も、無宗教も、宗教をする時は、宗教で人と接する時は、マジメにしてきました。宗教の恐ろしさがわかったからです。仏教は真実の教えなので、お釈迦さまが『寿命の無い人間はいないよ』と言ったことは、2000年以上前から昨日まで通用していました。もしも寿命の無い人間を見つけたらノーベル賞をもらえるからです。だから仏教をする時は、表でもウラでも仏教一本で、マジメにしているだけで通用します。しかし世の中の人は、『あんなに通用するということは、ウラで裏金を使ったり、欲望の利害関係なんだろう』と思う人がいます。でも私は、表でもウラでも本当に仏教一本だけしかしていません。だから通用するのです。真実の教えだから表とウラで変える必要が無い。大切な時ほど仏教一本に頼る。それが仏教の強さです。昔から宗教では『神はいつも見ている』と教えます。この意味は、誰も見ていないと思っているのは自分だけで、本当は誰にも見られないことはほとんど不可能だからです。だから誤解も解けるし、悪いこともバレる。『だから誰もいなくても他人に見られて困ることはするんじゃない』と宗教では教えています。弘宣寺もそうです。檀家さんはいつも私のことを見張っています。どのくらいかと言いますと、檀家さん一人に話したことが檀家さん全員に広まっていると思ったほうがいい状態です。だから私は、相手が強い立場か弱い立場か、お金があるのか無いのか、檀家として長いのか短いのかに関係無く、すべての檀家さんに対して、みんなに聞かれてもいい言葉しか、見られてもいい行動しかできません。檀家さんがなぜそんなに見張るのかと昔は不満でした。私の想像以上に檀家さんが私のことを知っているとわかったからです。しかし、お釈迦さまの教えが通用すれば通用するほど、『檀家さんが見張ってくれてありがたい』と思うようになりました。仏教の教えとは『あなたの寿命を受け入れなさい』という教えなので、相手の心に響くので真剣に聞きます。だから私は、今でも短い期間ならば相手をダマして思いどおりにコントロールすることができます。今でもしようと思えば弘宣寺の檀家さんを自分の欲望を満たすために使うことができるのです。でもそれをしないのは、檀家さんが見張っていているからです。世襲制もそうです。檀家さんは私の親もおじいちゃんやおばあちゃんも知っています。私の生まれた時からずっと知っています。『親の顔を見たい』という言葉がありますが、親を知っている人は、さらにおじいちゃんやおばあちゃんを知っている人は、さらに生まれた時から自分のことを知っている人はダマせません。だから私はマジメにしてこられました。檀家さんが悪いことをさせないようにずっと見張ってくれてきたからです。だから私は他の人にも言いたい。弘宣寺の檀家さんは、若だけを見ているのでは無い。住職のことも、坊守のことも、私の妹のことも、檀家さんのことも、弘宣寺でやっていることは全部知っています。知っているけれど、あえて知らないフリをしているだけです。あえて怒らないだけです。なぜかというと、『いつか仏教者らしい行動をしてくれるはずだ』と信じて待っているからです。だからみなさんには、弘宣寺ですることはみんな他の檀家さんにわかるんだという前提で言葉を話したり行動してください。人間だから、他の人間関係では表もウラもあっていいです。他人に言えないことをしてもいいでしょう。しかし仏教だけは表もウラも仏教一本でマジメにしてください。それが私の心から伝えたかったことです」という話をしました。
2014/02/02
一言:女性にウソは通用しないから、若が「中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをしたいという欲求が自然に出てくるという人間だ」ということの文句を言われないために、その母親の30代や40代の子供のいる主婦にウソをついて「ステキだよ」と言ったのならば、すぐにわかるのさ。そんなウソが通用するならば、女性には浮気が絶対にバレないからさ。でもバレるのは、女性の直感は鋭いからさ。でも若は、本当に「子供のいる30代や40代の主婦」が好きなのさ。もしも中学生や高校生の娘のいる30代や40代の主婦が若に「娘にエッチなイタズラをしないでください」と文句を言いに来たら、「娘さんもステキだけど、母親のあなたも同じくらいステキだよ」と言った時に、女性ならば直感で「私のことを本当にステキだと思っている」とわかるのさ。その時に「この人は女性の趣味が悪い。変態だ」と言えるのかどうか。会社で自分のことを評価してくれる上司を、「あの人は見る目が無い」と否定できる部下はいないのさ。レストランのお客が「おいしいね」と言った時に、「この客は味覚がおかしい」と言える料理人はいないのさ。同じように、「世間では、結婚をして、子供のいる30代や40代の主婦は『おばさん』だから女性として魅力が無いという人もいるけれど、私には10代のピチピチの娘さんも、30代や40代の母親のあなたも、同じくらいに魅力的でステキだと思いますよ」と心から言えるのさ。子供のいる30代や40代の主婦が好きだから。その時に、「この人はおかしい」と言える女の子はいないと若は思うのさ。何回も書いているからわかると思うけど、若は「子供のいる30代や40代の主婦」は「ステキな女の子」として見ているのさ。それは女性は直感でわかるのさ。ただ、なぜそんなにステキだと思っているのに求めないのかというと、「不倫をしたら論理的にダメだから、したくてもできないんだよ」と若は思うのさ。本心さ。結果的に、何もしないのだけれど、ステキだと思うのも、エッチをしないのも、筋が通っているのさ。だから通用すると若は思うのさ。中学生の娘のいる30代や40代の主婦は、娘が若を誘惑しないかどうかも大切だけど、同じくらい自分が若を誘惑しないかどうかも大切なのさ。同じくらい魅力的で、同じくらい通用して、同じくらいエッチをしてはダメだからさ。
長くなったけれど、こんなふうに若は思っています。
2014/01/23
若のお参りの反省:葬式の出発予定時間に、29分遅れた。原因は、寝坊したから。その原因は、夜中の1時半頃に寝たから。その原因は、夜型だから。解決策として、夜10時に寝て、朝5時に起きて、シャワーを浴びて、朝食を食べて、いつでもお参りに行ける状態で朝7時の仕事開始を迎(むか)えたい。
忌中引の出発予定時間に、18分遅れた。原因は、昼食休憩が長すぎたから。その原因は、昼食休憩の前半の時間で「葬式の反省」をしていたから。どうしてもすぐに葬式の反省をしたかったのに時間がとれなかったので、昼食休憩の時間にしたから、1時間いっぱい休めなかったから。解決策として、こういう場合は、見かけだけの昼食休憩の時間をとらないで、ちゃんと葬式の反省の時間をとるようにして、昼食休憩が無くてもガマンする。


一言:若の心の底が、「良いフリもせず、ダメなフリもせず、本当の自分で勝負をしろ」と言うし、仏教も「言葉と行動を同じにしろ」と教えているので、本当の自分が忌中引が終わってから何を感じて、何を思ったのかを書きます。
忌中引が終わって、会場からクルマで出発しました。若は、「お通夜は一番最初だから、お参りに来る人も一番多いし、みんな真剣だから一番緊張するから楽だ。次の日の葬式は、2番目にお参りに来る人が多いし、まだ2回目だから真剣だ。火葬場でお骨にしてから会場に帰ってする忌中引は、人数もすごく少なく、みんなも疲れきっているから早く帰りたい。お坊さんも3回目だから疲れている。この状況で真剣にするのはすごく難しいから、忌中引が一番難しい。さらに緊張感から解放されると人間はリラックスするために笑いたくなって、これはとても自然なことなのだけど、場にふさわしくないから見ている人はイヤだと思う。だから忌中引が終わって会場からクルマで出発するまでが一番たいへんなんだ」といつも思っているので、今日も気をつけて、忌中引が終わって控室から出る時に、「これからお通夜が始まるんだと思おう」と自分に言い聞かせたので、気を抜いて失敗しませんでした。他のお寺のお坊さんは、気をつけたらいいよ。忌中引が終わって会場から帰る時は、みんな見ているよ。忌中引に来ていた人も、会場の近所の人も、会場の前の道路を通った人も。アクビなんかしたら「場にふさわしくない」と思われるよ(緊張感から解放されたらアクビをするのも自然なことです。ただ、場にふさわしくないです)。
で、無事に忌中引の会場から出発して、月参りの檀家さんの家に向かったのさ。忌中引の会場からは遠かったのでしばらくクルマで走ったら、道路に中学生か高校生の女の子がいたのさ。若は、中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラがしたいという欲求があるのさ。法律違反だからしないよ。でもそういう欲求が自然に心の底からあふれてくるのさ。そして、若は、お通夜や、お葬式や、忌中引をしたから、「人の死」というものに触(ふ)れたのさ。お通夜やお葬式に行った人は、帰ってからエッチな気分になってムラムラした経験のある人がいるでしょ? それはなぜかと言うと、人間は「死」に触れると、子孫を増やすためにエッチをしたくなるのさ。ちょうど、男性は体力が無くなると本能的に「もしかしたら自分は死ぬかも」と思うから、最後の力を振り絞(しぼ)ってオチンチンをビンビンにするのさ。死ぬ前に子孫を残すためにさ。それと同じなのさ。だから、「お通夜やお葬式という『死に触れる場所』に行ったのに、エッチな気分になってムラムラする自分が許せない」とは思わずに、「『死に触れる場所』に行ったから、生存本能が働いて子孫を残すためにエッチな気分になってムラムラするんだな」と思って、自分を許してね。で、若はその「死」に触れたばかりだったから、なおさら中学生や高校生の女の子がかわいく見えてエッチなイタズラをすごくしたくなったのさ。
しかもさらに、若は自分の部屋の隣が住職の部屋なので、いつもはエッチなDVDが見られないのさ。住職が出張に行った時だけ見れるのさ。その貴重な住職の出張が1月20日から今日(1月23日)だったのさ。だから若は、前もってエッチなDVDを借りて1月20日に見て欲求を少し解消したのさ。「これから21日も、22日も見られる」と思って楽しみにしていたら、1月21日に「亡くなったのでお葬式をお願いします」と頼まれたのさ。さすがにお葬式が入ったらエッチなDVDを楽しめないのさ。だからエッチな欲求をあまり解消できなかったのさ。
これが全部重なったから、だから中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをしたくなったら、頭の中も、心の中もエッチなことばかりになったのさ。若の心の底も「エッチをさせろ」と言ってきたよ。今日の月参りは1件だけだったので、その檀家さんの家に行ったら「今日はお休みします」と言われたのですぐに帰ったけれど、お寺まではエッチな気持ちが全開さ。いちおう言っておくけれど、檀家さんは仏教つながりだから尊いつながりだから、どんなに性欲がたまってもエッチの対象では無いよ。安心してね。
で、「このエッチな欲求を解消するために、札幌のススキノの『19才や20才の女の子に本物の高校生の制服を着せてエッチなイタズラをするお店』に行こう」と思ったのさ。若は3ヶ月に1回くらいこのお店に行かないと本当に中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをする可能性があるので、そうしたら法律違反だから必ず警察に捕まるので、長くても3ヶ月に1回は行く必要があるのさ。この前は12月に行ったので、3月の春のお彼岸が終わってから札幌のススキノに行こうと思っていたけれど、2月に行くことにしました。ものすごい性欲がたまっているからさ。だから、釧路市の中学生や高校生の女の子は、若に近づかないでね。中学生や高校生の娘の親も、学校の先生も、若に近づかないようにしてね。若は今「歩く性欲」のような状態だよ。
で、ここまでは釧路市民が何回も聞かされた内容だから驚(おどろ)かないと思うけれど、お通夜の時のように「本当の自分で勝負をしよう」と思うので、ここからさらに続きを話します。若は、中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラがしたくて、婦人警官にもエッチなイタズラがしたいのさ。これは何回も言っているから知っていると思うけれど、さらに若はエッチなイタズラをしたい女性がいるのさ。それは「子供のいる30代や40代の主婦」さ。なぜなのかと言うと、女性は子供を産んだほうがエッチになるんだよ。そして30代や40代の女性は、たぶん40代の終わり頃で生理が終わって子供が産めなくなるから、本能的にその前に子供を作るためにエッチになるのさ。
で、若はエッチなDVDでもそういう女性が出ているものをレンタルで借りるし、札幌のススキノのエッチなお店でも、そういうお店に行くのさ。若はいつも、札幌に旅行したら、ススキノのエッチなお店に2つ行くのさ。一つは、「19才や20才の女の子に本物の高校の制服を着せてエッチなイタズラをするお店」。これはいつもこのホームページに書いて報告しているのさ。もう一つが、「30代や40代の主婦にエッチなイタズラをするお店」さ。これは若は、さすがに言え無かったんだよ。恥ずかしいと言うか、これを知られたら「なんだおまえ」と言われると思ったからさ。でも、お通夜の時も「本当の自分で勝負をしよう」と思ったので、エッチなことでも、本当の自分で勝負をします。なので、言いました。
で、若は釧路市の経済を引っぱっているので、釧路市民にものすごい影響力があるのさ。だから、釧路市の30代や40代の主婦とはエッチができないのさ。若は、釧路市の発展つながりは、釧路市の発展のためだけな使いたいんだよ。エッチな関係にはなりたくないんだよ。釧路市民への若の影響力は、絶対に個人的に使ったらダメなのさ。
だから、中学生や高校生の娘のいる30代や40代の主婦は、「若は、娘にエッチなイタズラをしたいだけではなくて、自分にもエッチをしたいと思っている」と思ってね。娘にエッチなイタズラをしたいと思うことに腹が立って若に文句を言いに来たら、自分も口説かれてエッチなイタズラをされるよ。ただし、若は無理矢理にエッチをするのはイヤだから、絶対に無理矢理はしないよ。女性が納得したらするのさ。エッチはお互いに楽しまないとつまらないのさ。
若は、こういう人なのさ。だから3ヶ月に1回、札幌のススキノのエッチなお店に行かなければならないし、8月のお盆が終わったら必ず東京に行くのさ。釧路市民の30代や40代の主婦にはエッチができないからさ。
若はこれでも釧路市の中でそうとう気を使っているのさ。自分の悪い部分が市民に向かわないように。
これが若の本当の性欲です。本当の自分で勝負をしてみました。


一言:お通夜の時に若の心の底が「尊敬できるフリをするな」と若に言った理由がわかるでしょ? 若の心の底は「子供のいる30代や40代の主婦とエッチをしたい」ということは何も否定しないのさ。素直に受け入れているのさ。ただし「そんなおまえが尊敬できるわけが無いだろう」と若に言うのさ。正しいでしょ?
それから、仏教の「言葉と行動は同じにしなさい。同じにしたら苦しみが減るよ」という教えが本当かどうか、若が「子供のいる、30代や40代の主婦とエッチをしたい」と素直に言ったことがどういう結果になるか見ていなさい。仏教の教えが正しかったら、若はもっと心が楽になるよ。若が後悔したら、仏教の教えが間違っていたということさ。言葉と行動は違うほうがいいということさ。
どんな結果になるか注目していてごらん。若は、根強い支持が無くなると思ったから、言え無かったんだよ。(釧路市の30代や40代の主婦とエッチをしたことは今まで一度も無いよ。これからも無いよ。子供のいる、30代や40代の主婦とエッチをしたいという欲求があるんだよと、今初めて釧路市民と弘宣寺の檀家さんに伝えただけさ。ただ素直に伝えただけさ)


一言:釧路市民の中には、「若は釧路市民の女の子とぜんぜんエッチをしないから、ホモなんじゃないのか」と言う人がいるのだけど、若のエッチをしたい女性は、中学生や高校生の女の子と、婦人警官と、子供のいる30代や40代の主婦、がベスト3なので、釧路市でできるわけが無いのさ。中学生や高校生の女の子に本当にエッチするわけにいかないから、札幌のススキノの19才や20才の女の子に本物の高校の制服を着せてエッチなイタズラをするお店に行って、婦人警官も本当にエッチするのは難しいので、札幌のススキノのエッチなお店の女の子に「婦人警官の制服」を着せてエッチなイタズラしたり、釧路市民の30代や40代の主婦にはエッチできないから、札幌のススキノの30代や40代の主婦にエッチなイタズラができるお店に行くのさ。若が「ススキノは、心の支えだ」と言う意味がわかるでしょ? だから若は、エッチをするためにわざわざ札幌まで行くのさ。ススキノのエッチなお店でなければ、若の性欲を受け止められないのさ。


一言:たぶん、釧路市の30代や40代の主婦とエッチをしてから後悔するならば、「エッチをしたい相手だから、エッチをしないように気をつけてね」と最初から言ったほうが、問題が起こらないのだと思う。
そう、前向きに考えたい。この話題は、本当に言葉と行動を同じにしたら苦しみが減るのか、しばらくたたないとわからないよ。


一言:なんで若は今まで黙っていたのかと言うと、「子供のいる、30代や40代の主婦とエッチをするのが好き」と言うと、若の根強い支持が無くなると思ったからさ。「そんなことは無いよ」というフリをしてウソをついてもいいと思うくらい、支持が無くなるのはツライのさ。本当の自分を知られて支持が減るならば、もともと自分を支持していなかっということなので、そんな支持は減っても何も困らないはずなのに、実際は「そんなことは無い」というフリをしてもウソの自分でもいいから支持されていたいと思うのさ。だから、言葉と行動を同じにすることは難しいのさ。


一言:若の心の底は今「ウソをつくな」とは若に言わないよ。とってもおとなしいよ。本当のことを言ったからだよね。
2014/01/19
一言:1月18日と1月19日に大学のセンター試験があったけれど、受験した人はわかると思うけれど、ジックリと考えていたら間に合わない量の問題が出たでしょ? それを考えてテストを作っているのさ。テストは、「わからない人」も、「テストの終了時間には間に合わなかったけれど、ジックリ考えれば正しい答えがわかった人」も、両方とも点数をもらえないのさ。「テストの終了時間までに正しい答えがわかった人」だけが点数をもらえるのさ。これは、仕事そのものなのさ。仕事は、「ダラダラ時間をかければできます」では通用しないのさ。テストのように、正しいやり方をして1秒でも早く終わらせることが大切なのさ。同じ商品を作るなら、1日に100個しか作れない会社と、1日に200個作れる会社と、どちらが商品の値段を安くできるかわかるかい? 1日にライバルの会社の2倍作れるならば、ライバルの会社の半額の値段にしてもやっていけるのさ。逆に、ライバルの会社の半分しか作れなかったら、同じ値段にするのも無理なのさ。
夏休みの宿題もそうなのさ。仕事には必ず締め切りがあるのさ。約束したことができたかどうかが大切では無いのさ。約束した日までに約束したことができたかどうかが大切なのさ。
学校のテスト勉強や、受験勉強も、夏休みの宿題も、会社で働いたら役に立つよ。
2014/01/08
一言:学生で「学校の勉強をする意味がわからない。納得できない」という人は、若が「学校では学問なんかしていない。言われたとおりのことを1秒でも早くするための仕事の訓練だ」と書いたことをジックリと考えなさい。ジックリ考えても正しいと思ったら、学校で学問をしようなんて思わずに、勉強の内容に意味なんか求めないで、わりきって、ただ教科書に書いてあるとおりに、先生の言うとおりにテストで1秒でも早くできるようにがんばりなさい。わりきったらできる。そしたらがんばった分だけ就職のためにも、会社で働いてからも役に立つよ。
勉強する内容が大切ではなくて、言われたとおりのことを1秒でも早くできるようにするための訓練が仕事のプラスになるのさ。仕事は、社長の言うとおりに1秒でも早くすることが大切だからさ。
自分のしていることに納得できるから、今までよりもがんばれるよ。


一言:学歴差別に苦しんでいる人は、まずは、「学歴差別」と、「能力の差」を別々に分けて考えなさい。「学歴差別」とは、就職試験に学歴が無いと受けられない、会社に入っても学歴が無いと出世のチャンスをもらえない、同じ結果を出しても学歴のある人のほうが出世するスピードが早いなどが、立派な学歴差別です。自分ではどうすることもできないし、自分は何も悪くない。
しかし、「学歴の順番は、言われたとおりのことを1秒でも早くするための順番」というのは素直に認めなさい。受験勉強、テスト勉強そのものが仕事の訓練なのさ。例えば、学校の国語のテストは何を言っているかわからないが、東大生は何を言っているのかわかって満点を取れる。会社の社長の言うことは、学校の国語のテストと同じくらい何を言っているのかわからない。「もっとわかりやすく指示をしたらいいだろう」と社員はみんな思う。社長はいつも「社員に言いたいことが伝わらない。社員にわかってもらえない」と悩む。しかし東大生は、そのわかりにくい社長の言うことを、ある程度わかるのさ。学校の国語のテストで鍛(きた)えたから。
そうすると東大生は、社長の気持ちを会社で一番わかり、社長の言うとおりに1秒でも早くすることが会社で1番うまくなるのさ。そうすると社長が東大生を会社で1番大切にするのは当たり前なんだよ。これは差別ではないのさ。実力の差さ。
だから学歴が自分よりも上の人に勝ちかったら、その人よりも社長や上司の言いたいことを正確に理解して、その人よりも言われたとおりのことを1秒でも早くできるようになることさ。そうしたら社長には、同じ優秀な社員に見えるよ。学歴差別は許されないけれど、仕事の能力の差は嫉妬している暇(ひま)があったら、追いついて、追い越しなさい。能力で追いついても、追い越しても、それでも学歴を理由に差別されたなら、その時は本当に学歴差別だから被害者だと言えるよ。でも、学歴差別を理由に、能力の差もすべて学歴差別のせいにしたら、社長は絶対に認めてくれないよ。
学歴と頭の良さは関係無いから。頭が良いとは、誰も気がつかない画期的ことを考えて、ゼロから自分で道を切り開ける人のことさ。受験勉強は、画期的な答えなんかしたら全部不正解さ。「教科書に書いてあるとおりに答えろ」と先生に言われるよ。東大生とは、教科書に書いてあるとおりにしか答えないから東大に合格できたのさ。東大生は頭が良いと思うのは間違いだよ。頭が良い人の正反対が東大生なのさ。例えば若は、自分で道を切り開くタイプだから、東大生が部下だと助かるよ。若の指示のとおりに動いてくれるから。若が上司で、東大生が部下というのは理想的だと思うよ。でも、その逆に、東大生が上司で、若が部下だったら、東大生は若をまったく使えないよ。若は天才だからさ。つき合いかたがものすごく難しいのさ。本当に東大生が頭が良かったら自分でゼロから若とのつき合いかたを切り開いていけるけれど、教科書に「弘宣寺の若とのつき合いかた」が載っていないから、東大生は対応できないよ。だから東大生が上司で、若が部下というのはありえないのさ。ただし教科書に「弘宣寺の若とのつき合いかた」が載っていたら、東大生はそのとおりにやって若とうまくつき合っていけるよ。「こうしたらうまくいく」というお手本があれば東大生は強いのさ。でもそのお手本を自分では作れないのさ。
長くなったけれど、学歴と頭の良さは関係無いからがんばってね。
2013/12/13
午前0:50開始済 明日の予定を作る(済)
1:37終了済 仕事終了


若の会計の改善:準備作業で、35分。1分で終われるので、34分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、20分。10分で終われるので、10分の無駄。
門信徒会会計で、領収証の貼り付けと帳簿入力で、44分。12分で終われるので、32分の無駄。会費の集計で、39分。13分で終われるので、26分の無駄。預金の確認で、2分。1分で終われるので、1分の無駄。現金の計算で、15分。5分で終われるので、10分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、12分。4分で終われるので、8分の無駄。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、10分。3分で終われるので、7分の無駄。門信徒会会計全体で、2時間2分。38分で終われるので、1時間24分の無駄。
寺院会計で、領収証の貼り付けと帳簿入力で、12分。7分で終われるので、5分の無駄。お布施の帳簿入力で、34分。7分で終われるので、27分の無駄。預金の確認で、1分。無駄なし。現金の計算で、8分。5分で終われるので、3分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、11分。2分で終われるので、9分の無
駄。データーバックアップで、2分。1分で終われるので、1分の無駄。寺院会計全体で、1時間8分。23分で終われるので、45分の無駄。
後片付けで、9分。3分で終われるので、6分の無駄。
今日の会計全体で、4時間14分。1時間15分で終われるので、2時間59分の無駄。


一言:若が「ゴールは釧路市の好景気だ」と思っていれば、市民の支持があれば「景気よくすることを期待されてるんだからがんばろう」と思うし、支持が無くなれば「若が好景気にできると市民に思わなれなかったんだ」と思って自分の力不足だと思うだけだ。でも、若が「自分の立場を良くすることがゴール」になったら、市民の支持があれば「オレ様は市民に支持されているからすごいんだ」とイバるようになるし、支持が無くなれば「オレ様を支持しないなんてありえない」と市民に文句を言うだろう。
いつまでも「ゴールは釧路市の好景気だ」と思っていたい。
2013/12/13
午前0:43開始済 会計の改善


若の今日の会計ミス:門信徒会会計で、受けとった2件分の会費が、お寺の控え用の封筒が無かったので記録できなかったので、明日に控え用の封筒を探して帳簿につけます。
2013/12/12
午後8:29開始済 弘宣寺全体の12月9日と12月10日と12月11日と12月12日の決算


若のお参りの反省:お参り出発予定時間に、5時間35分遅れて、檀家さんの約束の時間に遅れた。原因は、寝坊をしたから。その原因は、夜中の2時頃に寝たから。解決策として、夜10時に寝て、朝5時に起きて、シャワーを浴びて、朝食を食べて、いつでもお参りに行ける状態で朝7時の仕事開始をむかえたい。


今日のお参りの内容は、「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「仏教を作ったお釈迦さまが生きていた頃、弟子が『お釈迦さまが死んだら私はやっていけません。どうしたらいいのでしょうか』と聞きました。そうしたらお釈迦さまは『人は必ず死ぬから、私もいずれ死ぬ。だから私の存在を心の支えにすると私が死んだらに頼るものがなくなるので、私の教えを心の支えにしなさい。そして他の何も心の支えにしないで、自立して生きていきなさい』と言いました。人は、肩書きや、評判や、財産や、誰かの存在を心の支えにしますが、失う時はどうやっても失うので心の支えが無くなります。しかし、お釈迦さまの教えは『悩みも、老いも、病気も、死も、人間ならば逃れられないから、そのまま受け止めることが苦しみを減らす方法だ』という内容なので、真実なのでいつまでも通用するので心の支えが無くなることはありません。その上で、何ものにも頼らずに自立していけば、何かに惑わされることも、呪いやタタリに怯(おび)えることもなくなります。だから私は、お釈迦さまの教えを心の支えとして、その上で何ものにも頼らずに自立してやっていきたいと思いました」という話をしました。


一言:北海道民は「おおらか」で心が広いのが良いところだが、若はおおらかではなく、心も狭(せま)いので、だんだん街の雰囲気がおおらかで無くなるので、北海道民からおおらかさを学びたい。


一言:体を動かすことは、人数がたくさんいればいるほど良い。誰でも代わりができるし、一人や二人抜けても何も困らない。しかし、頭で考えることは人数は関係無い。テストが0点の人が100人集まってみんなで話し合ってテストをしても、やっぱり0点だ。正しい答えを知らないからだ。同じように、景気を良くすることは、アイデアが正しければ、それを行動したら好景気。アイデアが正しくないならば、行動しても不景気だ。だから景気を良くする方法を知らない釧路市民がいくらみんなで集まって考えても、景気を良くするアイデアが出るわけが無い。東京が好景気なのは景気を良くする方法を知っているからなので、東京から学んだら好景気になる方法を学べるから釧路市も好景気になるよ。「みんなでがんばればなんとかなる」というのは頭で考えることには通用しないので、良いアイデアのマネをしたり、どうやってそういうアイデアを考えるのかの方法を学んだりするほうがうまくいくよ:。
2013/12/12
午後7:34開始済 お参りの反省


今日の北海道新聞から:全国で多い名字のランキング。1位「佐藤(196万人)」、2位「鈴木(186万人)」、3位「高橋(144万人)」、4位「田中(134万人)」、5位「渡辺(119万人)」、6位「伊藤(114万人)」、7位「中村(107万人)」、8位「小林(105万人)」、9位「山本(102万人)」、10位「加藤(90万人)」。

名前の後の人数は、明治安田生命保険が「全国ではこれぐらいいるだろう」と計算した人数なので、正確な人数ではありません。
都道府県では、佐藤さんが一番多かったのは「北海道、岩手県、宮城県、秋田県、山形県、福島県など全部で9つ」で、鈴木さんが一番多かったのは「茨城県、栃木県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県など全部で8つ」だった。
2013/12/12
一言:お寺では、仏教以外に何も無いから失敗するのではなく、仏教以外に他のものを入れるから失敗する。具体的には、お寺のためにがんばったお坊さんや檀家さんほど、「自分はがんばったんだ」という気持ちが無くならないので、だんだんと「仏教よりも、自分のがんばったことを大切にしろ」と言うようになるので、うまくいかなくなる。お寺のためにがんばったことが無い人は、そんなことは言わないので、問題を起こさないので助かる。
仏教以外の他のものを入れたがるのが「自分が、自分がという『我(が)』」なので、お釈迦さまは「我を捨てれば楽になる」と言った。
うまくいかないことに悩んでいるお寺は、仏教だけしかないのが原因ではなく、仏教以外のものを入れたのが原因だと思ったほうがうまくいくよ。
「仏教だけを心の支えとして、その上でその他のものには何も頼らずにやっていきなさい」というのが、お釈迦さまの弟子への遺言だけど、本当にこれを守ったら問題が起きないよ。
若は、檀家さんや、住職や、坊守に接する時は、仏教だけを伝えて、自分の我を出さないようにするよ。


一言:若は、釧路市の発展をがんばりたいので釧路市民は大切だ。弘宣寺で仏教をするために弘宣寺の檀家は大切だ。
しかし、若が弘宣寺で仏教をする時は弘宣寺の檀家さんが必要なので、釧路市民は特に必要無い。釧路市の発展をする時は釧路市民が必要なので、弘宣寺の檀家さんは必要無い。
若が弘宣寺で仏教を伝える時に釧路市民が聞きに来てもいいけれど、主役にはなれない。釧路市の発展を弘宣寺の檀家さんが知りたいと思ってもいいけれど、主役にはなれない。
弘宣寺で仏教を伝えるのも、釧路市の発展をがんばるのも、若がするのは代わりが無いが、一緒にする若の相手が変わる。若がすることが変わったのに、同じように自分が主役のままだと思うと場違いになるので、気をつけてね。
2013/12/12
午後5:57開始済 夕食
2013/12/12
午後5:52終了済 お参り終了
2013/12/12
午後4:05出発済 お参り出発


12月10日の日本経済新聞から:「広告や宣伝をしないで会社を経営するのは、真っ暗な中で女の子にウインクするのと同じだ。自分が何をしているのか、まわりにはまったく伝わらない」と書いてあった。
(若の感想:広告や宣伝にどんな意味があるのか、なぜするのかとたくさんの人が思うが、何もしないと自分の会社が何をしているのか誰もわからない。広告や宣伝は、会社が何をしているのかわかってもらう努力だと思う)
2013/12/12
開門済:午前9:00頃。閉門予定:午後6:00。
お参り 6件(住職 3件:月参り 3件) (若 3件:月参り 3件。午前10:30出発予定。午後2:00終了予定。午後3.:50出発予定。午後5:10終了予定)


今日の若の予定

午後2:30 起床(5時予定)


午後2:46開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。携帯をマナーモードにする(済)。お釈迦さまの教えは本当に真実なのか確かめる(済)。自分もまわりの人も生きていることに感謝をする(済)。
3:21開始済 お参り出発の準備

10:30 お参り出発予定。ボールペンの替え芯を買う。
午後2:00 お参り終了予定
2:10 昼食
3:10 会費の督促状の準備
3:35 お参り出発の準備
3:50 お参り出発予定
5:10 お参り終了予定
5:20 夕食
6:20 お参りの反省
6:40 弘宣寺全体の12月9日と12月10日と12月11日と12月12日の決算
7:00 残業。弘宣寺全体の12月9日と12月10日と12月11日と12月12日の決算。
9:40 会計の反省
9:45 明日の予定を作る
10:15 残業終了予定


お釈迦さまの教えは本当に真実なのか確かめる:悩みの無い人も、老人にならない人も、病気にならない人も、死なない人も、一人もいないと思うので、お釈迦さまの教えは真実だと思います。だから苦しんでいるのは自分だけでは無いと思います。
今日も通用したいので、今までお釈迦さまの教えを根拠にして通用したことはすべて忘れます。
今日もお坊さんとしての根拠はお釈迦さまの教えにします。


今日の日本経済新聞から:ドラマの「半沢直樹」が、銀行の人間関係を伝えたので人気が出たが、就職活動をしている学生には、銀行の採用担当者は「風通しがいいよ」とか、「社内争いを感じたことはない」としか言わないが、日本経済新聞の記者が若い銀行員に聞くと「支店長にキラわれたら上に行けない」とか、「銀行に入って7年目くらいで最初の出世競争が始まり、20年目ぐらいまで出世競争に勝ち残っているのは1割以下」と言う。こういうことを「風通しがいいよ」とか、「社内争いを感じたことはない」と言うのが銀行なのだと思う。


12月10日の日本経済新聞から:クレジットカードの会社の業界団体が、暴力団がカードを作れないように「誰が暴力団か」という名簿を作ろうとしているが、警察をやめて危機管理の専門会社をしている人が「名簿に名前が載るような有名な暴力団員は、自分でクレジットカードを作らないだろう」と言っていた。
(若の感想:カードの申込の時に「職業は?」と聞かれて、「日本で一番強いヤクザの組長をしています」とはならないだろう。どうしてもクレジットカードがほしかったら子分に作らせるだろうということだと思う。クレジットカードの会社はなぜ大物の暴力団員が自分でクレジットカードを作るはずだと思うのだろうか。大物ならば自分で作らないし、子分が代わりに作ったら小物だから誰も名前を知らないから名簿に載らない。名簿を作っても、作ら無くても代わり無いと思う)
2013/12/11
お参り 4件(住職 4件:月参り 4件)

若:札幌旅行(今日帰る)
2013/12/10
お参り 4件(住職 4件:月参り 4件)

若:札幌旅行
2013/12/08
連絡:若は明日、12月9日(月)に札幌旅行に行って、12月11日(水)に釧路市に帰ってくるので、その間は若が釧路市にいないので、弘宣寺の檀家さんも、釧路市民もたっぷり休んでください。
それから、若は「中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをしたい」という欲求があるのですが、札幌のススキノの「19才や20才の女の子に本物の高校の制服を着せてエッチなイタズラをするお店」に行って遊んでくるので、法律を守って欲求を解消してスッキリするので、釧路市の中学生や高校生の娘のいる親や、学校の先生や、釧路市民は安心してください。若が中学生に勉強のやり方を教えているので、「若にはマジメであってほしい」と思う人もいるでしょうが、欲求は自然に心から出てくるので、それを法律を守って、誰にも迷惑のかからないやり方で解消することが必要なので、ススキノのエッチなお店に行くのが一番無難な解決方法なのです。
中学生は、若の言う「勉強のやり方」を参考にしなさい。若の人間性はマネしなくていいよ。
ちなみに「釧路市の中学生に勉強のやり方を教えている若が、札幌のススキノのエッチなお店に行くなんて許せない」と思うならば、若に中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをしたいという欲求がたまりにたまって、本当にエッチなイタズラをしてしまうと警察に必ず捕まるので、釧路市を揺るがす大事(おおごと)になるよ。若が捕まっていなくなると、釧路市の景気の悪くなるスピードが速くなるし、捕まったら次の釧路市のリーダーの競争に参加できないから、若が財政再建で先頭に立って市民全員の文句を受けてあげることができなくなるので、代わりの人がいないと釧路市の財政再建がスタートできないよ。確実に次の次の釧路市のリーダーの競争まで延びるよ(今年から見たら7年後)。
いろんなことを考えると、札幌のススキノのエッチなお店に行くのが、一番無難で、一番誰にも迷惑をかけない方法なのさ。で、なんでいちいちみんなに報告するのかというと、釧路市の中学生や高校生の娘がいる親が、若に性欲がたまると心配するので、「ちゃんと札幌のススキノのエッチなお店に行くので、法律を守って欲求を解消してスッキリするから安心してください」と、親を安心させてあげたいからさ。あと、若が捕まったら困る市民にも安心させてあげたいのさ。
ということです。
釧路市以外の人には信じられないかもしれないけれど、若が釧路市からいなくなると釧路市の景気の悪くなるスピードが速くなったり、財政再建ができなくなったり、市民を育てて街を育てる人が一人減ることになるのさ。釧路市以外の人にとっては「釧路市民18万人から若が一人いなくなっても、17万9999 人になるだけだろう」と思うでしょうが、実際にはそれではおさまらない影響が出るのさ。
ということです。


一言:学歴の順番が頭の良い順番では無いという客観的な証明として、昔、「氷がとけたら何になるか」というテストの問題が出た時に、正解は「水になる」なのに、生徒が「春になる」と答えたら不正解になったというのを、生徒の親が新聞の読者の投稿欄に送って載ったんだって。それを見た、この間に亡くなった、西武百貨店のトップだった堤清二という人が、「おもしろい」と思って西武百貨店の社員に同じように「氷がとけたら何になるか」とテストをして、「春になる」などのおもしろい答えをした社員を、出世させたのか、褒(ほ)めたのかして、とにかく社員の独創的な考えをすごく評価したんだって。
これが、受験勉強の学歴と、頭の良い人との違いさ。受験勉強というのは、画期的な考えや、独創的な考えなんかいらないのさ。先生の言うとおりに、教科書に書いてあるとおりにテストに答えないと不正解になるので、独創的なものの考えなんかむしろジャマなんだよ。「氷が溶けたら春になる」と書いたら受験では必ず不正解になるのは、受験勉強をした人はみんなわかると思う。「なんで教科書に書いてあるとおりに書かないんだ」と必ず怒られるでしょ? それが学歴のある人なのさ。その代表が、東京大学の学生なのさ。だから東大生は、画期的な考えや、独創的な考えとまったく関係無い人たちなのさ。
でも、世間の人たちはなぜか「学歴のある人は頭が良いから、画期的な考えや、独創的な考えでみんなを引っぱってくれる」というありえないことを本気で思っているのさ。「氷が溶けたら水になる」と答えるのでは無くて、学歴があるからこそ「氷が溶けたら春になる」と言って、みんなに「そんな考え方もあるんですね」と感心させてほしいと本気で思うのさ。
でも、受験勉強をした人ならみんなわかるけど、「氷がとけたら春になる」という教科書に書いていない答えをする人は、受験競争に勝ち抜けないのさ。だから世間の人は、学歴のある人に「ありえないもの」を求めているのさ。それを若は「違うんだよ。学歴のある人は、言われたとおりにするのがじょうずなだけで、画期的な考えをするなどの頭の良い人なのでは無いよ」と教えているのさ。
会社の社長は、「うちの会社に東大生が入れば、画期的な考えをして、みんなを、会社を引っぱってくれるだろう」という幻想を持っている人もいるだろうけど、それは間違いです。東大生は、社長の言うとおりにするのがじょうずなだけなので、がんばっても社長と同じレベルにしかなりません。だから会社が発展したかったら、東大生が入っても、社長自身が成長しないと東大から来た社員も成長しません。ただ、社長の言うとおりにするのがじょうずなので、社長が成長したらピタリと同じだけ東大から入った社員も成長するでしょう。だからあくまでも「東大生は社長の言われたとおりにしかできない。社長を超えられない」と思ったらいいよ。
ということです。
ちなみに、東大生に「氷がとけたら春になる」と答えさせたかったら、学校の教科書が「氷がとけたら春になる」と書けばいいんだよ。そうしたらその日から東大生は「氷がとけたら春になる」と答えるようになるよ。東大生は、教科書に書いてあるとおりにしか答えられないけれど、教科書に書いてあることは基本的に何でも答えられるのさ。だから教科書が変われば、必ず東大生の答え方も変わるのさ。東大生が自分の頭でものを考えていないという証明です。


一言:若の考えに反論が批判がある人は、どんどん言ってください。学歴のある人で「学歴の順番は、画期的な考えのできる頭の良い順番なんだ」と思う人は、その根拠を教えてください。もしもそうなら若も素直に認めます。若は今のところは、「学歴の順番は、頭の良い順番では無い」と思うだけです。
2013/12/09
お参り 5件(住職 5件:葬式 1件。月参り 4件)

若:札幌旅行
2013/12/08
若のお参りの反省:お参り出発予定時間に、4時間39分遅れて、檀家さんの約束の時間に遅れた。原因は、寝坊したから。その原因は、夜中の4時頃に寝たから。解決策として、夜10時に寝て、朝5時に起きて、シャワーを浴びて、朝食を食べて、いつでもお参りに行ける状態で朝7時の仕事開始をむかえたい。

今日のお参りの内容は、「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「仏教を作ったお釈迦さまが生きていた頃、弟子が『お釈迦さまが死んだら私はやっていけません。どうしたらいいのでしょうか』と聞きました。そうしたらお釈迦さまは『人は必ず死ぬから、私もいずれ死ぬ。だから私の存在を心の支えにすると私が死んだらに頼るものがなくなるので、私の教えを心の支えにしなさい。そして他の何も心の支えにしないで、自立して生きていきなさい』と言いました。人は、肩書きや、評判や、財産や、誰かの存在を心の支えにしますが、失う時はどうやっても失うので心の支えが無くなります。しかし、お釈迦さまの教えは『悩みも、老いも、病気も、死も、人間ならば逃れられないから、そのまま受け止めることが苦しみを減らす方法だ』という内容なので、真実なのでいつまでも通用するので心の支えが無くなることはありません。その上で、何ものにも頼らずに自立していけば、何かに惑わされることも、呪いやタタリに怯(おび)えることもなくなります。だから私は、お釈迦さまの教えを心の支えとして、その上で何ものにも頼らずに自立してやっていきたいと思いました」という話をしました。


一言:このホームページを見ている人は、若の書いたことが本当なのかをジックリと自分で考えてみて、さらにそれが自分にプラスになると思ったら取り入れればいいのさ。自分で考えずにすべて素直に受け入れるのはとても危険さ。学校の勉強というのは「先生の言うことは、教科書に書いてあることは絶対に正しい。だから疑ってはならない」と教えられるので、これができないと受験勉強が前に進まないので、受験勉強をがんばった人ほど、「この人はすごい」と思うと無条件で相手の言うことをすべて信じるのさ。だから学歴の高い人が怪しい宗教にハマることがあるけれど、「学歴が高くて頭が良いはずなのに、なぜ怪しい宗教にハマったのか」と言われるけれど、その逆で、学歴が高くて受験勉強をがんばったから、「自分が認めた相手の言うことを無条件で聞いてしまう」のさ。相手の言うことを本当かどうか自分で確かめることは受験勉強では絶対にしてはいけないと教えられるので、中身を自分で確かめたことが無いのさ。ビニールハウスで育てられたようなものさ。不良の場合は、「学校の先生の言うことが正しいばかりじゃない」という当たり前のことがわかるのだけど、受験勉強をがんばった人はそれがわからないのさ。だから学歴の高い人ほど、受験勉強をがんばった人ほど、宗教には気をつけるんだよ。宗教以外でも、なるべく「本当かな」と自分で確かめることが必要さ。そういうところでは、「オレの認めたことしか信用しない」という不良のほうが頼りになるよ。
で、若は釧路市の経済を引っぱっているけれど、その前に宗教指導者なのさ。宗教指導者の恐ろしさは、台風を起こしたり、奇跡を起こしたりするのでは無く、ものすごく論理的に説明ことさ。だから宗教指導者の言うことは、正面から聞いていると何でも筋が通っているように聞こえるのさ。だから一度、自分でジックリ考えることが絶対に必要なのさ。ジックリ考えても正しかったら信用したらいいんだよ。ジックリ考えたらおかしいと思ったり、筋が通ってないと思ったら、それは間違いなんだよ。
大切なのは、「誰が言ったのか」では無いのさ。「何を言ったのか」が大切なのさ。言うことすべてが正しい人はいないし、言うことすべてが間違っている人もいないのさ。だから誰であっても、相手の言うことは正面から受け止めて、それを自分でジックリ考えてから、その意見を聞くのかどうか、取り入れるのかどうか決めたらいいのさ。これは学歴のある人には本当に難しいのさ。学歴のある人は、自分より学歴のある人や、権威のある人の言うことを無条件で信じるのさ。学歴のある人ほど、自分の頭で考えないクセがあるのさ。
今のアメリカ大使は、ケネディ大統領の娘だけど、そのケネディ大統領の父親は、証券会社か何かで働いていて、その時は金融バブルでものすごく儲(もう)けたらしいのさ。でも、道路で靴磨きをしている人が「今なら誰でも儲けられますよね」と言うのを聞いて、「金融のことを何もわからない人が簡単に儲けられると思っている状態はとても危険だ。この流れは必ずダメになる」と思って、すぐに手を引いたんだって。そのすぐ後に、バブルがはじけてみんなが大損したらしいよ。テレビで何年も前にやっていた。普通の証券会社の人は、金融の専門では無い人の言うことなんか相手にしないよ。でも、ケネディ大統領の父親は、それを正面から受け止めて、ジックリと考えたからこそ、損をしなくて助かった。誰が言ったのかでは無く、何を言ったのかを大切にしたからさ。
だからこのホームページを見ている人も、誰が言ったのかでは無く、何を言ったのかを大切にして、自分の頭で正しいのかどうかジックリ考えるクセをつけたらいいよ。そのほうがダマされないし、失敗も減るし、成功のチャンスも逃さないと思うよ。
2013/12/07
一言:昔、日本のJリーグの名古屋グランパスエイトの監督をしてチームを強くしたので「日本代表の監督をしてほしい」とサッカーファンからすごく望まれていた、今はイングランドのアーセナルの監督をしている「ベンゲル」という人は、名古屋の監督時代に本を書いて、その中で「ヨーロッパ人の監督は、試合の場面、場面で、パスをするのか、ドリブルをするのか、シュートをするのかという、その選手がどんな動きをするのかで、良い選手かどうか決める。しかし日本人の監督は、試合の場面、場面で、いかに監督の言うとおりに動けたかどうかで、良い選手かどうかを決める。だから日本の選手は『私はどうしたらいいでしょうか』と平気で聞いてくるが、ヨーロッパ人の監督はビックリする。『それを決めるのはお前だろう』と」と書いていた。
ヨーロッパで結果を出した監督がJリーグに来ても、なかなか結果を出せないことがあった。ベンゲルが結果を出せたのは、日本人の性格や考え方がわかったからだ。
日本では、サッカー以外でも、仕事でも何でも、その人がどういうことをするのかで判断されるのでは無く、社長や、先生の言うとおりにできたかどうかで判断される。社長や先生の言うことを聞かないと、成功しても怒られる。野球には、基本的にバットの届く範囲が「ストライク」で、バットの届かないところが「ボール」だ。ストライクが3つでバッターはアウトになり、ボールが4つで1塁に行ける。だから監督は「ボールを振らずに、ストライクだけを振れ」と選手に言う。ある選手が、ボールのところを振って、それがバットに届いてホームランになって点数が入った。それでも「なぜボールを振った」と怒られたそうだ。日本では、結果を出しても監督の言うとおりにしないと怒られる。逆に、失敗しても、社長や先生や監督の言うとおりにやっていたら、「しょうがない」と許される。
なんで日本がこんな考え方なのかというと、日本は「師匠と弟子」の国だからだ。師匠というのは絶対に正しくて、弟子は師匠の言うことを無条件で聞かなければならない。弟子の中で一番優秀なのが次の師匠になるので、師匠の言うとおりにやらないと絶対に自分は師匠になれない。で、これが日本の「学校の先生と生徒」、「会社の社長と社員」、「スポーツの監督と選手」の関係なのだ。
だから日本では「言われたとおりにできることが、優秀な人なんだ」と考える。社長にとって「良い社員」とは、先生にとって「良い生徒」とは、監督にとって「良い選手」とは、言われたとおりにできる人のことだ。
だから学校では、先生の言うとおりに、教科書に書いてあるとおりに答えれば、テストは必ず満点になる。言われたとおりに一つもできないと0点だ。ただそれだけなのだ。先生は師匠だから、なぜそうなるのかという説明はしない。「先生の言うとおりに、教科書に書いてあるとおりに答えろ」としか言わない。学問とは本当は、「正しいと言われていることは、なぜ正しいのか。本当に正しいのか」と中身を自分で確かめることが大切だ。本当に正しければ深く理解できるし、間違っていれば間違いに気づくことができる。しかし日本の学校では、「先生の言うことは、教科書に書いてあることは本当に正しいんですか」と聞くと、先生に「ナメてるのか」と怒られる。「先生の言うことは、教科書に書いてあることは絶対に正しい。疑ってはならない」というのが学校のルールだ。でも、本当に正しいならば、どれだけ中身を自分で確かめても「正しい」としか思わない。ニュートンの「物は上から下に必ず落ちる」というのは、誰が何回試してみても必ず落ちるから、みんな心から信じられる。でも学校で「これは正しい」と教えられることは、なぜか中身を自分で確かめようとすると怒られる。だから日本の学校では学問なんかまったくやっていない。学問のように見えるだけで、実際は「先生という師匠が、生徒という弟子に教えているだけ」なのだ。
だから若は、「学歴は、頭の良さに関係無いよ」と言うのさ。本当に頭が良いとは、ゼロから自分で考えたり、「正しいと言われていることは、本当に正しいのかな」と思って自分で確かめることなのさ。でも、日本の学校の勉強ではそんなことまったく必要無い。言われたとおりにするだけで、日本で一番の東京大学には入れる。だから学歴の順番とは、頭の良い順番では無く、言われたとおりにするのがじょうずな順番なのさ。だから社長が東大生をほしがるのさ。東大生は画期的なアイデアを期待されているのでは無くて、社長の言うことを一番じょうずにできるから必要とされているのさ。学歴が低くなるほど、社長の言われたとおりにできなくなるのさ。ただそれだけなのさ。
ということを若は去年から中学生に教えているのさ。
初めて聞く人はビックリするかもしれないけれど、去年から聞いてる人は「同じことを言っているな」としか思わないよ。


一言:若はこんな感じで、一番最初が一番みんながすごいと思うのさ。若がみんなからすごいと思われない時は二つのパターンがあって、一つは「まったく認められない場合」。認められないからすごいとも思われない。二つめは「若の考えがみんなに認められて、それが一般的な考えになった時」。そんな考えが無かったから新鮮な驚(おどろ)きになるのであって、若の考えがみんなの一般的な考えになったら、「普通の考え」になってしまう。そうすると若の言うことを聞いても誰も驚かない。「普通のことを言っている」としか思わない。釧路市の経済がそうさ。だから自分のがんばりを認めてもらうためには、「東京から学べというのは今は普通かもしれないけれど、そんなに驚かないかもしれないけれど、若が初めて教えたんだよ」と説明しないと若の何がすごいかわかってもらえない。釧路市がそのうち、「学歴と頭の良さは関係無い。学歴の順番は、言われたとおりにするのがじょうずな順番だ」というのが一般的な考えになったら、若の言うことに誰も驚かなくなるのさ。だから若は、一番最初が一番評価されて、だんだんと評価されなくなって、最後には普通になるのさ。去年から若の学校の勉強についての考えを聞いている生徒や保護者や先生は、「去年と同じことを言っているな」と思うだけで、特に驚かないよ。去年はすごくビックリしてんたんだよ。ただ2年目になると驚かなくなるのさ。
こんな感じです。
2013/12/08
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後6:00頃。
お参り 12件(住職 4件:法事 2件。月参り 2件) (若 8件:月参り 8件。午後2:29出発済。午後4:47終了済。午前8:50出発予定。午後2:00終了予定)


今日の若の予定

午後1:37 起床(5時予定)


午後2:21開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。自分もまわりの人も生きていることに感謝をする(済)。
2:22開始済 お参り出発の準備
2:29出発済 お参り出発
4:47終了済 お参り終了
4:55開始済 夕食
6:48開始済 お参りの反省(53分遅刻)
7:50開始済 弘宣寺全体の日次決算(済)
9:40開始済 会計の反省(済)
9:46開始済 明日の予定を作る(済)
11:42終了済 仕事終了


一言:このホームページを見ている人は、若の書くことが本当かどうかジックリ考えなさい。本当に正しければ、ジックリ考えるほど正しいと思えるよ。
「学歴とは、頭の良い順番ではなくて、言われたことをそのとおりにするのがじょうずな順番だ」という客観的な証明として、1990年代にバブルがはじけてものすごい不景気になった時に、日本の銀行も、大蔵省(おおくらしょう。今の財務省)も、まったく対応できなくてガタガタになった。それは、今までのやり方が通用しなくなったから。「銀行や大蔵省には、東大を卒業した頭の良いたくさんいるのに、なぜ対応できないのか」と言われたが、東大には頭の良い人なんかいないからさ。言われたとおりにできるのがじょうずな人しかいないから、東大を卒業した人は、「こうしなさい」と教えてくれる師匠がいないと、まったく東大生の良さを出せないのさ。本当に頭の良い人は、自分で道を切り開いてゼロから物事を作るのさ。東大生は、そんなことをまったくしたことが無いのさ。先生の言うとおりに、教科書に書いてあるとおりに、塾の先生の言うとおりに、家庭教師の先生の言うとおりにやっていたら東大に入れただけさ。努力はしたけれど、ゼロから自分で何かを作ったのを認められて東大に入ったのではないのさ。
だから学歴のある人には、「言われたとおりにじょうずにできること」を求めるといいのさ。画期的なアイデアや、自分で道を切り開くなどの「ゼロから物事を作ること」を求めたらダメだよ。そんなことしたこと無いからさ。


一言:このホームページを見ている人は、若の書くことが本当かどうかジックリ考えなさい。本当に正しければ、ジックリ考えるほど正しいと思えるよ。
「学歴とは、頭の良い順番ではなくて、言われたことをそのとおりにするのがじょうずな順番だ」という客観的な証明として、1990年代にバブルがはじけてものすごい不景気になった時に、日本の銀行も、大蔵省(おおくらしょう。今の財務省)も、まったく対応できなくてガタガタになった。それは、今までのやり方が通用しなくなったから。「銀行や大蔵省には、東大を卒業した頭の良いたくさんいるのに、なぜ対応できないのか」と言われたが、東大には頭の良い人なんかいないからさ。言われたとおりにできるのがじょうずな人しかいないから、東大を卒業した人は、「こうしなさい」と教えてくれる師匠がいないと、まったく東大生の良さを出せないのさ。本当に頭の良い人は、自分で道を切り開いてゼロから物事を作るのさ。東大生は、そんなことをまったくしたことが無いのさ。先生の言うとおりに、教科書に書いてあるとおりに、塾の先生の言うとおりに、家庭教師の先生の言うとおりにやっていたら東大に入れただけさ。努力はしたけれど、ゼロから自分で何かを作ったのを認められて東大に入ったのではないのさ。
だから学歴のある人には、「言われたとおりにじょうずにできること」を求めるといいのさ。画期的なアイデアや、自分で道を切り開くなどの「ゼロから物事を作ること」を求めたらダメだよ。そんなことしたこと無いからさ。


一言:若が釧路市民に本当に正しいことを言えば、どれだけジックリ考えても「正しい」としか思わない。本当に正しいならば、若が釧路市からいなくなっても残るだろう。そういうものを市民に教えるから、釧路市民は成長できる。
若の自己満足を教えても市民に何のプラスにもならないので、気をつけたい。


一言:東京大学の学生は、頭が良いのでは無いのさ。「こうしなさい」と言われたとおりにするのが日本で一番じょうずに、早くできるのさ。それから東京大学に入るのは日本で一番難しいので、日本で一番努力をした人たちなのさ。それから、効率的に勉強しなければ無理なので、日本で一番効率的にするのがじょうずな人たちなのさ。
だから東京大学の学生は「言われたとおりにするのがじょうずで早いのが、コツコツ努力をするのが、効率的にするのが、日本で一番の人たち」なのさ。だから仕事で通用するのさ。仕事とは、「社長に言われたとおりのことを、早く、効率的にすることをコツコツ努力すること」なのさ。ここでは東京大学の学生は強いよ。
ただ、自分で道を切り開いたり、ゼロから自分で何かを考えることはじょうずではないのさ。そんなことしたこと無いから。だから、iPhoneは東京大学の学生には作れないよ。iPhoneの作り方が教科書に載ってないからさ。東京大学の学生は、「こうしなさい」と教えられて初めて強さを発揮できるのさ。


今日の日本経済新聞から:・日本では、江戸時代まではどの親に生まれたのかで人生が決まったが、明治時代から自分の能力と努力で地位と名誉を手に入れられるようになった。だから江戸時代までは「勉強する」とは、「無理をする」、「値下げをする」と意味だったが、明治時代から「仕事を一生懸命にすること」、「学問をすること」という意味に変わった。
・京都大学の准教授(じゅんきょうじゅ。昔の助教授)の瀧本哲史という人が「良いアイデアや、良い人のつながりは、自分の専門の外にある」と言っていた。(若の感想:若ならば、本当に自分に必要なアイデアや、人のつながりは、仏教でも無く、経済でも無く、弘宣寺の中にも、釧路市の中にも無いところにあるということだ。だから「釧路市の外の、仏教や経済以外のこと」に、若の本当に必要なアイデアや、人のつながりがあると思う。これはすごく納得する。プロ野球選手だった衣笠(きぬがさ)は、バッターだったが、まったく打て無くて悩んでいた時に、子供と一緒に海に遊びに行った。その時に「オレの本当の打ち方は、バットをおもいっきり振ることではないか」と思い出した。それまでは、アウトになるとファンから文句を言われるので「アウトになりたくない」と逃げの気持ちでバットを振っていた。しかし、おもいっきり振ることが自分らしさだと思い出したので、また打てるようになった。海で子供と遊ぶという、野球とは何も関係無いことをしたから、大切なことを思い出した。だから、「良いアイデアや、良い人のつながりは、自分の専門の外にある」というのは、正しいと思う。子供のいる親は、子育てはすごく仕事にプラスになると思うよ。親の介護もそうさ。ボランティア活動や、PTA活動もそう。仕事の専門の分野とは関係ないことをすると、視野が広くなって、人間として幅が広がるよ)


若の今日の会計ミス:ありません。


若の会計の改善:準備作業で、21分。1分で終われるので、20分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、14分。10分で終われるので、4分の無駄。
門信徒会会計で、会費の集計で、8分。4分で終われるので、4分の無駄。預金の確認で、2分。1分で終われるので、1分の無駄。現金の計算で、7分。5分で終われるので、2分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、5分。1分で終われるので、4分の無駄。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、14分。5分で終われるので、9分の無駄。門信徒会会計全体で、36分。16分で終われるので、20分の無駄。
寺院会計で、お布施の帳簿入力で、19分。4分で終われるので、15分の無駄。「預金の確認」と「現金の計算」で、10分。6分で終われるので、4分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、5分。1分で終われるので、4分の無駄。データーバックアップで、1分。無駄なし。寺院会計全体で、35分。12分で終われるので、23分の無駄。
後片付けで、4分。3分で終われるので、1分の無駄。
今日の会計全体で、1時間50分。42分で終われるので、1時間8分の無駄。
2013/12/07
若のお参りの反省:お参り出発予定時間に、5時間37分遅れて、檀家さんの約束の時間に遅れた。原因は、寝坊したので午後1時の会議が始まる時間になったのでさらに会議が終わるまでお参りに行けなかったから。解決策として、夜10時に寝て、朝5時に起きて、シャワーを浴びて、朝食を食べて、いつでもお参りに行ける状態で朝7時の仕事開始をむかえたい。

今日の弘宣寺の会議の時に、「檀家さんと話をすると楽しいな」と思った。若は檀家さんと話をすると楽しいと思うのさ。お釈迦さまは自分の教えを弟子が理解したかどうかを確かめるために、弟子に「私の教えたことを話してみなさい」と言って、弟子が「こんなふうに聞きました」と答えたのを聞いて、「そこはちょっと違うよ。こういう意味で言ったんだよ」と間違いを直した。これは伝えるのがうまいお釈迦さまでも弟子との話し合いをしないと自分の気持ちは正確にわかってもらえないというなので、若も檀家さんと話し合いをすることによって、檀家さんの気持ちもや考えも、若の気持ちや考えもわかり合えるのではないかと思った。

今日のお参りの内容は、「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「仏教を作ったお釈迦さまが生きていた頃、弟子が『お釈迦さまが死んだら私はやっていけません。どうしたらいいのでしょうか』と聞きました。そうしたらお釈迦さまは『人は必ず死ぬから、私もいずれ死ぬ。だから私の存在を心の支えにすると私が死んだらに頼るものがなくなるので、私の教えを心の支えにしなさい。そして他の何も心の支えにしないで、自立して生きていきなさい』と言いました。人は、肩書きや、評判や、財産や、誰かの存在を心の支えにしますが、失う時はどうやっても失うので心の支えが無くなります。しかし、お釈迦さまの教えは『悩みも、老いも、病気も、死も、人間ならば逃れられないから、そのまま受け止めることが苦しみを減らす方法だ』という内容なので、真実なのでいつまでも通用するので心の支えが無くなることはありません。その上で、何ものにも頼らずに自立していけば、何かに惑わされることも、呪いやタタリに怯(おび)えることもなくなります。だから私は、お釈迦さまの教えを心の支えとして、その上で何ものにも頼らずに自立してやっていきたいと思いました」という話をしました。


一言:お釈迦さまは弟子が自分の教えをどれだけわかっているかの確認のために、弟子に「私の教えたことを話してみなさい」と言ったが、同じように学校のテストとは、先生が「私が教えたことを書いてみなさい」と言っているのさ。先生の教えたことを正確に理解しているかどうかを確かめているのさ。高校入試の場合は、北海道教育委員会が「中学校の先生に習ったことを、このテストに書きなさい」と言っているだけさ。だから学校の先生に習ってないことは一つも出ないのさ。「こんなこと聞いたこと無い」と思ったら、授業中にボーッとしてただけさ。いちおう、学校の先生が授業中に言ったことをすべておぼえていたら、高校入試は満点をとれるのさ。
「高校入試は、一度も聞いたことの無いことを聞かれるのでは無く、自分でおぼえているか忘れているかの違いだけで、授業中に先生に教えてもらったことしか出ない」と思ったらいいよ。今までに聞いたことしか聞かれないのが高校入試さ。


一言:勉強に自信の無い中学1年生や2年生は、今から高校入試の過去問題を何回も繰り返しやって、問題と答えをすべておぼえたらいいよ。そうしたら、学校の授業が過去問題でやったことを教えてくれることが何回も出てくるから。そうしたら、その問題の答え方がもっとわかるから。
高校入試の過去問題は、中学3年生だけのものではないのさ。中学1年生や2年生がやっておぼえてもいいのさ。この方法は、勉強に自信の無い人ほど効果があるよ。「なんとなく高校入試に出そうな部分だけおぼえる」という、ものすごい手を抜いたやり方さ。ズルいと思ったり、意味が無いと思うかもしれないけれど、高校入試というのは北海道教育委員会が「北海道の中学生には絶対にこれだけはおぼえておいてほしい」と思う部分しか出ないのさ。だから、北海道教育委員会が大事だと思う部分は必ずおぼえるのだから、北海道教育委員会も「その方法はダメだ」と言えないと思うよ。本当に高校入試は、北海道教育委員会が「これは中学校の授業で習うけれど、あまり意味が無いな」と思う部分は絶対に出ないので、高校入試の問題を答え方をおぼえるのは最高の勉強方法なのさ。
だから学校の勉強に自信の無い中学1年生や2年生は、「高校入試に出る部分は必ずおぼえて、それ以外の部分はできればおぼえるぐらい」にすると、いいと思う。普通に勉強したら何もおぼえないのだから、こういう方法も良いと思うよ。
普通に中学1年生から学校の教科書の順番の通りに、学校の先生の教えるとおりに勉強するのは、「スタートからゴールに向かうやり方」さ。高校入試に出る問題と答え方からおぼえていくのは、「ゴールからスタートに向かうやり方」さ。どっちも正しいのさ。ただ、ゴールからスタートに向かった方がムダが少ないんだよね。この勉強の方法は学校の先生には怒られるかもしれないけれど、北海道教育委員会には絶対に怒られないから。だって「北海道教育委員会が高校入試で『これだけは中学生におぼえておいてほしい』と思って出す問題と答えは必ず全部おぼえます」と言うのだから、怒られるはずが無いのさ。
そういう勉強の方法もあるんだよ。スタートからゴールに行くのでも、ゴールからスタートに行くのでも、どっちでも好きなほうをすればいいのさ。


一言:学生に言っておくけれど、学校の勉強ができないのは、頭が悪いからではないよ。学校の勉強をする意味がわからないのと、勉強の方法がわからないのと、勉強することがすばらしいと思っているからさ。まず、学校の勉強は、先生が「こうしなさい」と教えたとおりに、教科書に書いてあるとおりにできれば必ずテストは満点さ。テストとは頭の良さを確かめるためにするのでは無いよ。「言われたとおりにするのがうまいかどうか」を確かめているのさ。会社で働いてもそうなんだよ。社長の言うとおりにできれば出世するし、できなければ「あんまり良くない社員だ」と思われるのさ。だから学校の勉強は、「言われたとおりする練習」なのさ。さらに、1秒でも早くできるようにする練習さ。同じように社長の言うとおりにやっても、自分は2時間でできて、他の社員が1時間でできたら、1時間でできた社員だけが社長から褒(ほ)められるのさ。学校のテストもそう。「5時間かけたら満点とれます」というのは通用しないんだよ。テストの時間終了までにできた部分しか点数をもらえないのさ。だから「こうしなさいと言われたことを、言われたとおりに、1秒でも早くできるようにする練習」が学校の勉強さ。
次に、勉強の方法がわからないのは、これがずばり塾や家庭教師さ。塾や家庭教師は学校で教えてもらえない知識を教えるのでは無いよ。学校では教えてもらえない「勉強のやり方」を教えてくれるのさ。だから本当に意味があるのさ。
次に、勉強することはすばらしいのでは無いのさ。どんなことをどれだけ勉強したかが大事なのさ。もっと言うならば、1時間でどれだけ内容のある勉強をしたかどうかが大事なのさ。「ダラダラ3時間もやりました」というのは何の意味も無いよ。それなら同じ3時間を過ごすのでも、しっかり1時間勉強して、残りの2時間を遊んだほうが意味があるのさ。これは仕事でもそのままあてはまるのさ。「1時間でどれだけ仕事の結果を出せるのか」がものすごく大事なんだよ。だからそのために、「京セラ」という会社は太陽電池を作るための時間を0.1秒短くすることをがんばったり、トヨタのクルマの部品を作っている会社は、他の会社の社長からアドバイスしてもらって、部品を作る時間を7秒短くできたと喜んでいるんだよ。東京の会社は「1時間でできる仕事の量」がすごいのさ。だから経済が強いのさ。釧路市は「1時間でできる仕事の量」
が少ないのさ。だから競争力が無いから経済が弱いのさ。
特に、外資系(がいしけい)といって、外国の会社の日本支社で働く時は、同じ結果を出しても短い時間でできないと評価されないんだって。
だから、学校の勉強はダラダラ時間をかけるのがすごいのではなくて、短い時間でどれだけおぼえたかが大事なのさ。そのための練習なのさ。それがそのまま会社で働いてから通用するのさ。
ちなみに、ダラダラ時間を使って仕事をする人の代表的な人たちが、学校の先生と、お坊さんさ。仕事のやり方にムダが多いとか、普通の会社では通用しないとかよく言われるよ。ダラダラ仕事をするからさ。学校の先生から勉強のやり方を学ぶことは大切だけど、学校の先生と同じ働き方をしたらダメだよ。普通の会社では通用しないから。


一言:学校の先生へ。もっと民間の会社のように効率的な仕事のやり方をしたら、毎日1時間早く学校から帰れるよ。ダラダラ仕事をしている若には言われたくないと思うけれど。


一言:iPhoneや、iPadを持っている学生は、「あそんでまなべる日本地図パズル」と、「あそんでまなべる日本地図クイズ」と、「あそんでまなべる世界地図パズル」の3つのゲームをやりなさい。「App Store」からインストールできるよ。3つとも無料だよ。
「あそんでまなべる日本地図パズル」は、日本の都道府県をパズルのように当てはめていくのさ。
「あそんでまなべる日本地図クイズ」は、日本の都道府県の県庁所在地(けんちょうしょざいち。その都道府県の一番中心の街のこと。北海道なら札幌市。大阪なら大阪市)を答えるクイズさ。
「あそんでまなべる世界地図パズル」は、世界の国を当てはめるパズルさ。
若はこれで去年初めて都道府県や、県庁所在地や、世界の国をおぼえたよ。おもしろくて簡単だった。
地図が苦手な人は、やってみてごらん。
探す時は「まなんであそべる」ではなくて、「あそんでまなべる」だからね。間違わないでね。
2013/12/06
一言:若の高校入試の勉強の方法を聞いて「こんな方法があるのか」とビックリした人は、若が釧路市の経済で出てきた時もまったく同じだったんだよ。「東京から学べ」と聞いて「そんな方法があったのか」と同じように驚(おどろ)いたのさ。それまでは東京はあこがれるだけの存在だったけれど、「東京のしていることを学んで釧路市もしたら、結果が出るよ」と聞いてビックリしたのさ。
でも、だんだんと若の言うことを釧路市民がするようになって、いつまにか若の言うことと釧路市民の行動がそんなに変わらなくなったのさ。そうしたら、若が出てきた時のように若の話を聞くだけで市民が「すごい」とビックリすることも無くなったのさ。若の言うことが釧路市で一般的な考えになったからさ。
で、若はよく「釧路市の中で肩書きも役職も無いのに、どんな影響を与えたというのだ」という批判があるのだけど、肩書きも役職も無いから、肩書きや役職がある人が若の考えを素直に取り入れたのさ。だって景気を良くなったほうがいいから。だから若は最初のうちは考え方を伝えるだけで、直接にリーダーになろうとはしなかったのさ。で、「自分では釧路市の景気を良くすることはできないな」と思ったので、釧路市のリーダーになることはやめて自分より若い人たちに期待しようと思ったのさ。それを伝えた瞬間に、いきなり釧路市は内向きになろうとしたのさ。昔の釧路に戻ろうとしたのさ。で、結局、若は去年の秋のリーダーの競争に出ることになったのさ。「自分でするしか無いのか」と思ったから。だから急にギリギリになって参加したのさ。去年は、1月くらいから「今年の秋の釧路市のリーダーの競争には若は出ないよ」と伝えていたので、本当は出ないはずだったのさ。でも、若の経済の教え方が悪かったのか、「若が釧路市を引っぱることは絶対に無いんだ」と思われた瞬間に内向きになったから、ギリギリまで悩んだけれど、結局、参加したのさ。悩んだよ、最初は「出ない」と言ってたのだから。で、この釧路市のリーダーの競争に正式に参加したことで、政治のプロと縄張りがぶつかることになったのさ。今までは、若は「アイデアを出す人」、政治のプロは「行動をする人」で、縄張りがぶつかることが無かったのさ。ずっと前から若の考え方の影響を受けているのだから、若の考え方やアイデアが気に入らないのでは無いのさ。若がアイデアを出して、政治のプロが行動すれば、お互いに成り立つのさ。でも、若がアイデアを出して、若が行動をしたら、政治のプロの出番が無くなるのさ。だから去年の秋の釧路市のリーダーの競争をきっかけに、若と、釧路市の政治のプロとの関係が悪くなったのさ。財政再建の話を見てたらわかるでしょ? 若がアイデアを出して、行動もしようとすると、政治のプロの出番が無いのさ。今、若は、中学生に高校入試の勉強の方法を教えているけれど、ちょこっとアイデアを出すだけだから問題が無いけれど、本格的に釧路市の中学生の勉強に若が乗り出したら、学校の先生や、塾の先生や、家庭教師の先生が「縄張りを荒らされた」と思って、反発するよ。自分の生徒から「弘宣寺の若よりも教え方がヘタですね」と言われたら、腹が立つでしょ? 釧路市の政治のプロがそうさ。もともとアイデアは、考え方は若の方が上だったのさ。でも行動するのはプロの政治家しかできないから、縄張りを荒らすことは無かったのさ。それが、結果的に縄張りを荒らしていることになるので、おもしろくないのさ。
そういうことです。
中学生の高校入試の勉強の方法は、ちょこっとアイデアを出すだけだから、釧路市の学校の先生も、塾の先生も、家庭教師の先生も安心してね。少し釧路市のプロの政治家の気持ちがわかったでしょ? これが反発を食らう一つの理由なのさ。
ちなみに、中学生に高校入試の勉強の方法を教えるのは、点数がとれたらいいなと思うのと、学校の勉強も仕事に役に立つ部分があるとわかってほしいからさ。生徒が勉強しない一番の理由は、なまけているからではないのさ。学校の勉強をする意味がわからないからさ。学校の勉強がわからないのではないよ。勉強する意味をどうしても理解できないのさ。だから、大人になっても、会社に入っても通用する部分があるんだよと若は教えているのさ。
2013/12/07
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後6:00頃。
お参り 7件(住職 4件:法事 1件。月参り 3件)  (若 3件:月参り 3件。午後3:37出発済。午後5:27終了済。午前10:00出発予定。午後12:10終了予定。午後4:00出発予定。午後5:20終了予定)


今日の若の予定

午前10:52 起床(5時予定)


午後1:08開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。自分もまわりの人も生きていることに感謝をする(済)。
1:10開始済 本部役員会(10分遅刻)
3:15終了済 終了。後片付け。
3:22開始済 お参り出発の準備
3:37出発済 お参り出発
5:27終了済 お参り終了
5:35開始済 夕食
7:00開始済 お参りの反省(25分遅刻)
8:32開始済 弘宣寺全体の12月6日と12月7日決算(済)
10:19開始済 会計の反省(済)
10:25開始済 明日の予定を作る(済)
11:43終了済 仕事終了


一言:日本国憲法に「政治と宗教の分離」とあるので、弘宣寺は若が釧路市の発展にがんばることに関われないけれど、そうすると若のしていることの半分に関われないから、弘宣寺は若の側近ではないから。弘宣寺が若の側近になったら釧路市民に影響力を持つことになるので必ず憲法違反になるから。釧路市の発展は、若と釧路市民でやってきたことだから。
弘宣寺と若は、ただの仏教つながりだから。個人的なつながりなんか無いのさ。仏教をとおしてのつながりだから、尊い関係なのさ。
釧路市民は、若の釧路市の発展のことを弘宣寺に聞いても、釧路市の発展のことは弘宣寺は若に何の関係も無いのがわかるよ。釧路市の発展のことで若が弘宣寺に相談するなんてありえないから。今までに相談された人は一人もいないし、これからも相談される人は一人もいないよ。釧路市の発展のことで相談したかったら、若は釧路市民に相談するよ。若のまわりは18万人全員が釧路市なのだから。


一言:若が釧路市の発展を弘宣寺とがんばったら暴走だけど、若が釧路市の発展を釧路市民とがんばったら、とても普通のことだよ。
それから若は側近というものは作らないから、ゆるやかなつながりが好きだけど、どうしても側近という言葉を使うなら、釧路市の発展では若の側近は釧路市民全体さ。もしも釧路市が好景気になったら、釧路市民全体が若の側近に見えるよ。
弘宣寺の維持経営では、弘宣寺で仏教を学ぶことは、どうしても側近という言葉を使うなら、弘宣寺そのものが若の側近さ。弘宣寺のことでは釧路市民は側近ではないよ。
若は、弘宣寺の宗教指導者という顔と、一人の釧路市民として釧路市の経済を引っぱるという顔の、二つの顔があるのさ。一人二役なんだよ。


一言:若はやっぱり7月末まで自分の借金を返すことで釧路市の財政再建の実験をしてたので、その疲れがとれないから、今は心と体を休める時さ。本当に疲れているのさ。だから誰とも争う気が無いし、ハッキリ言うと、誰かと争うならば若はただ巻き込まれただけなので、今は自分を休める時だと思ってます。
受験生は、勉強をがんばるのも大切だけど、しっかり心と体を休めることも大切だよ。しっかり心と体を休めることも受験勉強の一つさ。
休んでばかりで勉強をしないのはダメだよ。バランスが大切だよ。
仕事もそうさ。がんばってばかりでしっかり心と体を休めないと、疲れすぎて入院したりするのさ。受験勉強で、がんばることと、しっかり心と体を休めることの練習をしなさい。会社で働くようになったら役に立つよ。
ちなみに弘宣寺は、若の釧路市の発展のためにがんばることに関わらなくていいから、疲れなくていいんだよ。憲法のおかげさ。


一言:何回も書くけれど、弘宣寺は若が釧路市の発展をがんばることに対応しなくていいんだよ。対応しなくても何も困らないし、誰からも文句を言われないから。憲法で「政治と宗教の分離」とあるのだから、どうやっても対応できないから、「若はたいへんだね」と思って見てるだけでいいのさ。
憲法のおかげで弘宣寺はすごく助かっているんだよ。

一言:若は3年後の釧路市のリーダーの競争に受かったら釧路市は正式に財政再建がスタートするけれど、3年後の話だから、若は今、疲れているから心と体を休めたいから、若が3年後の釧路市のリーダーの競争に出ることには釧路市民は今は関わらないでほしい。余計な争いに巻き込まれたく無いのさ。
弘宣寺は若が3年後の釧路市のリーダーの競争に出ても、まったく関われないよ。憲法で禁止されているから。もしも関わってきたら憲法違反になるし、若にすごくキラわれるよ。若は弘宣寺は、いつまでも仏教をする場所であってほしいのさ。
若はね、釧路市の財政再建の道をゼロから自分で切り開いてきたし、財政再建の実験の時に市民に協力してもらったから、どうしても若が3年後の釧路市のリーダーの競争には出なければならないのさ。受かるか、落ちるかは、100パーセント釧路市民が決めればいいのさ。若はその結果を素直に受け止めるだけさ。でも、リーダーの競争に出ないで逃げることはできないのさ。財政再建で先頭にたって市民全員の文句を一人で受けるなんて誰もしたくないからさ。リーダーの競争に落ちたら、堂々と逃げられるのさ。だから若は、まったく受かろうとしないのさ。義理として釧路市のリーダーの競争に参加するだけさ。だって落ちたほうが楽だからさ。
若の本音を言えば、釧路市の借金は若が作ったのではないのさ。今までの人たちが作ったのさ。それをなぜ若だけが先頭に立って文句を言われなければならないのか納得できない気持ちもあるのさ。
でもそうしなかったら釧路市の財政再建が始められないから若が先頭に立って一人で市民全員の文句を受けるよと言うのだけど、本当に文句を受け立場になるかもしれないと思ったら、逃げたいと思うし、なんでオレ一人だけがとも思うよ。自然な気持ちさ。
だから3年後に財政再建が始まって文句を受ける立場になってたいへんな思いをするかもしれないから、今は3年後のことを考えないで心と体をしっかりと休めたいのさ。どう考えても今が一番楽なのだから。
3年後のことを考えたくないのは現実から逃げているだけだけど、本当に財政再建を始めて市民全員の文句を受けるかもしれないから、今はその現実から逃げたいと思うのは自然な気持ちさ。
若は、そういう気持ちなのさ。


一言:弘宣寺の維持経営は、やっぱり住職や檀家さんの助けがないとできないと思った。
釧路市の発展は、やっぱり釧路市民の協力がないと無理だといつも思う。
弘宣寺でも、釧路市でも、自分一人ではやっていけないと思った。


一言:若のことがわかりにくい人は、若は、弘宣寺のお坊さんと、釧路市の発展の、2つの仕事を一人でしていると思ったらいいよ。
例えるなら、プロ野球選手をしながら、サッカーのJリーグの選手も同時にしているようなものさ。
たがら若はわかりにくいのさ。


一言:受験生の親は、子供に受験をがんばってほしかったら、そっとしておきなさい。
お正月の箱根駅伝で3チームくらいが途中棄権(リタイア)した年があったのさ。たぶん、亜細亜大学が優勝した年さ。なぜかと思ったら、レースを振り返る録画が流れた時に、監督がクルマの中からマイクで「がんばれ、負けるな、がんばれ、負けるな」と延々と大きな声で言い続けているのさ。その前の年まではマイクを使えなかったのに、その年から監督はマイクを使えるようになったらしいのさ。その結果、駅伝そのものが苦しいのに、さらに箱根駅伝は人気があるから道路にも人がいっぱいいて、テレビで全国生中継もされていてものすごい精神的な負担なのに、それだけでもたいへんなのに、走ってる間ずっと後ろから監督にマイクで大きな声で「がんばれ、がんばれ」と言われ続けたら、リタイアしてもしょうがないと思った。選手に活躍してほしかったら、監督はそっとしておいたほうがいいと思った。
同じように、受験生の子供に点数をとってほしい親は、子供をそっとしておいたほうがいいと思う。ただでさえ受験は子供にプレッシャーなので、親がうるさく言ってさらにプレッシャーをかけないほうがいいと思うよ。


若の今日の会計ミス:ありません。


若の会計の改善:準備作業で、22分。1分で終われるので、21分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、15分。10分で終われるので、5分の無駄。
門信徒会会計で、領収証の貼り付けと帳簿入力で、1分。無駄なし。会費の集計で、14分。7分で終われるので、7分の無駄。預金の確認で、2分。1分で終われるので、1分の無駄。現金の計算で、6分。5分で終われるので、1分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、2分。1分で終われるので、1分の無駄。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、8分。3分で終われるので、5分の無駄。門信徒会会計全体で、33分。18分で終われるので、15分の無駄。
寺院会計で、お布施の帳簿入力で、16分。4分で終われるので、12分の無駄。預金の確認で、2分。1分で終われるので、1分の無駄。現金の計算で、8分。5分で終われるので、3分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、4分。1分で終われるので、3分の無駄。データーバックアップで、1分。無駄なし。寺院会計全体で、31分。12分で終われるので、19分の無駄。
後片付けで、6分。3分で終われるので、3分の無駄。
今日の会計全体で、1時間47分。44分で終われるので、1時間3分の無駄。
2013/12/06
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後10:20頃。
お参り 10件(住職 6件:月参り 6件)  (若 4件:月参り 4件。午後3:23出発済。午後4:44終了済。午前10:00出発予定。午後1:00終了予定)


今日の若の予定

午後1:56 起床(5時予定)


午後2:30開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。携帯をマナーモードにする(済)。自分もまわりの人も生きていることに感謝をする(済)。
2:32開始済 お参り出発の準備
3:23出発済 お参り出発
4:44終了済 お参り終了
5:02開始済 夕食
7:01開始済 お参りの反省(済)
7:53開始済 休憩
9:34開始済 明日の予定を作る(済)
10:59終了済 仕事終了


一言:釧路市民の中で「弘宣寺の若は、釧路市の景気を良くすることや、釧路市の財政再建をすることを利用して釧路市で権力を持とうとしているのか」と思う人がいたら、若は釧路市民に「調子に乗ったら釧路市から引っ越すぞ」と何回も言っているので、釧路市の権力を持つことが目的ではありません。釧路市の権力が目的ならば、釧路市から絶対に引っ越そうとしないでしょう。釧路市の権力は釧路市の中でしか通用しません。
それから、若は今まで一度も自分の立場を利用して釧路市民に個人的な要求をしたことは無いけれど、例えば若が釧路市民の中の大人の女性に「エッチなことをしよう」と言ったとしても、釧路市を引っぱる立場で言うのではなくて、一人の男性として、一人の女性に言うだけなので、釧路市民への要求ではありません。「そんなことを言ったら、釧路市での若の立場を利用して、若が一人の市民として釧路市役所にモノを言うことで、個人的な要求ができるのではないか」と思うかもしれませんが、確かにそうですが、そんなことをしたらすぐに市役所から市民に情報が伝わって若の支持が減るだけだし、釧路市役所にはお金が無くて借金しか無いので、要求をしても何もできないと思うし、釧路市役所の名前を使わなくても若が言うだけで市民に影響力があるので、市役所に何かを言う時は釧路市の発展のためだけだと思うので、心配無いのではと思います。そもそも釧路市役所が頼りになるならば若は一般市民なのにここまでがんばる必要も無いので、釧路市役所が頼りにならないから若ががんばっているので、若が釧路市役所に個人的な要求をすることは絶対に無いし、日本国憲法に「政治と宗教の分離」とあるので弘宣寺が若の影響力を利用して個人的な要求をしたら、若はすぐに弘宣寺をやめます。
そういうことです。


一言:若は「釧路市で一番勉強する立場」なので、だから景気を良くすることや、財政再建で必要とされるのさ。だから、勉強しないでイバりだしたら何のプラスにもならないので、若がイバったら釧路市民は相手にしないほうがいいよ。
それから、若は前から「釧路市を自分のものにしたいのか。釧路市民を支配したいのか」と言われるのだけど、自分のものにしたり、支配してプラスになるのは頼りになる相手だけです。景気を良くすることでも、財政再建も若が自分でがんばらないとならないので、若は釧路市を育てているだけで、ハッキリ言うとたいへんなだけです。若が何もしなくても景気を良くしたり、財政再建ができるようになったら初めて、自分のものにする価値が、支配する価値がでます。
早くそんな頼りになる釧路市になってほしいと思います。
それから、若がどれだけ釧路市民に影響力があろうが、釧路市のリーダーの競争の票には何の関係も無いから。大阪市の橋下市長は市民の支持が票に結びつくけれど、若はまったく支持が票に結びつかないので安心してね。


一言:釧路市民の中で、若が釧路市民にケンカを売っていると思う人がいるが、若は「何十年の不景気は釧路市民に原因があるんだよ」と言うからが、この何十年間、総理大臣も、国会議員も、北海道知事も、北海道議会議員も、釧路市長も、釧路市議会議員も、何人も代わってきた。それなのに釧路市の経済が苦しいことに変わりが無いのは、釧路市民自身が変わらないと意味が無いからだ。何十年の不景気の本当の原因は、釧路市民にあるのさ。若はこれをずっと言ってきたのさ。市民にとっては若に厳しいことを言われるよりも、「何十年の不景気は釧路市民に何の原因もありません」と言われたほうが腹が立つよ。「そんなわけないだろう」と市民も思うからさ。
ちなみに釧路市民は若が景気を良くするために厳しいことを言うのはガマンするけれど、若が自慢話をするとイヤがる。何の役にもたたないからだ。
若の言うことは、好景気に結びつくから意味がある。財政再建に結びつくのでもいい。この2つに結びつかないことは、聞かなくていいよ。意味が無いから(学ぶということでは意味がある場合もあります)。


一言:なんか最近の若は好景気に結びつくことでも、財政再建に結びつくことでも無いことを市民に伝えるようになったのさ。具体的には「自分は釧路市の中でどれだけすごいのか」ということを言うようになったのさ。前はこんなことは絶対に無かったのさ。若は自分の影響力にビビっていないとダメだが、市民に自慢する必要は無いのさ。若はたぶん自分でも知らないうちに「釧路市の好景気がゴール」から、「自分の立場を良くすることがゴール」に変わったんだと思うよ。そうしたら市民が若から自立したがるようになったのさ。自然な結果だよね。好景気がゴールなら釧路市民に必要だけど、自分の立場を良くすることがゴールならば、誰にも必要無いからね。



一言:昔はみんなから必要とされていたのに、今は必要とされなくなった人たちは、昔の良さを失っていないかどうかを自分自身を振り返ってみたらいいよ。
日本維新の会よ、大阪維新の会の頃の気持ちや考えに戻りなさい。
若が釧路市の好景気を心から願っていた時は釧路市民はいつも本当に若を必要としていたけれど、そういう気持ちをほとんど失った今の若から自立したい市民がけっこういっぱいいるよ。


一言:民主党よ、政権を取る前に言っていた「自民党がしがらみなどに縛られてできなかった日本の国に必要なことを、自分たちならばできます」と言っていた頃に戻ったらいいよ。
自民党がコケたら民主党がいつでも代わりにできる準備をすることが今の民主党に必要なことだと思うよ。(これは弘宣寺の意見ではなく、若の個人的な意見なので、弘宣寺は政治とも選挙とも関係ありません。若は民主党を応援しているのではなく、政権を持っている自民党の代わりがいつでもできる政党があったほうが日本のためだと思うだけです。自民党も選挙に負けたら若は応援するよ。民主党が政権を取った時は、若は自民党を応援していたから)


今日の日本経済新聞から:11月のクルマの新車販売ランキングは、1位「フィット(ホンダ)」、2位「プリウス(トヨタ)」、3位「N BOX(軽自動車。ホンダ)」、4位「タント(軽自動車。ダイハツ)」、5位「アクア(トヨタ)」、6位「カローラ(トヨタ)」、7位「ムーウ゛(軽自動車。ダイハツ)」、8位「ミラ(軽自動車。ダイハツ)」、9位「スペーシア(軽自動車。スズキ)」、10位「ワゴンR(軽自動車。スズキ)」。
若の感想:昔は、軽自動車はスズキとダイハツがトップを競争していたけれど、今はホンダが一番売れてるのだと思った。11月22日に新発売したホンダの軽自動車の「N ワゴン」も12月のランキングに出てくると思う)


若のお参りの反省:お参り出発予定時間に、5時間23分遅れて、檀家さんの約束の時間に遅れた。原因は、寝坊したから。その原因は、夜中の4時頃に寝たから。解決策として、夜10時に寝て、朝5時に起きて、シャワーを浴びて、朝食を食べて、いつでもお参りに行ける状態で朝7時の仕事開始をむかえたい。


今日のお参りの内容は、「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「仏教を作ったお釈迦さまが生きていた頃、弟子が『お釈迦さまが死んだら私はやっていけません。どうしたらいいのでしょうか』と聞きました。そうしたらお釈迦さまは『人は必ず死ぬから、私もいずれ死ぬ。だから私の存在を心の支えにすると私が死んだらに頼るものがなくなるので、私の教えを心の支えにしなさい。そして他の何も心の支えにしないで、自立して生きていきなさい』と言いました。人は、肩書きや、評判や、財産や、誰かの存在を心の支えにしますが、失う時はどうやっても失うので心の支えが無くなります。しかし、お釈迦さまの教えは『悩みも、老いも、病気も、死も、人間ならば逃れられないから、そのまま受け止めることが苦しみを減らす方法だ』という内容なので、真実なのでいつまでも通用するので心の支えが無くなることはありません。その上で、何ものにも頼らずに自立していけば、何かに惑わされることも、呪いやタタリに怯(おび)えることもなくなります。だから私は、お釈迦さまの教えを心の支えとして、その上で何ものにも頼らずに自立してやっていきたいと思いました」という話をしました。


連絡:今日は疲れたので、今日の会計は明日にします。


一言:高校入試の問題集を買った中学生は、時間を計りながらしなさい。学校の先生に高校入試は一つの科目でどれくらいの時間か聞いて、その時間を計りながらやりなさい。
まったく答えられない中学生は、答えを見ながら問題を答えていきなさい。そうすると、「こういう問題は、こんな感じで答えるんだ」とおぼえるから、問題のパターンをおぼえられるよ。
大事なのは、同じ問題を何日もかけて何回もすることさ。問題と答えをすべておぼえるくらい繰り返すと、高校入試の本番で点数をとれるよ。
今まで勉強してこなかった中学生ほど、高校入試の過去問題を繰り返す方法は意味があるよ。


一言:高校入試の過去問題は、何点とれるのかなんて関係無いのさ。どんな問題が出て、どんな答え方をしたら正解になるのかをおぼえるためにするのだから、答えを見ながらしても問題無いのさ。逆に、答えのわからない問題を今から教科書を見ながらおぼえるほうが無理さ。過去問題の答えを見たら、同じことが書いているのだから。どうしてもそう答える理由がわからないなら、納得できないなら、それを学校の先生に聞きなさい。学校の先生は生徒に勉強を教えるのが仕事だから、いくら聞いてもお金が無料だから、塾や家庭教師をしていない中学生は、学校の先生にどんどん聞きなさい。無料だから。
高校入試の本番は、答えを見ながらなんかできないよ。テストの本番で答えを見ながらすることをカンニングというのさ。必ず試験に落ちるよ。
高校入試の本番は、正々堂々と試験をしましょう。
ちなみに、高校入試の過去問題を繰り返しすることで、高校入試の問題と答え方のパターンを知ることを、「マーケティング」というのさ。会社で働いたら、今までに売れた商品や、お客さんの声を聞いて、これから売れそうな商品を予想するのさ。高校入試の過去問題と同じだよ。


一言:過去問題や、塾の先生が作った「本番の入試ではこんな問題が出るよ」というのを繰り返しやって、問題と答え方のパターンをおぼえることは、東京の有名な塾が東京大学に合格するためにやっている方法だよ。マーケティングさ。
繰り返しすることはただの努力だけど、とても効果のある努力が、マーケティングさ。過去問題をやって、問題と答え方をおぼえる方法さ。
2013/12/05
若の会計の改善:準備作業で、22分。1分で終われるので、21分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、13分。10分で終われるので、3分の無駄。
門信徒会会計で、領収証の貼り付けと帳簿入力で、9分。5分で終われるので、4分の無駄。会費の集計で、20分。5分で終われるので、15分の無駄。預金の確認で、1分。無駄なし。現金の計算で、15分。5分で終われるので、10分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、5分。2分で終われるので、3分の無駄。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、6分。3分で終われるので、3分の無駄。門信徒会会計全体で、56分。21分で終われるので、35分の無駄。
寺院会計で、領収証の貼り付けと帳簿入力で、17分。12分で終われるので、5分の無駄。お布施の帳簿入力で、5分。2分で終われるので、3分の無駄。預金の確認で、2分。1分で終われるので、1分の無駄。現金の計算で、8分。5分で終われるので、3分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、5分。1分で終われるので、4分の無駄。データーバックアップで、1分。無駄なし。寺院会計全体で、38分。22分で終われるので、16分の無駄。
後片付けで、7分。5分で終われるので、2分の無駄。
今日の会計全体で、2時間16分。59分で終われるので、1時間17分の無駄。


一言:もしも若に息子がいて、若とまったく同じだったら自分は父親としてどう思うのかとたまに考えるのさ。すごくイヤだよね。だって自分の息子が「釧路市はオレの教え子だ」と堂々と言うんだよ。頭がおかしいと思うよね。しかも、そんなことを言ったら普通は市民から怒られるのに、なぜか誰も文句を言わずにその意見が通るのさ。もしも若が「弘宣寺の住職の仕事しかできない」と自分で思うならば、息子には関わらないよね。自分の範囲外だからさ。自分は父親でもどうすることもできないよ。本当に若とまったく同じだったら、父親としてまったく理解できない分野でまったく理解できないことを言っても、なんかすごいものを持っているし、根強いファンもいるし、「父親だから息子に負けられない」と思ってミエをはったら、負けるよね。恥をかくだけさ。だからそうなったら、釧路市民にまかせるしかないよね。息子のことを聞かれても「息子のことは息子に聞いてください。私は父親だけどわからないんです」と言うよ。若とまったく同じだったら、親の言うことなんかまったく聞かないから、親としてもどうすることもできないよね。ただ、息子が失敗した時には「自分のできる範囲で助けてあげたいな」と思うよ。たぶん、若の息子だから必ず失敗するよ。
で、若とまったく同じならば、すごい優秀なところはものすごいけれども、危険な部分もあると思うのさ。特にその能力が暴走したら恐いよね。父親だけど「息子には恐ろしい部分がある」と思うよ。
と、こんな感じに思うのさ。基本的には、若の息子が若とまったく同じだったらイヤだよね。うっとおしいよ。でも、若とまったく同じだったならば、関わらないで自由にさせておくしかないから、自分は弘宣寺の住職の仕事に専念して、間違っても息子に「自分の後ろについて来い」とは言わないよ。若の息子ならば、「オレはお釈迦さまにはついていくけれど、父ちゃんには絶対について行かない」と言うよ。「仏教的には正解だ」と言うしかないよね。
「父ちゃんがいないと自分では何もできない」という息子だったら、楽だよね。父親の威厳も出せるよ。でも若とまったく同じ息子だったら、関わらないで自由にさせるしか無いよね。だって話すことのレベルが異常なんだもの。なんか自分の住んでる街が自分一人でもっているようなこと言うし、何の肩書きも役職も無いのに、いつも市民に語りかけてるんだよ。それを市民が受け入れているのが不思議だよね。若は自分のことだから何とも思わないけれど、自分の息子がこうだったら異常な状態だと思うよね。何で世の中に受け入れられているのか本当に不思議に思うよね。だってどう考えても、他の親の息子と違うんだから。「これが自分の息子なんだ」と思って、あきらめるしか無いよね。
だから思うのさ。住職はたいへんだと。若が自分の息子だったら、釧路市民は泣くよ。みんなで弘宣寺の住職のたいへんな気持ちを理解してあげてね。ほとんどの人が、「弘宣寺の若が自分の息子じゃ無くて良かった」と思うよ。若は自分の息子が若とまったく同じだったら、住職(若の父親)とまったく同じ苦労をするよ。あきらめるしかないよね。


一言:中学3年生は、高校受験のために、今すぐ「高校入試の過去問題」を買ってしなさい(今は夜だから明日の明るい時間に買いに行きなさい)。「学校のテストとは、正確に、早く答えることの練習だ」と東京大学の副学長が日本経済新聞で言ってたよ。学校のテストとは、正しい答えを書くだけではダメなのさ。1秒でも早く答えないとダメなのさ。早く答えないと時間切れになるようにテストを作っているんだよ。だから今から高校入試の過去問題を何回もやって、「どういう感じの問題が出るのか」というのと、「1秒でも早く答える練習」をしなさい。もう始めている人は、引き続きがんばりなさい。
ちなみに、「正しい答えを早く見つける練習」は、仕事というものがそうだから、会社で働いたらすぐに役に立つよ。仕事とは、正しいことをするだけではダメなのさ。それを1秒でも早くしないとダメなのさ。同じ結果を出しても、2時間かかる人よりも、1時間で終わる人のほうが認められるのさ。テスト勉強とまったく同じさ。がんばってね。
2013/12/05
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後6:00頃。
お参り 5件(住職 3件:月参り 3件)  (若 2件:月参り 2件。午後1:14出発済。午後2:48終了済。午前11:00出発予定。午後1:10終了予定)


今日の若の予定

午前10:00 起床(5時予定)


午後12:05開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。携帯をマナーモードにする(済)。お釈迦さまの教えは本当に真実なのか確かめる(済)。自分もまわりの人も生きていることに感謝をする(済)。
12:18開始済 お参り出発の準備
1:14出発済 お参り出発。住民税を支払う(済)
2:48終了済 お参り終了
3:00開始済 休憩
3:40開始済 お参りの反省(済)
4:30開始済 コンビニでインターネット接続代を支払う(済)
4:48開始済 夕食
6:19開始済 弘宣寺全体の日次決算(31分遅刻)(済)
8:35開始済 会計の反省(済)
8:43開始済 明日の予定を作る(済)
9:53終了済 仕事終了


一言:若は釧路市民にすごい影響力があるが、その影響力が続いている理由は、若は釧路市民に個人的な要求をしたことが無いから。いつも「釧路市の発展のためにはこうしたらいいよ」と言うだけだ。だから影響力が長く続く。もしも若が個人的なことを要求したら、その時はその要求がとおると思うけれど、すぐに信頼を無くして誰もついて来なくなる。若は誰の言うことも聞かないので、誰かの個人的な要求を釧路市民に言うことは絶対に無いので、若自身が釧路市民に個人的な要求をしないように気をつけていれば問題が起きない。だから若は、弘宣寺に勤めていても弘宣寺の要求は絶対にきかないので日本国憲法の「政治と宗教の分離」を守れる。弘宣寺の中では若よりも、住職や、坊守や、檀家さんのほうが立場が強いが、その立場を利用して若の釧路市民への影響力を使って弘宣寺の個人的な要求を釧路市民にしようとしたら、若はすぐに弘宣寺をやめます。
若の釧路市民への影響力は、若が一人で考えて、さらに若の個人的な要求は何もしないことに気をつけて、初めて成り立つものさ。
釧路市を引っぱりたい人は、本当に引っぱるようになったら釧路市民にものすごい影響力を持つから、自分の個人的な要求をしたらダメだよ。さらに、自分のまわりの人の個人的な要求をしたらダメだよ。それを守れば釧路市民への影響力は長く続くよ。
それから、自分への支持や期待は自分から相手に求めるものではないよ。自分の普段の行動の結果で自然に支持や期待が増えたり減ったりするだけさ。必ず自然な結果になるよ。


一言:影響力を持つと「自分との闘い」になるよ。人間性が問われるよ。発展するのも、自滅するのも本人次第さ。
影響力を持つと、個人的な要求もできないし、みんながマネするから個人的な気持ちで人と接することができない。平等に接して当たり前で、仲間はずれなんか作れない。ものすごく不自由になるのさ。それをガマンできなければ影響力を持ち続けられないし、すぐに自滅するのさ。
本当に影響力を持ったら自由にできなくなるのさ。だから弘宣寺は若の釧路市民への影響力にまったく関係なくて助かってるんだよ。だから弘宣寺は自由に仏教が、お寺の維持経営ができるのさ。釧路市民への影響力が何も無いから、自由でいられるのさ。弘宣寺は市民への影響力を使わないのではなく、ただ若が勤めているというだけで、若は釧路市のことで弘宣寺に相談なんか絶対にしないので、相談するならば釧路市民にするので、弘宣寺が市民への影響力を持ったことが一度も無いのさ。だから市民への影響力にビビることも無いし、自由にお寺をやっていけるのさ。憲法のおかげさ。


一言:若の努力して経済の勉強をした影響力は、世界70億人のうち、たった釧路市民18万人しか通用しないから。
それから、弘宣寺の長年の檀家さんは、若が勤める前は弘宣寺は釧路市民にまったく影響力が無かったから、若が弘宣寺に勤めているというだけで弘宣寺そのものには釧路市民への影響力は無いのがよくわかると思う。昔の弘宣寺を思い出すとよくわかるよ。


一言:若と弘宣寺は、仏教つながりというだけで、若と弘宣寺が一心同体では無いよ。弘宣寺は若の側近でも無いよ。ただの仏教つながり、ただの勤務先という関係さ。


一言:弘宣寺の住職は、若にとっては、ただの職場の上司で、人生の師匠でも無いし、人生の先生でも無いのさ。
若の人生の師匠は、仏教を作ったお釈迦さまさ。経済の先生は、東京や、中国や、世界の経済さ。
若は、師匠にも、先生にも恵まれていると思うよ。


一言:若は、弘宣寺にいるから成長するのではないよ。師匠がお釈迦さまで、先生が、東京や、中国や、世界の経済だから成長するのさ。これが若の強ささ。
師匠も、先生もレベルが高いから、若は努力して勉強することで「自分を越えるな」と言われたことが無いのさ。幸せだよ。


一言:いくらお釈迦さまや、東京や、中国や、世界の経済のレベルが高くても、がんばってもできない人のために若はサポートしていくよ。弘宣寺は浄土真宗だけど、浄土真宗を作った親鸞(しんらん)は、「自分はがんばってもできないんだ」と言って、できないまま救われる道を見つけた。若も、親鸞を見習って、がんばってもできない人には、そのままでついてこれるように方法を用意することが大切だと思う。
親鸞も若の先生だと気がついた。


一言:お釈迦さまや、親鸞から学べると思うと、若は弘宣寺にいることに感謝をするよ。やっぱり弘宣寺は仏教一本でいいのさ。政治や選挙に関わると、仏教の良さが無くなってしまうよ。


お釈迦さまの教えは本当に真実なのか確かめる:悩みの無い人も、老人にならない人も、病気にならない人も、死なない人も、一人もいないので、お釈迦さまの教えは真実だと思います。だから苦しんでいるのは自分だけでは無いと思います。
今日も通用したいので、昨日までお釈迦さまの教えを根拠にして通用したことはすべて忘れます。
今日もお坊さんとしての根拠はお釈迦さまの教えにします。


一言:自分への支持や期待は、自分の普段の行動の結果だ。だから支持や期待されることを目的にしてはダメだ。相手のゴキゲンをとったり、相手をおさえつけるようになる。だからますます支持や期待が減る。
自分への支持や期待が気になるならば、支持や期待のことは忘れて普段の自分の行動を気にするべきだ。そうすれば忘れた頃に支持や期待が増えている。
会社の株価を上げたかったら、株の値段を気にせずに会社としてやるべきことをやって成長することが大切というのと同じだ。


連絡:インターネット接続代を2ヶ月支払い忘れていたのでインターネットを止められたので、パソコンから文章を送られなくなったので、今日のお参りの反省はできません(今はケータイで書いています)。今日のお参りの時の檀家さんへの法話は、「お釈迦さまの教えを心の支えとして、その上でその他のものには何も頼らずに自立しなさいとお釈迦さまは言いました」という法話です。


一言:若は釧路市内のどこに行っても市民に見られるが、釧路市のことをいつも言っているので当たり前なのだが、それなのに市民は「若が友達と遊んでいるところ」を見たことが無いだろう。そうなのさ。若はよく「友達がいない」と言われるのだが、本当にそうで、特に釧路市民は「引っ張って行く相手。育てる相手」と思っているので、そういう接し方しかしないので、釧路市民と友達になるのは不可能なのさ。ここが釧路市民の中で「若のことを理解できない」と思う一つの理由さ。若は、普通の市民の普通のことができないのさ。普通の市民は「釧路市が自分の教え子だ」と言わないし、「自分が旅行に行って釧路市からいなくなると市民も休めるだろう」とも言わない。普通の市民にとってありえないことを思い、ありえない市民への接し方をするのさ。この若の釧路市民への接し方は、政治家が釧路市民に接する時と同じさ。政治家ではないのに、政治家のような接し方を市民にするのさ。
弘宣寺の中では宗教指導者なので、これも普通に檀家さんには接しられない。だから若は、釧路市民に普通に接することがそもそも無いのさ。これが若の独特の存在感の理由、いつも市民の中で「アイツの言うことは理解できない」と言われる理由さ。
だからこれからの若は、なるべく努力して普通に市民と接することが必要だと思うよ。そういう接し方をしたことが無いので、ドキドキするよ。若にとっては「沖縄県のアメリカ軍の基地」のような存在感で市民に接したり、ボス猿のように市民に接するほうが自然なのさ。
政治家ならば「政治家として国民や市民に接すると思わずに、普通の人として普通に接しなさい」と言われたら、どうしていいかわからない人がいると思う。若は、そんな感じさ。
ただ、普通の人として普通に市民に接しても、やっぱり自分の市民への影響力にはビビっていないとダメなのさ。「クルマの運転は危険だ」と思うから安全運転ができる。工事では「機械は危険だ」と思うから安全に仕事ができる。若も、自分の市民への影響力にビビっていると、変なことを言ったり、変な行動をしないので、市民も、若もイヤな思いをしないのさ。
ね、普通の人として普通に市民に接するよりも、自分の市民への影響力にビビるほうが若には簡単で現実的なのさ。
若は、こういう人です。


一言:今日、11月分住民税をイトーヨーカ堂の駐車場にある市役所の鳥取支所に支払いに行った時に、前から「なんで住所が鳥取では無いのに鳥取支所というのか」と思っていたので聞いてみたら、「昔は、この地域は鳥取村だったからですよ」と言われた。昔は、釧路市と、鳥取村に別れていて、鳥取村は釧路駅のウラ側まであったらしい(今の共栄大通)。
だから今は住所が新橋なのに「鳥取支所」なんだって。
今の釧路市を考えると、釧路市と鳥取村の合併は正しいと思った(釧路市と鳥取村の合併は成功だと思っただけで、これ以上に合併することをすすめているのではありません)。


一言:世襲制は問題がたくさんあるが、親の背中を見て「してはいけないこと」を学べることが良いことだ。新興宗教では熱心になりすぎて問題になるが、宗教にハマることも、信者がやめたいと言ったら止めることも、悪気があってやるのではないと思う。「それをやったらダメだ」と誰も教えてくれなかっただけだ。世襲制のお寺では、仏教にハマらないし、檀家がやめたいと言ったら絶対に止めない。親にハッキリと教えられるのではなく、親の背中を見ているとなんとなくそれをやったらダメだとわかる。なんとなく宗教の危険な部分がわかるのだ。
政治家もそう。安倍総理は、衆議院選挙も、参議院選挙も大勝したが、安倍総理はおじいちゃんが岸総理大臣で、アメリカとの安全保障に反対する学生のデモ隊が岸総理の自宅を囲んだ時、まだ小さな子供だった安倍総理はおじいちゃんの岸総理の膝の上に座っていたそうだ(安倍総理が何年も前にテレビで言っていた)。安倍総理のお父さんは、総理大臣になる一歩手前まで行った。
おじいちゃんや、お父さんの背中を見てきて、権力の恐さをわかっているから、安倍総理は衆議院選挙にも、参議院選挙にも大勝しても、権力の虜(とりこ)にならずに冷静でいられるのだと思う。自分の力で道を切り開いてきた政治家は、安倍総理よりもはるかに小さな権力を持っただけで権力の虜になる人がいる。権力の恐さを知らないからだろう。去年の衆議院選挙の時に政治家を引退した福田総理もお父さんが総理だったから、自分が総理になった時に「権力には恐い部分がある」と記者会見で言っていた。
大きな力には危険な部分があるとわかっていると、暴走しないし、力の虜にならなくてすむ。若は大きな力で失敗するならば、世襲制の仏教の力ではなく、若が自分で道を切り開いて手に入れた力だろう。背中を見て学べる相手がいるのは幸せだ。世襲制ではなく、自分で道を切り開いた人は、学ぶ相手がいなかったからこそ自分には知らない、わからない大切なことがあるんだと謙虚な気持ちでいたほうが失敗しにくいよ。


若の今日の会計ミス:ありません。
2013/12/04
若の会計の改善:準備作業で、18分。1分で終われるので、17分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、31分。16分で終われるので、15分の無駄。
門信徒会会計で、領収証の貼り付けと帳簿入力で、33分。7分で終われるので、26分の無駄。会費の集計で、14分。3分で終われるので、11分の無駄。預金の確認で、51分。14分で終われるので、37分の無駄。現金の計算で、9分。5分で終われるので、4分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、2分。1分で終われるので、1分の無駄。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、8分。3分で終われるので、5分の無駄。門信徒会会計全体で、1時間57分。33分で終われるので、1時間24分の無駄。
寺院会計で、領収証の貼り付けと帳簿入力で、4分。1分で終われるので、3分の無駄。お布施の帳簿入力で、9分。2分で終われるので、7分の無駄。預金の確認で、14分。3分で終われるので、11分の無駄。現金の計算で、8分。5分で終われるので、3分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、6分。1分で終われるので、5分の無駄。データーバックアップで、3分。1分で終われるので、2分の無駄。寺院会計全体で、44分。13分で終われるので、31分の無駄。
後片付けで、4分。3分で終われるので、1分の無駄。
今日の会計全体で、3時間34分。1時間6分で終われるので、2時間28分の無駄。
2013/12/04
一言:弘宣寺の檀家さんに勘違いしてほしくないのは、若は弘宣寺の中ではボス猿のような存在では無いのさ。若はしょせん「住職の後継者」という立場さ。住職や、長年の檀家さんよりも影響力が無いよ。
若は、釧路市の中でボス猿なのさ。若の影響力は、弘宣寺の中よりも、弘宣寺の外で釧路市民に対してのほうが強いのさ。
檀家さんが「若の影響力があるのはわかるけれど、若の言うほどではないぞ」と思うならば、それは弘宣寺の中にいる若を見ているからさ。弘宣寺の中では若一人では何も動かないけれど、弘宣寺の外で、さらに釧路市の中ならば、若が動くとかなり影響力があるのさ。
そういうことです。
2013/12/04
一言:官僚は、日本のすべての市町村にボス猿がいると思ったらいいよ。ボス猿には官僚の論理や、日本の常識なんか通用しない。ボス猿には、ボス猿の論理や常識しか通用しないのさ。田舎で苦労したことのある官僚ならばわかると思う。
そのボス猿の力が良い方向に進めばマチは発展するのさ。悪い方向に進むと衰退するのさ。だからボス猿の存在が悪いことばかりではないのさ。ボス猿が「国に協力しろ」と言えばマチは一気に協力的になるのさ。
ボス猿は、自分のマチのためにがんばってきたのさ。「その間、国が何をしてくれた」と思うのさ。「自分がいないとマチはどうなるのか」と本気で心配もしているのさ。その結果、ものすごい影響力を持ったのさ。だから今までがんばったことを認めてあげると、ボス猿の心が開くよ。ボス猿はみんな孤独さ。自分と同じ存在がマチの中にいないからさ。
だからそういう接し方をしたほうがボス猿にOKをもらえるよ。


一言:若が釧路市民に対してすごい影響力があるというのは、釧路市民をビビらしているのではないよ。自分自身をビビらせているのさ。若が自分の影響力がどれだけ強いのかビビっていれば、いつも自分の影響力を考えてモノを言ったり行動するから、そんなに失敗はしないのさ。でも、自分の影響力のすごさを忘れたり、たいしたことないと思ったら、軽い考えで市民にモノを言ったり行動するようになるのさ。大失敗するよ。その時は、若だけが大失敗するのでは無く、その影響を受けた釧路市民も巻き込まれて失敗するのさ。例えば、若が「オレ様は世の中の中心だ」と言い出すと、それを本気で信じる釧路市民が出てくるので、「若のレベルが世界の頂点なのか」と勘違いをするのさ。そうすると「あんまり勉強しないでも自分は通用するかも」と思うので、学ぼうとか、自分を磨こうとしなくなるのさ。若が「自分は学ぶ立場です」と言い続けると、「若でも学ばなければならないなら、世の中の頂点はものすごいレベルが高いんだな」と思って、学んだり、自分を磨き出すのさ。若がもしも、自分の立場を守るために若者をおさえつけたら、「世の中で通用するためには『出る杭は打つ』という感じで若者が育たないようにすればいいのか」と市民が思うのさ。若が「若者を育てること大切だ。若者のために自分から道を譲るよ」と言うと、「釧路市の発展のためには若者を育てなければならないのか。若者をおさえつけたら釧路市の損なのか」と思うのさ。
だから若はいつも自分自身の言うことや行動をいつも自分で厳しく見て、問題があればすぐに直さないとダメなのさ。市民が悪い影響を受けるから。だから若が釧路市の中で自分の影響力の大きさにビビらなくなったら、確実に釧路市の経済に悪い影響を与えるよ。若は、不景気の闘いと、財政再建から逃げたいから8年後の45才で釧路市の第一線から身を引く気持ちが半分。もう半分は、自分が第一線にいるよりも自分より若い人にまかせたほうが釧路市が発展すると思うから自分から身を引くのさ。これは釧路市民に大きな影響を与えるよ。若が45才で自分から第一線から身を引いたら、もう釧路市では老害は出せなくなるから。これを、若が「死ぬまでこの立場は渡さない」とがんばったら、確実に釧路市の経済に悪い影響を与えるし、市民がマネして釧路市は「老害の街」になるよ。いろんな分野の代表がすべて60代以上の老人で、みんな「死ぬまでこの立場を譲らない」と言うようになるよ。釧路市も完全に終わりさ。若が45才で自分から身を引けば、この逆で誰も老害を出せない街になるのさ。どっちが発展するかは誰でもわかるでしょ?
だから若は、釧路市民への自分の影響力にいつもビビっているくらいがちょうどいいのさ。それから、若は釧路市民にものすごい影響力があるから、何の役職も無くてもこの影響力なので、釧路市に住んでいるだけで市民に影響を与え続けるのさ。だから、どうしても若の存在が釧路市民に悪い影響を与えると思ったら、すぐに釧路市から引っ越してもらいなさい。「若の影響が悪すぎるから釧路市から引っ越してもらわないと市民が困ります」と言えば、すぐに引っ越してあげるよ。役職があるから市民に影響力があるならば役職を辞めさせれば影響力も無くなるけれど、若はそうじゃないから釧路市から引っ越すしか市民への影響力を無くすことはできないのさ。
そういうことです。
2013/12/04
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後11:00頃。
お参り 9件(住職 9件:月参り 8件。七日参り 1件)

若:お寺の中の仕事

その他、午前10時から午後4時30分。会計事務所の弘宣寺全体の11月分月次監査。弘宣寺会館2階。
(無事にOKをもらいました。会計事務所の弘宣寺全体の12月分月次監査は、来年の1月9日(木)午前10時からです。お正月休みが入るのでいつもよりも監査の日が遅くなります)


今日の若の予定

午前9:59 起床(5時予定)


午前9:59開始済 仕事開始(7時予定)。
10:00開始済 会計事務所の弘宣寺全体の11月分月次監査(午前の部)
午後12:14開始済 昼食休憩
1:45開始済 会計事務所の弘宣寺全体の11月分月次監査(午後の部)
4:30終了済 終了。後片付け。
5:10開始済 夕食
6:54開始済 弘宣寺全体の日次決算(44分遅刻)(済)
10:28開始済 会計の反省(済)
10:40開始済 明日の予定を作る(済)
11:46終了済 仕事終了


お釈迦さまの教えは本当に真実なのか確かめる:悩みの無い人も、老人にならない人も、病気にならない人も、死なない人も、一人もいないと思うので、お釈迦さまの教えは真実だと思います。だから苦しんでいるのは自分だけでは無いと思います。
今日も通用したいので、昨日までお釈迦さまの教えを根拠にして通用したことはすべて忘れます。
今日もお坊さんとしての根拠はお釈迦さまの教えにします。


一言:若の釧路市民への影響力はすごいけれど、これは弘宣寺の影響力では無いから。若の影響力は、若だけの影響力です。もしも弘宣寺の影響力にすると、日本国憲法の「政治と宗教の分離」に違反します。もしも弘宣寺が、若を通して釧路市を弘宣寺の思うように動かそうとしたら、若はすぐに弘宣寺をやめるので市民は安心してください。
それから、これだけ若が釧路市民に影響力があっても、市民が若を必要としなくなったら若はいつでも釧路市から手を引くので、必要無いと思ったらいつでも言ってください。
それから、このまま釧路市民がずっと若を必要としていても、8年後の45才で若は釧路市の第一線から身を引いて自分より年下の人に譲ります。長くて後8年だと思ってね。


一言:何回も書くけれど、若の釧路市民への影響力は、仏教の力でも無く、弘宣寺の力でも無く、魔法のような不思議な力でも無く、努力して経済の勉強をした結果です。
それから、最近になって釧路市民の中に若から自立したがる人がいるのだけど、若はその気持ちを大切にしないから、本当に若から自立したかったら、若は釧路市から少しずつ手を引いていくよ。景気を良くしてほしい市町村も、財政再建をしたい市町村も、日本中にたくさんいるので、若はそういう市町村を助けるよ。だから釧路市民が若から自立することは、他の市町村のためにもなるのさ。
どうせ8年後には若から自立しなければならないのだから、若から自立したいという気持ちを大切にしてね。


一言:若は、自分を一番必要とする人たちのためにがんばるという性格なのさ。今までは、釧路市民が世界で一番、若のことを必要としてくれたのさ。それが釧路市民が若を必要としなくなるならば、若は代わりに世界で一番、若を必要とする人たちのためにがんばるだけさ。だから若は、釧路市民に対して無理矢理に若を必要としろとは言わないよ。そんなことをさせる意味が無いから。もしも若が釧路市以外の市町村を助けることを選んだら、そのマチの人たちのほうが釧路市民よりも若を必要としたからだよ。ただそれだけのことさ。
自分を必要とする人のためにがんばりたいと思うのは、人間ならば自然な気持ちさ。


一言:釧路市民の中で若を必要とする人は、今までどおり若の言う方向でがんばればいいのさ。「東京の経済から学ぶ。中国の経済から学ぶ。世界の経済から学ぶ」とか、「人は育ててこそ意味がある」とか、「学ぶことは大切だ」とか、「若者はおさえつけるのではなく、育てるべきだ」とか、「財政再建をして借金がゼロになると釧路市は楽になる」という方向でがんばったらいい。
若の言う方向がイヤな人は、これ以外の方向でがんばったらいい。ただ、若は効果のある方法はすぐに取り入れるから、若が知らないことで効果的な方法があったら若もすぐに取り入れるけど。
「札幌について行く」とか、「学ぶところは何も無い」、「自分たちが世の中の中心だ」という方法がいいならば、試してみたらいい。効果があるなら自分は必ず成長できるから。
若について行きたい人はついてくればいいし、若について行きたくない人はついてこなければいいのさ。市民一人一人の自由です。若について行きたいのに無理矢理についてこないことを選んだり、若について行きたくないのに無理矢理についてくるのはやめてね。自分も、若も、お互いにイヤな思いしかしません。だから釧路市民は、「私は若について行くのに、なぜあんたはついて行かない」とか、「私は若について行かないのに、なぜあんたはついて行くのか」と相手に文句を言うのはやめてね。若が市民の自由を大切にするように、自分も他の市民の自由を大切にしてね。
最近は、この何年間で一度も無かった「若から自立したい」という流れを若は大切にしたいし、今までどおりに若の言う方向でがんばりたいと思う人たちの気持ちも大切にしたい。
若はそう思っています。


一言:若は、釧路市民の自由を大切にするけれど、日本国憲法と、日本の法律は必ず守るんだよ。それぞれの会社や業界のルールも守るんだよ。その上で釧路市民の自由を大切にするということさ。日本国憲法や日本の法律を守らないと警察に捕まったり裁判で訴えられるし、会社や業界のルールを守らないと成り立たなくなるから。ただ会社や業界のルールというのは、会社や業界のしがらみのことでは無いからね。商品の注文の方法や、代金の支払いの方法は大切なルールさ。それを守らないと成り立たないよ。でも、本当は東京について行きたいけれど、立場上は札幌について行かないと怒られるというのはしがらみさ。これは守る必要が無い。
そういうことです。


一言:釧路市民の中で「東京の経済について行け」と若が言うことをイヤだと思う人は、東京について行くことがツライのだと思う。東京は世界トップレベルの街なので、ついて行くのがたいへんなのはよくわかる。
だからツライと思うならば、釧路市民のペースでしてもいいと思う。そうなると必ず景気の悪くなるスピードが今よりも速くなるけれど、それを受け入れればいい。今までの釧路市は、ずっと釧路市民のペースでやってきて、ずっと経済が下がり続けた。それが本当の釧路市民の姿なのだ。だから、釧路市民のペースでやってこのままずっと経済が下がり続けても、とても釧路市民らしい。経済が下がることに納得できるならば、それも立派な人生だ。釧路市は何十年もずっと衰退ばかりで、街が成長したことが無い。最近の釧路市は少し成長して、少し東京に近づいたけれど、こんなことは今までの釧路市から見たら異常なことだ。
だから、釧路市民のペースでやってこのまま経済が下がり続けることを選んでも、若は文句を言わないよ。東京について行けと言うほうが釧路市の常識から見たら無理なのさ。
人間には、できることと、できないことがあるから、東京について行くのが無理ならば、釧路市民のペースでやるのも立派な方法だよ。


一言:釧路市民で、どうしても勉強することがツライならば、若が市民の代わりに経済の勉強をして、学んだことを若がやさしくわかりやすく市民に教えるという、今までやってきたことをさらに若はがんばるよ。そうしたら、そんなに苦労しなくても成長できるよ。


連絡:弘宣寺の住職には好きなだけ住職の仕事をしてもらって、やめたくなったら花道を飾ってみんなで今までの御礼を言うのが若の役目さ。長年、住職を支えてきた檀家さんの役員も、一緒に花道を用意するよ。住職は、阿寒町にあった雄別炭鉱(ゆうべつたんこう)にあった弘宣寺を、炭鉱が潰れて釧路市に引っ越して、ほとんどゼロからここまで育てた最大の功労者さ。住職を引退する時も、住職を引退した後も、感謝の気持ちで接することが大切さ。住職を引退してからも「前住職」として活躍の場を作るし、死ぬまで住職を続けたかったらそれでもいいよ。
住職を長年支えた檀家さんの役員も、それに見合う立場を用意するよ。
そういうことです。
ただし、弘宣寺が政治や選挙に手を出さないというのは変わらないよ。日本国憲法で禁止されているからさ。もしも若が3年後の釧路市のリーダーの競争に参加しても、当選しても、弘宣寺はまったく関われないよ。だから、落選しても、当選してから失敗しても弘宣寺には何も関係が無いので絶対に無傷さ。


一言:釧路市民へ。若は何も無くても8年後の45才で釧路市の第一線から身を引いて自分より年下の人に立場を譲(ゆず)るけど、その前に釧路市の第一線から身を引いてほしかったら、一言「釧路市の第一線から身を引いてください」と言えば、いつでも身を引くよ。その代わり、自分が言ったから若が身を引いたんだとみんなに言われる覚悟はしてね。そのおかげで釧路市の経済に悪い影響が出たら、文句を言われるのは自分さ。若では無いよ。
で、一言言えばいつでも釧路市の第一線から身を引くけれど、その一言さえも言わないで第一線から身を引かそうと思って、足を引っぱったり、権力争いをしたらダメだよ。若はなぜこんなに自分勝手なのに世の中の強い人たちが黙っているのかと言うと、若を中心から外したら、その外れた場所で若は自分らしくやるから、そこで新しい流れができるのさ。引っぱっている立場の人には都合が悪いのさ。だから引っぱっている立場の人は絶対に若を外さないのさ。だからもしも釧路市の中で、若に一言も言わずに釧路市の第一線から身を引かせようとして、若の足を引っぱったり、権力争いをしかけたら、最初は若がかわいそうに見えても、若はその場所で自分らしくやるから、いつの間にか若を外した人たちが「若に外されているように」見えるのさ。たいへんな状況になるよ。だから誰も若を外さないのさ。
だから8年後までにどうしても釧路市の第一線から身を引いてほしかったら、堂々と正面から「釧路市の第一線から身を引いてください」と言うんだよ。そうしたら「いいよ」と若は言って、すぐにあっさり身を引くよ。
そういうことです。


一言:若はかなりすごいことを平気で言うでしょ。だから釧路市民とは絶対に1対1では話をしないから安心してね。みんなの前で言えることしか言えなくてもこのレベルさ。だから釧路市民にはみんなの前でモノを言うだけでいいのさ。そうしたらたくさんの市民の目があるから、変なことは絶対に言えないから、市民も、若も安心さ。


一言:何回もすいません。釧路市民以外でこのホームページを見ている人たちへ。若がすごい影響力があるのは、世界70億人のうち、釧路市民18万人だけだから。釧路市民以外には影響力が無いから安心してね。
釧路市民以外の人は「若の何がすごいのかわからない」と思うでしょ? そのとおりさ。自分には何の影響力も無いからさ。
東京に住んでいる人はわからないと思うけれど、田舎にはこういう影響力のある人がどこでもいるのさ。その影響力のある人が「改革をイヤがる現状維持派」だと、古いやり方をまったく変えられないのさ。そうすると、東京の人が見て「なんでこんなダメな古いやり方ばかりするのよ。自分のマチを発展させる気が無いのか?」という状況になるのさ。だから東京の人が田舎を良い方向に変えたかったら、ボス猿を説得しないとダメさ。ボス猿が「ノー」と言っているうちは、どんなすばらしいアイデアでもすべて却下さ。
若は自分がそうなったら困るから、45才で第一線から、ボス猿から身を引こうと思ったのさ。


若の今日の会計ミス:ありません。
2013/12/03
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後6:00頃。
お参り 11件(住職 4件:月参り 4件) (若 7件:月参り 7件。午後12:41出発済。午後4:20終了済。午前10:30出発予定。午後4:00終了予定)


今日の若の予定

午前11:42 起床(5時予定)


午前11:42開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。携帯をマナーモードにする(済)。自分もまわりの人も生きていることに感謝をする(済)。
午後12:08開始済 お参り出発の準備
12:41出発済 お参り出発
午後4:20終了済 お参り終了
4:33開始済 夕食
6:39開始済 お参りの反省(1時間6分遅刻)(済)
7:31開始済 弘宣寺全体の日次決算(済)
9:24開始済 会計の反省(済)
9:31開始済 明日の予定を作る(済)
10:29終了済 仕事終了


連絡:会計事務所の弘宣寺全体の11月分月次監査は、12月4日(水)午前10時からです。


一言:人間関係は、あまり近づき過ぎたらダメだ。どんな人間でも、他人に言えない気持ちが心の底から自然にあふれてくる。だから人間は、憲法や法律で縛らないと世の中が成り立たない。
人間関係で近づき過ぎると、相手の「他人に言えない気持ち」が見えてくる。だからうまくいかなくなる。ある程度の距離をとれば、他人に言えない気持ちを見なくてすむ。お互いにイヤな思いをしなくてすむので、人間関係が長続きする。
人間は、心の中でどんなことでも思う。だから日本国憲法で「考える自由」を保障されている。どんな問題になることでも、心で思うだけなら罪にならない。それを行動したら罪になるだけだ。心で思っただけで罪になるならば、すべての人が刑務所に入る。
だから人間関係は、相手に近づき過ぎないことが大切だ。
それから、人間の心はあまり深く知ろうとすると危険だ。だから心の上半分や、心の表面をサラッと知るぐらいがちょうどいいよ。


一言:競馬の騎手(きしゅ)の福永裕一(ふくなが ゆういち)はテレビで、「努力をすると、努力をしてない人には勝てるが、楽しんでいる人には努力をしても勝てない」と言っていた。
若も、弘宣寺の仕事を義務だと思わずに、仏教を学ぶことを楽しんだり、事務や会計が経済の勉強になると思って、楽しんでやりたい。


若のお参りの反省:お参り出発予定時間に、2時間11分遅れて、檀家さんの約束の時間に遅れた。原因は、寝坊したから。その原因は、夜中の2時過ぎに寝たから。解決策として、夜10時に寝て、朝5時に起きて、シャワーを浴びて、朝食を食べて、いつでもお参りに行ける状態で朝7時の仕事開始をむかえたい。

今日のお参りの内容は、「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「仏教を作ったお釈迦さまが生きていた頃、弟子が『お釈迦さまが死んだら私はやっていけません。どうしたらいいのでしょうか』と聞きました。そうしたらお釈迦さまは『人は必ず死ぬから、私もいずれ死ぬ。だから私の存在を心の支えにすると私が死んだらに頼るものがなくなるので、私の教えを心の支えにしなさい。そして他の何も心の支えにしないで、自立して生きていきなさい』と言いました。人は、肩書きや、評判や、財産や、誰かの存在を心の支えにしますが、失う時はどうやっても失うので心の支えが無くなります。しかし、お釈迦さまの教えは『悩みも、老いも、病気も、死も、人間ならば逃れられないから、そのまま受け止めることが苦しみを減らす方法だ』という内容なので、真実なのでいつまでも通用するので心の支えが無くなることはありません。その上で、何ものにも頼らずに自立していけば、何かに惑わされることも、呪いやタタリに怯(おび)えることもなくなります。だから私は、お釈迦さまの教えを心の支えとして、その上で何ものにも頼らずに自立してやっていきたいと思いました」という話をしました。


一言:若はよく、みんなの前で言いたいことを言うが、問題になってもいつも許される。それは、みんなの前で言う時は、みんなに聞かれてもいいことしか、みんなに知られてもいいことしか言えないからだ。だからその程度のことだから、たいした問題にもならず、怒られもしない。逆に、若が気をつけなければならないのは、1対1でモノを言う時だ。若と相手の二人しかいないならば、檀家さんが相手ならば若は宗教指導者だから何でも言える。そういう状況になると、何を言うか自分でもわからない。だから若は、檀家さんにモノを言う時は1対1では言わないように気をつける。お参りなどで1対1になる場合は、大事なことは言わない。ただの世間話しかしない。大事なことはいつも、このホームページに書くか、弘宣寺だよりに書くか、弘宣寺の会議で話す。たくさんの人がいる前でしか伝えない。だからたいした問題が起きない。みんなの前で言えることしか言えないからだ。
釧路市民が相手ならば、もっとそうだ。若は絶対に釧路市民と1対1で話をしたらダメなのさ。弘宣寺の若の影響力と存在感を考えたら、若が市民の立場ならば絶対に若と1対1の話はしない。だから市民に何かを伝え時は、このホームページでたくさんの市民が何を書いているのかを見られるようにしている。問題発言があれば、すぐに誰でもわかるようにしてある。だから特に問題が起きない。怒られもしない。だから釧路市民は、若に何かを言いたい時は、友達や、近所の人や、職場の人などを連れてきて、若が自分に話したことを他の人が一緒に聞ける状態で話をしなさい。たまに街の中に行った時に、若をあおってくる人がいるのさ。若が「なんだコイツ」と思ってその人を見た瞬間に、まわりの市民が「私は関係無い」というフリをして、どんなにまわりに人がいても一瞬だけあおった人が街の中で孤立するのさ。もともと若は、何かあれば「学ぶところは何も無い」と言いたがる釧路市民に、「学ぶところばかりだ」と教えてきた「必要悪(ひつようあく。悪いから本当はいなければいいが、その人がいないともっと状況が悪くなるのでみんなから必要とされている人)」なので、もともとそういう存在なのさ。その若に1対1で話をして、それが「問題点を直してほしい」という内容だった時に、本当のことだからカチンときて「なんだお前」と若に言われた時に、そのまま話を続けられる市民はほとんどいないよ。その時に、自分以外の人がその場にいたら、「あなたおかしいんじゃないですか」と文句を言ってくれるので、助かるよ。そもそも他人にそう言われる状況ならば、若はカチンときてもガマンしているよ。だから、若にどうしても会って話をしなければならない時は、自分以外に最低でも3人か4人は連れてきなさい。そうしたら若は誰に聞かれてもいいことしか言えないので、若に話をしに来た人も助かるし、若も助かります。
逆に、自分自身が釧路市の中で影響力を持った時は、なるべく市民と1対1で話をしないほうがいいよ。ついうっかりみんなの前で言えないことを言ってしまったら、相手もショックだし、自分にもマイナスだよ。これは、弘宣寺だよりで400件の檀家さんを相手に文章を書いていたり、お通夜の時に100人や200人の前で法話をしたり、釧路市民18万人に向けていつもモノを言っている若の経験から学んだことです。


インドのお経の本から(ブッダのことば。岩波文庫):「お酒におぼれたり、お金をムダに使う人に権力を与えると、破滅する」(31ページ。読みやすいように少し文章を変えています。もとの文章を知りたい人は本を読んでください。この意味は、自分自身さえもまともにコントロールできない人に権力を与えると、国や会社などの組織全体が潰れていくと教えていると思います。人間だから自分のことを完全にコントロールはできないけれど、国や、会社を引っぱる人は、まずは自分自身を最低限はコントロールできないとダメだと思います。もしも最低限もコントロールできないと思うならば、権力を与えられる状況になっても断ったほうが、自分にも、組織全体にも良いです)


若の今日の会計ミス:ありません。


若の会計の改善:準備作業で、20分。1分で終われるので、19分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、17分。10分で終われるので、7分の無駄。
門信徒会会計で、会費の集計で、19分。7分で終われるので、12分の無駄。預金の確認で、1分。無駄なし。現金の計算で、9分。5分で終われるので、4分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、3分。1分で終われるので、2分の無駄。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、11分。3分で終われるので、8分の無駄。門信徒会会計全体で、43分。17分で終われるので、26分の無駄。
寺院会計で、お布施の帳簿入力で、13分。2分で終われるので、11分の無駄。預金の確認で、1分。無駄なし。現金の計算で、9分。5分で終われるので、4分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、4分。1分で終われるので、3分の無駄。データーバックアップで、1分。無駄なし。寺院会計全体で、28分。10分で終われるので、18分の無駄。
後片付けで、5分。3分で終われるので、2分の無駄。
今日の会計全体で、1時間53分。41分で終われるので、1時間12分の無駄。


一言:大きな会社の社長などで、現場のすべてを自分で見ることができない人は、会社の外からの批判で「私はそんな指示は出してないよ」と思うことがあったら、批判をした人をウソだと決めつける前に、自分で現場を調べてみたらいい。そんなありえない批判が本当の場合があるよ。「コイツは頭がおかしいのではないか」と思う批判が本当の場合があるよ。社長直轄の調査チームを作って調べてみたらいいよ。
批判を受けた時は「言いがかりだ」とか「ケンカを売っている」と思う前に、本当かもしれないと思って調べたほうがいいよ。
2013/12/02
午後9:14開始済 明日の予定を作る(済)
10:04終了済 仕事終了


若の会計の改善:準備作業で、32分。1分で終われるので、31分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、15分。10分で終われるので、5分の無駄。
門信徒会会計で、「領収証の貼り付けと帳簿入力」と「会費の集計」で、25分。10分で終われるので、15分の無駄。預金の確認で、3分。1分で終われるので、2分の無駄。現金の計算で、8分。5分で終われるので、3分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、4分。1分で終われるので、3分の無駄。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、9分。3分で終われるので、6分の無駄。門信徒会会計全体で、49分。20分で終われるので、29分の無駄。
寺院会計で、お布施の帳簿入力で、12分。3分で終われるので、9分の無駄。預金の確認で、1分。無駄なし。現金の計算で、7分。5分で終われるので、2分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、6分。1分で終われるので、5分の無駄。データーバックアップで、2分。1分で終われるので、1分の無駄。寺院会計全体で、28分。11分で終われるので、17分の無駄。
後片付けで、5分。3分で終われるので、2分の無駄。
今日の会計全体で、2時間9分。45分で終われるので、1時間24分の無駄。


一言:人に温かく接すると、とてもうれしいからまた会いたいと思う。地位や名誉や、権力や、財産だけが人を惹(ひ)きつけるのではないと、若は本当に思う。
2013/12/02
午後9:09開始済 会計の改善
2013/12/02
午後9:09開始済 会計の改善
2013/12/02
午後7:00開始済 弘宣寺全体の12月1日と12月2日の決済
2013/12/02
若のお参りの反省:お参り出発予定時間に、4時間58分遅れて、檀家さんの約束の時間に遅れて、1件のお参りができなかった。すいませんでした。原因は、寝坊したから。その原因は、夜中の1時30分頃に寝たから。解決策として、夜10時に寝て、朝5時に起きて、シャワーを浴びて、朝食を食べて、いつでもお参りに行ける状態で朝7時の仕事開始をむかえたい。


今日のお参りの内容は、「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「仏教を作ったお釈迦さまが生きていた頃、弟子が『お釈迦さまが死んだら私はやっていけません。どうしたらいいのでしょうか』と聞きました。そうしたらお釈迦さまは『人は必ず死ぬから、私もいずれ死ぬ。だから私の存在を心の支えにすると私が死んだらに頼るものがなくなるので、私の教えを心の支えにしなさい。そして他の何も心の支えにしないで、自立して生きていきなさい』と言いました。人は、肩書きや、評判や、財産や、誰かの存在を心の支えにしますが、失う時はどうやっても失うので心の支えが無くなります。しかし、お釈迦さまの教えは『悩みも、老いも、病気も、死も、人間ならば逃れられないから、そのまま受け止めることが苦しみを減らす方法だ』という内容なので、真実なのでいつまでも通用するので心の支えが無くなることはありません。その上で、何ものにも頼らずに自立していけば、何かに惑わされることも、呪いやタタリに怯(おび)えることもなくなります。だから私は、お釈迦さまの教えを心の支えとして、その上で何ものにも頼らずに自立してやっていきたいと思いました」という話をしました。
2013/12/02
午後6:09開始済 お参りの反省
2013/12/02
午後4:02開始済 夕食
2013/12/02
午後3:55終了済 お参り終了
2013/12/02
午後2:28出発済 お参り出発
2013/12/02
開門済:午前9:00頃。閉門予定:午後6:00。
お参り 10件(住職 6件:月参り 6件) (若 4件:月参り 4件。午前9:30出発予定。午後12:15終了予定。午後1:40出発予定。午後3:00終了予定)


今日の若の予定

午後1:48 起床(5時予定)


午後1:48開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。携帯をマナーモードにする(済)。自分もまわりの人も生きていることに感謝をする(済)。
1:50開始済 お参り出発の準備

9:30 お参り出発予定
午後12:15 お参り終了予定
12:25 昼食
1:25 お参り出発の準備
1:40 お参り出発予定
3:00 お参り終了予定
3:10 お参りの反省
3:30 夕食
4:30 弘宣寺全体の日次決算
6:30 会計の反省
6:35 明日の予定を作る
7:00 仕事終了予定


連絡:会計事務所の弘宣寺全体の11月分月次監査は、12月4日(水)午前10時からです。
2013/12/01
お参り 4件(住職 4件:七日参り 1件。月参り 3件)

若:休み
2013/11/30
若のお参りの反省:お参り出発予定時間に、2時間20分遅れた。原因は、寝坊したから。その原因は、朝の4時13分に仕事が終わったから。解決策として、もともとの予定の夜7時に仕事を終わって、夜10時に寝て、朝5時に起きて、シャワーを浴びて、朝食を食べて、いつでもお参りに行ける状態で朝7時の仕事開始をむかえたい。

今日のお参りの内容は、「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「仏教を作ったお釈迦さまが生きていた頃、弟子が『お釈迦さまが死んだら私はやっていけません。どうしたらいいのでしょうか』と聞きました。そうしたらお釈迦さまは『人は必ず死ぬから、私もいずれ死ぬ。だから私の存在を心の支えにすると私が死んだらに頼るものがなくなるので、私の教えを心の支えにしなさい。そして他の何も心の支えにしないで、自立して生きていきなさい』と言いました。人は、肩書きや、評判や、財産や、誰かの存在を心の支えにしますが、失う時はどうやっても失うので心の支えが無くなります。しかし、お釈迦さまの教えは『悩みも、老いも、病気も、死も、人間ならば逃れられないから、そのまま受け止めることが苦しみを減らす方法だ』という内容なので、真実なのでいつまでも通用するので心の支えが無くなることはありません。その上で、何ものにも頼らずに自立していけば、何かに惑わされることも、呪いやタタリに怯(おび)えることもなくなります。だから私は、お釈迦さまの教えを心の支えとして、その上で何ものにも頼らずに自立してやっていきたいと思いました」という話をしました。


一言:釧路市の中で若の代わりをしたいと思う人は、できなくても無理をしなくていいよ。どうしても自分では代わりができないならば、あきらめること立派な決断さ。無理をすると、若の足を引っぱってレベルを下げなければならなくなったり、ウラでこそこそしてなんとかその場を成り立たせるようになるよ。
若は、市民から支持されたり、期待されたりするために、変なことはしてないのさ。裏金を配っているわけでも無いし、市民の要求を釧路市役所に無理矢理きかせているわけでも無いし、人間関係で圧力をかけたり、しがらみで縛っているわけでは無いのさ。若は、勉強して身につけた経済の知識を無料であっさりと市民に教えているのさ。自分がどんな行動をしているのかを、市民が自分の成長のために参考にできるようにしているだけさ。だから市民全体を自分の教え子だと思うから、いつも市民に自分の気持ちや考えを弘宣寺のホームページに書いて伝えているだけなのさ。市民は、若を支持するかどうかも、若に期待するかどうかも完全に自由の状態で、自分から選んで支持したり、期待するのさ。ただそれだけさ。自然な結果なのさ。だから市民が若を支持しなくなっても、期待しなくなっても自然な結果だよ。若はそれを素直に受け入れるだけさ。
若は、自分への指示や期待や釧路市での立場をゴールだと思っていないのさ。釧路市の景気を良くすることが、釧路市の財政再建が、釧路市の発展がゴールだと思っているのさ。だから若は一度も、自分への支持や期待のためにがんばったことは無いのさ。いつも景気を良くすること、財政再建のこと、釧路市の発展のことをがんばるだけで、それを見た市民が自然に支持や期待をするだけさ。
若だから何をやっても支持や期待をするのでは無いよ。若が「釧路市の景気を良くするためにがんばりたい」、「釧路市の財政再建のためにがんばりたい」、「釧路市の発展のためにがんばりたい」と思う気持ちや行動を、市民は支持したり期待しているだけさ。だから何もしないでイバり出したら、あっという間に支持や期待が無くなるよ。最近の若はなぜか「自分がどれだけ釧路市で影響力があるか」という話ばかり書くから、すぐに市民の中で「あいつは何を調子に乗っているんだ」などの批判が釧路市民から出てくるのさ。これは、市民は若が釧路市のためにがんばることを期待しているのであって、若そのものを支持しているわけでは無いんだという客観的な証拠さ。
だから若の代わりをしたい人は、自分が支持されようと思うのでは無く、自分が期待されようと思うのでは無く、「釧路市の景気を良くすること」や「釧路市の財政再建」で自分が若の代わりをしようと思ったらいいよ。代わりができると市民が思ったり、若よりもすごいと思ったらすぐに自分が支持されたり期待されるよ。
ちなみに若は、どんなに釧路市の中で支持されても、期待されても、立場が上がっても、いちおう東京についていこうとするから、市民が「東京について行けと言うのは本当らしいぞ」と思う。もしも釧路市の中でイバって「オレが世の中の中心だ」と言ったら、「東京について行けというのはウソだったのか」と市民が思って、一瞬で支持も期待も無くなるよ、若が自分の人生のために東京の経済について行こうとしているから、「東京から学ぶと釧路市の経済は成長するぞ」と若が言うことを市民は信用するのさ。
それから、若が努力して経済の勉強をして身につけた力は、世界70億人のうち、たった釧路市民18万人にしか影響力の無い、ほんのちっぽけなものだから。すごいと思うのは、釧路市民だけだよ。
2013/11/30
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後6:00頃。
お参り 12件(住職 7件:葬式 1件。月参り 5件。法事 1件) (若 5件:月参り 5件。午前11:50出発済。午後2:18終了済。午前9:30出発予定。午後1:30終了予定)


今日の若の予定

午前10:46 起床(6時30分予定)


午前10:47開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。携帯をマナーモードにする(済)。自分もまわりの人も生きていることに感謝をする(済)。
10:53開始済 お参り出発の準備
11:50出発済 お参り出発

午後2:18終了済 お参り終了
2:30開始済 お参りの反省(済)
3:29開始済 銀行(済)。郵便局(済)。
4:34開始済 弘宣寺だより12月号の若の担当を配る(29件全部済)
5:40開始済 夕食
7:55開始済 弘宣寺全体の日次決算(月末なので緑色の専用用紙に現金残高を書く)(1時間15分遅刻)(済)
10:43開始済 会計の反省(済)
10:47開始済 明日の予定を作る(済)
0:01終了済 仕事終了


連絡:会計事務所の弘宣寺全体の11月分月次監査は、12月4日(水)午前10時からです。


一言:「心の思うままに生きる」と聞くとすばらしく聞こえるが、本当に心のままに生きると争いしか生まれない。だから憲法や法律が必要なのだ。憲法や法律を守って、初めて社会生活ができる。人間の心はすばらしいけれど、恐ろしい部分もある。だから理性のブレーキをいつも通らないと安心できないのさ。自制心が人間の大切なものさ。


一言:国会議員は、国会で何かを決める時は絶対に感情的になってはダメだよ。冷静な状態で決めなければ後悔するよ。
どうしても冷静になれなかったら、決めるのを延期したほうがいいよ。
どんなに優秀でも感情的になる人は、国会で決める時には通用しないよ。
国民は国会議員の人柄を大事にするけれど、それも正しいと思うよ。


一言:釧路市民は、若の言うことよりも、日本国憲法と、日本の法律を守るんだよ。もしも若の言うことが日本国憲法や、日本の法律で禁止されていたら、言うことを聞いたらダメだよ。日本国憲法と、日本の法律を守るから、信用される人になるのさ。


一言:なぜ日本国憲法と、日本の法律を守らなければならないのかと言うと、守ったほうが世の中がスムーズに進むからさ。問題が減るのさ。だから、人を引っ張る立場の人はみんな、自分の影響を受ける人には必ず日本国憲法と、日本の法律を守ってほしいと思うよ。自分の影響を受ける人がみんな必ず日本国憲法と、日本の法律を守ってくれると安心できるよ。


一言:このホームページに政治的なことが書いてあっても、それは若が個人的に書いていることなので、弘宣寺は関係無いから。弘宣寺は、日本国憲法の「政治と宗教の分離」を守ってます。
だから政治や選挙などの権力争いは、弘宣寺には、まったく関係無いです。


一言:西武百貨店などの「セゾングループ」のトップだった堤清二という人が亡くなった。西武百貨店の「おいしい生活。」という宣伝は、バブル景気の頃だったと思うが、普通の会社の普通の宣伝と比べると、はるかにいい感じだ。この時代の良さを思い出す。たぶん堤清二という人の人間性だと思うが、今の西武百貨店は特に何も感じないので、これが堤清二の良さだと思う。
お店は、「どんな商品を売るのか」も大切だが、「どんなお店を作りたいのか」という「夢や目標」も大切だと思う。それにひきつけられてお客さんがお店にかようと思う。昔の西武百貨店がそうだった。
ただの買い物の場所か、そのお店に行くことだけで楽しいのか、それが「どんなお店を作りたいのか」という夢や目標と結び付くのだと思う。


若の今日の会計ミス:ありません。


若の会計の改善:準備作業で、23分。1分で終われるので、22分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、33分。16分で終われるので、17分の無駄。
門信徒会会計で、領収証の貼り付けと帳簿入力で、7分。4分で終われるので、3分の無駄。会費の集計で、22分。8分で終われるので、14分の無駄。預金の確認で、10分。2分で終われるので、8分の無駄。現金の計算で、8分。5分で終われるので、3分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、2分。1分で終われるので、1分の無駄。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、10分。3分で終われるので、7分の無駄。門信徒会会計全体で、59分。23分で終われるので、36分の無駄。
寺院会計で、お布施の帳簿入力で、31分。6分で終われるので、25分の無駄。預金の確認で、4分。2分で終われるので、2分の無駄。現金の計算で、7分。5分で終われるので、2分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、4分。1分で終われるので、3分の無駄。データーバックアップで、2分。1分で終われるので、1分の無駄。寺院会計全体で、48分。15分で終われるので、33分の無駄。
後片付けで、5分。3分で終われるので、2分の無駄。
今日の会計全体で、2時間48分。58分で終われるので、1時間50分の無駄。


連絡:弘宣寺全体の11月分の会計は、今日で一応すべて終わりました。正確には、住職や坊守が立て替え払いをした領収証が数枚残っているのですが、これは12月の帳簿につけて立て替え分を返します。11月に支払わなければならなかった代金も残っているのですが、これも12月になったらすぐに支払います。
11月は途中に若が会計をするのがストップしたので、弘宣寺は完全に「お金が入ること」も、「お金が出ること」もストップしましたが、正常に戻りました。今回のことを客観的に見ると、檀家さんへのお参りは住職が代わりにできるし、お寺の会議も住職と檀家さんでやっていけるけれど、会計は若の代わりがいないということです。これは弘宣寺の最大の弱点です。もしも若が病気で入院したら、会計がメチャクチャになるということです。「若の代わりに会計をできる人をどう準備するか」を檀家さんは考えておいてください。若が会計をできなくなった時に助かるよ。
若は、7月末まで財政再建の実験をやって疲れていたので、8月のお盆、9月の秋のお彼岸、10月の報恩講(浄土真宗を作った親鸞の法事)が終わって、何も行事が無くなってから疲れが出たことが、それも年末で忙しい12月では無くて本当にヒマな11月に、しかも中旬頃に動けなくなり、会計で遅れをなんとか取り戻せる下旬になったら復活と、まるで計画したようにダウンして、計画したように復活しましたが、ただの偶然です。人間の体ってすごいですね。普段の仕事に一番影響が出ないようにしてくれた。檀家さんへのお参りも、会計も、12月になってみれば若がダウンしていたのも忘れるくらいの小さなダメージです。だからホッとできたし、しっかり休んだから復活できたのだと思います。人間ってすごいですね。
それから、「釧路市の財政再建の実験の疲れでダウンする」という、弘宣寺にとっては何の関係も無いことで仕事に穴を空けてしまい、本当にすいませんでした。弘宣寺の仕事をがんばってダウンしたのならば檀家さんも理解できますが、弘宣寺にまったく関係無いことでダウンされても、何なのか理解できないと思いますが、そこは地域貢献をしたと思ってお許しください。もしも釧路市の財政再建が始まったら、若のたいへんな気持ちがよくわかると思います。「若もこれならダウンするよな」と思うでしょう。
ということです。明日から12月、年末で忙しいけれどがんばりましょう。
2013/11/29
若のお参りの反省:お参り出発予定時間に、1時間40分遅れて、檀家さんの約束の時間に遅れた。原因は、寝坊したから。その原因は、夜中の3時頃に寝たから。解決策として、夜10時に寝て、麻5時に起きて、シャワーを浴びて、朝食を食べて、いつでもお参りに行ける状態で朝7時の仕事開始をむかえたい。

今日のお参りの内容は、「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「仏教を作ったお釈迦さまが生きていた頃、弟子が『お釈迦さまが死んだら私はやっていけません。どうしたらいいのでしょうか』と聞きました。そうしたらお釈迦さまは『人は必ず死ぬから、私もいずれ死ぬ。だから私の存在を心の支えにすると私が死んだらに頼るものがなくなるので、私の教えを心の支えにしなさい。そして他の何も心の支えにしないで、自立して生きていきなさい』と言いました。人は、肩書きや、評判や、財産や、誰かの存在を心の支えにしますが、失う時はどうやっても失うので心の支えが無くなります。しかし、お釈迦さまの教えは『悩みも、老いも、病気も、死も、人間ならば逃れられないから、そのまま受け止めることが苦しみを減らす方法だ』という内容なので、真実なのでいつまでも通用するので心の支えが無くなることはありません。その上で、何ものにも頼らずに自立していけば、何かに惑わされることも、呪いやタタリに怯(おび)えることもなくなります。だから私は、お釈迦さまの教えを心の支えとして、その上で何ものにも頼らずに自立してやっていきたいと思いました」いう話と、

「今日は、死ぬ苦しみについて話します。仏教を作ったお釈迦さまは、『人間には、悩み、老人になる苦しみ、病気、死ぬ苦しみの、四つの苦しみがあるから、人間ならば逃れることができないから、そのまま受け止めることが苦しみを減らす一番方法だ』と言いました。家族の死は、本当にツライとお釈迦さまも認めています。その苦しさを、数字で100とするならば、素直に受け止めれば100だけ苦しめば、苦しみは終わります。しかし、新聞を見れば毎日お通夜やお葬式の死亡広告が載っているのに、それでも『自分の家族だけが死ぬんだ』と思ったり、呪いやタタリや普段の行いが悪いから死んだのだと思うと、もともと100もあった苦しみが、300にも、500にも増えます。『そもそも、人が死ぬなんて認めない、許せない』と思うならば、人間の歴史では、今まで生まれてきた人はすべて死んでいるので、とんでもないところに不満を持つことになるので、苦しみが1000にも、2000にも増えます。お釈迦さまはそれを『無駄な苦しみだ』と言いました。お釈迦さまは、『苦しみは少なければ少ないほうがいいから、家族の死はそのまま受け止めれば100だけ苦しめば苦しみは終わるから、それ以上は苦しむ必要が無いんだ』と言いました。だから私は、家族の誰も死んではいませんが、もしも死んでも、そのまま素直に受け止めたいと思いました」という話をしました。


一言:誤解があると困るので一言言いますが、釧路市の財政再建をしたいのは、若個人であって、弘宣寺ではありません。若が「一人の市民」として釧路市の財政再建をしたいだけなので、弘宣寺は何も関係ありません。なぜならば、弘宣寺が釧路市の財政再建をしたいと言えば、弘宣寺という宗教団体が、釧路市の財政再建という政治のことに口を出すので、日本国憲法の「政治と宗教の分離」に違反するからです。若が一人の市民として、釧路市民に財政再建の大切さを伝えるのならば憲法違反にならないのです。宗教つながりを政治に使わなければ憲法違反になりません。
まぎらわしいので、本当に「弘宣寺のホームページ」と「若の個人のページ」を二つに完全に分けたいと思います。
2013/11/28
一言:若が釧路市を育てたというと言うのを信用できないと思う人は、その気持ちは正しいので、もっとわかりやすく言うと、「若が、東京の経済から学べと釧路市民に初めて教えた」ということです。東京の経済から学ぶと釧路市の経済が成長するのは誰が聞いても正しいと思うでしょうが、若が出てくるまでの釧路市にはそういう考えが無かった。だから若が出てこなかったら今でも東京から学ぶという考えが釧路市民には無かったかもしれない。だからこの何年間の釧路市は、若の影響を受けたと言うよりも、若をきっかけに東京の影響を受けたというほうがわかりやすいと思います。本当に、昔と比べて釧路市は東京にちょっと近づいたんですよ。だから「釧路市そのものが若の教え子」というよりも、「釧路市そのものが東京の経済の教え子」と言うほうが正確かもしれません。こう言うと、理解できるでしょ? 東京の経済から学び続けたら釧路市の経済が行き詰まることは無いから、これからも東京から学んでね。
ちなみに、若は「東京から学べ、世界の経済から学べ」と言うから、自分では中身がある必要は無いので、実は釧路市の経済を引っぱってきたけれど、中身を問われたことは一度も無かったのさ。だって、大切なのは、「東京に中身があるのか。中国に中身があるのか。世界の経済に中身があるのか」なので、そこで中身があると「若の言うことは本当だ」となるから、若は自分自身に中身がある必要が無かったのさ。経済評論家の田原総一朗(たはら そういちろう)を、マンガで「政治家の権力争いは誰が勝つかいつもわからないが、いつも勝った人の隣に田原総一朗がいる」と書いていて「そのとおり」だと若は思ったのだけれど、政治家の権力争いで誰が勝ってもいつも田原総一朗の番組に呼ばれるので、いつも勝った人の話を田原総一朗の番組で聞ける。同じように、若は経済で自分がすごいのではなく、いつも経済で通用している人に乗っかろうとするので、東京が一番だと思えば「東京から学べ」と言い、10年以内に中国の上海(シャンハイ)が東京に並びそうだと聞けば「東京よりも中国に学べ」と言い、アジアの発展がすごいと聞けば「アジアの発展についていけ」と市民に言う。田原総一朗と同じ、自分が勝つのでは無く、勝った人の隣に自分がいるというやり方をするので、若の話を聞いてるとけっこう勉強になったのさ。最近はなぜか釧路市の中での自分の存在感を自慢するようになったけれど、前はこんなくだらない話をしないで、世界の経済の中ですごい人たちの話をしていたのさ。だから釧路市は日本の外れのただの田舎なのに、市民の経済の部分は、ある部分はものすごいレベルが高いという状態になるのさ。それこそ官僚が見ても勉強になるような文章を書いて市民に見せると、市民は本当に素直にすごさを認めるよ。本当に中身のあることは、その道の専門知識なんか無くても、直感ですごいとわかるのさ。だから素人がすごいと思わないことは、本当にすごくはないのさ。最近の「自分がいかに釧路市ですごいか」という誰が聞いてもプラスにならないことばかり若が言うから、「本当に若が育てたのか」と思うのさ。若が地元の新聞に投稿した文章を自分で調べてごらん。かなりレベルが高いよ。もう何年も前から送らなくなったけれど、昔は1ヶ月に1本の新作を作ろうと思って、経済の勉強を一生懸命にしていたのさ。
ということです。
2013/11/29
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後6:00頃。
お参り 9件(住職 5件:七日参り 1件。月参り 3件。お通夜 1件) (若 4件:月参り 4件。午前11:30出発済。午後2:21終了済。午前9:50出発予定。午後1:30終了予定)


今日の若の予定

午前9:27 起床(5時予定)


午前9:27開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。携帯をマナーモードにする(済)。お釈迦さまの教えは本当に真実なのか確かめる(済)。自分もまわりの人も生きていることに感謝をする(済)。
9:44開始済 お参り出発の準備
11:30出発済 お参り出発
午後2:21終了済 お参り終了
2:30開始済 休憩
2:52開始済 11月分給料支払いの準備
4:46開始済 銀行(済)
5:29開始済 夕食
6:57開始済 11月分給料支払いの準備(28分遅刻)(若37才の11月分給料、25万円)
7:33開始済 お参りの反省(済)
7:58開始済 弘宣寺全体の11月26日と11月27日と11月28日と11月29日と今までのたまっている領収証の分の決算(済)
3:18開始済 会計の反省(済)
3:26開始済 明日の予定を作る(済)
4:13終了済 仕事終了


一言:若が釧路市を育てたというのは釧路市民はジックリと考えなさい。昔の釧路市のように札幌について行くのと、若の言う「東京について行く」のと、どちらが釧路市の経済が発展するかも考えなさい。
ジックリ考えてウソだと思ったらウソだ。本当に正しいならば、ジックリ考えるほど「正しい」と思えるよ。
若の経済の勉強して努力した能力も、本当にすごい経済の知識を教えられてから信用したほうがいいよ。今の若は「自分は経済の能力がすごい」としか言わないから、何がすごいかわからないのさ。


お釈迦さまの教えは本当に真実なのか確かめる:悩みの無い人も、老人にならない人も、病気にならない人も、死なない人も、一人もいないと思うので、お釈迦さまの教えは真実だと思います。だから苦しんでいるのは自分だけでは無いと思います。
今日も通用したいので、昨日までお釈迦さまの教えを根拠にして通用したことはすべて忘れます。
今日もお坊さんとしての根拠はお釈迦さまの教えにします。


一言:仏教とは、世の中を変えるのではなく、他人を変えるのでもなく、自分自身を変えるものです。
お釈迦さまは「原因があるから結果がある。結果を変えようと思うならば、原因を変えれば自然に結果も変わる。原因を変えずに結果だけを変えるのは無理だ」と教えている。
会社でもどこでも組織がガタガタになっている時は、建前ではなく、実際に一番権限を持っている人の普段の行動が一番の原因になっている。だから普段の行動を見直して変えれば、組織全体が良い方向に進んで行く。
一番権限を持っている人が自分の行動を変えないならば、いくら部下を変えても同じ結果になる。


一言:国会議員は「官僚は国会議員をバカにしている」と思うそうだが、官僚はいつも国会議員の背中を見ていて、国会議員のマネをするよ。
「自分の言うことはまともに聞かなくても、自分の行動は素直に受け止める」と思ったほうがいいよ。
それから国会議員の言うことに官僚がブレーキをかけたら、腹が立つのではなく、感謝したらいいよ。国会議員の言うことを官僚がすべてかなえたら、日本の国は破綻するよ。それは国会議員が一番わかると思うけれど。
官僚がブレーキをかけてくれるから、日本の国はまともな状態でいられるのさ。


一言:将来に総理大臣になりたい国会議員はおぼえておいたらいいよ。
官僚の恐ろしさとは、「気持ちを察してくること」なのさ。だから自分で指示だと思っていないことが指示になっているのさ。例えば、総理大臣になって「おいしいラーメンが食べたいな」となにげなく一言言っただけで、知らないうちに自分の家の近くにおいしいラーメン屋ができてるよ。例えるならこんな感じさ。
だから、「総理大臣になったら、なにげない行動も含めて自分の行動のすべてが指示になるんだ」と思ったほうがいいよ。そのほうが無難だよ。


一言:若が3年後の釧路市のリーダーの競争で受かったら、みんなにキラワレながら、みんなに文句を言われながら、みんなの必要なものをカットして釧路市の借金を返すだけさ。若は、政党からも出ないし、業界団体から推薦ももらわないし、後援会さえも作らないから、「利権(釧路市の金を使う権利)」を一人占めするのかと思うかもしれないが、利権なんか釧路市に無いのさ。そんな金があったら釧路市の借金を返すために使うよ。そうしたら釧路市の財政再建が一年でも早く終わるよ。
それから、若は最近、いろいろ足を引っ張られたり、権力争いに巻き込まれるのだが、財政再建をしたいと言っているのが一つの理由さ。日本の国は、「戦争をしたい」、「財政再建をしたい」と言うと選挙で必ず負けるのさ。戦争しないのはとても正しいけれど、財政再建をさせないというのはおかしいのだけど、それぐらいにいろんなところから足を引っ張られるよ。
ちなみに財政再建はコツコツと地道に借金を返す「努力」だから、それしか借金を返す方法は無いのさ。一発で借金を返す楽な方法なんか無いから。


一言:財政再建をしたいと思う政治家や、政治家になりたい人は、自分のスキャンダルの一つや二つは必ず出てくると覚悟したらいいよ。それがイヤなら財政再建に関わらないほうがいいよ。


一言:もしも若の代わりに釧路市の財政再建をしたいと思う人がいたら、おぼえておきなさい。3年後の釧路市のリーダーの競争で自分が当選したら、釧路市の財政再建が正式なスタートするのさ。そうしたら、日本の国の財政再建が始まる前にするので、日本の国の財政再建に大きな影響を与えることになるよ。実験場になるからさ。だから、財政再建したい人たちは応援してくれるよ。具体的には、財務省は応援してくれると思うよ。日本の国の財政再建をしたい国会議員も応援してくれるよ。
でも、財政再建に反対の官僚や国会議員は足を引っ張ってくるよ。釧路市の財政再建が成功したら、財政再建ができると実績になるからさ。日本の国の財政再建の参考になったら困るのさ。金を使うことしかできない官僚や国会議員は、けっこういるのさ。
だから、若の代わりに釧路市の財政再建をしたい人は、息抜きはすごく大切だけど、今から普段の生活はマジメにしておきなさい。問題の無い範囲で息抜きをしなさい。釧路市の外からも足を引っ張ってくることを覚悟するんだよ。自分の予想以上に根強く足を引っ張ってくるよ。


一言:財政再建というのは、金を使うことしかできない国会議員と官僚は居場所が無くなるということなのさ。日本の仕組みが根本から変わるのさ。今の仕組みのままでは、金を使うことしかできないから、借金なんか返せないからさ。
だから反発が出るのは当たり前なのさ、だからだれもできないのさ。


一言:弘宣寺は借金ゼロで、若も7月末で借金ゼロになったのだけど、借金が無いと楽なのさ。苦しみが少ない。だから若は、釧路市にも、北海道にも、日本の国にも、財政再建をして借金ゼロになってほしいと思うのさ。ただそれだけさ。借金が無いと本当に楽だよ。
それから、財政再建はツライから、足を引っ張らなくてもなかなか認められないし、ツライからそもそも誰もやりたくないから、なかなかスタートできないよ。スタートしても、ツライから途中でやめる可能性もあるよ。
足を引っ張らなくてもじゅうぶんたいへんなんだよ。


一言:財政再建で足を引っ張られるといっても、ジャマされたり、スキャンダルが出てくるくらいだよ。財政再建をすることは誰が聞いても正しいと思うから、恨(うら)まれることは無いよ。キラワレるだけさ。


一言:昨日のテレビでやっていたが、服を安く売っている「しまむら」は、毎日ダンボール200箱の新商品が届く。同じ色の同じサイズはお店に1つしか無くて、追加することも無いので、すぐに売り切れるからだ。だから服のメーカーに返品する必要が無いから、その分しまむらはメーカーから安く買える(返品ありだと、メーカーはその分の費用を含めた代金で売るので)。
同じ色の同じサイズがお店に1つしか無くて、追加もしないのは、お客さんが自分と同じ服を着ている人を見るとあまり喜ばないし、全国のしまむらのお店で売り切るためにはこの方法しか無いそうだ。
だから、しまむらに行ったら、ほしい服があったらすぐに買ったほうがいいよ。同じ色の同じサイズはひとつしか無いから、売り切れたらもう買えないのさ。
ちなみに、これと正反対の方法をしているのが、ユニクロさ。ユニクロは作る種類を少なくして、何回も同じものを追加するのさ。だから、自分のほしい色のほしいサイズは、必ず買えるのさ。
正反対の方法で、お互いに成功している。おもしろいよね。


一言:官僚が、国会議員や、大臣や、国会議員の心を察しようとするのは、「どうしてこういう指示を出したのか」というのを理解するためにはとても効果があるのさ。どういう気持ちや考えだったのかを知ると、その指示が何を伝えたかったのかがよりわかるから。でも、心を察したことを、勝手に指示だと思ったら危険さ。指示をする人は、それなりに覚悟をして指示を出すのさ。それを本人も指示だと思ってないことを指示だと受け取られて実行されたら、本人が一番ビックリするよ。「私はそんな指示を出してない」と必ず言われるよ。
会社でもそうさ。社長の指示を正確に理解したいから、社員が社長の心を察するのは良い方法さ。社長の指示を正確に理解できるようになるよ。しかし、社長の心を察したことを、勝手に指示だと思ったらダメだよ。社長が指示を出す時は、いつも会社の今後の影響を考えてするのさ。心を勝手に察したことを指示にされたら、会社のことを何も考えない指示になるから、会社に悪い影響が出るよ。社長も「そんな指示は出していない」と言うよ。
「心を察したことを勝手に指示だと思わない」というのは、心を察する時のルールだよ。


若の今日の会計ミス:ありません。


若の会計の改善:準備作業で、27分。1分で終われるので、26分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、38分。16分で終われるので、22分の無駄。
門信徒会会計で、領収証の貼り付けと帳簿入力で、2時間4分。46分で終われるので、1時間18分の無駄。会費の集計で、47分。15分で終われるので、32分の無駄。預金の確認で、0分。無駄なし。現金の計算で、7分。5分で終われるので、2分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、13分。3分で終われるので、10分の無駄。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、17分。3分で終われるので、14分の無駄。門信徒会会計全体で、3時間28分。1時間12分で終われるので、2時間16分の無駄。
寺院会計で、領収証の貼り付けと帳簿入力で、39分。10分で終われるので、29分の無駄。お布施の帳簿入力で、1時間19分。12分で終われるので、1時間7分の無駄。預金の確認で、2分。1分で終われるので、1分の無駄。現金の計算で、8分。5分で終われるので、3分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、31分。10分で終われるので、21分の無駄。データーバックアップで、2分。1分で終われるので、1分の無駄。寺院会計全体で、2時間41分。39分で終われるので、2時間2分の無駄。
後片付けで、6分。3分で終われるので、3分の無駄。
今日の会計全体で、7時間20分。2時間11分で終われるので、5時間9分の無駄。
2013/11/28
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後6:00頃。
お参り 11件(住職 5件:葬式 1件。月参り 4件) (若 6件:葬式 1件。月参り 5件。午前9:35出発済。午後3:37終了済。午後7:03出発済。午後8:02終了済。午前9:00出発予定。午後4:00終了予定)


今日の若の予定

午前8:56 起床(5時予定)


午前9:01開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。携帯をマナーモードにする(済)。自分もまわりの人も生きていることに感謝をする(済)。
9:05開始済 葬式に出発する準備
9:35出発済 葬式に出発
9:50到着済 会場に到着
10:00開始済 葬式
11:00出発済 お参りに出発
午後12:40到着済 会場に到着
1:30開始済 忌中引
2:12出発済 お参りに出発
3:37終了済 お参り終了
3:52開始済 忌中引の着替え(済)
3:58開始済 お参りの反省(済)。業者に支払い(済)。
5:03開始済 昼食
6:03開始済 夕食
7:03出発済 枕経に出発
8:02終了済 お参り終了
8:24開始済 明日の予定を作る(済)
9:56終了済 仕事終了


一言:お釈迦さまがすごいのは、お釈迦さまがすごいというだけで、若がすごいのでは無いよ。


若のお参りの反省:お葬式に出発する予定時間、35分遅れて、会場に始まるギリギリの時間に着いた。原因は、寝坊したから。その原因は、夜中の1時30分頃に寝たから。解決策として、夜10時に寝て、麻5時に起きて、シャワーを浴びて、朝食を食べて、いつでもお参りに行ける状態で朝7時の仕事開始をむかえたい。

お葬式の後に火葬場に行ってお骨にして、それから葬儀会場に戻ってもう1回お経を唱えることを「忌中引(きちゅうびき)」と言うけれど、地域によってはお葬式のやり方がぜんぜん違うけれど、北海道釧路市はそうなのですが、その忌中引の時に、お経を唱えながら「昨日のお通夜で、若が『死は、良いことでも、悪いことでもなく、とても自然なことだから、そのまま受け止めることが一番苦しみが少ない』と話したことが、死はすばらしいとか、命を大切にしないと誤解されているのではないか」と直感で思いました。特に何か言われたのでは無く、会場の雰囲気でそう思いました。なので、忌中引ではお坊さんの話は無いのですが、一言、説明をしました。
他のお坊さんたちにアドバイスです。お通夜やお葬式の時に法話で「死は逃れられないから、そのまま受け止めることが苦しみが少ない方法ですよ」と話したら、これはお釈迦さまの教えの中心なので、お坊さんや檀家さんにとっては当たり前だと思うかもしれないけれど、お通夜やお葬式には初めて仏教に触れる人もいるのさ。ものすごく誤解される可能性があるよ。死をそのまま受け入れるとか、死と正面から向き合うと言うと、「死はすばらしいというのか」とか、「死をすすめているのか」とか、「命を大切にしないのか」と混乱する人がいるのさ。その気持ちはわかるよ。日本では、「死は、あってはならないことだ」、「死は、不幸なことだ」というのが常識なのに、死を認めないことが常識なのに、「死は自然なことだ」とか、「死をそのまま受け止めることが大切だ」というお釈迦さまの教えを聞くと、価値観が変わるので混乱するのもわかるよ。だからそこで、「仏教とは、死と正面から向き合うことで生きていることに感謝をするという、前向きな教えなんですよ」と言うと、わかってもらえるのさ。お釈迦さまの教えは、心に響く分だけ丁寧(ていねい)な説明が必要さ。初めてお釈迦さまの教えを聞く人を基準に考えたほうがいいと思う。

今日のお参りの内容は「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「仏教を作ったお釈迦さまが生きていた頃、弟子が『お釈迦さまが死んだら私はやっていけません。どうしたらいいのでしょうか』と聞きました。そうしたらお釈迦さまは『人は必ず死ぬから、私もいずれ死ぬ。だから私の存在を心の支えにすると私が死んだらに頼るものがなくなるので、私の教えを心の支えにしなさい。そして他の何も心の支えにしないで、自立して生きていきなさい』と言いました。人は、肩書きや、評判や、財産や、誰かの存在を心の支えにしますが、失う時はどうやっても失うので心の支えが無くなります。しかし、お釈迦さまの教えは『悩みも、老いも、病気も、死も、人間ならば逃れられないから、そのまま受け止めることが苦しみを減らす方法だ』という内容なので、真実なのでいつまでも通用するので心の支えが無くなることはありません。その上で、何ものにも頼らずに自立していけば、何かに惑わされることも、呪いやタタリに怯(おび)えることもなくなります。だから私は、お釈迦さまの教えを心の支えとして、その上で何ものにも頼らずに自立してやっていきたいと思いました」という話と、

忌中引の最後に「昨日は、人間には寿命があるから、死というのは、良いものでも、悪いものでも無く、とても自然なことだと言いましたが、それは『死はすばらしい』と言っているのではありません。死というのは人生を代表する苦しさで、ツライものだとお釈迦さまも教えています。『死』と正面から向き合うことで、生きていることに感謝をするという前向きな教えです。お通夜や、お葬式の時には、亡くなった人が生きているだけで自分がどれだけ助かっていたのかと心から実感します。「人は寿命があるから死ぬんだ」と思っていると、自分が生きていることにも、まわりの人が生きていることにも感謝します。普段の生活では、人は死ぬなんて思わないから生きていることに感謝しません。死と正面から向き合うことが異常なのではなく、生きていることに何の感謝もしない普段の生活のほうが異常なのです。戦争をする人たちもそうです。人間には寿命があるから、相手の国の今生きている人は、何もしなくて100年後には寿命で全員死んでいます。必ず死ぬとわかっている人たちを、なぜ今殺さなければならないのか。戦争をしようとする人たちは、そのことに気がつきません。仏教の教えとは、死がすばらしいというものでも無く、命を大切にしないものでも無く、死と正面から向き合うことで生きていることに感謝をする教えだとわかってください」という話をしました。


一言:このホームページを見ている人たちへ。宗教から学ぶことも、宗教を心の支えにすることも良いけれど、宗教にハマったらダメだよ。宗教にハマって良いことなんか一つも無いよ。
宗教をする時は、冷静な目で自分を見ることが大切だ。そうしたらハマらないよ。


一言:「なんで若は、月参りや、お通夜の法話を毎回ホームページに書いて、誰でも見られるようにしているのか。話をしてもらった本人以外には関係無いのでは」と思う人がいるかもしれないが、宗教というのはものすごい力を持っているので、だから同じくらいすごい力のある政治と一つになることを日本国憲法で禁止されているのだが、だから若は法話をいつもホームページに書いている。そうしたら、誰に見られてもいいことしか言えないから。もしも問題になることを若が話したら、誰でもこのホームページを見てわかるので、若も自分の法話の間違いを直さなければならないし、若の法話を聞いた人も間違いだと気づくことができる。当然、宗教の話のフリをしながら変な話をすることもできない。だから、若にも、法話を聞く相手にも無難なやり方なのです。

一言:仏教をする人は、仏教の力を自分の力にしたらダメだよ。仏教の力を自分の力にしなかったら、暴走も、自滅もしないよ。
もしも仏教の力を自分の力にしてしまったら、自分に文句を言う人に「仏教に文句を言うのか」と言うようになるよ。権力を持つために仏教を利用して、それにおかしいと言った織田信長を「仏教の敵だ」と言った昔のお坊さんたちは、結局、信長に完全に倒されたよ。信長は、仏教の敵では無かったのさ。仏教を権力を取るために利用している人たちの敵だったのさ。
仏教の力を自分の力にしたら、こんなふうに失敗するよ。


一言:経済の勉強した力は、若の努力の結果だけど、仏教の力は、若の力ではなく仏教の力だから。
ただ、魔法のようなありえない力ではないよ。仏教をする人は、お釈迦さまの教えを伝えたら、若と同じ結果が出るよ。ウソだと思うならば自分で試してみたらいいよ。お釈迦さまの教えを伝えると、相手が衝撃を受けることがあるよ。「寿命があるから、自分の死を受け入れなさい」と言われたら衝撃を受けるのも当たり前だけどね。


一言:お葬式が終わったばかりなのに、また新しいお葬式が入った。何回お葬式をしても、人が亡くなることは終わらない。お坊さんをしていると、人の死は自然だと本当に思う。


連絡:今日は、お葬式があって、さらに枕経(まくらぎょう。亡くなったらすぐにお参りに行って、家族と葬儀社と一緒にお通夜とお葬式の日時を決めること。お坊さんの人数や、戒名か院号かもこの時に決めます)もあったので疲れたので、会計は明日にします。
2013/11/27
若のお参りの反省:お参り出発予定時間に、1時間14分遅れて、檀家さんの約束の時間に1時間遅れてお参りできなかった。反省しています。原因は、寝坊したから。その原因は、夜中の3時頃に寝たから。解決策として、夜10時に寝て、朝5時に起きて、シャワーを浴びて、朝食を食べて、いつでもお参りに行ける状態で朝7時の仕事開始をむかえたい。

今日のお通夜で、またお経の本を作っていなかったので、持って行けなかった。お通夜の時にジッとしているのはツライし、今日が仏教に出会う最後のチャンスという人もいたかもしれないので、できるだけ仏教の良さを伝えるためにもお経の本を作って持って行けば良かったと思った。いつもいつも、お通夜や葬式のたびに後悔する。これからは、何もない日にコツコツとお通夜や葬式のお経の本を作りたい。

ちなみに、檀家さんのお通夜や葬式のたびに思うのだが、「檀家さんが生きているだけでありがたい。檀家さんが生きているうちに大切にしよう」と思う。一晩寝たら必ず忘れるので、今日は寝るまではこの気持ちを持ち続けていたい。若は、「檀家さんがわかってくれなくて腹が立つ」と思うことはいつもなのだが、「檀家さんが生きているだけでありがたい」とはいつも忘れている。人間は、本当に大切なものはすぐに忘れて、どうでもいいことばかりおぼえている。お通夜やお葬式で「死」にふれると、本当に大切なものを思い出す。

今日のお参りの内容は、「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「仏教を作ったお釈迦さまが生きていた頃、弟子が『お釈迦さまが死んだら私はやっていけません。どうしたらいいのでしょうか』と聞きました。そうしたらお釈迦さまは『人は必ず死ぬから、私もいずれ死ぬ。だから私の存在を心の支えにすると私が死んだらに頼るものがなくなるので、私の教えを心の支えにしなさい。そして他の何も心の支えにしないで、自立して生きていきなさい』と言いました。人は、肩書きや、評判や、財産や、誰かの存在を心の支えにしますが、失う時はどうやっても失うので心の支えが無くなります。しかし、お釈迦さまの教えは『悩みも、老いも、病気も、死も、人間ならば逃れられないから、そのまま受け止めることが苦しみを減らす方法だ』という内容なので、真実なのでいつまでも通用するので心の支えが無くなることはありません。その上で、何ものにも頼らずに自立していけば、何かに惑わされることも、呪いやタタリに怯(おび)えることもなくなります。だから私は、お釈迦さまの教えを心の支えとして、その上で何ものにも頼らずに自立してやっていきたいと思いました」という話をしました。

今日のお通夜の法話は、「仏教の『仏』とは、『お釈迦さま』のこと。なので『仏教』とは『お釈迦さまの教え』という意味です。お釈迦さまは、今から2000年以上前にインドで生まれました。人生の問題に深く悩み、そして『人間の苦しみの本当の原因は、人間のレベルを超えたところにある』と発見しました。お釈迦さまは、『人間には四つの苦しみがある』と言いました。ひとつめは、生きる悩みです。お釈迦さまは『悩みの無い人なんていないんだよ。悩んでないように見えるだけで、みんな悩んでるんだよ』と言いました。二つめは、老人になる苦しみです。お釈迦さまは『みんな平等に老人になるんだよ』と言いました。三つめは、病気の苦しみです。お釈迦さまは『病気の苦しみはみんな経験するんだよ』と言いました。四つめは、死ぬ苦しみです。死の恐怖や、死の苦しみはみんな平等に経験します。まわりの人の死もそうです。家族、親戚や、友達を亡くすことは、ほとんどの人が経験しています。お釈迦さまは『自分が死ぬ苦しみも、まわりの人が死ぬ苦しみも、みんな平等に経験するんだよ』と言いました。お釈迦さまは、『四つの苦しみは、人間ならば逃れることができないけれど、苦しむ量を減らすことはできる』と言いました。人は苦しいと、『何で自分だけが』と思ったり、苦しむことを『恥ずかしい』とか、『情けない』とか、『損だ』とか思って、苦しんでいる自分を責めたりします。そうすると、苦しみが何倍にも増えます。しかし、『四つの苦しみはみんな経験するんだから、良いことでも悪いことでもなく、とても自然なことだ』と思って、苦しむことを『恥ずかしい』とも『情けない』とも『損だ』とも思わずに、苦しんでいる自分を素直に受け止めれば、苦しむ量もグッと減ります。だから私は、悩みがあっても、老人になっても、病気になっても、死ぬ時も、『良いことでも悪いことでもなく、とても自然なことだ』と思って素直に受け止めたいと思いました」という話をしました。


一言:若は、経済の勉強の力は、魔法のような不思議な力では無く、努力して身につけた力ですが、若にはもう一つ、お坊さんなので仏教の力もあるのさ。お釈迦さまの教えとは、「悩みや、老いや、病気や、死は、人間ならば逃れられないから、そのまま受け止めることが苦しみを減らす一番の方法だ」というような、誰も客観的に否定できない真実なので、必ず成り立つ。不老不死の人や、病気にならない人や、悩みの絶対に無い人を見つけてくれば「お釈迦さまの教えはウソだった」となるが、お釈迦さまが仏教を作った2000年以上前から昨日まで見つけた人が一人もいなかった。もしも見つけたら、「人間は、死なない、老人にならない、病気にならない、死なない可能性が出てきた」ということで必ずノーベル賞をもらえるだろう。それぐらいにお釈迦さまの教えが成り立たないなんてありえない。
若はその、ものすごく通用するお釈迦さまの教えを学んで伝えているだけです。お釈迦さまの教えに乗っかっているだけです。だから仏教の力は、若の努力でも何でもありません。お釈迦さまの教えに乗っかっているだけの、楽なやり方です。仏教とはそもそもこういうものなので、楽をしても何も問題ありません。通用したことを自分の手柄にしなければいいのです。仏教は、成り立つことが難しいのではありません。成り立ったことを自分の手柄にしないことが難しいのです。
2013/11/27
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後6:00頃。
お参り 16件(住職 10件:法事 2件。月参り 7件。お通夜 1件) (若 7件:月参り 5件。お通夜 1件。午前10:44出発済。午後1:02終了済。午後5:07出発済。午後7:00終了済。午前9:30出発予定。午後2:00終了予定。午後3:25出発予定。午後4:10終了予定。午後5:00出発予定。午後7:30終了予定)


今日の若の予定

午前10:19 起床(5時予定)


午前10:20開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。携帯をマナーモードにする(済)。自分もまわりの人も生きていることに感謝をする(済)。
10:21開始済 お参り出発の準備
10:44出発済 お参り出発
午後1:02終了済 お参り終了
1:21開始済 昼食
2:29開始済 お通夜のために床屋に行く(済)
4:18開始済 お通夜の着替え(済)
4:55開始済 お通夜の準備
5:07出発済 お通夜に出発
5:30到着済 会場に到着
6:00開始済 お通夜
6:40出発済 会場から出発
7:00到着済 お通夜から到着
7:18開始済 お通夜の着替え
7:24開始済 お参りの反省(済)
8:24開始済 明日の予定を作る(済)
9:15終了済 仕事終了


一言:最近、若の足を引っぱったり、若に権力争いをしかけてくる人たちが、「自分が代わりをする」と言わなくなったので、若の支持が一瞬で戻らなくなった。若の教えたとおりにやったら通用するでしょ?
次は、若の代わりができるように自分を磨きなさい。まずは日本経済新聞を毎日読んで、その中のおもしろいと思う内容をまわりの人に教えてあげなさい。そうすると、まわりの人も成長するし、「あの人は経済に詳しいよ」と言われるようになるよ。釧路市民は、日本経済新聞を読んでない人がたくさんいるから、書いてあることをそのまま伝えるだけで「すごい」と思われるよ。
まわりに毎日教えるために、日本経済新聞を毎日読んでいたら、自分自身の経済の能力も成長するよ。
がんばってね。


一言:いくら若の評判を下げても、若の支持が自分にまわって来ないのは、釧路市民が「若の代わりができない」と思うからだ。だから若と同じレベルになったり、若のレベルを越えたら、自然に自分について来るよ。
釧路市民は、若より優秀な人がいたら、その人について行きなさい。そのほうが若について来るよりも釧路市が発展するよ。若に遠慮しなくていいよ。


一言:「若だけ評価されて悔しい」と思う人は、その気持ちは正しいよ。でも、自分も今まで若に頼りっぱなしだったのさ。そのことを自分では何とも思わなかったというだけのことさ。釧路市の景気を良くできないのは自分の能力不足や勉強不足だと思ったり、釧路市の財政再建で先頭で文句を受けるのはツライなと思えたら、いつでも若の代わりができるよ。若を越えることもできるよ。がんばってね。


一言:若の代わりをしようと思う人は、無理をしたらダメだよ。無理をすると長続きしないんだよ。若は8年後の45才で釧路市の第一線から身を引くから、8年後までに代わりができるようになればいいんだよ。
それから、3年後の釧路市のリーダーの競争でもしも若が当選したら、釧路市の財政再建が本当に始まるから、今は心と体を休めておきなさい。財政再建は本当にたいへんだよ。


一言:若がイヤな人は、代わりに財政再建をしてくれる人を探すか、自分が財政再建をしたらいいんだよ。今は若の他に誰もいないから、財政再建をしたい人は若を選ぶしかない状況なのさ。でも若の他にも財政再建をする人がいたら、財政再建をしたい人は若以外を選ぶことができるのさ。釧路市は財政再建をしないと夕張市みたいに潰れるし、釧路市の財政再建を先に始めないと、日本の国と、北海道と、釧路市の3の財政再建が重なって地獄のような苦しみになるのさ。だから財政再建は最後は必ず認められるのさ。だから、若の他にも財政再建をする人を見つけることが、釧路市にとって、釧路市民にとって大切なのさ。


一言:最近、若の足を引っぱったり、若に権力争いをしかけてくる人たちが、「自分が代わりをする」と言わなくなったので、若の支持が一瞬で戻らなくなった。若の教えたとおりにやったら通用するでしょ?
今度は、若の代わりができるように自分を磨きなさい。まずは日本経済新聞を毎日読んで、その中のおもしろいと思う内容をまわりの人に教えてあげなさい。そうすると、まわりの人も成長するし、「あの人は経済に詳しいよ」と言われるようになるよ。釧路市民は、日本経済新聞を読んでない人がたくさんいるから、書いてあることをそのまま伝えるだけで「すごい」と思われるよ。
まわりに毎日教えるために、日本経済新聞を毎日読んでいたら、自分自身の経済の能力も成長するよ。
がんばってね。


一言:いくら若の評判を下げても、若の支持が自分にまわって来ないのは、市民が「若の代わりができない」と思うからだ。だから若と同じレベルになったり、若のレベルを越えたら、自然に自分について来るよ。
市民は、若より優秀な人がいたら、その人について行きなさい。そのほうが若について来るよりも釧路市が発展するよ。若に遠慮しなくていいよ。


一言:「若だけ評価されて悔しい」と思う人は、その気持ちは正しいよ。でも、自分も今まで若に頼りっぱなしだったのさ。そのことを自分では何とも思わなかったというだけのことさ。釧路市の景気を良くできないのは自分の能力不足や勉強不足だと思ったり、釧路市の財政再建で先頭で文句を受けるのはツライなと思えたら、いつでも若の代わりができるよ。若を越えることもできるよ。がんばってね。


一言:若の代わりをしようと思う人は、無理をしたらダメだよ。無理をすると長続きしないんだよ。若は8年後の45才で釧路市の第一線から身を引くから、8年後までに代わりができるようになればいいんだよ。
それから、3年後の釧路市のリーダーの競争でもしも若が当選したら、釧路市の財政再建が本当に始まるから、今は心と体を休めておきなさい。財政再建は本当にたいへんだよ。


一言:若がイヤな人は、代わりに財政再建をしてくれる人を探すか、自分が財政再建をしたらいいんだよ。今は若の他に誰もいないから、財政再建をしたい人は若を選ぶしかない状況なのさ。でも若の他にも財政再建をする人がいたら、財政再建をしたい人は若以外を選ぶことができるのさ。釧路市は財政再建をしないと夕張市みたいに潰れるし、釧路市の財政再建を先に始めないと、日本の国と、北海道と、釧路市の3の財政再建が重なって地獄のような苦しみになるのさ。だから財政再建は最後は必ず認められるのさ。だから、若の他にも財政再建をする人を見つけることが、釧路市にとって、釧路市民にとって大切なのさ。


一言:釧路市を引っ張りたい人は、相手の存在を認めて、市民全員と平等に接して、なるべく暖かく接しなさい。無条件で相手の言うことを聞くのでは無いよ。無条件で相手の存在を認めるのさ。
これだけで、人は自分について来るよ。
言葉で言うのは簡単だけど、行動するのは難しいよ。


連絡:今日はお通夜で疲れたので、今日の会計は明日にします。


一言:お釈迦さまのすごさにビックリした君。君はビックリするだけだからいいんだよ。仏教を学ぶ人はみんな、お釈迦さまの弟子になるんだよ。だからお釈迦さまは、若の師匠なのさ。
絶対に越えられない、絶対に追いつけない人が自分の師匠になると、いつも自分が小さく小さく見えるよ。
お釈迦さまは本当にすごいから若は心から尊敬しているけれど、絶対に追いつけないから、たまにうっとうしくなるよ。「仏教なんかやってなかったらイバれたのに」といつも思うよ。
お釈迦さまのことを心から尊敬して、心からうっとうしいと思うのが、若の本音さ。
君たちも、心から尊敬する人を見つけたら、同じように「この人がいたらオレの出番が無い。オレが評価されない」と思うので、うっとうしいと思うよ。それが人間さ。
でもお釈迦さまが圧倒的にすごいおかげで、若は自然に学ぶ立場になれて助かっているよ。仏教でお釈迦さまに「学ぶ立場だ」と教えられて、釧路市の不景気に「おまえは何もできない」と教えられるから、若は勉強して成長できる。幸せだと思うよ。
ちなみに「不景気との闘い」は、今までの人生で、見たこと、聞いたこと、経験したことがすべて通用しないという素敵な体験ができます。なぜなら、一つでも通用したら、好景気だから。勉強になるよ。
2013/11/26
お参り 4件(住職 4件:月参り 3件。仮通夜 1件)

若:休み
2013/11/25
若の会計の改善:準備作業で、30分。4分で終われるので、26分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、14分。10分で終われるので、4分の無駄。
門信徒会会計で、領収証の貼り付けと帳簿入力で、2分。1分で終われるので、1分の無駄。会費の集計で、27分。7分で終われるので、20分の無駄。預金の確認で、2分。1分で終われるので、1分の無駄。現金の計算で、17分。7分で終われるので、10分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、10分。2分で終われるので、8分の無駄。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、7分。3分で終われるので、4分の無駄。門信徒会会計全体で、1時間5分。21分で終われるので、44分の無駄。
寺院会計で、領収証の貼り付けと帳簿入力で、22分。9分で終われるので、13分の無駄。お布施の帳簿入力で、12分。2分で終われるので、10分の無駄。預金の確認で、1分。無駄なし。現金の計算で、15分。5分で終われるので、10分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、5分。1分で終われるので、4分の無駄。データーバックアップで、2分。1分で終われるので、1分の無駄。寺院会計全体で、57分。19分で終われるので、38分の無駄。
後片付けで、4分。3分で終われるので、1分の無駄。
今日の会計全体で、2時間50分。57分で終われるので、1時間53分の無駄。
2013/11/25
一言:釧路市民の中で、「若が釧路市を育てた」というのがどうしても信用できない人は、それは正しいと思います。「釧路市そのものが自分の教え子だ」と言うのは、釧路市民18万人のうち、たった一人、若だけしか言いません。普通ではありえません。釧路市の中で役職も無ければ、政治経験も無く、市役所の職員として行政の経験もありません。政党にも入っていないし、会社に勤めたこともありません。ありえないと思う人は正しい。
それではなぜ、若が釧路市を成長させたと言えるのか。それは、「経済の実績のある東京から学べ。東京に近づけ」と言うからです。若には何も実績が無いですが、東京はずっと前から世界トップレベルの街です。若は、「若から学べ」とは言いません。「若の言う人たちから学べ」と言うのです。例えば、経済ならば、東京や、中国や、世界の経済や、トヨタなどから学べと言います。歴史からも学べと言います。仏教では、お釈迦さまの教えから学べと言います。若そのものは何も実績が無くても、若そのものに中身が無くても、若が参考にする人たちは、誰もが認めるものすごい人たちなのです。その人たちから学べと言われるから、「学んだほうがいい」と思うし、実際に学んだら成長できます。若は、釧路市民が学ぶことを自分で作っているのではありません。実績のある中身のある人たちと、釧路市民を繋(つな)いでいるのです。だから、若には何も実績が無くても、中身が無くても何もかまわないのです。だからあっという間に信用されて、釧路市民に大きな影響を与えるようになった。釧路市は昔と比べて、少し東京に近づいてきたんですよ。それは若のおかげなので、だから、市民が自分でわかっていても、わかっていなくても、若の影響を受けていない市民は誰もいないんですよ。
ちなみに、「そんなことなら誰でもできる」と思うでしょうが、そうなんですよ。誰でもできるんですよ。ただ、若が出てくるまでの釧路市民はできなかった。なにしろ、「釧路市が世の中のすべてだ。釧路市民が世界の中心だ。釧路市の人口が18万人だから、世界の人口も18万人なんだ。学校を卒業したら勉強なんか絶対にしない。湖陵高校を卒業したら人生の勝ち組だから東大やハーバード大学よりも上だ」などと、「釧路市の外から学ぶ」という考えが無かった。もっと言うならば、「勉強とは学校でイヤイヤするもので、大人になったら絶対に勉強なんかしない」と思っていた。何十年も不景気ということは、景気を良くする方法を誰も知らないのに、景気を良くする方法を学ぼうともしなかった。というか、自分たちで景気を良くする気も無かった。
そんな街に、若が突然出てきて、「釧路市なんか世界の外れだ。釧路市民なんか世界の誰も相手にしない。世界の人口は70億人もいるんだ。釧路市の中に住んでいる人よりも、釧路市の外に住んでいる人のほうがはるかに多いんだ。湖陵高校はただの高卒だから、湖陵を卒業しても勉強してがんばれ。大人になったら仕事の勉強をして自分を磨くことが大切だ。そうすれば自分たちで好景気にできる。東京の大人は今でも自分から勉強するぞ」と教えたのです。釧路市民には、生まれて初めての経験でした。ビックリしました。まさか自分たちが中心からはずれているとは、まさか釧路市の外の人たちのほうが多かったとは、まさか湖陵高校より学歴のある学校があったとは、まさか大人になってから勉強するとは、まさか自分たちで好景気にできるとは」と、ビックリしたのです。こうなると、若には肩書きも、経験も、実績も必要ありません。それを何年も続けてきたから、今では「世界の経済についていけ。東京から学べ。がんばって成長して好景気にするぞ」と言っても、特におかしいと思わなくなったのです。ちなみに、釧路市は世界に通用しようと「国際バルク港」に応募して受かりましたが、応募したのは若では無いけれど、応募しようかと思うまで視野を広げたのは若です。「釧路市は世界に通用するべきだ」と一番最初に市民の前で堂々と言ったのは若です。それから何回も言うから、バルク港に応募する時には、市長という釧路市の代表が「釧路市が世界に通用して発展するために、国際バルク港に応募します」と市民に言っても、誰も笑わなかった。そういう環境を若がそれまでに作っていたから。釧路市が世界に通用するといっても、誰も笑わないぐらいに「できることだよ」と教えてきた。
植物の木を育てる名人が「良い木を育てるのには、良い根を育てなければならない。良い根を育てるには、良い土を作らなければならない」とテレビで言っていました。若は同じように、経済で「釧路市の土作り」をしてきたのです。それが市民の根に良い影響を与え、それが釧路市の成長につながった。だから若は「釧路市そのものが若の教え子だ」というのです。しかもこんなことを言うのは、「ナメてる」と思う人がいてもおかしく無いのに、市民の誰も怒らない。若だけを見ているとそうは思えないけれど、若の言うことを聞いていると、何となくそんな感じがしてくるからです。ちなみに、札幌へのコンプレックスが少なくなったのも若のおかげです。若が「札幌は新幹線頼みだけれど、どう考えてもお客さんは増えないから、若はいつか札幌を助けてあげないとダメだと思っているよ」と言うからです。東京から学べ、世界から学べというのも影響しているけれど、「若にとっては、札幌は追いつけない存在では無くて、助けてあげる存在なんだ」と思うと、釧路市民は札幌へのコンプレックスが減る。昔は、「絶対に追いつけない。絶対にかなわない存在だ」と釧路市民は思っていたんですよ。でも若は、「人口が少ない方が景気を良くするために時間がかからないから、札幌よりも釧路市のほうが先に景気が良くなる」と思っているので、そんな若を見ていると釧路市民は、ますます札幌へのコンプレックスが無くなる。
これは、魔法のような不思議な力では無くて、若が努力して勉強して釧路市民を育ててきた結果です。だから誰でもできるよ。まずは、日本経済新聞を毎日読みましょう。ちなみに、市民に「日本経済新聞を読みなさい」と教えているのも若です。もちろん、ずっと前から読んでいる人はいるよ。でも、「読んだら勉強になるかな」というレベルで無くて、「釧路市の景気を良くするためには絶対に日本経済新聞を読んだほうがいい」と思う人が増えたら、それは若の影響さ。今までは、釧路市の景気を良くするために日本経済新聞から学ぼうという考えそのものが無かった。市民は北海道新聞を読んでいる人がたくさんいるけれど、日本経済新聞を読んだら、北海道新聞の経済の記事と比べてあまりにも、ものの見方も、情報の量も、中身も違うとわかるよ。
こんな感じです。


一言:東京の人が見たらビックリすると思うけれど、東京の常識は、まだまだ釧路市の常識では無いのさ。東京の経済の常識に釧路市の常識を近づけることを若はがんばっているのさ。田舎はどこもこうだよ。東京の当たり前を、自分たちは当たり前にできないのさ。当たり前のレベルを東京レベルまで引き上げることをがんばっているんだと言うと、東京の人にも理解してもらえると思うよ。


一言:釧路市民は、若の悪い影響は受け無いほうがいいよ。でも、若の良い影響はどんどん受けたほうがいいよ。自分が成長するよ。

一言:何回も何回もしつこいけれど、若は弘宣寺のことでは、お坊さんのことでは、仏教に、お釈迦さまの教えに乗っかっているだけなので、若が通用したことはすべて「お釈迦さまのおかげ」で、若は何もしてないのだけれど、若が釧路市の発展のためにがんばったことは、本当に若が努力して勉強したおかげだから。もともと趣味が経済の勉強というのもあったし、たまたま若は「住職の後継者の立場」だったから弘宣寺の経営で実験して試すこともできたので、そういうおかげもあるけれど、本当にコツコツ地道に勉強して、勉強したことを地道に市民に教えてきたおかげなのさ。
最近の若はたぶん、経済の能力がピークを過ぎたと思うんだよ。だから「過去にどれだけがんばったか」ばかりを言うからいまいち信用できないと思うのだけれど、前はもっとすごくて、地元の新聞の読者の欄に経済の勉強したことを送って市民を育ててきたのだけれど、その時に若は「官僚が見ても勉強になると思う内容を書こう」と思って文章を書いたのさ。それだけのものを市民が見るから、市民はビックリしたと思うよ。今の若は「すごかった、すごかった」というだけで何がすごいかわからないと思うけれど、前は若の経済の文章そのものが本当にすごかったのさ。一番すごい時は、その日のどの新聞のどの記事にも勝っていると思ったよ。若は、最高の状態の時は、プロの新聞記者よりも中身のある経済の文章が書けたのさ。それだけのものを市民に教えてきたから、だんだんと釧路市が成長してきたのさ。でもたぶん、若の経済の能力はピークを過ぎたと思うから、海外留学でもしないと経済のセンスが復活しないと思うんだよね。若者は、「昔の話を自慢するようになったら自分は終わりだ」と思ったらいいよ。本当にすごいならば、いつも「今の自分」を自慢するよ。ピークが過ぎたと自分が一番思うから、「今の自分は本当の自分じゃ無い。昔のすごかった頃の自分が本当の自分なんだ」と相手に伝えるのさ。今の若がそうだよ。
ということです。ちなみに若は、経済の能力が最高にすごかった時は、日本経済新聞と、北海道新聞と、釧路新聞と、NHKと、その他のテレビ局のニュース番組と、「週間東洋経済や、週刊ダイヤモンドという経済の週刊誌」という、「誰でも簡単見られるもの、読めるもの」を見て、誰も書けない文章を書いたのさ。経済のセンスがすごかったんだよ。もう何年も前だけれど、衛星放送のWOWOWで、アメリカの「グラミー賞」という、日本のレコード大賞のような音楽番組を生中継していて、それを日本のスタジオから伝える役目としてSMAPの木村拓哉(キムタク)が出ていたのさ。そのキムタクが「あの場面は、すごかったですよね。賞をもらった人は隣の人と抱き合っていましたよね」と言うようなことを何回も言うのだけれど、生中継だから同じ画面を若も見ているのだけれど、キムタクが何を言っているのかわからないのさ。「そんな場面があったのか」と思うのさ。でも録画していたから後から確認すると、キムタクの言ったとおりの場面だったのさ。ボーッとして見ていると気がつかないけれど、キムタクの言ったことを気にしながら見るとちゃんとわかるのさ。その時に、キムタクがなぜ芸能界で売れたのかわかったよ。本当にすごい人は、みんなと同じものを見ても、みんながわからないことに気がつくのさ。で、何年も前の若は経済でそうだったのさ。みんなと同じ新聞を読んで、ニュース番組を見ても、みんなが気がつかないことに気がついたのさ。もう昔の話だけどね。
ということです。
2013/11/25
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後6:00頃。
お参り 9件(住職 4件:七日参り 1件。月参り 3件) (若 5件:月参り 4件。納骨堂でお参り 1件。午後12:45出発済。午後3:35終了済)


今日の若の予定

午前11:50 起床(5時予定)


午前11:51開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。携帯をマナーモードにする(済)。お釈迦さまの教えは本当に真実なのか確かめる(済)。自分もまわりの人も生きていることに感謝をする(済)。
午後12:06開始済 お参り出発の準備
12:45終了済 お参り出発
3:35終了済 お参り終了
3:41開始済 納骨堂でお参り(済)
4:04開始済 お参りの反省(済)
5:04開始済 夕食
6:25開始済 弘宣寺全体の11月25日と今までのたまっている領収証の分の決算(21分遅刻)(済)
9:15開始済 会計の反省(済)
9:25開始済 明日の予定を作る(済)
11:37終了済 仕事終了


お釈迦さまの教えは本当に真実なのか確かめる:悩みの無い人も、老人にならない人も、病気にならない人も、死なない人も、一人もいないと思うので、お釈迦さまの教えは真実だと思います。だから苦しんでいるのは自分だけでは無いと思います。
今日も通用したいので、昨日までお釈迦さまの教えを根拠として通用したことはすべて忘れます。
今日もお坊さんとしての根拠はお釈迦さまの教えにします。


一言:若が「釧路市そのものが若の教え子だ」ということを「本当かな」と思うことは正しい。言うだけならばいくらでも言えるから、本当かどうか自分で確認することが大切だ。ジックリ考えてウソだと思ったらウソだ。ジックリ考えなさい。
これは魔法のような不思議な力ではなく、努力して勉強した結果なので、誰でも若の代わりができるので、東京から学ぶという方向は続けたほうがいいよ。


日本経済新聞から:セブンイレブンの弁当を作っている工場は、一部の地域で学校の給食も作っているんだって。セブンイレブンの工場が作るなら、おいしい給食になるよね。


若のお参りの反省:お参り出発予定時間に、2時間45分遅れて、檀家さんの約束の時間に遅れた。原因は、寝坊したから。その原因は、夜中の3時頃に寝たから。解決策として、夜10時に寝て、朝5時に起きて、シャワーを浴びて、朝食を食べて、いつでもお参りに行ける状態で朝7時の仕事開始をむかえたい。

檀家さんに「四つの苦しみ」の法話をしながら、インドのお経の本に「仏教を学ぶ者は、苦しみを減らすことを喜びとするべきだ」と書いてあったことを思い出した。自分の苦しみや、相手の苦しみを減らすことがお釈迦さまのめざしたことで、それが仏教をする者のやりがいや、喜びだ。だからこれからも、仏教を伝えて檀家さんや、世間の人の苦しみを減らすことを、仏教を学んで自分の苦しみを減らすことを喜びとしたい。

今日のお参りの内容は、「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「仏教を作ったお釈迦さまが生きていた頃、弟子が『お釈迦さまが死んだら私はやっていけません。どうしたらいいのでしょうか』と聞きました。そうしたらお釈迦さまは『人は必ず死ぬから、私もいずれ死ぬ。だから私の存在を心の支えにすると私が死んだらに頼るものがなくなるので、私の教えを心の支えにしなさい。そして他の何も心の支えにしないで、自立して生きていきなさい』と言いました。人は、肩書きや、評判や、財産や、誰かの存在を心の支えにしますが、失う時はどうやっても失うので心の支えが無くなります。しかし、お釈迦さまの教えは『悩みも、老いも、病気も、死も、人間ならば逃れられないから、そのまま受け止めることが苦しみを減らす方法だ』という内容なので、真実なのでいつまでも通用するので心の支えが無くなることはありません。その上で、何ものにも頼らずに自立していけば、何かに惑わされることも、呪いやタタリに怯(おび)えることもなくなります。だから私は、お釈迦さまの教えを心の支えとして、その上で何ものにも頼らずに自立してやっていきたいと思いました」という話と、

「仏教を作ったお釈迦さまは、『人間には四つの苦しみがある』と言いました。ひとつめは、生きる悩みです。若者には青春の悩みが、大人には生活や仕事の悩みが、年配の人には年配の人の悩みが、男性には男性の悩みが、女性には女性の悩みがあります。お釈迦さまは『悩みの無い人なんていないんだよ。悩んでないように見えるだけで、みんな悩んでるんだよ』と言いました。二つめは、老人になる苦しみです。年を取って体が動かなくなったり、見た目がどんどん老人になっていくのは、とても自然なことです。お釈迦さまは『みんな平等に老人になるんだよ』と言いました。三つめは、病気の苦しみです。現在、病気の人はそうですが、健康な人もいずれ病気になって苦しみます。お釈迦さまは『病気の苦しみは、みんな経験するんだよ』と言いました。四つめは、死ぬ苦しみです。死の恐怖や、死の苦しみは、みんな平等に経験します。まわりの人の死もそうです。家族や、親戚や、友達を亡くすことはほとんどの人が経験しています。お釈迦さまは、『自分が死ぬ苦しみも、まわりの人が死ぬ苦しみも、みんな経験するんだよ』と言いました。お釈迦さまは、『四つの苦しみは、人間ならば逃れることができないけれど、苦しむ量を減らすことはできる』と言いました。人は苦しいと、『何で自分だけが』と思ったり、苦しむことを『恥ずかしい』とか、『情けない』とか、『損だ』とか思って、苦しんでいる自分を責めたりします。そうすると、苦しみが何倍にも増えます。しかし、『四つの苦しみは人間ならば逃れることができないのだから、みんな経験するんだから、良いことでも悪いことでもなく、とても自然なことだ』と思って、苦しんでいる自分を素直に受け止めれば、苦しむ量もグッと減ります。だから私は、悩みがあっても、老人になっても、病気になっても、死ぬ時も、『良いことでも悪いことでもなく、とても自然なことだ』と素直に受け止めたいと思いました」という話をしました。


一言:たぶん釧路市民の中で、3周ぐらい遅れている人がいると思うのだが、自分が釧路市に自信を持つ部分があったら、その部分を若が作ったかどうか、若が関わったかどうかを、よく調べてから、それから若に「釧路市はこんなにすばらしいから、弘宣寺の若の力なんか必要無い」と言ったほうがいいよ。そのほうが恥をかかなくていいよ。
それから、若にとっては信じられないのだけれど、釧路市の中で若に権力争いをしかけたい人たちがいるのだけれど、若は肩書きは何も無いのだから権力があるから市民に相手にされているのでは無いし、「釧路市から手を引いてほしい」と言えば、「いいよ」と必ず言うのだから、そうなったら若は、景気を良くしてほしい他の市町村を助けるだけだ。日本中に山のようにあるよ。
何回も言うけれど、この力は、魔法のような不思議な力では無く、弘宣寺にいるからでも無く、若が努力して勉強して釧路市民を育ててきた結果さ。努力の結果さ。だから否定しようと思っても否定できないのさ。「若が釧路市を育てた」というのが信用できないならば、「若を通して、東京の経済の影響を受けたから釧路市は成長した」と言うと、わかりやすいと思う。若の影響を受け続ける限り、東京の経済の影響を受けることになるのさ。
だから若の悪い影響は受けずに、若の良い影響だけを受けるようにしたらいいよ。自分が若の代わりをしたいならば、とりあえず東京の経済から学んで釧路市民に教えてあげなさい。若は、経済の勉強したことを自分一人だけのものにしていたら釧路市で完全に一人勝ちなのに、経済の勉強したことをすべて市民に教えてきたのさ。その結果、釧路市全体が成長し、釧路市民へのすごい影響力を手に入れたのさ。余計なことや、どうでもいいことを教えたのでは無いよ。自分が努力して勉強した経済の知識を、何ももらわずに自分から市民に教えてきたのさ。すべては釧路市の景気を良くするためさ。だから若は、釧路市そのものが若の教え子だというのさ。若が経済の勉強した知識を何も市民に教えていなかったら、釧路市の中でもっと一人勝ちだったんだよ。去年の釧路市のリーダーの競争でもあんなにボロ負けしなかったよ。だって勝った人は釧路市の政党の相乗りで勝ったんだから。釧路市の政党だって若が育てたのさ。隣の釧路町しか見えなかった政治のプロに、世界が見えるようにしたのは若なんだよ。若一人だけのおかげでは無いけれど、若のおかげが大きいよ。今は、財政再建の大切さと、具体的な方法を釧路市の政党に教えているのさ。
ということです。釧路市の政治のプロも、行政のプロも、弘宣寺の若に経済の能力で負けても市民の誰も笑わないから気にしなくていいよ。笑える人がいたら、「あんたはどれくらいすごいのさ」と若が聞きたいよ。
で、大切なのは、若が今までどれだけがんばったかよりも、これからどれだけがんばるかが大切なんだよ。そういう話題のほうが、前向きでいいよ。ね、そういう話題になったら、若には釧路市の中でライバルなんかいないのさ。ほぼ、若の言う方向に進んでいくよ。
こんな感じです。どうしても若がイヤだったら、釧路市からいつでも手を引いてあげるから、いつでも言いに来てね。前までは釧路市民が本当に若を必要としたからがんばってきたのだけど、市民が必要としないならば、無理にがんばる必要が無いよ。「若にうちのマチの景気を良くしてほしい」と心から望む市町村を助けるだけさ。
そうなったらその市町村が釧路市より先に景気が良くなる可能性があるけれど、許してね。


一言:若の釧路市民への影響力は、若だけの影響力であって、弘宣寺の影響力ではありません。もしも弘宣寺の影響力にすると、弘宣寺の言うとおりに釧路市の経済が動くことになるので、完全に日本国憲法の「政治と宗教の分離」に違反します。


一言:なんか最近、釧路市民の中で若から自立したがる人たちがいて、若もうれしいよ。前までは市民はそんなことは絶対に言わなかった。どうせ若は45才になる8年後に釧路市の第一線から身を引いて釧路市から完全に手を引くから、今から自分たちだけでがんばる練習をしたらいいよ。
若は経済の勉強のために海外留学に行きたいから、2年間くらいは本当に自分たちだけでやらなければならなくなるから。今まではそんなに若が釧路市からいなくなると困るのではないかと思ったけれど、若から自立したい人たちが若の代わりをしてくれると思うので、海外留学に行ける状況になったよ。帰ってきて学んだことを釧路市に活かしたら、釧路市にもプラスだよ。
若から自立したい市民に感謝。


若の今日の会計ミス:ありません。
2013/11/24
開門済:午前8:00頃。閉門済:午後6:00頃。
お参り 12件(住職 9件:法事 1件。49日法要 1件。月参り 7件) (若 2件:月参り 2件。午後3:17出発済。午後5:35終了済)

若:お寺の中の仕事

その他、午前9時から午後3時。弘宣寺だより12月号の発送作業。弘宣寺 事務室。手伝ってくれる方、大歓迎です。(手伝ってくれた檀家さん:3名。檀家さんに感謝)(今回、発送したのは、1「弘宣寺だより12月号」、2「門信徒会会計の上半期決算(ウラ面は、門信徒会会計の上半期の月別一覧)」、3「門信徒会会計の銀行残高証明のコピー(ウラ面は、納骨堂特別会計の銀行残高証明のコピー)」、4「門信徒会会計の郵便払込口座の残高証明のコピー(ウラ面は、諸積立金会計の銀行残高証明のコピー)」、5「住職継職法要会計の銀行残高証明のコピー(ウラ面は、ありません)」、の以上5点です。足りないものがあるかたは、弘宣寺までご連絡ください)


今日の若の予定

午前10:00 起床(5時予定)


午前10:00開始済 仕事開始(7時予定)。携帯をマナーモードにする(済)。10:01開始済 弘宣寺だより12月号の発送作業(若の1時間1分遅刻)
午後2:00終了済 終了。後片付け。
2:34開始済 お参り出発の準備
3:17出発済 お参り出発。配布担当ボランティアの檀家さんに弘宣寺だより12月号を届ける(弘宣寺から見て新釧路川より遠くの檀家さんの分は全部済)。
5:35終了済 お参り終了
5:45開始済 夕食
7:41開始済 お参りの反省(56分遅刻)(済)
8:20開始済 弘宣寺全体の11月24日と今までのたまっている領収証の分の決算(済)
11:35開始済 会計の反省(済)
11:43開始済 明日の予定を作る(済)
1:12終了済 仕事終了


一言:側近(そっきん)というのは、自分の一番信頼できる、自分を一番支える存在のことだが、世間では、その側近の反乱にあう人たちがいて、最近の話題の病院の徳州会グループも、会長の家族と、会長の側近がケンカしているらしい。だから内部の者しか知らない情報がバンバン出てくる。
若は、そんな側近の反乱は絶対に無い。なぜならば、若は側近を作らないというやり方なので、緩やかなつながりがたくさんあるというやり方が好きなので、側近が一人もいないからだ。もしも若に側近の反乱があったら、「いつ側近になったんですか?」と聞くと思う。


一言:自分が「側近の反乱」をする時は、必ず反乱する相手に「私はあなたの側近ですよね」と確認してから反乱したほうが、恥をかかないでいいよ。
そもそも側近が反乱する時は「自分は側近から外された」と思うことが一つの原因だが、側近から外されたのではなく、最初から側近だと思っていないのに勝手に自分で勘違いをしていたという可能性があるので、自分が側近なのかどうかを相手に確認したほうがいいよ。


一言:織田信長は、自分の側近であり、自分が育てた相手でもある明智光秀(あけちみつひで)に倒されたが、今でも理由はわからないが、光秀は信長に左遷(側近から外されること)されていた。豊臣秀吉(とよとみひでよし)とどちらが手柄が一番あるかを競争するくらいに信長のためにがんばったのに、左遷された。ヒドイ話だが、でも信長はがんばりを否定して左遷したのではないと若は思う。信長の時代は、どの家に生まれたのかで出世が決まるという、本人に関係無いことで人生が決まったのに、それを本人に能力があれば、仕事が無くて信長のおかげで仕事に就(つ)けた光秀にも、昔からの信長の部下と同じチャンスをあげて、結果を出せばどんどん出世をさせるというやり方をした。そのおかげで「途中入社(途中で外からやってきた)」の光秀でも、信長の部下の代表的な存在になれた。
で、何が言いたいのかというと、信長はもともとそういうやり方なのだ。過去の結果に関係無く、今必要な人にチャンスを与えるというだけなのだ。過去の結果だけを大切にするならば、織田家を代々ずっと支えてきた部下を一番大切にするはずだ。しかしそういう部下を左遷して、無職だった光秀にわざわざチャンスを与えたから活躍できたのだ。だからこそ信長は日本で一番になれたのだが、「がんばった人を平気で左遷する」ことにもしも光秀が怒ったのならば、「自分の出世のためなら他人が左遷されることは何とも思わないが、自分のがんばったことが認められずに左遷されることは許せない」という、ものすごい自己中心的な考えになる。
光秀だけでなく、能力を認められて出世をしてきた人は、自分の能力が通用しなくなった瞬間に自分は左遷されるということをよくわかっておいたほうがいいよ。だからこそ自分は、家柄も、学歴も、性別も、年齢も関係無く、能力で判断されて出世できたのさ。


若のお参りの反省:今日は突然に住職から「弘宣寺だよりが早めに終わったんだから、お参りを手伝ってくれ」と言われたので、出発予定時間が無かったので遅れることも無かったが、午後4時の約束の檀家さんの家に午後5時頃に行ったら留守だったので、檀家さんとの約束の時間をちゃんと守りたいと思った。

今日のお参りの内容は「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「仏教を作ったお釈迦さまが生きていた頃、弟子が『お釈迦さまが死んだら私はやっていけません。どうしたらいいのでしょうか』と聞きました。そうしたらお釈迦さまは『人は必ず死ぬから、私もいずれ死ぬ。だから私の存在を心の支えにすると私が死んだらに頼るものがなくなるので、私の教えを心の支えにしなさい。そして他の何も心の支えにしないで、自立して生きていきなさい』と言いました。人は、肩書きや、評判や、財産や、誰かの存在を心の支えにしますが、失う時はどうやっても失うので心の支えが無くなります。しかし、お釈迦さまの教えは『悩みも、老いも、病気も、死も、人間ならば逃れられないから、そのまま受け止めることが苦しみを減らす方法だ』という内容なので、真実なのでいつまでも通用するので心の支えが無くなることはありません。その上で、何ものにも頼らずに自立していけば、何かに惑わされることも、呪いやタタリに怯(おび)えることもなくなります。だから私は、お釈迦さまの教えを心の支えとして、その上で何ものにも頼らずに自立してやっていきたいと思いました」という話をしました。


連絡:弘宣寺だよりを作っている「リソグラフ」という印刷機(輪転機)は、15年くらいも前に買ったもので、業者からも「同じ機械を使っているところは釧路市内に一つもありませんよ。みんな買い換えていますよ」と言われていたのだけれど、今日はとうとうまともに印刷できなくなったので、12月7日(土)の本部役員会で決定して、年内に新しい機械を買うことにします。檀家さんは、何か意見があれば、住職や、門信徒会の役員に伝えてください。リース契約(毎月の分割払い)で、毎月2万円くらいになると思います。


一言:中身で判断されて出世してきた人が、中身で判断されて左遷されても、文句を言うことは無いだろう。だって、中身以外で判断するならば、自分にはチャンスさえももらえなかった可能性がある。家柄や、学歴や、性別や、年齢で決まるならば、自分には一度もチャンスがまわってこない可能性があった。それを、中身で判断されたこそチャンスももらえて出世もできて、中身で判断されたからこそ左遷される。本人も納得するだろう。
大切なのは、左遷したからといってその人のがんばりを否定するのでは無く、がんばった分だけご褒美(ごほうび)を用意して、がんばったことはいつまでも認めることが大切だ。しかし、レースからは降りてもらう。もう中身が通用しないのだから。これは、官僚の「天下り(あまくだり)」というのがそうで、天下りはがんばった分だけ良いところに再就職できる。ただし官僚は辞めてもらう。天下りはいろいろ問題があるみたいだが、がんばったことを中身で評価し、さらに能力がついていけなくなった官僚にやめてもらうので、まわりも、その本人も助かるという、すごく良い部分のある制度だ。能力が完全についていけなくなったのに、ミエや生活などでやめるにやめられないと、まわりも、本人も不幸だ。


若の今日の会計ミス:門信徒会会計で、帳簿よりも現金が1円多かったけれど、原因がわかったので明日の帳簿で直します。
たまっていた領収証は、かなり精算しました。


若の会計の改善:準備作業で、28分。1分で終われるので、27分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、18分。10分で終われるので、8分の無駄。
門信徒会会計で、領収証の貼り付けと帳簿入力で、1時間19分。27分で終われるので、52分の無駄。会費の集計で、11分。3分で終われるので、8分の無駄。預金の確認で、3分。1分で終われるので、2分の無駄。現金の計算で、12分。5分で終われるので、7分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、6分。1分で終われるので、5分の無駄。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、7分。3分で終われるので、4分の無駄。門信徒会会計全体で、1時間58分。40分で終われるので、1時間18分の無駄。
寺院会計で、お布施の帳簿入力で、12分。4分で終われるので、8分の無駄。預金の確認で、2分。1分で終われるので、1分の無駄。現金の計算で、8分。5分で終われるので、3分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、3分。1分で終われるので、2分の無駄。データーバックアップで、1分。無駄なし。寺院会計全体で、26分。12分で終われるので、14分の無駄。
後片付けで、5分。4分で終われるので、1分の無駄。
今日の会計全体で、3時間15分。1時間7分で終われるので、2時間8分の無駄。
2013/11/23
若のお参りの反省:お参り出発予定時間に、3時間48分遅れて、檀家さんの約束の時間に遅れた。原因は、寝坊したから。その原因は、夜中の2時頃に寝たから。解決策として、夜10時に寝て、朝5時に起きて、シャワーを浴びて、朝食を食べて、いつでもお参りに行ける状態で朝7時の仕事開始をむかえたい。

若と、檀家さんとは「仏教つながり」なので、尊い関係だと思った。若は、檀家さんとの関係は「仏教をしているだけ」ですごく満足しています。当然、仏教のお寺で仏教をすれば必ず成り立つので、場が成り立たない苦労をしなくていいので、仏教にはとても助かっています。「仏教をする場」を与えてくれる檀家さんや、住職や、坊守や、弘宣寺には感謝しています。

今日のお参りの内容は、「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「仏教を作ったお釈迦さまが生きていた頃、弟子が『お釈迦さまが死んだら私はやっていけません。どうしたらいいのでしょうか』と聞きました。そうしたらお釈迦さまは『人は必ず死ぬから、私もいずれ死ぬ。だから私の存在を心の支えにすると私が死んだらに頼るものがなくなるので、私の教えを心の支えにしなさい。そして他の何も心の支えにしないで、自立して生きていきなさい』と言いました。人は、肩書きや、評判や、財産や、誰かの存在を心の支えにしますが、失う時はどうやっても失うので心の支えが無くなります。しかし、お釈迦さまの教えは『悩みも、老いも、病気も、死も、人間ならば逃れられないから、そのまま受け止めることが苦しみを減らす方法だ』という内容なので、真実なのでいつまでも通用するので心の支えが無くなることはありません。その上で、何ものにも頼らずに自立していけば、何かに惑わされることも、呪いやタタリに怯(おび)えることもなくなります。だから私は、お釈迦さまの教えを心の支えとして、その上で何ものにも頼らずに自立してやっていきたいと思いました」という話をしました。


一言:釧路市は何十年も不景気で、若は釧路市の景気を良くしたいと言っているので市民にすごい影響力があるが、だから若の言ってないことを釧路市民に「若がこう言っていた」とウソをついたらダメだよ。市民がそれを信じる可能性があるからさ。若の影響力は、魔法などの不思議な力では無くて、経済の勉強して努力していることの、景気を良くしたいと思っている気持ちの影響力だけど、ただそれだけのことなんだけど、ものすごい影響力なのさ。だから若の言ってないことを「若がこう言っていた」と言って、しかも若の影響力を減らそうと思ってわざと悪いことを言ったら、若の評判が下がるだけでは無くて、釧路市もガタガタになるよ。若の心の中には他人に言えないこともたくさん出てくるが、それは問題では無いのさ。浄土真宗を作った親鸞も「他人に言えない気持ちが心の底から自然にあふれてくるんだ。それを止められないんだ」と言ったが、根強く支持する人がたくさんいるのは、人間ならばそうだからさ。だから大切なのは、若の心に自然にどんな気持ちがあふれてくるかでは無いのさ。若が釧路市民に向けて、釧路市民のために直接にどんなことを言ったのか、どんなことを伝えたのかが大切なのさ。それを市民は大切にするのさ。それを市民は信じるのさ。だから若は市民に何かを言う時は、伝える時はかなり気をつかっているよ。しかも市民には何回も「若の言うことが本当に正しいのかジックリ考えなさい。ジックリ考えてウソだと思ったらウソだ。本当に正しいならば、ジックリ考えるほど『正しいな』と思えるから」と言っているのさ。
だから釧路市民に若の言ったことを伝える時は、本当に若が直接に言ったこと、伝えたことだと確認してから、市民に伝えてね。
ちなみに、釧路市民以外に向けて若が言ったこと、伝えたことは、釧路市民に関係無いから。若の経済の影響力は、世界70億人のうち、たった釧路市民18万人だけに通用することなのさ。残りの約70億人には経済の影響力が無いのだから、自分が影響力を持っていない人に向けては、何でも言いたいことを言えるさ。何も影響が出ないから、悪い影響も出ないからさ。だからそれをどこから聞いたり、知ったりしても、釧路市民には関係の無いことだよ。釧路市民に向けて言ったのでは無いのだから。自分の影響力の無い人に対しては、本当に言いたいことが言えるのさ。本音もいくらでも言えるのさ。影響力が無いから、まった悪い影響が出ないから。だけどそれを若が釧路市民に向けてすると、釧路市そのものに影響が出るのさ。


一言:若は宗教指導者なので、弘宣寺の檀家さんにものすごい影響力があるから、檀家さんへ何かを言う時も、何かを伝える時も、いつも気をつけているのさ。だからもしも檀家さんに若が言ったこと、伝えたことが問題だったら、すぐに若に伝えてね。すぐに謝って、すぐに直すよ。檀家さんも助かるけれど、弘宣寺がガタガタにならないので若も助かるのさ。
それから、釧路市民に対してもそうだけど、同じように弘宣寺の檀家さんも、若が弘宣寺の檀家さんに向けて直接に言ったこと、伝えたことだけを聞いてね。若がまったく影響力の無いところで何を言おうが弘宣寺の檀家さんには関係無いのさ。だって、自分に影響力の無いところでは、何を言っても悪い影響が出ないので好きなことが言えるからさ。でもそれを弘宣寺の檀家さんに向けて言ったら、檀家さんが深く傷ついたり、弘宣寺がガタガタになるのさ。だから弘宣寺の檀家さんにとっては、弘宣寺の檀家さんに向けて若が直接に何を言ったか、何を伝えたかだけを大切にすればいいのさ。
それぐらいに宗教団体の中では、宗教指導者の影響力はすごいのさ。絶対的な影響力があるからさ。だから若は、檀家さんにどんな法話をしたのかもいつすべてこのホームページに載せているのさ。そうしたらみんなに言える内容の法話しかできないから。それぐらいに宗教指導者の影響力は強いのさ。
2013/11/23
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後6:00頃。
お参り 8件(住職 5件:49日法要 1件。月参り 4件) 
(若 3件:月参り 3件。午後12:48出発済。午後3:23終了済。午前9:00出発予定。午後12:00終了予定。午後2:15出発予定。午後4:10終了予定)


今日の若の予定

午前10:55 起床(5時予定)


午前10:55開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。携帯をマナーモードにする(済)。お釈迦さまの教えは本当に真実なのか確かめる(済)。自分もまわりの人も生きていることに感謝をする(済)。
11:36開始済 お参り出発の準備
午後12:48出発済 お参り出発
3:23終了済 お参り終了
3:31開始済 お参りの反省(済)
4:44開始済 夕食
6:53開始済 弘宣寺全体の11月21日と11月22日と11月23日と今までのたまっている領収証の分の決算(1時間9分遅刻)(済)
10:52開始済 会計の反省(済)
11:00開始済 明日の予定を作る(済)
0:16終了済 仕事終了


お釈迦さまの教えは本当に真実なのか確かめる:悩みの無い人も、老人にならない人も、病気にならない人も、死なない人も、一人もいないので、お釈迦さまの教えは真実だと思います。だから苦しんでいるのは、自分だけでは無いと思います。
今日も通用したいので、昨日までお釈迦さまの教えを根拠にして通用したことはすべて忘れます。
今日もお坊さんとしての根拠はお釈迦さまの教えにします。


一言:国民が、不満や怒りや憎しみがたまって国をひっくり返そうとすることがあるが、それは国がそれまでに国民に対してやってきたことの結果だ。自分のやってきたことが自分に返ってきただけだ。だから反乱する国民をおさえつけるよりも、今までの国の行動を反省して直していくほうがずっと反乱がおさまる。
目の前のことだけを見ると「反乱する人たちが国に迷惑をかける」ように見えるが、国のやってきたことが国に一番迷惑をかけてきたのだ。
だから国を引っぱる人たちは、いつもいつも自分を見直すことが大切だ。そして「あんたのやっていることはおかしいよ」と言う批判を大切にするべきだ。批判は、自分が悪い方向に進んでいることを教えてくれている。ブレーキ役として自分を助けてくれているのだ。
国を引っぱる人は、人間のできることならばなんでもできる。なんでも願いがかなうからこそ、自分の行動が大きな影響を与えるので、自分自身をいつも見直すことが大切だ。
日本の国民はあまり日本の国に不満が無いが、これは日本国憲法がすばらしいからだと思う。憲法や法律が良くないと、国民に不満がたまっていくと思う。日本国憲法を変えたい人たちは、憲法を変えても同じだけの良い結果が、同じだけの国民の信用が得られると思いこんでいるが、今の憲法よりも悪いものになれば、今より悪い結果に、今よりも国民から国が信用されなくなる。憲法も法律も、必ず結果が自分に返ってくる。


一言:もしも、会社でもどこでも、自分がリーダーの組織で、他の人たちの不満が爆発しそうになって成り立たなくなったら、その人たちをおさえつけるよりも、すぐに自分の考えや行動を見直したらいい。今までの自分の考えや行動に不満が爆発しそうになったのだから、それを見直したら不満もだんだん減ってくる。自然な結果だよ。


若の今日の会計ミス:たまった領収証はまだ精算していませんが、会費とお布施は、帳簿と現金がピタッと合いました。


若の会計の改善:準備作業で、33分。1分で終われるので、32分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、15分。10分で終われるので、5分の無駄。
門信徒会会計で、領収証の貼り付けと帳簿入力で、21分。5分で終われるので、16分の無駄。会費の集計で、38分。12分で終われるので、26分の無駄。預金の確認で、2分。1分で終われるので、1分の無駄。現金の計算で、10分。5分で終われるので、5分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、5分。1分で終われるので、4分の無駄。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、10分。3分で終われるので、7分の無駄。門信徒会会計全体で、1時間26分。27分で終われるので、59分の無駄。
寺院会計で、お布施の帳簿入力で、1時間。10分で終われるので、50分の無駄。預金の確認で、5分。1分で終われるので、4分の無駄。現金の計算で、18分。5分で終われるので、13分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、8分。3分で終われるので、5分の無駄。データーバックアップで、5分。1分で終われるので、4分の無駄。寺院会計全体で、1時間36分。20分で終われるので、1時間16分の無駄。
後片付けで、9分。4分で終われるので、5分の無駄。
今日の会計全体で、3時間59分。1時間2分で終われるので、2時間57分の無駄。


一言:なんか最近、若が釧路市の経済でがんばってきたことを否定したがる市民がいて、最近に釧路市へ引っ越してきたのかと不思議に思う。「隣の釧路町と合併するしか助かる道は無い」という、今から考えると何のプラスがあるのかわからない方法だけが釧路市の助かる道だと言い、しかもその合併さえもできなくて完全に行き詰まっていた釧路市を、ここまで育てたのは若なのさ。もちろんたくさんの人が共感してがんばったからなんだけど、若がそのきっかけを作ってきたのさ。昔の釧路市は、釧路市が世の中のすべてだと思い、釧路市民が世界の中心だと思い、東京の経済よりも釧路市の経済のほうが上だと思い、ソニーやトヨタよりも自分の会社のほうが上だと本気で思っている社長がいて、釧路市民の人口が18万人だから世界の人口も18万人しかいないと思いこみ、「学ぶところが何も無い」と言うのがカッコイイと思っていた。政治家や市役所の職員は「釧路市の景気が悪いのは、国のせいだ。だから国がなんとかしたらいい。自分たちは何も悪くない」と言っていた。
それを若が、釧路市は世の中のほんの一部で、釧路市民は世界の中心ではなく、東京の経済のほうが釧路市の経済よりもはるかに上で、釧路市の会社はソニーやトヨタよりもはるかに小さく、世界の人口は70億人もいて、学ぶ立場のほうが期待も信用もされて、釧路市が不景気なのは釧路市民自身に原因があるから、そこを直せば釧路市民が自分で景気を良くできる、と変えてきた。
今の釧路市の常識は、かなり若が作ったものがある。もちろん、釧路市民が共感してくれたからだが、もしも「釧路市はこんなにすごい部分があるから、弘宣寺の若なんか必要無い」と思ったら、その「こんなにすごい部分」は、若が作ったか、若の影響を受けた可能性がかなり大きい。だから若は「釧路市そのものが若の教え子だ」と言うのさ。
ちなみに財政再建では、「ムダなものをカットして借金を返す」というのが常識だったのに、「みんなの必要なものをカットしないと借金は返せない」と市民に教えたのは若です。

だから、若に問題があるから批判をしたいならば、問題を批判するのは好きなだけすればいいのさ。でもそこで若の良い部分まで否定すると、「昔の釧路市に戻りたいのか」と若に言われて、まるで批判をしたことが失敗のようになるから、批判をする時は、「若には問題があるから直してほしい」とだけ言えばいいのさ。そうしたら、聞いているみんなも、若も、「そうだね」と共感してくれて、自分の気持ちもスッキリさ。
2013/11/22
一言:若は、「勉強することが大切だ」とか、「世界の経済について行くことが大切だ」と言うが、本当に大切ならばそれをやったら自分が一番助かるということなので、自分が一番プラスになるということなので、若の背中を見て行動するかどうかをいつも確認していると、本当に自分のためになるかどうかがわかるよ。
2013/11/22
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後6:00頃。
お参り 8件(住職 4件:月参り 4件) 
(若 4件:月参り 4件。午前11:21出発済。午後1:53終了済。午前10:00出発予定。午後1:30終了予定)


今日の若の予定

午前8:10 起床(5時予定)


午前10:43開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。携帯をマナーモードにする(済)。お釈迦さまの教えは本当に真実なのか確かめる(済)。自分もまわりの人も生きていることに感謝をする(済)。
10:51開始済 お参り出発の準備
11:21出発済 お参り出発
午後1:53終了済 お参り終了
2:05開始済 休憩
2:30開始済 昼食
3:51開始済 夕食
9:41開始済 明日の予定を作る(4時間50分遅刻)(済)
10:44終了済 仕事終了


お釈迦さまの教えは本当に真実なのか確かめる:悩みの無い人も、老人にならない人も、病気にならない人も、死なない人も、一人もいないと思うので、お釈迦さまの教えは真実だと思います。だから、苦しんでいるのは自分だけでは無いと思います。
今日も通用したいので、今までお釈迦さまの教えを根拠にして通用したことはすべて忘れます。
今日もお坊さんとしての根拠はお釈迦さまの教えにします。


一言:若は、仏教では「お釈迦さまの教え」に、経済では「世界の経済」について行きます。どっちも努力して勉強するだけです。


連絡:今日も疲れが残っているので、会計は明日にします。


一言:若はこれから、一人一人の人に、暖かく接していきたいと思った。
せっかく仏教をやっているので、どこで、誰と知り合っても、暖かく接していきたいと思った。
2013/11/21
お参り 2件(住職 2件:月参り 2件)

若:休み
2013/11/20
午後11:07開始済 明日の予定を作る(済)
11:59終了済 仕事終了

若の会計の改善:準備作業で、1時間16分。15分で終われるので、1時間1分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、15分。10分で終われるので、5分の無駄。
寺院会計で、会費の集計で、1時間21分。22分で終われるので、59分の無駄。預金の確認で、2分。1分で終われるので、1分の無駄。現金の計算で、10分。5分で終われるので、5分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、17分。5分で終われるので、12分の無駄。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、6分。1分で終われるので、5分の無駄。寺院会計全体で、1時間56分。34分で終われるので、1時間22分の無駄。
門信徒会会計で、お布施の帳簿入力で、47分。40分で終われるので、7分の無駄。預金の確認で、3分。1分で終われるので、2分の無駄。現金の計算で、8分。5分で終われるので、3分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、10分。7分で終われるので、3分の無駄。データーバックアップで、2分。1分で終われるので、1分の無駄。門信徒会会計全体で、1時間10分。54分で終われるので、16分の無駄。
後片付けで、24分。8分で終われるので、16分の無駄。
今日の会計全体で、5時間1分。2時間1分で終われるので、3時間の無駄。


一言:久しぶりに会計をやったが、会計はコツコツ努力をするが、コツコツ努力することは副作用がまったくなく、心もスッキリして気持ちいいと思った。人間は、自分の走る速さでぶつかっても大ケガはしない。自分の筋肉の強さでは体は暴走しない。コツコツ努力するとは、自分が持っている力だけで勝負することだ。だから何も副作用が無い。機械は、じょうずに使えば仕事に役立つが、自分の力よりもはるかに強いので、機械でケガをする人がたくさんいる。自分の筋肉の力を使うだけならば安全を気にしなくてもいいが、機械という自分の力よりも強い力を使う時は、必ず安全に気をつけなければならない。同じように、権力の力や、肩書きの力は、自分の力をはるかに超えている力だ。だからその力をコントロールできなくなって暴走する。本当に自分自身の中身で人がついてくるならば、それは100パーセント自分の力なので、何人ついてきても暴走しない。本当の自分の力ではついてこないぐらいのたくさんの人が権力の力や肩書きの力でついてくるから、自分ではどうすることもできない状態になる。だから、権力や肩書きを持っている人は、なるべく努力をして、自分の力だけでできることをしたらいいよ。暴走する心配が無いから、心から安心して仕事ができるよ。特に、コツコツ努力することは副作用がまったくないから、後悔することが無いんだよ。心が楽になるよ。軽くなるよ。


一言:若は、自分の借金を返すことで釧路市の財政再建の実験をしていたので、あまりにたいへんだったから疲れがたまったので、弘宣寺の檀家さんもたいへんだった人がけっこういたと思うので、「年内は若は弘宣寺の改革をしません。たっぷり休んでください。来年になったらすぐに改革をするよ。とりあえず、弘宣寺には正式なルールが無いから、これを作るよ」とこのホームページで檀家さんに伝えたのをおぼえていますか? あと一ヶ月ちょっとで来年ですよ。今は、たっぷり休んで心や体の疲れをとる時だよ。来年になったら「弘宣寺は、お坊さんも、檀家さんも自己改革」となるので、すごくたいへんだから、今は余計なことをしないでたっぷり休んでおきなさい。今休んでおかないと、来年になったら「ちゃんと休んでおけば良かった」と後悔するよ。
2013/11/20
午後11:01開始済 会計の反省


若の今日の会計ミス:寺院会計で、若のお参りした分のお布施が残っていたのに、住職のお参りしたお布施の分だけをパソコンの会計ソフトに入力して、本日の現金残高を登録してしまいました。一度、本日の現金残高を登録すると二度と変更できないので、明日以降の帳簿につけます。
会計をしばらく休んでたまっていたので、領収証は別の日にすることにして、今日は、門信徒会会計は会費と会場使用料だけを、寺院会計はお布施だけを帳簿につけて、現金とピタリと合いました。
2013/11/20
午後6:00開始済 弘宣寺全体の11月10日から11月20日までの決算
2013/11/20
午後4:08開始済 夕食
2013/11/20
午後3:43終了済 お参り終了
2013/11/20
午後1:27出発済 お参り出発
2013/11/20
午前11:54 起床
2013/11/19
お参り 4件(住職 4件:月参り 4件)

若:休み


一言:部下のいる人は、部下が自分にすごく不満を持っていたら、自分の言うことをよく聞く部下だったかどうかを思い出したらいいよ。もしもそうだったら、自分の言うことをよく聞いた部下ほどイヤな思いをしたということなので、自分の指示にものすごく問題があったということだよ。自分のやり方を変えないと、いくら部下を変えても同じ結果になるよ。
部下への指示は、自分の想像以上に部下に影響を与えると思ったらいいよ。


一言:どんな組織でも、リーダーが新しく代わったら、必ず「組織全体の人数は何人なのか」、「組織の支社や現場はどこにいくつあるのか」、「いつもどんなことをやっていて、組織として何ができて、何ができないのか」、「組織のルールや業界のルールはどんなことなのか」、「自分の組織は、自分の業界や、世の中にどんな影響力があるのか」をちゃんと教えなきゃダメだよ。特に、組織の外から新しくリーダーになってもらった場合は必ずちゃんと教えなければならないよ。そうしないとリーダーは、組織の人数も、どこに現場があるのかも、いつも何をやっているのかも、ルールも、組織の影響力もわからないままに引っぱっていかなければならないので、的外れなことばかりやるし、現場は大混乱するし、業界や世間にも大迷惑をかけて、組織がガタガタになるよ。そんな状態になってもリーダーは何もわからないから、どうすることもできない状態になるよ。若が必ずそうなると保証してあげるよ。
だから、リーダーが新しく代わったら、必要なことはちゃんと教えてあげるんだよ。それが無難なやり方さ。


連絡:財政再建の実験の疲れが残っていて、今日も疲れているので、若は今日も休みます。
釧路市で財政再建をしたい人は、無事に借金がゼロになったら、ホッとしてから倒れたり、寝込んだりする可能性があるよ。若は今年いっぱいはずっと休んでいたい気持ちだよ。今年いっぱいは景気を良くするためにがんばるのは無理だね。疲れていないのに疲れたと思うのは無理なので、本当に疲れているのさ。

2013/11/18
お参り 4件(住職 4件:七日参り 1件。月参り 3件)

若:休み
2013/11/17
若のお参りの反省:お参り出発予定時間は無かったが、午後3時を過ぎてから出発したので、もっと早く起きて、午前中からお参りに行きたい。

今日のお参りの内容は、「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「仏教を作ったお釈迦さまが生きていた頃、弟子が『お釈迦さまが死んだら私はやっていけません。どうしたらいいのでしょうか』と聞きました。そうしたらお釈迦さまは『人は必ず死ぬから、私もいずれ死ぬ。だから私の存在に頼るのではなく、私の教えに頼ってやりなさい。そして他の何も心の支えにしないで、自分自身を心の支えにして生きて行きなさい』と言いました。人は、肩書きや、評判や、財産を心の支えにしますが、失う時はどうやっても失うので心の支えが無くなります。しかし、お釈迦さまの教えは『悩みも、老いも、病気も、死も、人間ならば逃れられない』という内容なので、真実なのでいつまでも通用するので心の支えが無くなることはありません。その上で、何ものにも頼らずに自立していけば、惑わされることも、呪いやタタリに怯(おび)えることもなくなります。だから私は、お釈迦さまの教えを心の支えとして、その上で何ものにも頼らずに自立してやっていきたいと思いました」という話をしました。


一言:自分の部下が、自分の力を利用してイバっているのに、さらに自分の立場まで奪おうとしてきたら、みなさんはどうしますか。わかりやすく言うと、日本国憲法があるから、天皇は象徴(しょうちょう)という存在で、実際の権力は何も無い。内閣(ないかく)が決めたことをそのまま拒否せずするだけだ。だから失敗しても天皇は何も決定権が無いから、すべて内閣の責任になるので天皇はいつも無傷だ。しかし、内閣というのは官僚と国会議員(大臣や総理大臣)だが、決める権限は自分たちにあるが、天皇と同じ存在は自分たちに無いとよくわかっておくべきだ。具体的には、国会を開くこと、衆議院を解散すること、国会議員の総選挙をすることなどだ。これは内閣が「こうしてください」と言われたら天皇は断ることができずにやらなければならないが、決定は内閣がするが天皇が実際にやらないと、国会も開けず、衆議院も解散できず、国会議員の総選挙もできない。外国から来たエライ人たちが天皇と会うのもそう。内閣が決めても、外国のエライ人たちは天皇と会えるからうれしい。だから官僚や国会議員が「自分自身が天皇のような気分になったらダメだ」ということだ。今の憲法では、内閣が決めたことを天皇が無条件でやらなければならないから内閣がすごいように見えるが、本当は天皇がそれをやって初めて効果が出る。内閣の決定だけでは憲法上は正式には何も決まらないのだ。
だから自分自身が天皇のような気分になったり、自分が天皇になりたいと思ってはダメだよ。憲法の改正の話が出ると、「天皇に権力を持たせるべきだ」という意見が必ず出るが、どうも「自分が天皇を自由に操って天皇のように振る舞いたいから、今の内閣が決めるのでは官僚が国会議員がいてジャマだから、天皇だけに権力を持たせたい」という思いを少し感じるのだけど、「自分は天皇の代わりは絶対にできない。天皇になれない」といつも思っていることが大切なんだよ。それが無難だよ。ということです。
若は何が言いたいのかというと、これと同じことがどこでも起きるのさ。確かに実際のことは自分がしているのかもしれないけれど、それが正式な決定になって正式に動けるのは、誰のおかげなのかといつも考えておかないと、とんでもないところで足を引っぱられるよ。「現場のことを何もわからないジジイたちがただデカイ顔だけしている」と若者が思っても、その現場のことが何もわからないジジイが決定してくれるから会社全体の決定になるんだよ。「あんなジジイたちなんかいなくてもいい」と思っているから、それが相手に伝わって、大事なところでいきなりジャマをされるんだよ。「このことを本当に認めないんですか。会社に損ですよ。チャンスなんですよ」とジャマされてから泣き言を言うのは、普段の自分の行動の結果だ。
官僚もそうだよ。「国会議員なんかいなくてもいいんだ。オレたちに言われたことを決定だけすればいいんだ」と思っていると、本当に日本のためになる法律を出した時に、思いっきり国会で否決されるよ。「自分のためでは無いんです。本当に日本のためなんです」と泣きながら国会議員にすがりつきたくなかったら、普段から「国会議員が決定してくれるから官僚の法律を実行できるんだ」と感謝の気持ちを持ちましょう。
2013/11/17
午後7:18開始済 お参りの反省(37分遅刻)
8:07開始済 明日の予定を作る(済)
8:52終了済 仕事終了

連絡:今日も疲れが取れないので、明日も若は休みなので、会計は明後日にやります。
2013/11/17
午後5:41開始済 夕食
2013/11/17
午後5:11終了済 お参り終了
2013/11/17
午後3:32出発済 お参り出発
2013/11/17
一言:一番下っ端を見たらヤクザの組長が優秀かどうかわかると書いたが、だからヤクザの組長が一番下っ端をおさえつければいいのではないよ。そんなもの長続きしないよ。子分は組長の背中をいつも見ているから、普段の行動を気をつければいいのさ。筋が通っていないのに子分を叱ったら、組長のただのワガママをいつも言っていたら、そのたびに子分が荒れ狂っていって、一番下っ端では破綻するよ。だから一番下っ端を見たら優秀な組長かどうかわかるのさ。
2013/11/17
一言:マーケティングする時はなるべく全体の声を聞くことが大切だと書いたが、対象になる人の全体ということだ。対象外の人には聞く必要が無い。釧路市にどんなものを作ればいいかは、釧路市民全体にだけ聞けばいい。札幌市民に聞く必要は無い。友達の誕生パーティーに何をしたらいいかは、その友達にだけ聞けばいい。釧路市民全体に聞く必要が無い。「対象となる人の全体に聞く。対象とならない人には聞く必要が無い」と思ってね。


一言:警察に一言。ヤクザの組長がリーダーとしてどれだけの者かを知りたければ、一番下っ端を見なさい。組織というのはヤクザでも会社でも、リーダーの人間性そのものだ。優秀なリーダーならば一番下っ端でもちゃんとしている。リーダーの器に無い者ならば、下に行くほど荒れ狂って、一番下っ端では破綻している。今の組長の後継者を見て、今の組長よりも人間性が劣るならば、今の組長を捕まえたほうが組織は悪い方向に行って、結果的に犯罪が増える。新しい組長ではコントロールできないからだ。
ヤクザの組長を捕まえることを目的にしないで、犯罪が増えないことを目的にしたほうがいいよ。
2013/11/17
一言:マーケティングというのは会社だけではなく、公務員や政治家もやっていて、警察は、ヤクザのことをヤクザに聞く。釧路市役所は、釧路市のどこに何を作ればいいかを町内会に聞く。町内会の声が市民の声だと思うからだ。
政治家は、市民の声を市役所に届ける。
相手の声を聞くというのは、前からずっとやっている。大切なのは、一部の人だけのマーケティングではなく、全体のマーケティングになっているかということ。警察はヤクザの一部にだけ聞くよりも、ヤクザ全体に聞いたほうがヤクザのことを理解できる。
釧路市役所は、町内会だけに聞くのではなく、もっと市民全体の声を聞いたほうが市民が本当に望むものを作れる。政治家は、自分の支持者だけでなくて、一人でも多くの市民の声を聞いて「市民全体ではこんな声があるよ」と伝えたほうが感謝される。
マーケティングする時は、一人でも多くの人に聞いて、なるべく全体の意見になるように気をつけたほうが効果がある。「しがらみ」というのは、一部の人にしかマーケティングしていない証拠だ。たいてい失敗する。
2013/11/17
一言:若が釧路市を発展させることは、肩書の力ではなく、100パーセント自分の努力の結果だから。
いちおう一言言っておきます。
2013/11/17
一言:ちなみに、リクルートという会社は、新しいことをやりたくなったら、まずは実際にやってみて、その感想をお客さんに聞いて、続けるのか、やめるのかを決めるという、マーケティングそのものをやっている。リクルートを作った人は、「自分たちがどうすればいいか、お客さんが教えてくれる」というようなことを本に書いていた。
2013/11/17
一言:マーケティングの話を昨日したけれど、さらにわかりやすく言うと、マーケティングとは「学校のテストのカンニング」と同じだ。テストは、答えがわからない状態で自分で考える。しかし最初から答えがわかっていたら、そのとおりに答えれば正解する。カンニングをしていない人よりも良い点を取れる。
マーケティングもそう。マーケティングをしていない会社やお店よりも、マーケティングをしている会社やお店のほうが売れる可能性が高いのは当たり前だ。
学校のテストとマーケティングの違いは、テストのカンニングは許されないから絶対にしたらダメだが、マーケティングは法律的にオーケーで何も問題にならないことだ。
どうしていいかわからない会社やお店は、「お客さんがどんな商品を望んでいるのか」をいつも聞きなさい。何もしていなかった時よりも、売れる可能性が増えるよ。マーケティング専門の会社なんか頼まなくても、自分でやればいいんだよ。いつもいつも自分がお客さんに「どんな商品がほしいですか」と聞くだけでいいのさ。お金を1円も使わなくてもマーケティングはできるよ。
2013/11/17
一言:財政再建の実験は、若が努力してがんばったことさ。本当にたいへんだった。たくさんの借金もできる範囲で返していけばちゃんと返せるよ。そして、返し終わったらすごく楽さ(ホッとしたら疲れが出てくるけれど)。
2013/11/17
午後1時34分 起床

若は今日は2件お参りします。


一言:財政再建の実験の疲れが今になって出てきた。お寺の大きな行事が来年の3月まで無いので、今はホッとできるので、だから疲れが一気に出てきた。母親からの借金だから財政再建をやった客観的な証拠が無いが、ここにきてお寺の仕事ができなくなるくらいに疲れが出てきたのが、客観的な証明になりそうだ。仕事を休めば休むほど、たぶん釧路市民は「そんなに財政再建は疲れるのか」とたいへんさを理解できると思う。
2013/11/16
お参り 6件(住職 6件:法事 1件。月参り 4件)

若:休み


連絡:今日も疲れが残っているので仕事を休みます。財政再建の実験の疲れが想像以上に残っているのが一番の原因だと思います。


一言:経済には「マーケティング」というのがあるが、これはお客さんがどんな商品をほしがっているか聞くことだ。わかりやすく言うと、インチキだ。普通はお客さんがどんな商品をほしがっているのかわからない状態で商品を作る。せいぜい過去に売れた商品を参考にするぐらいだ。しかし、マーケティングをすると、「今お客さんがどんな商品をほしがっているのか」がわかる。最初から答えを知るから、お客さんの指示どおりに商品を作るから、売れるのは当たり前だ。的を外すことが無い。立派なインチキだ。ただし何も法律違反ではないというだけだ。
ただ、マーケティングの問題点は、お客さんが新鮮な驚きを感じないことだ。飽きられるということだ。お客さんの望む商品は、お客さんが最初から知っている。だからその商品を作っても「こんな商品がほしかったんだ」と思われる。しかし、新鮮な驚きとは「こんな商品ができるなんて想像もしなかった」とお客さんが思うことだ。だからいくらお客さんに聞いてもわかるわけがない。お客さんが想像もしなかったからだ。
わかりやすく言うと、iPhoneがそうだ。お客さんにいくら聞いても「iPhoneのような商品がほしい」とは聞けない。想像もしないからだ。もしもいたとしても何人かくらいだから、数が少ない意見はマーケティングでは採用されない。たくさんの意見の商品を作ったほうがたくさんのお客さんに買ってもらえるからだ。だからマーケティングからはiPhoneは絶対に作れない。
だから、飽きられる可能性があるが商品が売れれば法律的に許されたインチキをしてもいいと思う人は、どんどんお客さんがどんな商品を求めているか聞きなさい。無難な商売の方法だ。
iPhoneを作ったスティーブ・ジョブズのように世の中を変えるような商品を作りたい、お客さんに新鮮な驚きを与えたいと思う人は、お客さんの声を聞くだけムダだ。お客さん自身が想像したことも無いからいくら聞いても参考にならない。自分で考えたほうが通用するよ。
2013/11/15
お参り 6件(住職 6件:七日参り 2件。月参り 4件)

若:休み
2013/11/14
若のお参りの反省:お参り出発予定時間に、4時間31分遅れて、檀家さんの約束の時間に遅れた。原因は、寝坊したから。その原因は、夜中の3時頃に寝たから。解決策として、夜10時に寝て、朝5時に起きて、シャワーを浴びて、朝食を食べて、いつでもお参りに行ける状態で朝7時の仕事開始をむかえたい。

今日のお参りの内容は、「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「仏教を作ったお釈迦さまは、『人間には四つの苦しみがある』と言いました。ひとつめは、生きる悩みです。若者には青春の悩みが、大人には生活や仕事の悩みが、年配の人には年配の人の悩みが、男性には男性の悩みが、女性には女性の悩みがあります。お釈迦さまは『悩みの無い人なんていないんだよ。悩んでないように見えるだけで、みんな悩んでるんだよ』と言いました。二つめは、老人になる苦しみです。年を取って体が動かなくなったり、見た目がどんどん老人になっていくのは、とても自然なことです。お釈迦さまは『みんな平等に老人になるんだよ』と言いました。三つめは、病気の苦しみです。現在、病気の人はそうですが、健康な人もいずれ病気になって苦しみます。お釈迦さまは『病気の苦しみは、みんな経験するんだよ』と言いました。四つめは、死ぬ苦しみです。死の恐怖や、死の苦しみは、みんな平等に経験します。まわりの人の死もそうです。家族や、親戚や、友達を亡くすことはほとんどの人が経験しています。お釈迦さまは、『自分が死ぬ苦しみも、まわりの人が死ぬ苦しみも、みんな経験するんだよ』と言いました。お釈迦さまは、『四つの苦しみは、人間ならば逃れることができないけれど、苦しむ量を減らすことはできる』と言いました。人は苦しいと、『何で自分だけが』と思ったり、苦しむことを『恥ずかしい』とか、『情けない』とか、『損だ』とか思って、苦しんでいる自分を責めたりします。そうすると、苦しみが何倍にも増えます。しかし、『四つの苦しみは人間ならば逃れることができないのだから、みんな経験するんだから、良いことでも悪いことでもなく、とても自然なことだ』と思って、苦しんでいる自分を素直に受け止めれば、苦しむ量もグッと減ります。だから私は、悩みがあっても、老人になっても、病気になっても、死ぬ時も、『良いことでも悪いことでもなく、とても自然なことだ』と素直に受け止めたいと思いました」という話と、

「仏教を作ったお釈迦さまが生きていた頃、弟子が『お釈迦さまが死んだら私はやっていけません。どうしたらいいのでしょうか』と聞きました。そうしたらお釈迦さまは『人は必ず死ぬから、私もいずれ死ぬ。だから私の存在に頼るのではなく、私の教えに頼ってやりなさい。そして他の何も心の支えにしないで、自分自身を心の支えにして生きて行きなさい』と言いました。人は、肩書きや、評判や、財産を心の支えにしますが、失う時はどうやっても失うので心の支えが無くなります。しかし、お釈迦さまの教えは『悩みも、老いも、病気も、死も、人間ならば逃れられない』という内容なので、真実なのでいつまでも通用するので心の支えが無くなることはありません。その上で、何ものにも頼らずに自立していけば、惑わされることも、呪いやタタリに怯(おび)えることもなくなります。だから私は、お釈迦さまの教えを心の支えとして、その上で何ものにも頼らずに自立してやっていきたいと思いました」という話をしました。


連絡:弘宣寺の檀家さんへ連絡。弘宣寺の住職(若の父親)は、阿寒町にあった雄別炭鉱(ゆうべつたんこう)に弘宣寺がありましたが、炭鉱が無くなったので釧路市へ引っ越してきて、ほとんどゼロの状態から檀家さんと一緒にここまで弘宣寺を育ててきました。そのことは若もとても感謝しています。
しかし最近、住職の若への嫉妬がすごいのです。長年の檀家さんならばわかると思いますが、住職は生まれた時から「跡継ぎ」として期待されて、望まれて住職になり、それからずっといつもいつも檀家さんから「住職あっての弘宣寺だ」とチヤホヤされ続けてきました。住職は、生まれた時から今までずっと、弘宣寺の中にいる時は檀家さんにチヤホヤされ続けてきました。坊守(若の母親)は、「住職が檀家さんから必要とされていれば、自分はチヤホヤされなくて、後ろに引っ込んでいていいんだ」と素直に思える人なので、住職のライバルにならないのでうまくやってこれました。坊守は、妻としてはどうかわかりませんが、坊守としては住職の最高のパートナーです。
しかし若は、住職をまったくチヤホヤせず、後ろに引っ込もうともせず、平気で住職の上や前に出ます。なぜならば、若も生まれた時から「跡継ぎ」としてチヤホヤされてきたので、誰かをチヤホヤしたり、後ろに引っ込むということができないのです。住職はどこでも「太陽」のように自分が主導権を握って中心になりますが、若も「太陽」なので自分が主導権を握って中心になります。若は跡継ぎだから調子に乗っているのでは無く、太陽にしかなれないのです。だから若はどこでもリーダーになるか、かなりの権限のある立場になろうとして、自分が主導権を握ろうとします。それができ無い時は、「自分を必要としてくれるところに行くよ」という考え方です。太陽しかできないから。
で、弘宣寺の中のことだけならばまだいいのです。肩書きが「住職」と「若」なので、やはり肩書きでは住職が中心なのでなんとかうまくいくのです。しかし住職は、最近になってなぜか「若の釧路市での立場」にも嫉妬してきました。若が経済の能力で認められて釧路市民から期待されていることに嫉妬して、それを奪い取りたいのか、自分が中心になりたいのか、若から主導権を奪おうとしてきます。ほとんどの市民は何をやっているのか理解できないでしょうが、若が今まで経済の勉強をしてきて、学んだことを市民の教えて、釧路市を育てて手に入れた今の立場を、経済がまったくわからない住職が簡単に奪えると思い込んでいるのです。檀家さんも理解できないかもしれませんが、子供の頃から弘宣寺の中でチヤホヤされるばかりだった住職は、70才になっても子供と同じなのです。何もしないでも、釧路市民が自分をチヤホヤしてくれると勘違いしているのです。
えー、ここまで読んで檀家さんもわかると思いますが、住職がこうなったのは本人のせいですが、檀家さんがチヤホヤしてきたのもかなり影響があります。だから檀家さんから「弘宣寺の外のことで若に嫉妬したらダメだよ。何もしないでもチヤホヤするのは弘宣寺の檀家だけなんだよ」と住職に言ってください。
ちなみに、釧路市の中での若の立場を利用したい弘宣寺の一部の檀家さんが、住職に若をコントロールさせることで間接的に自分が若をコントロールして釧路市を好きなように動かそうとしている人がいるのですが、もしそれができたら「弘宣寺が釧路市を動かしていることになる」ので、憲法の「政治と宗教の分離」に違反します。長年の檀家さんの中にはビックリする人もいますが、弘宣寺の檀家さんが全員「それはいい」と言って認めても、釧路市には何の影響も無いのです。「弘宣寺が世の中のすべて」と思っているのは、弘宣寺の住職と一部の檀家さんだけです。
このように、弘宣寺には「井の中の蛙(いのなかのかわず。ただの世間知らずのこと)」がいますが、これが徳川家康の作った檀家制度の恐ろしさなのです。半分は自分のせいですが、もう半分は家康のせいです。檀家制度に閉じこもっていればいるほどダメになるから、昔は織田信長や豊臣秀吉や徳川家康の言うことを聞かなくてもお寺の言うことを聞く人がいっぱいいたのに、檀家制度が江戸時代に強制的に始まってお寺はボロボロになったので、明治になる頃には自分のお寺の檀家さんに「心からキラわれ、憎まれる存在」になって、それが明治時代の「廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)」という「檀家さん自身がお寺を壊していった」という出来事につながるのです。檀家制度恐るべしです。
2013/11/14
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後9:45頃。
お参り 5件(住職 2件:法事 1件。月参り 1件) (若 3件:月参り 3件。午後2:31出発済。午後5:31終了済。午前10:00出発予定。午前11:40終了予定。午後3:00出発予定。午後6:00終了予定)


今日の若の予定

午後1:04 起床(5時予定)


午後1:06開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。自分もまわりの人も生きていることに感謝をする(済)。
1:08開始済 お参り出発の準備
2:31出発済 お参り出発
5:31終了済 お参り終了
5:49開始済 夕食
7:17開始済 お参りの反省(済)
8:50開始済 明日の予定を作る(済)
9:59終了済 仕事終了


一言:釧路市民へ一言。若は釧路市民にものすごい影響力を持っているが、それは「釧路市の景気を良くしたい」、「釧路市の財政再建をしたい」と市民に言うからだ。だからもしも若がおかしなことを言ったら釧路市にものすごく悪い影響が出るので、市民のみんなは、若が釧路市民に言うことが「憲法違反ではないか」、「法律違反ではないか」、「人として問題ではないか」をよく考えて、問題があればすぐに若に教えてね。すぐに謝って、すぐに直すから。若の影響力を悪い方向に使ったら、釧路市なんかあっという間に潰れるよ。
今まで若が釧路市民に言ったことも確認してね。このホームページに書いてあるから確認して、問題があったらすぐに若に伝えてね。
何十年も不景気に苦しんでいる釧路市民だから、景気を良くしたいと言って、さらに経済の能力も釧路市で一番の若に期待するのは当たり前だよ。その若の経済の力は、自分で勉強して努力して身につけたものだよ。突然にできるようになった、魔法のような不思議な力ではないのさ。
それから、「市民全員に平等に接して、仲間はずれを一人も作らない」と言うのも影響してると思うけれど。
でも、世界70億人のうち、たった釧路市民18万人にしか通用しない影響力さ。小さな力だよ。


一言:若が釧路市民に何かを言う時は、このホームページのように文章にして伝えることがほとんどだから、できれば自分でその文章を見て確認してほしい。他人から聞くよりも自分で直接に見たほうが若が言いたいことを理解できるし、若がおかしなことを言った時に、伝えた人が間違っているのではなく、若が間違っているとすぐにわかるから。
若がおかしなことを市民に言って、市民がそのとおりに行動したらすぐに悪い影響が出るから、市民は釧路市を守るためにも若が市民に言うことをいつも確認してね。ブレーキ役として期待しているよ。


一言:若が釧路市民以外に言ったことは関係ないよ。釧路市民は何も影響を受けないのだから。釧路市民以外に言ったことがおかしいからといって、釧路市民から文句を言われてもオレは受け入れないよ。筋が通っていないからさ。だってそれは釧路市民に伝えるために言ったことではないからさ。本当ならばそれは釧路市民に伝わるはずが無いからさ。
「釧路市民にものすごい影響力があるから、おかしなことを言われたら釧路市が悪い方向に進むから許さない」というのは筋が通っていて、本当にそういう危険があるから、ちゃんと謝ってすぐに直すよ。
ということです。


一言:もしも釧路市民に言ったことではないことを何かの偶然で釧路市民が知ったからと言って問題にできるならば、若が女性と付き合って、その女性に「この前のエッチはすごかったよ」と書いたら、それを釧路市民が「市民に悪い影響を与えた」と堂々と問題にできるということになるよ。
それはありえないでしょ?


一言:裁判では、法律違反をして手に入れた物は、証拠として認められないんだよ。それを許したら、証拠を手に入れるために犯罪をしなければならないし、法律違反をして手に入れたから「それが正しい」と客観的に証明できないので、そうなると証拠をでっちあげることができるからさ。
だから、若が釧路市民に言ったことだけがどうかを考えてね。


一言:で、結局、何が言いたいのかというと、釧路市民に向けて若が言った言葉が釧路市民に悪い影響を与えないように、「憲法違反かどうか」、「法律違反かどうか」、「人としておかしいかどうか」を、いつも厳しい目で見ていてね。それは釧路市を助けることになるから、ということです。


連絡:今日も疲れているので、明日は休みなので、会計は明後日にやります。


一言:釧路市民にハッキリ言うと、若は弘宣寺でお坊さんをやっているから宗教指導者だが、「宗教の不思議な力を使って、市民のみなさんが何もしなくても好景気にしてあげます」と言っているのでは無いよ。その逆で、「市民が経済の勉強をして、自分を成長させて、世界の経済の流れにくっついていかなければ好景気にならない」と言っているのさ。その具体的な方法が、「東京について行け。アジアの発展について行け」ということさ。「現実的に努力をして好景気にしましょう」と言っているだけさ。もしも不思議な力を使っていると勘違いしていたら、「若は努力をして好景気にしましょうと言っているだけだ。それをずっと釧路市で言い続けているから存在感があるんだ」と思ってください。だって、若が出てくるまでの釧路市は「釧路市が不景気なのは、国が悪いんだ。国がなんとかすればいいんだ。自分たちに原因は無い」と堂々と言っていたのさ。それを変えて、「釧路市の景気は自分たちで良くしよう」と思うようになったのは、若のおかげさ。宗教の不思議な力を使おうとしたら、共感する人なんか誰もいないよ。
2013/11/13
若のお参りの反省:今日は、予定を作っていなかったので、お参り出発予定時間が無かったから「どれくらい遅れた」というのが無かったが、檀家さんの約束の時間に遅れたので、明日からはちゃんと時間の約束を守りたい。

今日のお参りの内容は、「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「仏教を作ったお釈迦さまが生きていた頃、弟子が『お釈迦さまが死んだら私はやっていけません。どうしたらいいのでしょうか』と聞きました。そうしたらお釈迦さまは『人は必ず死ぬから、私もいずれ死ぬ。だから私の存在に頼るのではなく、私の教えに頼ってやりなさい。そして他の何も心の支えにしないで、自分自身を心の支えにして生きて行きなさい』と言いました。人は、肩書きや、評判や、財産を心の支えにしますが、失う時はどうやっても失うので心の支えが無くなります。しかし、お釈迦さまの教えは『悩みも、老いも、病気も、死も、人間ならば逃れられない』という内容なので、真実なのでいつまでも通用するので心の支えが無くなることはありません。その上で、何ものにも頼らずに自立していけば、惑わされることも、呪いやタタリに怯(おび)えることもなくなります。だから私は、お釈迦さまの教えを心の支えとして、その上で何ものにも頼らずに自立してやっていきたいと思いました」という話と、

「仏教を作ったお釈迦さまは、『人間には四つの苦しみがある』と言いました。ひとつめは、生きる悩みです。若者には青春の悩みが、大人には生活や仕事の悩みが、年配の人には年配の人の悩みが、男性には男性の悩みが、女性には女性の悩みがあります。お釈迦さまは『悩みの無い人なんていないんだよ。悩んでないように見えるだけで、みんな悩んでるんだよ』と言いました。二つめは、老人になる苦しみです。年を取って体が動かなくなったり、見た目がどんどん老人になっていくのは、とても自然なことです。お釈迦さまは『みんな平等に老人になるんだよ』と言いました。三つめは、病気の苦しみです。現在、病気の人はそうですが、健康な人もいずれ病気になって苦しみます。お釈迦さまは『病気の苦しみは、みんな経験するんだよ』と言いました。四つめは、死ぬ苦しみです。死の恐怖や、死の苦しみは、みんな平等に経験します。まわりの人の死もそうです。家族や、親戚や、友達を亡くすことはほとんどの人が経験しています。お釈迦さまは、『自分が死ぬ苦しみも、まわりの人が死ぬ苦しみも、みんな経験するんだよ』と言いました。お釈迦さまは、『四つの苦しみは、人間ならば逃れることができないけれど、苦しむ量を減らすことはできる』と言いました。人は苦しいと、『何で自分だけが』と思ったり、苦しむことを『恥ずかしい』とか、『情けない』とか、『損だ』とか思って、苦しんでいる自分を責めたりします。そうすると、苦しみが何倍にも増えます。しかし、『四つの苦しみは人間ならば逃れることができないのだから、みんな経験するんだから、良いことでも悪いことでもなく、とても自然なことだ』と思って、苦しんでいる自分を素直に受け止めれば、苦しむ量もグッと減ります。だから私は、悩みがあっても、老人になっても、病気になっても、死ぬ時も、『良いことでも悪いことでもなく、とても自然なことだ』と素直に受け止めたいと思いました」という話をしました。


一言:弘宣寺は、「若の書いてある『権力争い』って何?』と思ったら、それは弘宣寺が憲法の「政治と宗教の分離」を守っていた証拠だよ。関係無いから、無傷だったのさ。関わるんじゃ無い。
若に権力争いをしかけた人たちは、弘宣寺はこういう感じなので、「権力争いってありえない」と言っているのを聞いても、自分たちのことをバカにしたのではなく、本当にわからないだけなんだと理解してください。


一言:釧路市民は、若に権力争いをしかけた人たちが、想像以上に心が深く傷ついていると思いなさい。人によっていろいろ違いはあるが、怖くて震えてるよ。相手の存在を否定せずに、やさしく、暖かく接して、絶対にバカにしたらダメだよ。
そして、権力争いのことを忘れなさい。もともと意味の無い争いだったのさ。イヤなことは忘れなさい。


一言:若に権力争いをしかけた人たちへ。若は、絶対にあなたたちをバカにしないし、傷つけもしないし、仲間はずれにもしないし、存在も否定しないし、暖かく接するから。他の人と平等に接するから、早く忘れなさい。終わった話なのさ。後は、時間が心の傷を癒やしてくれるよ。
あなたたちはこれ以上に傷つくことは無いから。若が保障するよ。


一言:釧路市の若者へ。若は、若者に権力争いをすすめているでは無いよ。争いからは何も生まれないよ。勉強して、自分を磨いて、釧路市の景気を良くしたり、釧路市の財政再建をすることを期待しているだけだよ。
釧路市民は、若者を権力争いに巻き込んだらダメだよ。
2013/11/13
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後8:30頃。
お参り 4件(若 4件:月参り 4件。午後12:03出発済。午後2:39終了済。午後3:43出発済。午後4:17終了済)

住職:休み


今日の若の予定

午前7:34 起床予定

午前9:46開始済 仕事開始。檀家でいてくれることに感謝する(済)。携帯をマナーモードにする(済)。すべてのものはいつも移り変わるから自分から変わる(済)。自分がどれだけ小さな存在かを知る(済)。自分は学ぶ立場だと気づく(済)。宗教にハマっていないか気をつける(済)。相手をあるがままに受け入れる(済)。あらゆる偏見や思い込みを捨てる(済)。檀家さんのことは何もわからないんだと気づく(済)。敷居をできるだけ低くする(済)。自分もまわりの人も生きていることに感謝をする(済)。
10:40開始済 お参り出発の準備
午後12:03出発済 お参り出発
2:39終了済 お参り終了
2:57開始済 納骨堂の使用規定の専門家との打ち合わせ(済)
3:26開始済 お参りの反省
3:35開始済 お参り出発の準備
3:43出発済 お参り出発
4:17終了済 お参り終了
4:22開始済 お参りの反省(済)
5:07開始済 夕食
6:07開始済 休憩
7:56開始済 明日の予定を作る(済)
9:05終了済 仕事終了


連絡:今日は、財政再建の実験の疲れがとれてきたので、若は仕事を再開します。


一言:釧路市で若に権力争いをしたい人へ連絡。若と釧路市で権力争いをすると、若がいなくなると釧路市の景気が悪くなるスピードが速くなるので、釧路市民は若の味方につくから、「若と釧路市民の連合」との勝負になるから勝てないのだけど、そもそも若は東京に引っ越すと東京は景気が良くて借金もゼロなので、若は景気を良くすることからも財政再建からも逃げられるので楽なので、若は東京の底上げには通用するので自分の居場所は作れるからいつでも釧路市から引っ越してあげるし、釧路市に住んでいても不景気の闘いと財政再建から逃げたほうが楽なのでいつでも釧路市から手を引いてあげるし、出番がほしいなら不景気の闘いと財政再建の先頭をいつでも譲ってあげるし、「若に問題があるから直してほしい」という批判はいくらでも許すから、若と権力争いをする必要がないのさ。
大目に見てあげるから逃げなさい。仲間はほとんど逃げたよ。若が逃がしてあげた。市民も、大目に見て逃がしてあげてね。相手が戦う気持ちがなくなった時に逃がしてあげないから、争いが終わらないのさ。逃げられたら争い続ける必要も無いのさ。
もともと争う必要が何も無いのに権力争いをしかけてしまったのさ。若を潰してしまったり、若が怒って釧路市から引っ越したら、自分が若の代わりをしないとダメなんだよ。その時に「できません」と言ったら釧路市の景気の悪くなるスピードが速くなった時に市民が本気で怒るよ。若の問題に市民が怒るなら、景気の悪くなるスピードが速くなったらそれ以上に市民は怒るよ。
今日一日で完全に若への権力争いから身を引きなさい。明日になってもまだ権力争いをしていたら「まだやっているのか」と笑われるよ。釧路市の中で若と勝負して負けても誰も笑わないから、今日中に身を引きなさい。
釧路市民同士で争い続けると釧路市が衰退するのさ。権力争いをしなくても願いがかなうのだから、これからは「なんで争うのか」の目的をハッキリさせてから始めなさい。だから若に釧路市の中で権力争いをしたいならば、まずは若に一言相談をするんだよ。「一言言えば東京に引っ越してやるぞ」っ言われるから、権力争いをしなくてもいいと気づくよ。


一言:「若には問題があるから釧路市から手を引いてほしい」と思うならば手を引いてあげるよ。不景気との闘いや財政再建から逃げられて楽だからさ。若は3年後の釧路市のリーダーの競争に落選しないと、市民全員の文句をたった一人で受ける立場から逃げられないのさ。だから市民の側から「釧路市から手を引いてくれ」と言ってきたら堂々と逃げられるから絶対に手を引いてあげるよ。
だから権力争いをする意味が無いのさ。


一言:若は今、自分の問題点を自分で解決することがブームさ。やっぱり自分で自分を変えるしかないと気がついたのさ。自分の問題点を直したら自分にプラスなのさ。だから年内は、財政再建の実験の疲れもたまっているし、自分で自分を変えることに夢中なので、釧路市の景気を良くすることと、釧路市の財政再建は、若に権力争いをしかけた人たちが代わりにがんばってね。
ほらね、簡単に出番がもらえるのさ。


一言:若の代わりをすることになったので結局、権力争いをしかけた人たちの希望がそのままかなったのさ。
だから、権力争いをしないで、「出番をくれ」と最初に一言言えば、争う必要も無かったのさ。


一言:もしもこのホームページを外国の人が見ていたらアドバイス。クーデター(国の乗っ取り)をしかける人が出てきたら、その人たちをそのまま「国の役職」につけて、自分の代わりに働かせればいいのさ。相手はクーデターをしたのと同じ結果になるし、自分は代わりに働いてくれる人が出てきたので楽になるのさ。
例えば、日本の明治維新は、明治維新をしたメンバーを江戸幕府の幹部にすれば良かったのさ。そうしたら江戸時代はそのまま続いたのさ。
ローマ帝国はそうさ。戦いに勝って支配している国の者でも、優秀ならばローマ帝国のトップにしたのさ。支配している国に優秀な者がいたら、いずれローマ帝国に独立のための戦いをしかけるかもしれないけれど、その優秀な者をローマ帝国のトップにしたら、ローマ帝国そのものが発展するのさ。
これが江戸幕府と、ローマ帝国の違いさ。


一言:今回の若への権力争いをした人たちは、釧路市の中で、若の力を借りずに、ある程度の集団を作り、若に権力争いをするという誰もしたくないことをした(権力争いをする意味は無かったけれど)。
このことは若はおぼえておくよ。そして釧路市の発展のためにこの人たちを使うから。ちょっと頭が悪いけれど、少しパワーを感じたから、活用したら釧路市にブラスだよ。これからも出番があるから、今回、若に権力争いをしかけた人たちは心の準備をしておきなさい。


一言:わかると思うけれど、若は自分に向かって来る力は、潰さないで「乗っ取る」から、乗っ取られたくない人は、若に向かって来ないほうがいいよ。向かって来ると、いつの間にか若の部下になっているから。


一言:今回、若に権力争いをしかけてきた人たちは、いつでも若の代わりができるように日本経済新聞と契約をして毎日読みなさい。釧路市では、北海道新聞の販売店に連絡したら日本経済新聞を配達してくれるよ。釧路市はコンビニに日本経済新聞が売っていないから、配達してもらうしかないのさ。
日本経済新聞の方向に釧路市の経済を引っぱって行ったら、釧路市を必ず好景気にできるよ。
若の代わりをしたかったら、若に権力争いで勝つのではなく、若と同じだけ勉強するようになりなさい。


一言:何回もしつこいけれど、これが最後。若に権力争いをしかけてきた人たちは、自分が活躍するために世の中のレベルをさげるのではなく、自分が勉強して自分のレベルを上げなさい。それをしなかったから今まで出番が無かったのさ。東京は好景気なのに、世界トップレベルに経済が強いのに、今でも自分から仕事の勉強をするんだよ。だからさらに成長するのさ。
今回の権力争いを、自分が勉強するきっかけにしなさい。「勉強しろとは権力争いをした罰(ばつ)だ」と思わずに、「若は、自分の代わりができる人を必要としている」と思って、がんばりなさい。若は前に釧路市民に言っているんだよ。「釧路市では、権力争いは2軍の試合。不景気との闘いが1軍の試合だ」と。不景気は、若の1000倍は強いよ。


一言:ごめん、本当に最後。
権力争いをしかけてきた人たちは、無理に勉強をしたらダメだよ。無理をしたら長続きをしないから。勉強をするクセをつけなさい。


一言:不景気との闘いは、今までの人生で「見たこと」、「聞いたこと」、「経験したこと」がすべて通用しないというステキな体験ができるよ。だって通用したら好景気だから。だから釧路市民全員に応援されても、何のプラスにもならないよ。だって誰も通用しないんだから。
それが不景気との闘いさ。だから勉強する気持ちになっていいよ。


一言:今回の権力争いをおさめたのは、若でもなく、釧路市民でもなく、釧路市の不景気だよ。釧路市ではいつも最後に「不景気は強いね」で終わるのさ。不景気が出てくると、あまりの強さにいつも釧路市民が「自分は何もできない」と思うのさ。学ぶ気持ちになるよ。
不景気が強いというのがウソだと思ったら、いつでも釧路市の景気を良くすることに挑戦しなさい。もしも通用したら、その瞬間に好景気だよ。


一言:若に権力争いをしかけてきた人たちは、若の代わりに釧路市の景気を良くすることができなかったらしなくてもいいよ。罰(ばつ)としてさせるのではなく、若が疲れているから代わりにやってほしいだけだから、無理はしないでね。
日本は資本主義(しほんしゅぎ)だけど、資本とは「財産」のことさ。財産には三つあって、三番目に大切なのが「物(もの)」、二番目に大切なのが「お金」、一番大切なのが「人」だ。人が、お金や物を作るからだ。物作りより、金作りより、人作りが大切なのさ。人を大切にしないと、資本主義の競争には勝てないのさ。
だから、これからジックリ若が育てていくから、期待していてね。


連絡:今日は疲れていて、外食に行ったらくつろいで1時間半ぐらいお店にいたので、疲れたから会計は明日にやります。
権力争いの恐ろしさに自分でビビりながら、平気で食事の時にくつろぐのが、若なのです。
権力争いをしかけた人たちは、若が自分たちのことを何も心配していないと思わずに、それぐらいのことではたいして気にもならないのが若なのだと思ってね。心配はしてるんだよ。でも他のことを考えると気にもならなくなるのさ。


一言:若は、釧路市の中でものすごい影響力を持っているけれど、さらに仏教のお坊さんなので「宗教指導者」なのさ。毎日「寿命から逃れられないから、自分の死を素直に受け入れなさい」と檀家さんや世間の人に平気で言うのさ。若と同じ力を持ったら、影響力のあまりの大きさに気が狂う人がいると思うよ。
日本国憲法が「政治と宗教の分離」として、「政治の場で宗教の話をしてはいけない。宗教の場で政治の話をしてはいけない」と決めてくれて、若は助かっているよ。政治も、宗教も、それだけで虜(とりこ)になるぐらいに力が強いのさ。だから一緒になったらコントロールできなくなるよ。人は、コントロールできないくらい大きな力を持つと、必ず自滅するのさ。クルマのレースのF1は時速300キロ以上出るけれど、F1の車体と、経験のあるドライバーと、優秀なスタッフがそばにいて、初めて300キロのスピードをコントロールできるのさ。もしもスクーターに知らないうちにF1のエンジンを積んだら、発進した瞬間に300キロになるから、必ず事故死するよ(これは例え話です。こんなことは絶対にありません)。
同じように、政治(若の場合は経済だけれど釧路市民への影響力)と、宗教を一つにしてしまったら、若は必ず自滅するよ。今は、釧路市の話をする時は仏教の力から解放されて、仏教の話をする時は釧路市民への影響力から解放されるから、心がまともでいられる。憲法のおかげさ。
若者は、強すぎる力を持ったらダメだよ。強すぎる力は、自分を不幸にするだけさ。自分でコントロールできる力でおさえておきなさい。
超能力を持った人と警察の闘いの「SPEC(スペック)」というドラマや映画で、主人公が「この不思議な力を失った時が、人生で一番充実していた」と言ってもう一度、超能力を持つことをイヤがる気持ちが、こんな力さえ無ければこの苦しみは無かったと思う気持ちが、若はよくわかるよ。
2013/11/12
若は疲れているので、今日も休みます。


みなさん、疲れはホッとした時に出てくるよ。
2013/11/11
若は疲れているので、今日も休み。


連絡:自分の借金を返すことで釧路市の財政再建の実験をしたことの疲れが、まだたっぷりたまっていて、弘宣寺の大きな行事がすべて終わってホッとした今になってその疲れが出てきたのだと思います。
だから最近はダラダラして疲れをとっているのは自然なことです。
みなさんも、疲れがたまっている時は、ホッとした時に疲れが出てくるよ。
2013/11/10
開門済:午前9:00頃。閉門予定:午後6:00。
お参り 3件(住職 3件:月参り 3件)

若:休み


その他、午後1時から午後3時。研修会。学校をの先生をやっていて、奥さんの介護を経験した檀家さんが自分の体験を話してくれます。何年か前にもやったので2回目です。どなたでもご自由にご参加ください。


連絡:疲れているので、仕事を休みにしました。


一言:釧路市そのものが若の教え子だから、若は市民同士が争うことはやめてほしいよ。教え子には成長してほしいのさ。だから市民の誰が成長しても若はうれしいよ。教え子同士で争ってほしいと思う先生なんかいないのさ。
市民同士が争って釧路市を衰退させることだけはやめてね。
2013/11/09
若のお参りの反省:お参り出発予定時間に、1時間3分遅れて、檀家さんの約束の時間に遅れた。原因は、寝坊したから。その原因は、夜中の3時過ぎに寝たから。解決策として、夜10時に寝て、朝5時に起きて、シャワーを浴びて、朝食を食べて、いつでもお参りに行ける状態で朝7時の仕事開始をむかえたい。

今日のお参りの内容は、「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「お葬式の時は、みんなの前に出るので本当に緊張します。仏教では、『自分が、自分がという、我(が)を捨てなさい』と教えますが、心の中の我をはっている部分だけ緊張します。『お坊さんなのだから仏教にまかせればいいんだ』と思える心の部分は、何も緊張しません。我をはるとその部分の心が硬くなるので、硬いからダメージを受けます。おそば屋さんには『のれん』というものがありますが、前から押しても、後ろから押しても、のれんはその方向に力を流すだけで何もダメージを受けません。私は『我を捨てる』とは、のれんのような心の状態になって、前から来ても後ろから来ても『そうだね』とその方向に力を流すだけで、決してこらえたりガマンしたりしないやり方ではないかと思いました。のれんのような気持ちでやるとは、緊張している時に無理に緊張をおさえないで、緊張している自分をそのまま認めて受け入れることだと思いました。緊張している時に心が揺(ゆ)れるのは、揺れることで緊張感やプレッシャーを逃すからです。だから緊張やプレッシャーが無くなると逃す必要が無くなるので、自然に心の揺れがおさまります。だから緊張している時は、そのまま自分を緊張させておくほうが良いと思いました。それが自然な姿なのだと思いました。『自分が、自分がという、我を捨てる』ということは、自分を演じたり無理をするのでは無くて、そのままの自分を受け入れることだと思いました」という話と、

「仏教では、『嫉妬をすると苦しいだけだから、嫉妬してはダメだ』と教えます。落語家の立川談志は、他の落語家に嫉妬している弟子に、『相手の欠点を攻撃して自分のレベルまで下げることを嫉妬というんだ。本当ならば、相手に並んで、追い抜いていくために行動すればそれで解決するのけれど、人間はなかなかそれができない。嫉妬しているほうが楽だからだ。しかし、そんなことでは状況は何も変わらない。時代が悪いとか、世の中がおかしいと言う前に、どうしてそんなに差がついたのかの原因を調べて行動しなさい』と言いました。自分よりも相手が優秀ならば『悔しい』と思うのは自然な気持ちです。そこで自分を磨いて成長するならば、相手の存在は自分にとってプラスになります。『競争が成長のために必要だ』というのはそういう考えです。しかし、相手を引きずり下ろすことだけをがんばっていると、うまくいっても自分には何もプラスにならないので、満足しません。仏教では『嫉妬をする相手の存在が自分を苦しめるのでは無いよ。嫉妬をする気持ちが自分自身を苦しめるんだよ。だから嫉妬の気持ちを捨てれば、苦しみも無くなるよ』と教えます。だから私は、自分よりも優秀な人を見たら、素直に相手の良さを認めて、それを自分自身に活かして成長していきたいと思いました」という話をしました。


一言:若に批判をしたい人に、批判のしかたを教えます。
まず、「問題を問題にすること」は、とても正しい。必ず成り立ちます。「問題だから、直してほしい。謝ってほしい」は、どう考えても筋が通っているので必ず成り立ちます。しかし、よくあるパターンですが、問題があるからといって「相手の存在を否定する」ことはダメです。いくら問題があろうが、自分の存在を否定されて認める人なんか世界に一人もいないからです。何があろうと、相手の存在を否定してはいけません。だから自分の言っていることが成り立ちません。次に、「相手の存在は否定しないが、良いことまで否定する」こともダメです。すべてを否定したくなりますが、そうなると必ず相手は「自分にはこんなに良いところがあるよ。こんなに結果も出ているよ」と言われるので、これは本当なので成り立ちません。そして、「ただ欠点だというだけで、問題に関係無い欠点まで文句を言う」こともダメです。「人間ならば欠点があって当たり前だろう」と言われて終わりです。成り立ちません。次に、「相手の問題を、権力争いに利用したり、嫉妬の気持ちや、もともとキライだからなどの『問題に関係無い、ただの自分の気持ち』まで入れて攻撃する」こともダメです。相手も、それを聞いている人も「最初は正しいことを言ってたのに、だんだんおかしくなるな」と思うので、成り立ちません。
問題を問題だと言いたいのは、批判をしたいのは人間だから自然な気持ちです。それを聞いている人も共感するし、言われた本人だって認めるでしょう。しかし、関係無いことまで入れると変な方向に話が進んで成り立たなくなります。「問題を問題だと言うだけ」で終われば、自分の気持ちを認められてスッキリするのに、関係無いことを入れたせいで「問題だと言ったことそのもの」が成り立たなくなって、不満がたまるだけです。
わかりやすく言いますが、釧路市の中で若に問題があった場合は、「問題を問題だ」と批判することだけで終われば、市民もみんな「そうだね」と共感するし、若も「そうだね」と言います。若は「問題を問題だと言うこと」はいくらでも許します。しかし、若の存在を否定したり、若のすべてが通用しないというと、「誰のおかげでここまで将来が明るくなったと思うのよ。若がいないと景気の悪くなるスピードが速くなるぞ。試しに引っ越してみるか」とたぶん若は言うと思うので、そうなると市民も「何を余計なことを」と言うと思うので(景気の悪くなるスピードが速くなったら困るので)、自分としてはただ「若に問題があるから謝ってほしい、直してほしい」という純粋な気持ちだったのに、まるで「釧路市そのものの足を引っぱっている」ように見えます。誰も共感しません。「若の問題を問題にすることだけ」で終われば、「そのとおりだ」とみんなも共感してくれて、「そのとおりだよ」と若にも言ってもらえるので、満足するよ。
ということです。


一言:これは日本では無くて、どこか他の国の話ですが、12月の選挙に大勝して、7月の選挙にも大勝した政党があるのですが、そろそろ思い上がった心が見えてきたような気がします。 こんなに勝てたのは、ライバルの政党が増税の決定をしたからで、その国の国民は、戦争をすることと、国の借金を返すことを絶対に許さないので、国の借金のために増税をしたライバルは選挙でボロボロにされましたが、そのおかげでたまたま2回も大勝しただけなのに、「自分の中身で選ばれた」と思ったらダメだよ。
国民に「選挙で勝ちすぎたのか」と言われたら、次の選挙は負けるよ。そう言われる前に、思い上がった心を無くしたほうがいいよ。敵は、ライバルの政党では無いよ。自分の思い上がった心さ。自分との闘いだよ。
(これは日本の国の話では無いので、日本国憲法の「政治と宗教の分離」には違反しないと思います。もしも日本の自民党が「2回の選挙に大勝したから思い上がっているよ」と言えば、若は憲法違反になりますが、野党の寂しさを経験した自民党は、選挙に大勝したぐらいで思い上がるわけが無いし、「思い上がっているよ」と言った瞬間に次の選挙の負けがほぼ決まるので、だから日本の話ではありません)


一言:若は釧路市の発展に弘宣寺を使ったことは一度も無いよ。若と、釧路市民でがんばってきたのさ。だから憲法の「政治と宗教の分離」には違反しないよ。若は「弘宣寺の代表」としてやっているのではなく、「一人の市民」としてやっているのさ。だから憲法違反では無いよ。憲法を守るからといって、釧路市の発展をがんばらないのでは無くて、憲法を守るからこそ、弘宣寺を使わないで、「一人の市民」として、釧路市民と一緒にやっていくのさ。
弘宣寺も、憲法の「政治と宗教の分離」を守れば、政治や選挙がどんな状況になっても、弘宣寺はいつも無傷だよ。だって関係無いんだから。何か政治や選挙の争いに巻き込まれそうになったら、「若から憲法の政治と宗教の分離を守れと何回も言われているので、弘宣寺は政治とも選挙ともまったく関係ありません」と言えば、弘宣寺はいつも無傷だよ。穏やかに仏教を、供養をできるよ。
2013/11/09
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後8:30頃。
お参り 7件(住職 3件:法事 2件。月参り 1件) (若 4件:月参り 4件。午前10:33終了済。午後1:37終了済。午前9:30出発予定。午後1:10終了予定)


今日の若の予定

午前10:10 起床(5時予定)


午前10:10開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。携帯をマナーモードにする(済)。自分もまわりの人も生きていることに感謝をする(済)。
10:01開始済 お参り出発の準備
10:33出発済 お参り出発。昼食。
午後1:37終了済 お参り終了
1:45開始済 休憩
2:02開始済 お参りの反省(済)
3:07開始済 休憩(お参りの時に母親と30分くらいソバを食べたので残りの30分を休憩にします)
3:37開始済 夕食
5:06開始済 弘宣寺全体の日次決算(31分遅刻)(済)
7:03開始済 会計の反省(済)
7:11開始済 明日の予定を作る(済)
9:13終了済 仕事終了


一言:思い上がるというのは、わざわざイバることではないよ。勝ったり、成功したり、立場が上がったりすると、知らないうちにエラくなっているのさ。若は、釧路市の中でも、弘宣寺の中でもイバらないように気をつけているけれど、京都の比叡山(ひえいざん)に行った時に、比叡山の新聞に肩書の立派なお坊さんが「これから学んでいく立場です」と書いてあって、「すごい」と思って、その瞬間に「自分がどれだけイバっていたのか」が初めてわかったのさ。
その時に、それまで原因がわからないのに文句を言われていたことの理由が「自分でも知らないうちにイバっていたことか」と初めてわかったのさ。自分ではイバっているつもりが無かったから、本当にわからなかった。
みなさんも、イバることの本当の恐ろしさは、「自分でも知らないうちにイバるようになるから、イバっていることが原因で失敗しても自分ではわからないこと」だと思ってね。



一言:「批判」と「攻撃」は違うよ。批判とは、「問題があるから直してね」と言うこと。だから批判すればするほど状況は良くなる。
しかし、攻撃とは相手を傷つけるだけ。何も生まれない。若は「批判はいくらでも許すよ」と言うが、「攻撃を許す」と言ったことは1回も無い。当たり前だろう。攻撃されたら自分を守らなければならない。
「批判」と「攻撃」を間違える人はたくさんいて、批判される側になると「攻撃されている」と勘違いしたり、批判する側になると「相手を攻撃して引きずり下ろそう」とする。国会議員がこれをよく勘違いして、安倍総理が前に総理大臣をやった時に「消えた年金」の問題が出てきたが、民主党は批判で大活躍したが、なぜか民主党では「安倍総理の支持を減らして大成功だった」と思う人がいた。本当は「年金が消えるという、ありえない問題を総理大臣が真剣に解決しようとしてくれて良かった。民主党はそれに貢献できて良かった」と思わなければならないのさ。こういう部分も民主党が総理大臣を出した時に「今までは、国の失敗を攻撃したら仕事をしているように見えたけれど、自分たちから総理大臣を出したら国を攻撃できない。何もできなくなった」となって、民主党の長妻さんは年金の問題で安倍総理を攻撃しまくったから、民主党から総理大臣を出したら長妻さんを活躍させたら自分たちが攻撃されるので、長妻さんの出番が無くなった。民主党が、長妻さんが、攻撃ではなく、批判をしていたら、批判をすればするほど状況が良くなるので、「民主党から総理大臣を出したからこそ、長妻は批判をがんばってくれ」と言うはずだが、長妻さんの出番があったらマズイと思ったということは、攻撃をしていただけだったと行動で証明してしまった。
「批判」と「攻撃」は違うとわかってね。
(民主党を攻撃しているのではなく、批判と攻撃を間違えた一つの例として民主党の話をしました。政治的な話ではありません)


若の今日の会計ミス:ありません。


若の会計の改善:準備作業で、26分。1分で終われるので、25分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、15分。10分で終われるので、5分の無駄。
門信徒会会計で、会費の集計で、19分。4分で終われるので、15分の無駄。預金の確認で、2分。1分で終われるので、1分の無駄。現金の計算で、7分。5分で終われるので、2分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、3分。1分で終われるので、2分の無駄。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、7分。1分で終われるので、6分の無駄。門信徒会会計全体で、38分。12分で終われるので、26分の無駄。
寺院会計で、お布施の帳簿入力で、14分。3分で終われるので、11分の無駄。預金の確認で、2分。1分で終われるので、1分の無駄。現金の計算で、8分。5分で終われるので、3分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、6分。1分で終われるので、5分の無駄。データーバックアップで、3分。1分で終われるので、2分の無駄。寺院会計全体で、33分。11分で終われるので、22分の無駄。
後片付けで、5分。3分で終われるので、2分の無駄。
今日の会計全体で、1時間57分。37分で終われるので、1時間20分の無駄。


一言:中国は、30年以上も前は「貧乏な国の代表」だった。そこで中国のリーダーが「アメリカやヨーロッパから学んで中国の貧しさを助けたい」と思って、中国の若者を海外に留学させて育てた。外国で学んだ若者がどんどん帰って、学んだことを中国の発展に活かした。だから中国は、フランスを抜いて、イギリスを抜いて、ドイツを抜いて、日本を抜いて、世界で2番目に豊かな国になった。
釧路市が今まで何十年も不景気だったのは、「先輩を超えるな」と言ってきたから。後輩は素直に聞いて、さらに後輩に「先輩を超える」と自分が言われたことをそのまま言うので、代替わりするごとに釧路市は弱っていった。定年になって年金をもらっている人が、現役で働いている人を見て「自分のほうが優秀だ」と思うのが、今までの釧路市だ。だから何十年も衰退してきた。
だからこれからは中国を見習って、若者に「先輩を超えなさい」と言ってどんどん育てたら、若くなるほど優秀になるから、代替わりするごとに釧路市は強くなって成長するよ。
だから釧路市民みんなで「若者を育てる立場」になろう。若者が育って釧路市が成長したら、市民みんなの手柄だし、好景気になって市民全員の生活にプラスだよ。
2013/11/08
若のお参りの反省:お参り出発予定時間に、15分遅れた。今日は仕事開始予定時間には間に合わなかったけれど、お参り出発予定時間には少しの遅れですんだので、檀家さんの約束の時間は守れた。やっぱり時間の約束を守ったほうが気持ちが良いので、檀家さんも助かるので、毎日ちゃんと朝5時に起きて、シャワーを浴びて、朝食を食べて、いつでもお参りに行ける状態で朝7時の仕事開始をむかえたい。

今日のお参りの内容は、「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「お葬式の時は、みんなの前に出るので本当に緊張します。仏教では、『自分が、自分がという、我(が)を捨てなさい』と教えますが、心の中の我をはっている部分だけ緊張します。『お坊さんなのだから仏教にまかせればいいんだ』と思える心の部分は、何も緊張しません。我をはるとその部分の心が硬くなるので、硬いからダメージを受けます。おそば屋さんには『のれん』というものがありますが、前から押しても、後ろから押しても、のれんはその方向に力を流すだけで何もダメージを受けません。私は『我を捨てる』とは、のれんのような心の状態になって、前から来ても後ろから来ても『そうだね』とその方向に力を流すだけで、決してこらえたりガマンしたりしないやり方ではないかと思いました。のれんのような気持ちでやるとは、緊張している時に無理に緊張をおさえないで、緊張している自分をそのまま認めて受け入れることだと思いました。緊張している時に心が揺(ゆ)れるのは、揺れることで緊張感やプレッシャーを逃すからです。だから緊張やプレッシャーが無くなると逃す必要が無くなるので、自然に心の揺れがおさまります。だから緊張している時は、そのまま自分を緊張させておくほうが良いと思いました。それが自然な姿なのだと思いました。『自分が、自分がという、我を捨てる』ということは、自分を演じたり無理をするのでは無くて、そのままの自分を受け入れることだと思いました」という話と、

「今日は、死ぬ苦しみについて話します。仏教を作ったお釈迦さまは、『人間には、悩み、老人になる苦しみ、病気、死ぬ苦しみの、四つの苦しみがあるから、人間ならば逃れることができないから、そのまま受け止めることが苦しみを減らす一番方法だ』と言いました。家族の死は、本当にツライとお釈迦さまも認めています。その苦しさを、数字で100とするならば、素直に受け止めれば100だけ苦しめば、苦しみは終わります。しかし、新聞を見れば毎日お通夜やお葬式の死亡広告が載っているのに、それでも『自分の家族だけが死ぬんだ』と思ったり、呪いやタタリや普段の行いが悪いから死んだのだと思うと、もともと100もあった苦しみが、300にも、500にも増えます。『そもそも、人が死ぬなんて認めない、許せない』と思うならば、人間の歴史では、今まで生まれてきた人はすべて死んでいるので、とんでもないところに不満を持つことになるので、苦しみが1000にも、2000にも増えます。お釈迦さまはそれを『無駄な苦しみだ』と言いました。お釈迦さまは、『苦しみは少なければ少ないほうがいいから、家族の死はそのまま受け止めれば100だけ苦しめば苦しみは終わるから、それ以上は苦しむ必要が無いんだ』と言いました。だから私は、家族の誰も死んではいませんが、もしも死んでも、そのまま素直に受け止めたいと思いました」という話をしました。

一言:釧路市民は、若の言う経済の方向について来たくなかったらついてこなくてもいいよ。選ぶ自由が市民にはあるよ。今のところ、若の言う方向が一番景気が良くなる可能性が高いというだけだよ。若は釧路市の中で競争するのでは無くて、釧路市の外と競争してお金と仕事を持ってきて釧路市を好景気にする立場さ。
もしも市民が若の言う経済の方向についてこなくて今より悪い結果になると、釧路市の景気の悪くなるスピードが速くなるから、それは市民の自己責任だよ。逆に、好景気になる可能性もあるけどね。そうなったら市民の手柄だよ。


一言:若に欠点や問題点があるたびに、皮肉なことに経済の能力が光り輝くのさ。代わりをできる人が誰もいないからさ。若より経済の勉強をして、いつでも若の代わりができるようになりなさい。そうしたら若が急にいなくなっても釧路市は何も困らないから。
で、若が釧路市の発展についてがんばる時は、バックに弘宣寺のがついているから強いのでは無くて、バックに釧路市民がついているから圧倒的に強いのです。だって釧路市の景気が良くなるためにがんばりたいと言っているから。勉強不足だけれど、少しは勉強して市民に教えて育てているから。若の圧倒的な強さは、若の力では無く、市民の力です。


一言:自分の街が景気が良くなるとか、景気が悪くなるということがよくわからない人のために、やさしく説明します。自分の街の全体のお金が増えたら好景気、減ったら不景気です。釧路市は何十年も不景気なので、何十年も釧路市全体のお金が減り続けているということです。わかりやすく言うと、炭鉱が無くなり、魚もとれなくなったので、釧路市の外から入ってくるお金が減っているのです。
「街の全体のお金」なので、誰が稼いでもお金が増えます。釧路市の中で物を売ったり買ったりするのは、釧路市の経済を活発にすることではとても効果があります。血の流れが悪いと病気になりますが、血の流れが良いと健康になるように、経済もお金の流れが良くなると経済がイキイキします。しかし釧路市の中でお金が動いているだけなので、一人一人を見れば儲かった人も、損した人もいますが、釧路市全体のお金は何も増えません。だからまったく好景気になりません。好景気にするためには釧路市全体のお金を増やさなければならないので、そのためには「釧路市の会社の商品を釧路市の外に売ること」と、「観光客を釧路市の外から引っぱってくること」の2つです。やればやるほど釧路市全体のお金が増えます。この増えた分から、釧路市からお金が減っている部分を引いて、プラスになったらお金が増えているということなので「景気が良くなった」。プラスマイナスゼロなら「現状維持(今までと同じ)」。マイナスなら「景気が悪くなった」ということです。
やさしく説明すると、こういうことです。


一言:ジェトロの年会費が73,500円と聞くと「借金なんかしてなかったんじゃないのか。財政再建の実験はウソだったのか」と思う人がいるかもしれませんが、7月末で借金が終わって、8月は東京に旅行に行ったので貯金ができず、9月と10月で73,500円を貯めて、年会費を支払いました。ジェトロは4年目くらいなので毎年この時期に支払いがあるだろうとわかっていたし、借金を返していた時は月に25万円の給料だけれど毎月10万円以上を返していたので、2ヶ月で73,500円を貯めるのは若にとってはそんなにたいへんでは無いんですよ。
「年会費が73,500円」ということに驚く人もいるかもしれないけれど、これは「自分への投資(とうし)」なんですよ。わかりやすく言うと、勉強して自分を磨くためにお金を使うことは、将来に必ず自分にプラスになって返ってくるんですよ。「将来に必ず払った以上に見返りをもらうためにお金を使うこと」を投資というんですよ。だから毎年の73,500円はムダになるのでは無く、会員になって4年ぐらいなので、4年分で294,000円を使っているから、必ずそれ以上の見返りがあるんですよ。外国に商品を売るための具体的な知識は、北海道新聞にも、日本経済新聞にも載っていないので、ジェトロから学ぶしか無いんですよ。そのための73,500円なので、若はムダでは無く、とても満足して払っています。ただ「ジェトロに入っている自分にウットリ」している部分もあって勉強不足なので、もっとジェトロから勉強したいと思っています。
ジェトロ以外にも、若は「政治家や、大会社の社長や、有名な大学の先生」などの、日本を代表する人たちが講演(こうえん。お話をしてくれること)のCDを聴ける「パワーレクチャー」という会にも入っているんですよ(名前は怪しいですが、まともな団体です)。毎週CDが届いて、1時間30分ぐらいの講演が聴けます。1年間で95,000円かかります(分割払いの場合。一括払いの場合は87,500円)。
このジェトロの73,500円と、CDの講演で、一年間に合計で168,500円を払っているんですよ。高いけれど、だから若の話はおもしろいのさ。ほとんどの人が聞けない話を教えてくれるからさ。これに日本経済新聞は月3,568円なので、一年間で42,816円使っているので、日本経済新聞を読んでいない人は、「さすが若の話はすごいな」と言ってくれるのさ。すべては、勉強しているおかげ、勉強のためにお金を使っているおかげです。これも若の存在感が釧路市で圧倒的な一つの理由です。マネしたい人は、月に25万円の給料なのに、勉強のために一年間に20万円以上も使っていることをマネしなさい。自分にも同じ結果が出るよ(若はさらに仏教を学んでいるから、ジェトロと、CDの講演と、日本経済新聞だけから学んでいたら追いつけませんが)。
2013/11/08
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後7:50頃。
お参り 9件(住職 4件:七日参り 2件。法事 1件。月参り 1件) (若 5件:月参り 5件。午前9:55出発済。午後12:23終了済。午前9:40出発予定。午後2:00終了予定)


今日の若の予定

午前6:58 起床(5時予定)


午前7:40開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。携帯をマナーモードにする(済)。すべてのものはいつも移り変わるから自分から変わる(済)。自分がどれだけ小さな存在かを知る(済)。自分は学ぶ立場だと気づく(済)。失敗から学ぶ(済)。宗教にハマっていないか気をつける(済)。相手をあるがままに受け入れる(済)。あらゆる偏見や思い込みを捨てる(済)。檀家さんのことは何もわからないんだと気づく(済)。敷居をできるだけ低くする(済)。お釈迦さまの教えは本当に真実なのか確かめる(済)。自分もまわりの人も生きていることに感謝をする(済)。
8:04開始済 仏教の勉強(済)
8:29開始済 来年のお参りの予定を作る
9:14開始済 お参り出発の準備
9:55出発済 お参り出発
午後12:23終了済 お参り終了
12:30開始済 お参りの反省(済)
1:40開始済 銀行(済)
2:24開始済 昼食
3:24開始済 夕食。業者への支払い(済)。
4:41開始済 弘宣寺全体の日次決算(17分遅刻)(済)
7:03開始済 会計の反省(済)
7:10開始済 明日の予定を作る(済)
8:31終了済 仕事終了


一言:昨日、ジェトロの年会費が73500円と書いたけど、若は自分の借金を返すことで財政再建の実験をしたけれど、7月末で終わったから、8月、9月、10月の3ヶ月で73500円を貯めたのさ。年会費の支払いが借金を返し終わってからで助かったよ。借金を返している最中ならば払えなかった。


一言:お坊さんは仏教を作ったお釈迦さまの教えを伝えれば必ず通用するが、「自信」や「経験」や「肩書き」があったり、檀家さんがたくさんいたり、有名なお寺にいると、そのことに心を奪われて一番大切なお釈迦さまの教えを見失うので通用しなくなる。だから何も無いお坊さんほどお釈迦さまの教えしか見えないので通用する。
同じように、釧路市の景気を良くするためには世界の経済の流れについていかなければならないが、釧路市の中で立場や肩書きを持つと、そのことに心を奪われて釧路市の外が見えなくなるので景気が良くできなくなる。若は去年の秋に釧路市のリーダーの競争に参加したが、「景気を良くします」と言えばいつも市民に支持されてきたのに、ボロ負けした。なぜかと思ったが、世界の経済についていくならば釧路市のリーダーの肩書きが無いほうが身軽なのだ。景気を良くしたいならば、やっぱり正しい結果だと思った。何も無いからこそ、「世界の経済についていかなければならない」と思うから、景気を良くする可能性が高くなる。
釧路市を引っぱりたいと思う人は、「今の自分には肩書きも立場も何も無い」と思ったら、だから景気を良くするために一番良いのだと思うべきだ。何も無いからこそ、世界の経済にくっついていくしかない。だから自分が景気を良くできる可能性が高くなる。何も無いからこそ大切なものが見えると言うことを忘れたらダメだよ。


若の失敗から学ぶ:今日はなぜか、心も体も軽くなったので早起きできた。今まではいろんな「しがらみ」に縛られていたのかと思った。今日の日本経済新聞に「日立と、東芝と、ソニーの液晶を作っている部門は、儲からないので3つをまとめて『ジャパンディスプレイ』という一つの会社にしたが、最初の頃は『儲からない部門ばかりの集まりだ』と言われたが、今では世界で一番売れるようになった。理由は、日立や東芝やソニーとの『しがらみ』を無くしたからだ。だから自由に作れて、スピードも速くなった」と書いてあった。若もいろんなしがらみをドンドン無くしていって、自由でスピードの速い自分になりたい。


お釈迦さまの教えは本当に真実なのか確かめる:お釈迦さまは、「すべてのものはいつも移り変わって、それは誰にも止められない。だから自分で自分を変え続けることが苦しみを減らす方法だ」と言いましたが、これは「昨日どんなにがんばっても、今日やるべきことをやらないと苦しくなる。だから今日やるべきことをやれば楽だ」ということだと思うので、お釈迦さまの教えは真実だと思います。だから私も、今日やるべきことをいつもがんばっていきたい。
今日も通用したいので、昨日までお釈迦さまの教えを根拠にして通用したことをすべて忘れます。
今日もお坊さんとしての根拠をお釈迦さまの教えにします。


一言:「昔は良かった」とか「昔はこれで通用したんだ」と思う人は、若者を育てる側にまわりなさい。いつまでも第一線にしがみつくよりも、若者の負担が減る。若者が身軽に動けるようになるよ。


インドのお経の本から(ブッダのことば。岩波文庫):「弱い人にも、強い人にも、あらゆる人にやさしくしなさい」(207ページ。読みやすいように少し文章を変えています。意味は、弱い人も人間、強い人も人間だから、どちらかにだけやさしくするのではなく、すべての人にやさしくしなさいと教えているのだと思います)


岩波仏教辞典から:仏教は日本人のものの考え方にものすごい影響を与えているので、「竹取物語(たけとりものがたり。かぐや姫の話)」や、「源氏物語(げんじものがたり)」や、「平家物語(へいけものがたり)」や、「今昔物語集(こんじゃくものがたりしゅう)」は、仏教の影響を受けている。昔に作られたもので仏教の影響をまったく受けていない作品はありえない。


一言:釧路市を引っ張りたい人は、釧路市民からどう見られるかよりも、釧路市の外からどう見られるかを気にしたほうがいい。釧路市の外から認められないとお金が入ってこないので景気が良くならない。
釧路市の外から自分たちはどう見えるのかをいつも大切にしなさい。


一言:釧路市民へ。若が市民に言うことは、本当なのかどうかじっくり考えなさい。ニュートンの「物は必ず上から下に落ちる」というのも、仏教を作ったお釈迦さまの「寿命の無い人はいないよ」というのも、どれだけジックリ考えても本当だとしか思えないのさ。それが本当に正しいということなのさ。
だから「若が言ったから」と無条件に正しいと思わずに、ジックリ考えるクセをつけなさい。そうすればダマされることも無いし、若が正しいことを言ったらそれをよく理解できるようになるよ。


一言:釧路市民へ。若が市民に言うことは、本当なのかどうかじっくり考えなさい。ニュートンの「物は必ず上から下に落ちる」というのも、仏教を作ったお釈迦さまの「寿命の無い人はいないよ」というのも、どれだけジックリ考えても本当だとしか思えないのさ。それが本当に正しいということなのさ。
だから「若が言ったから」と無条件に正しいと思わずに、ジックリ考えるクセをつけなさい。そうすればダマされることも無いし、若が正しいことを言ったらそれをよく理解できるようになるよ。


一言:若が釧路市民に言ったことをジックリと考えたら、「そのことが本当に正しいかどうか」と、「若が何のために市民に言ったのか」がわかる。
ジックリ考えて本当ではないと思ったら、それは本当ではない。「本当だと思えないから信じない」でいい。ただしウソだと決めつけるのは、客観的な証拠が無いと無理だよ。
ジックリ考えるとだんだんと「根の部分」に来るから、何のためにそれを言ったのかがわかってくる。本当に釧路市の発展のためなのか、若の立場を守るためなのか、3年後の釧路市のリーダーの競争の票のためなのか、それがわかってくる。
ジックリ考えて、本当に正しいと思ったら、信じたらいい。
本当に釧路市の発展のために言ったと思ったら、若の行動をジッと見ていたらいい。釧路市の発展のために必ず自分で行動するから、具体的にどうすればいいかがわかる。自分の立場を守るために言ったのならば、自分の評判が上がっただけで満足するから絶対に行動しない。
ジックリと考えることは大切だ。


若の今日の会計ミス:ありません。


若の会計の改善:準備作業で、18分。1分で終われるので、17分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、16分。10分で終われるので、6分の無駄。
門信徒会会計で、領収証の貼り付けと帳簿入力で、18分。5分で終われるので、13分の無駄。会費の集計で、12分。4分で終われるので、8分の無駄。預金の確認で、22分。8分で終われるので、14分の無駄。現金の計算で、5分。無駄なし。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、3分。1分で終われるので、2分の無駄。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、6分。1分で終われるので、5分の無駄。門信徒会会計全体で、1時間6分。24分で終われるので、42分の無駄。
寺院会計で、領収証の貼り付けと帳簿入力で、8分。3分で終われるので、5分の無駄。お布施の帳簿入力で、11分。3分で終われるので、8分の無駄。預金の確認で、3分。2分で終われるので、1分の無駄。現金の計算で、7分。5分で終われるので、2分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、5分。1分で終われるので、4分の無駄。データーバックアップで、2分。1分で終われるので、1分の無駄。寺院会計全体で、36分。15分で終われるので、21分の無駄。
後片付けで、6分。3分で終われるので、3分の無駄。
今日の会計全体で、2時間22分。53分で終われるので、1時間29分の無駄。
2013/11/07
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後6:00頃。
お参り 5件(住職 2件:月参り 2件) (若 3件:月参り 3件。午後1:39出発済。午後3:30終了済。午前10:00出発予定。午後1:50終了予定。午後4:55出発予定。午後5:50終了予定)


今日の若の予定

午後12:13 起床(5時予定)


午後12:25開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。携帯をマナーモードにする(済)。自分もまわりの人も生きていることに感謝をする(済)。
12:27開始済 お参り出発の準備
1:39出発済 お参り出発
3:30終了済 お参り終了
3:35開始済 業者に支払いと打ち合わせ
4:04開始済 弘宣寺だより11月号の若の担当を配る(29件全部済)
5:09開始済 お参りの反省(済)
5:54開始済 夕食
6:59開始済 弘宣寺全体の日次決算(5分遅刻)(済)
8:54開始済 会計の反省(済)
9:00開始済 明日の予定を作る(済)
10:02終了済 仕事終了


一言:弘宣寺へ一言。若よりも、仏教を作ったお釈迦さまのほうがはるかにすごいから、弘宣寺はお釈迦さまについて行ってね。


一言:釧路市民は、若について来るのではなく、若の言う方向に経済は進みなさい。日本経済新聞を読んで、東京や、アジアの発展について行きなさい。日本国憲法に「宗教の自由」とあるから、どんな宗教でも、無宗教でも、市民の生活に何の代わりも無いよ。


一言:釧路市の中で若と同じくらいの影響力がほしければ、釧路市の景気を良くしたいと本気で思って勉強しなさい。釧路市民は何十年も不景気に苦しんでいるから、景気を良くしたいと言ったら必ず心に響いて本気で期待する。行動がともなえばさらに期待が増える。
誰か一人でも、マグレでもいいからうまくいったら好景気になる。どんどん景気を良くするためにがんばって、たくさんの人が期待されなさい。


若のお参りの反省:お参り出発予定時間に、3時間39分遅れて、檀家さんの約束の時間に遅れた。原因は、寝坊したから。その原因は、朝の5時頃に寝たから。解決策として、夜10時に寝て、朝5時に起きて、シャワーを浴びて、朝食を食べて、いつでもお参りに行ける状態で朝7時の仕事開始をむかえたい。

今日のお参りの内容は、「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「お葬式の時は、みんなの前に出るので本当に緊張します。仏教では、『自分が、自分がという、我(が)を捨てなさい』と教えますが、心の中の我をはっている部分だけ緊張します。『お坊さんなのだから仏教にまかせればいいんだ』と思える心の部分は、何も緊張しません。我をはるとその部分の心が硬くなるので、硬いからダメージを受けます。おそば屋さんには『のれん』というものがありますが、前から押しても、後ろから押しても、のれんはその方向に力を流すだけで何もダメージを受けません。私は『我を捨てる』とは、のれんのような心の状態になって、前から来ても後ろから来ても『そうだね』とその方向に力を流すだけで、決してこらえたりガマンしたりしないやり方ではないかと思いました。のれんのような気持ちでやるとは、緊張している時に無理に緊張をおさえないで、緊張している自分をそのまま認めて受け入れることだと思いました。緊張している時に心が揺(ゆ)れるのは、揺れることで緊張感やプレッシャーを逃すからです。だから緊張やプレッシャーが無くなると逃す必要が無くなるので、自然に心の揺れがおさまります。だから緊張している時は、そのまま自分を緊張させておくほうが良いと思いました。それが自然な姿なのだと思いました。『自分が、自分がという、我を捨てる』ということは、自分を演じたり無理をするのでは無くて、そのままの自分を受け入れることだと思いました」という話をしました。


一言:釧路市では、誰が引っぱっても必ず若は「経済を強くするにはこうしたほうがいいよ」と教えて育てるので、必ず若の進む方向になる。だから誰が引っぱっても若の教え子になる。そういう立場です。
若の良いところは、自分の学んだ経済の知識を見返りを求めずに教えてあげることと、自分を倒そうとする人や、足を引っぱろうとする人や、嫉妬する人も育てて釧路市の発展のために成長させることです。だから、若の進む方向に釧路市の経済は進んで行くのです。


一言:釧路市を引っぱりたい人は、ジェトロ(日本貿易振興機構)の会員になりなさい。会費は一年間で73,500円です。ジェトロとは「貿易(外国に商品を売ったり、外国から商品を買ったりすること)」をやりたい人たちを助ける組織で、会員になったら毎月ジェトロの作った雑誌を送ってくれたり、ジェトロの作った本を貿易の本を1冊無料でもらえたりします。また、貿易のために「具体的にどんな書類を書いて、どんなことをしなければならないのか。専門用語はどんな意味なのか」を教えてくれる講座も1万円から2万円ぐらいで受けられます(詳しくは自分で確認してください。ちなみに若はこの講座で挫折しまくっています)。
釧路市は、釧路市の会社の商品を外国に売れば景気が良くなる可能性がかなり高くなるので、ジェトロから勉強して、自分が外国に物ものを売れるようになりなさい。商売では、「何を作るのか、何を売るのか」というのと、「現実的にどうやって売るのか」という2つのことが必要ですが、ジェトロからは「現実的に外国に物を売るためにはどうするのか」という方法を学べます。ヒット商品の作り方を教えてくれるわけでは無いので、そこは勘違いしないでください。商品を作るのは自分です。それを売る手助けをジェトロはしてくれるのです。
本気で勉強したかったら、ジェトロの会員になりなさい。若は会員になって4年目くらいです。満足してます。もっと勉強しようと思っています。


若の今日の会計ミス:ありません。


若の会計の改善:準備作業で、12分。1分で終われるので、11分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、12分。10分で終われるので、2分の無駄。
門信徒会会計で、領収証の貼り付けと帳簿入力で、31分。6分で終われるので、25分の無駄。会費の集計で、21分。3分で終われるので、18分の無駄。預金の確認で、1分。無駄なし。現金の計算で、6分。5分で終われるので、1分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、4分。1分で終われるので、3分の無駄。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、7分。1分で終われるので、6分の無駄。門信徒会会計全体で、1時間10分。17分で終われるので、53分の無駄。
寺院会計で、お布施の帳簿入力で、5分。2分で終われるので、3分の無駄。預金の確認で、1分。無駄なし。現金の計算で、9分。5分で終われるので、4分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、2分。1分で終われるので、1分の無駄。データーバックアップで、1分。無駄なし。寺院会計全体で、18分。10分で終われるので、8分の無駄。
後片付けで、3分。無駄なし。
今日の会計全体で、1時間55分。41分で終われるので、1時間14分の無駄。
2013/11/06
連絡:弘宣寺だよりの若の担当地域(星が浦地区29件)は、若がまだ配っていないので11月号が檀家さんに届いていません。明日に必ず届けますので、お待ちください。遅れて本当にすいません。


一言:今日、会計をやっていた時に、お寺の駐車場で若者の大きな話し声がしました。ちょっと前から夜になると若者の大きな話し声が聞こえるので、「大学生や、暴走族かな」と思っていたのですが、暗いから窓から見ても相手が見えません。なので、せっかくだから今日は会いに行きました。「何をやっているの?」と聞いたら、中学生が塾の帰りに息抜きとして友達とおしゃべりをしていただけでした。その時は「声が大きいからけっこう響くんだよね」と言ってお寺に帰ったのですが、すぐに若者も帰りましたが、お寺に帰ってから「こんな遅い時間(夜10時ぐらい)まで塾で勉強していたらたいへんだよな。おしゃべりして息抜きをしたい気持ちもわかるな」と思いました。若は言葉がつっかかるので話すと何を言っているかわからないから会話が苦手なので何も言えませんでしたが、「声をもっと小さくしてくれたらおしゃべりしていてもいいよ」と言ってあげたら良かったと後悔しました。
今日、弘宣寺の駐車場で夜におしゃべりをしていた中学生たち。夜遅くまで塾で勉強してたいへんだから、息抜きは、リラックスするのはとっても大切だから、これからも弘宣寺の駐車場で夜におしゃべりをしていてもいいから、あんまり大きな声で話さないでね。大きな声じゃなければ、これから何回もおしゃべりしていていいよ。がんばることも大切だけど、がんばったからこそリラックスすることも大切だよ。


一言:釧路市を引っぱりたい人たちは、嫉妬というものがどういうものか教えてあげるよ。若は「将来が真っ暗だった釧路市を、将来が少し明るくなるまで育てた」と言いますが、嫉妬して「釧路市にはそうそうたる人たちがいるのに、あんなに若い者に何ができるのか」とか、「あいつは後輩のくせに生意気だ」とか、「自分たちの仲間にいないからあいつを認めない」とか、釧路市の中で階段を上ったり順番待ちをしたりまったくしないことを、先輩後輩の関係にならないことを悪くいわれることがあるのですが、とにかく「ありえないことを言うな」と文句を言われます。これだけを聞いていると、嫉妬だと思わないし、言っている内容ももっともだと思いますが、しかし、若が「財政再建の話」をすると、まったく何も言わなくなります。「そうそうたる人たち」の話も、「先輩後輩関係」の話も、「順番待ちや階段を上る話」も誰もしません。ここで、嫉妬だと気づくのです。
わかりやすくいうと、結果の出たことで正論でいろいろ文句を言ってくるのですが、結果が出ていなくてこれからたいへんな思いをすることでは、その正論を誰も言わないのです。財政再建の話の時に若に「オレ様は先輩だぞ」と言う人は誰もいません。そんなことを言ったら、若と一緒に財政再建の先頭に出されるからです。経済でも、完全に行き詰まっていた昔は同じ状況でした。若を歓迎するだけで、誰も「先輩後輩関係を守れ」などと言う人がいなかった。だから肩書きも経験も若は無いのに、その若の言う方向に進んだのです。しかし少し余裕が出てくると、正論を言い始めるのです。
何が言いたいのかというと、嫉妬をされた時は腹が立ちますが、街を引っぱる立場ならばそれにガマンして平等に接して誰も仲間はずれにしないことが大切ですが、同時に「嫉妬をされたということは、結果が出たと客観的に証明された」と思うべきなのです。人は、結果が出なければ絶対に嫉妬しません。嫉妬するだけのものがあるから嫉妬するのです。中身で判断するのです。だから嫉妬をする人というのは、自分のやった結果を誰よりも中身で判断して認めてくれていると思うべきなのです。
嫉妬は、されて腹が立つのが半分。認められてうれしいのが半分なのです。
ちなみに若に嫉妬する人はたくさんいるけれど、去年の秋の釧路市のリーダーの競争でボロ負けした時に、「アイツは嫉妬する価値がなかったのか」と混乱して、嫉妬していた人たちが自暴自棄になりました。ボロ負けしても若ががんばっているうちにまた市民の支持が戻ってくると、若に嫉妬していた人たちも落ちつきました。自分に嫉妬する人たちは、いつも自分に圧倒的にすごくいてほしいと思うのさ。通用しない姿なんか見たくないのさ。がんばってほしいと思うのは応援している人たちだけでは無いんだと勉強になりました。
2013/11/06
一言:釧路市で権力争いをしている人は、若から出番を奪(うば)いたいようなので、いつでも代わりができるように準備をしなさい。
弘宣寺はお寺なので世襲制(せしゅうせい)だが、北海道は雪が降るので道路の除雪をしなければならないが、若は現場を知らないけれど他人から聞いた話では、雪が降ってから急に会社から呼び出されても都合がつかないから、いつ雪が降ってもいいように会社で待っているのが一番の仕事だと聞いたことがある。雪が降るといつもすぐに除雪できるのは、雪が降るのを会社でずっと待っているからできるらしい。そんな話を聞きました。世襲制もそうさ。住職がいつ死んでも、いつ倒れたり入院してもいいように、「いつでも住職の代わりができる心の状態でずっと待っている」のが世襲制の後継者の仕事さ。例えば、10年先まで絶対に出番が無いなら気が楽なのさ。それまでは何もしなくてもいいからさ。でも、明日にでもすぐに代わりができるように心の準備をしながら、ほとんどのお寺は住職が元気だからいつ自分が住職になれるかわからなくても文句を言わずにずっと待っていなければならないのさ。無限に待つように思えても、でも明日に住職が倒れたり死んだりした時のためにいつでもできる心の準備をして毎日を過ごすのさ。わかりやすくいうと、住職の立場に半分足がかかっている状態で、ずっと待ち続けるのが世襲制の長男の仕事さ。世襲制のお寺ではよく「のほほんとして、やる気が感じられない」と批判されるけれど、のほほんとでもしなければこの状態ではやっていけないということもあるのさ。やる気を出したらツラ過ぎるよ。明日でもすぐにできる心の準備をしながら、永遠に出番が来ないのだから。
で、この世襲制の役目と同じことを、若は釧路市の権力争いをしている人たちにやってほしいのさ。若は、釧路市の経済を引っぱっているけれど、代わりが誰もいないけれど、中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをして警察に捕まる可能性があるし、釧路市にいると「不景気との闘い」と「財政再建」をしなければならないけれど、東京は好景気で借金ゼロだから、不景気とも闘わなくていいし財政再建もしなくていいのでものすごく東京に逃げたがっているのさ。だから8年後の45才で釧路市の第一線から身を引いて自分より若い人に譲(ゆず)るよと言っているけれど、8年後どころか、来年も本当に若がいるかどうかわからないのさ。だからもしも若が釧路市からいなくなったら、権力争いをしている人たちがすぐに若の代わりをやりなさい。願っていた若の出番がもらえるよ。そして、8年後の2021年に若より年下の人たち(今年36才以下の人たち)にその立場を渡しなさい。権力争いをしている人たちの一番の仕事は、若がいなくなったら2021年に若者に譲るまで釧路市の第一線で街を支えることさ。人が育つには10年かかるから、若は一番最初に45才で譲ると言ったのは2021年の12年くらい前だから(だから2009年頃)、それから若の代わりができるようにがんばってもやっぱり2021年までかかるんだよ。だからそれまでになんとか街を支えないとあっという間に景気の悪くなるスピードが速くなるから、がんばって支えてね。
たぶんボロボロになるよ。若は45才で身を引くのは、釧路市のためを思って若者に譲るという気持ちが半分。もう半分は、堂々と逃げるのさ。それぐらいに釧路市を引っぱるのはイヤになるよ。釧路市は30年後に人口が3分の1になるという予想があるんだよ、そんな街なんだよ。たいへんなのさ。
で、いつでも代わりができる心の準備をしながら、若が釧路市にいたらまったく出番が無いから、もしかしたら8年後までに一度も出番が無い可能性もあるのさ。世襲制と同じさ。いつでも代わりができる準備をしながら、永遠に待つのさ。世襲制は最後は必ず住職になれるからいいけれど、若の代わりは一度も無い可能性あるのさ。それでもそういう役目をする人たちは絶対に必要なのさ。来年も、2年後も若が釧路市に絶対にいると自信を持って言える人はあんまりいないんだよ。中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをして警察に捕まるかもしれないし、いきなり東京に引っ越すかもしれないからさ。
そんなツライ役目をやってもいいなら準備をしていなさい。来年からすぐに若の準備ができるように、とりあえず日本経済新聞を毎日読みなさい。それを見たら、若がどんな景色が見えるかわかるよ。日本経済新聞の方向に釧路市の経済を引っぱっていけば、釧路市は好景気になるよ。日本経済新聞には釧路市の会社はまったく出てこないから、札幌の会社もほとんど出てこないから。それが日本の経済さ。釧路市の会社も、札幌の会社も、ほとんどの会社が通用しないのさ。それぐらいに日本の経済はレベルが高くて、スケールでもデカイよ。
ということです。
もしもやってもいいと思うなら、本気で準備をしてね。
2013/11/06
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後10:30頃。
お参り 12件(住職 5件:月参り 4件。葬式 1件) (若 7件:月参り 7件。午後12:36出発済。午後3:56終了済。午後4:09出発済。午後4:50終了済。午前10:00出発予定。午後3:20終了予定)


今日の若の予定

午前11:39 起床(5時予定)


午後12:15開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。携帯をマナーモードにする(済)。自分もまわりの人も生きていることに感謝をする(済)。
12:16開始済 お参り出発の準備
12:36出発済 お参り出発。郵便局でジェトロ(日本貿易振興機構)の年会費を送金する(若の個人の用事)(済)。
午後3:56終了済 お参り終了
4:09出発済 お参り出発
4:50終了済 お参り終了

5:00開始済 休憩
5:04開始済 お参りの反省(済)
5:57開始済 夕食
7:15開始済 弘宣寺全体の日次決算(18分遅刻)(済)
11:01開始済 会計の反省(済)
11:08開始済 明日の予定を作る(済)
1:14終了済 仕事終了


一言:仕事は楽しんでやるとおもしろい。楽しい仕事は無いけれど、楽しんで仕事をすることはいくらでもできる。


一言:将来が真っ暗でどうすることもできなかった釧路市を、若は将来が少し明るくなるまで育てた。それなのに釧路市には若に嫉妬をする人たちがいる。見捨てないで助けてあげたのに、その助けられたことを嫉妬するのだ。これが人間だ。とても自然な気持ちなのだ。だから釧路市を引っぱりたい人は、結果を出せば出すほどそのことを嫉妬されるが、それを「人間だから嫉妬するのはしょうがない」と思って、自分を嫉妬する人も平等に接して仲間はずれにしないことが大切だ。


一言:釧路市民の中には、ついて行くのがたいへんだから、若のレベルを下げたり、釧路市のレベルを下げようとするが、もしもレベルを下げたら釧路市の景気の悪くなるスピードが速くなる。
釧路市は何十年も衰退をしていたから、街が成長したことが無いので、自分を磨(みが)かなくてもついて行けた。しかしこれからは、釧路市を好景気にするために成長し続けるから、自分を磨き続けないと釧路市について行けなくなる。
だから市民には「これからも釧路市は成長し続けて、成長が止まることは無い」とわかってもらいたい。ただし、誰も仲間はずれにしないから誰もおいて行かないから、みんなが無理なくついて来られるようにサポートすることが大切だ。


一言:日本経済新聞にはいつも「過去の成功を引きずらないで、自分で自分を変え続けろ」と書いています。だから日本経済新聞に書いてある方向に進んだら、必ず成長し続けるのさ。


若のお参りの反省:お参り出発予定時間に、2時間36分遅れて、檀家さんの約束の時間に遅れた。原因は、寝坊したから。その原因は、夜中の5時頃に寝たから。解決策として、夜10時に寝て、朝5時に起きて、シャワーを浴びて、朝食を食べて、いつでもお参りに行ける状態で朝7時の仕事開始をむかえたい。

今日のお参りの内容は、「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「仏教では、『嫉妬をすると苦しいだけだから、嫉妬してはダメだ』と教えます。落語家の立川談志は、他の落語家に嫉妬している弟子に、『相手の欠点を攻撃して自分のレベルまで下げることを嫉妬というんだ。本当ならば、相手に並んで、追い抜いていくために行動すればそれで解決するのけれど、人間はなかなかそれができない。嫉妬しているほうが楽だからだ。しかし、そんなことでは状況は何も変わらない。時代が悪いとか、世の中がおかしいと言う前に、どうしてそんなに差がついたのかの原因を調べて行動しなさい』と言いました。自分よりも相手が優秀ならば『悔しい』と思うのは自然な気持ちです。そこで自分を磨いて成長するならば、相手の存在は自分にとってプラスになります。『競争が成長のために必要だ』というのはそういう考えです。しかし、相手を引きずり下ろすことだけをがんばっていると、うまくいっても自分には何もプラスにならないので、満足しません。仏教では『嫉妬をする相手の存在が自分を苦しめるのでは無いよ。嫉妬をする気持ちが自分自身を苦しめるんだよ。だから嫉妬の気持ちを捨てれば、苦しみも無くなるよ』と教えます。だから私は、自分よりも優秀な人を見たら、素直に相手の良さを認めて、それを自分自身に活かして成長していきたいと思いました」という話と、

「仏教を作ったお釈迦さまは、『人間には四つの苦しみがある』と言いました。ひとつめは、生きる悩みです。若者には青春の悩みが、大人には生活や仕事の悩みが、年配の人には年配の人の悩みが、男性には男性の悩みが、女性には女性の悩みがあります。お釈迦さまは『悩みの無い人なんていないんだよ。悩んでないように見えるだけで、みんな悩んでるんだよ』と言いました。二つめは、老人になる苦しみです。年を取って体が動かなくなったり、見た目がどんどん老人になっていくのは、とても自然なことです。お釈迦さまは『みんな平等に老人になるんだよ』と言いました。三つめは、病気の苦しみです。現在、病気の人はそうですが、健康な人もいずれ病気になって苦しみます。お釈迦さまは『病気の苦しみは、みんな経験するんだよ』と言いました。四つめは、死ぬ苦しみです。死の恐怖や、死の苦しみは、みんな平等に経験します。まわりの人の死もそうです。家族や、親戚や、友達を亡くすことはほとんどの人が経験しています。お釈迦さまは、『自分が死ぬ苦しみも、まわりの人が死ぬ苦しみも、みんな経験するんだよ』と言いました。お釈迦さまは、『四つの苦しみは、人間ならば逃れることができないけれど、苦しむ量を減らすことはできる』と言いました。人は苦しいと、『何で自分だけが』と思ったり、苦しむことを『恥ずかしい』とか、『情けない』とか、『損だ』とか思って、苦しんでいる自分を責めたりします。そうすると、苦しみが何倍にも増えます。しかし、『四つの苦しみは人間ならば逃れることができないのだから、みんな経験するんだから、良いことでも悪いことでもなく、とても自然なことだ』と思って、苦しんでいる自分を素直に受け止めれば、苦しむ量もグッと減ります。だから私は、悩みがあっても、老人になっても、病気になっても、死ぬ時も、『良いことでも悪いことでもなく、とても自然なことだ』と素直に受け止めたいと思いました」という話をしました。


一言:若は釧路市民にすごい影響力があるが、それを弘宣寺の影響力にしたらダメだよ。憲法の政治と宗教の分離に違反するよ。欲を出して、「若を思うように動かして、弘宣寺の思いどおりに釧路市を動かそう」なんて思ったらダメだよ。そんなことをしたら若も市民も怒るよ。そうなると、「弘宣寺で若を思いどおりに動かそうとする人」対「若と市民の連合」とのケンカになるよ。しかも弘宣寺の檀家さんはほとんど釧路市民だからみんな「若と市民の連合」の味方になるよ。絶対に負けるよ。だからそうならないように、欲をかいたらダメだよ。
弘宣寺が憲法の「政治と宗教の分離」を守っていたら、政治や選挙がどんな結果になっても無傷だよ。だって弘宣寺は関われないのだから。だから弘宣寺は憲法を守ろうね。若の影響力を絶対に弘宣寺の影響力にしたらダメだよ。


一言:釧路市で権力争いをしている人は、もしも若が釧路市からいなくなったらすぐに代わりをするから、そうなったら市民にものすごい影響力を持つから、絶対に仲間はずれを作ったらダメだよ。影響力がものすごい強いから、自分が誰かを仲間はずれにしたら、市民がマネして仲間はずれにするからさ。その人は、普段の生活に影響が出るよ。だから、自分のことをキライな人も、自分を認めない人も、自分と合わない人も、自分を否定する人も、自分の足を引っぱる人も、自分を敵だと思う人も、無条件で平等に接して、無条件で仲間はずれを作らないのさ。
自分の影響力の強さにビビるようになるから、今から心の準備をしておきなさい。
市長や市議会議員に聞いたら、同じように「自分の影響力にビビっている」と言うと思うよ。街を引っぱるとは、そういうことなのさ。自分の影響力にビビっているぐらいがちょうどいいのさ。そうしたら失敗しないから。


一言:マスコミも、自分の影響力にビビっているぐらいがちょうどいいのさ。報道被害が起きる時は、たぶん自分たちの影響力の恐ろしさを忘れていたからだと、若は思うよ。
自分たちの影響力の恐ろしさにビビりながら仕事をすることが、マスコミの被害を減らすことになると思うよ。


一言:釧路市を引っぱるまでいかなくても、どこの集団でも、リーダーに仲間はずれにされたら本当にツライのさ。リーダーが自分で「私はみんなに尊敬されていないし、ただリーダーというだけで影響力なんか無いよ」と思っても、会社で社長に、学校で先生に、お寺でお坊さんに仲間はずれにされると、相手は本当にショックを受けるのさ。
だから誰も仲間はずれにしたらダメだよ。リーダーになるとは、そういうことさ。


若の今日の会計ミス:ありません。


若の会計の改善:準備作業で、33分。1分で終われるので、32分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、30分。10分で終われるので、20分の無駄。
門信徒会会計で、領収証の貼り付けと帳簿入力で、53分。7分で終われるので、46分の無駄。会費の集計で、25分。6分で終われるので、19分の無駄。預金の確認で、1分。無駄なし。現金の計算で、6分。5分で終われるので、1分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、6分。1分で終われるので、5分の無駄。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、9分。2分で終われるので、7分の無駄。門信徒会会計全体で、1時間40分。22分で終われるので、1時間18分の無駄。
寺院会計で、領収証の貼り付けと帳簿入力で、6分。1分で終われるので、5分の無駄。お布施の帳簿入力で、31分。8分で終われるので、23分の無駄。預金の確認で、2分。1分で終われるので、1分の無駄。現金の計算で、9分。5分で終われるので、4分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、8分。2分で終われるので、6分の無駄。データーバックアップで、1分。無駄なし。寺院会計全体で、57分。18分で終われるので、39分の無駄。
後片付けで、6分。3分で終われるので、3分の無駄。
今日の会計全体で、3時間46分。54分で終われるので、2時間52分の無駄。
2013/11/05
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後11:55。
お参り 7件(住職 4件:月参り 4件) (若 3件:月参り 3件。午後3:10出発済。午後5:02終了済。午前11:30出発予定。午後2:30終了予定)


今日の若の予定

午後2:05 起床(5時予定)


午後2:13開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。携帯をマナーモードにする(済)。自分もまわりの人も生きていることに感謝をする(済)。
2:15開始済 お参り出発の準備
3:10出発済 お参り出発
5:02終了済 お参り終了
5:12開始済 お参りの反省(済)
5:41開始済 夕食
6:41開始済 休憩
7:47開始済 弘宣寺全体の11月4日と11月5日と11月6日と決算(6分遅刻)(済)
11:17開始済 会計の反省(済)
11:21開始済 明日の予定を作る(済)
0:39終了済 仕事終了


一言:最近、若は権力争いに巻き込まれているのさ。で、一時的に若の支持や評判が下がるのだけど、「オレが代わりにやる」と言った瞬間に「若のほうがいい」と市民が思うので、あっさりともとに戻るのさ。だって「若の代わりになったら、学ぶところ何も無い。景気を良くすることも、財政再建もがんばらない」とイバるから、若の代わりができないことが客観的に証明されるのさ。
自分から勉強する人になって、景気を良くすることも、財政再建も自分から先頭になってがんばってくれる人になることを、市民も、若も望んでいるよ。自分に足りないのは、自分を磨く気持ちだけだ。「勉強しろ、自分を磨け」と言われると崩れ落ちるクセは、やめたほうがいい。
若の評判を減らしたり、支持を減らすたびに、自分が普段はいかに若に頼っているか、わかるだけだよ。
自分が若を引っぱっていけるように、がんばりなさい。


若のお参りの反省:お参り出発予定時間に、3時間40分遅れて、檀家さんの約束の時間に遅れた。原因は、寝坊したから。その原因は、夜中の3時半頃に寝たのと、疲れがたまっているから。解決策として、夜10時に寝て、朝5時に起きて、シャワーを浴びて、朝食を食べて、いつでもお参りに行ける状態で朝7時の仕事開始をむかえたい。

11月3日(日)のお参りは、時間が無かったのでお経だけで終わって法話をしなかったが、今日は法話をやった。やっぱり法話をしたほうが満足する。檀家さんにはせっかく檀家になったのだから、仏教の良さを伝えていきたいと思う。

今日のお参りの内容は、「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「仏教では、『嫉妬をすると苦しいだけだから、嫉妬してはダメだ』と教えます。落語家の立川談志は、他の落語家に嫉妬している弟子に、『相手の欠点を攻撃して自分のレベルまで下げることを嫉妬というんだ。本当ならば、相手に並んで、追い抜いていくために行動すればそれで解決するのけれど、人間はなかなかそれができない。嫉妬しているほうが楽だからだ。しかし、そんなことでは状況は何も変わらない。時代が悪いとか、世の中がおかしいと言う前に、どうしてそんなに差がついたのかの原因を調べて行動しなさい』と言いました。自分よりも相手が優秀ならば『悔しい』と思うのは自然な気持ちです。そこで自分を磨いて成長するならば、相手の存在は自分にとってプラスになります。『競争が成長のために必要だ』というのはそういう考えです。しかし、相手を引きずり下ろすことだけをがんばっていると、うまくいっても自分には何もプラスにならないので、満足しません。仏教では『嫉妬をする相手の存在が自分を苦しめるのでは無いよ。嫉妬をする気持ちが自分自身を苦しめるんだよ。だから嫉妬の気持ちを捨てれば、苦しみも無くなるよ』と教えます。だから私は、自分よりも優秀な人を見たら、素直に相手の良さを認めて、それを自分自身に活かして成長していきたいと思いました」という話をしました。


一言:若の足を引っぱって、さらに自分が代わりをしたい人への効果的なやり方のアドバイスです。
若の足を引っぱったことのある人は良くわかると思うけれど、その時は若の評判や支持が下がっても、結局は元(もと)に戻る。これは根強いものがあります。
なぜかというと、若の欠点や問題点はイヤだと思うけれど、「釧路市の景気を良くしたい」とか「釧路市の財政再建をしたい」ということでは、若の代わりをする人がいないからです。市民はたくさんの中からワザワザ若を選ぶのでは無く、若しかいないから若を選んでいるだけです。代わりがいない存在だから「沖縄県のアメリカ軍の基地と同じだ」と言うのです。
なので、まず権力争いで若を倒すのは不可能です。そもそも若は権力を争いをしないで、釧路市の外と競争して景気を良くする立場だからです。だからいくら足を引っぱっても結局は元に戻る。だから若から自分が出番を奪うためには、市民が若を支持している理由の「景気を良くしたい」、「財政再建をしたい」ということで若を攻撃すればいいのです。若の致命的な欠点は何かというと、「釧路市の景気の悪くなるスピードは遅くしているけれど、景気を良くすることはできない」ということです。ここを突けば市民も「そうだよな」と思うのです。これは若へのものすごいダメージになります。市民が「好景気になるためには本当に若についていっていいのか」と思うからです。そこで自分が「私ならばこうやります。こうやったら現実に景気が良くなります」と言えば、いっせいに市民の支持は自分に来るでしょう。
財政再建でもそうです。若が「財政再建はツライから、市民全員の文句を若が一人で受けるよ。文句は好きなだけ言っていいよ」と言った時に、「おまえだけいいカッコをするな。オレも先頭に立って、たった一人で市民全員の文句を受けてやる」と言えば、市民は「若の他にもいたのか」と「若のライバル」として自分を見てくれます。若の代わりができると市民が思わないと、市民は若のライバルだと思いません。そこでさらに「私の財政再建の計画は、もっと市民の負担が少なくて現実的に釧路市の借金を返せますよ」と言えば、財政再建に期待する市民は自分についてきます。
このように、「釧路市の発展に関わること」で若に勝てば、必ず若の指示を自分は奪(うば)えるので、根強い支持も自分のものになります。権力争いをいくらしても、「若の足を引っぱっている人か」としか市民は思いません。
若を超えて、市民のハートをつかんで、釧路市をさらに発展させていくためにがんばってください。あなたの時代は本当に来ますよ。


若の今日の会計ミス:ありません。


若の会計の改善:準備作業で、38分。5分で終われるので、33分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、12分。10分で終われるので、2分の無駄。
門信徒会会計で、領収証の貼り付けと帳簿入力で、24分。9分で終われるので、15分の無駄。会費の集計で、56分。22分で終われるので、34分の無駄。預金の確認で、2分。1分で終われるので、1分の無駄。現金の計算で、8分。5分で終われるので、3分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、13分。6分で終われるので、7分の無駄。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、12分。3分で終われるので、9分の無駄。門信徒会会計全体で、1時間55分。46分で終われるので、1時間9分の無駄。
寺院会計で、お布施の帳簿入力で、25分。7分で終われるので、18分の無駄。預金の確認で、1分。無駄なし。現金の計算で、6分。5分で終われるので、1分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、7分。4分で終われるので、3分の無駄。データーバックアップで、1分。無駄なし。寺院会計全体で、40分。18分で終われるので、22分の無駄。
後片付けで、5分。3分で終われるので、2分の無駄。
今日の会計全体で、3時間30分。1時間22分で終われるので、2時間8分の無駄。
2013/11/04
お参り 7件(住職 7件:月参り 7件)

若:お参り休み
2013/11/03
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後6:55。
お参り 15件(住職 7件:月参り 5件。七日参り 1件。法事 1件) (若 8件:月参り 8件。午後1:39出発済。午後5:18終了済。午前10:00出発予定。午後3:30終了予定)


今日の若の予定

午後12:32 起床(5時予定)


午後12:45開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。携帯をマナーモードにする(済)。自分もまわりの人も生きていることに感謝をする(済)。
12:48開始済 お参り出発の準備
1:39出発済 お参り出発
5:18終了済 お参り終了
5:30開始済 お参りの反省(済)
6:12開始済 明日の予定を作る(済)
7:08終了済 仕事終了


一言:有名人が、お互いに納得してエッチをしたのにそれをバラされた時は、自分が責められることはありません。もしも自分がダメージを受けたら、納得してエッチをしたのに勝手にバラされて攻撃されたので、損害賠償を求めることができるでしょう。
納得してエッチをしたことを攻撃の材料に使うことが許されるならば、誰でも攻撃される可能性があるからです。
問題になるのは、納得してエッチをした自分ではなく、納得してエッチをしたのにそれを使って攻撃した相手だと思います。


連絡:今日は、プロ野球の日本一が決まる試合なので、生中継でテレビを見るために、今日の会計は明日にします。


若のお参りの反省:お参り出発予定時間に、3時間39分遅れて、檀家さんの約束の時間に遅れた。原因は、寝坊したのと、疲れがたまっているから。解決策として、夜10時に寝て、朝5時に起きて、シャワーを浴びて、朝食を食べて、いつでもお参りに行ける状態で朝7時の仕事開始をむかえたい。


今日のお参りの内容は、「お経」。以上。今日は寝坊して時間が無かったので、珍しくすべての檀家さんのお参りをお経だけで終わった。時間が短いので楽だったが、物足りないというか、すごくつまらなく感じだ。もしもこれから毎日お経だけで終わったら、絶対に月参りは行き詰まると思った。若の法話は時間が長いのが欠点だが、法話をするのとしないのとでは満足感が違う。しっかり毎日、法話をやっていこうと思った。


一言:若は東京や札幌に旅行に行くと、「自分は何をするのか」という立場になるが、釧路市に帰ってきた瞬間に「自分が何をするのか」と言うのでは無く、「釧路市が何をするのか」と言うようになる。そういう立場なのだ。だから若は、自分と違う人も、自分と性格が合わない人も、自分のことを否定する人も、自分のことをキラう人も、相手の存在を否定しないで平等に接して、そのままで居心地の良い釧路市を作らないといけない。だから釧路市民18万人の誰も仲間はずれにしない、仲間はずれにしてはいけないのさ。
釧路市を引っぱっていきたいと思う人は、まずは市民全員と平等に接して、一人も仲間はずれを作らない練習をしなさい。市民の一人でも「自分は仲間はずれにされた」と思ったら、リーダーの失敗さ。相手の態度や、「何をやったのか、何をしなかったのか」などの条件をつけないで、無条件で一人も仲間はずれにしないのさ。ゴキゲンはとらなくていいよ。相手の存在を否定しないで受け入れるということさ。
釧路市を引っぱっていく立場になったら、自分に仲間はずれにされるとものすごい普段の生活に悪い影響が出るのさ。そうなったら最悪の場合は釧路市から引っ越すしか無くなるのさ(冗談で無く、そうなるよ)。だから絶対にそんなことをしてはダメなのさ。自分のことを、認めないことも、キラうことも、足を引っぱることも許さなければならないのさ。キューバという国の「カストロ」というリーダーは、アメリカとケンカをしていたので何回も命を狙われたけれど、全部失敗して命が助かった。何年も前にカストロはテレビの番組でこう言っていた。「私は、私のことを殺すと言っている人たちに、住むところを与えて、仕事を与えた。だからその人たちは、私が死んだら住むところも、仕事も失うので、死んでもらっては困るようになった。だからアメリカからお金をもらって『カストロを殺せ』と言われても、『絶対に殺してやる』と言うだけで、行動はしなかった」と。
自分のことを倒したいと思う相手でも、相手の存在を受け入れて、暖かく接したら、そのことを失いたくないと思う。倒したいと言いながらも、倒したら困るようになる。自分のことを倒したいという理由で、相手のことを追い詰めたら、相手は自分のことを倒すしか無くなる。誰も仲間はずれを作らないことは、相手を助けるためでもあり、自分を助けるためでもある。
釧路市を引っぱりたかったら、市民18万人全員の存在をそのまま受け入れる器の大きさを持ちなさい。それが引っぱていくための最低の条件だ。


一言:警察へ一言。釧路市で財政再建をやった時に、市民の心に余裕が無くなって暴動が起きそうになったら、「暴動を起こす人は敵だ」と思ったらダメだよ。たぶん、おさまらないよ。「財政再建の苦しさで心に余裕が無くなっただけの、ただの市民なんだ」と思って、仲間だと思えば、相手にはそれが伝わるから良いと思うよ。敵だと自分が思ったら、相手は人間だから敏感に感じるから、相手も警察のことを敵だと思うよ。警察は日本で一番器が小さいけれど、自分の器を大きくすることも治安を守るために役に立つし、財政再建の時は絶対に必要だよ。


一言:「釧路市民18万人全員に平等に接して仲間はずれを作らない」というのは、相手の言うことを無条件で聞くことでは無いよ。相手のゴキゲンをとることでも無い。相手の存在を否定しないで暖かく受け入れるということだよ。例えば、自分のことを認めてくれない人でも、「認めてくれなくてもいいよ。そのままでも私はあなたに暖かく接するよ」と言うことです。「私のことを認めてくれたら、あなたのことを認めてあげるよ」というのは条件でつけているので、ダメです。無条件で相手の存在を否定しないで受け入れるのが大切です。
で、若は釧路市民全員と平等に接しますが、若は男性なので、恋愛やエッチをするのは女性だけです。こういうのは差別ではありません。「市民の普段の生活で平等に接するよ」ということです。例えば、どこかのラーメン屋でラーメンを食べたら、「若は全員に平等に接すると言うから、自分のラーメン屋にも必ず食べに来てくれる」とどこかのお店の店長が思っても、それはありません。食べたいお店にしか行きません。これを平等にしようとしたら、若は外食はすべてのお店を1軒ずつ行かなければならないし、一つのコンビニで買い物をしたら釧路中のコンビニで買い物しないとならなくなるので現実的ではありません。「市民の普段の生活で平等に接する」、「相手の存在を否定しないで受け入れる」ということです。
ちなみに若はよく「8年後の45才で釧路市の第一線から身を引いて自分より若い人に立場を譲(ゆず)る」と何回も言っていますが、これは「年齢差別か」と若と同じ年の人から年上の人までおもしろくない人がいるのですが、人を育てるのには10年かかるんですよ。定年になった人を今から育てても最低でも70才になるし、50才の人を育てても育った瞬間に定年になるし、40才の人を育てても定年まで10年しか無い。一生懸命に育ててせっかく実がなっても、実がなる期間が短いか、まったくないのです。若者は時間はたっぷりあるので、若より1才下ならば8年後には44才。中学生ならば13才の1年生ならば、21才です。実がなる期間がたっぷりあるので、釧路市全体に見返りが来る期間が長いというだけの理由です。そういうことです。
2013/11/02
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後9:20頃。
お参り 8件(住職 4件:月参り 4件) (若 4件:月参り 4件。午後2:47出発済。午後4:36終了済。午前10:00出発予定。午前11:30終了予定。午後2:15出発予定。午後4:00終了予定)


今日の若の予定

午前7:54 起床(5時予定)(二度寝したら午後1:47に起きました)


午後2:17開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。携帯をマナーモードにする(済)。自分もまわりの人も生きていることに感謝をする(済)。
2:20開始済 お参り出発の準備
2:47出発済 お参り出発
4:36終了済 お参り終了
4:49開始済 お参りの反省(済)
5:29開始済 夕食
6:44開始済 弘宣寺全体の日次決算(15分遅刻)(済)
8:26開始済 会計の反省(済)
8:34開始済 明日の予定を作る(済)
9:26終了済 仕事終了


一言:スポーツの試合では、試合に登録している選手が出てこないと試合が成り立たない。試合放棄になって必ず負けるか失格になる。しかし、試合に登録されていない選手が無理矢理に試合に出ても試合が成り立たない。これも試合放棄になって必ず負けるか失格になる。
自分の出番なのに出てこないと失敗するし、自分の出番では無いのに無理矢理に出ても失敗する。だから自分の出番の時は必ず出て、自分の出番では無い時は必ず引っこんでいることが成功のための絶対の条件だ。
日本国憲法に「政治と宗教の分離」とあるので、弘宣寺は絶対に政治とも選挙とも関われない。出番が無いのだ。若は「一人の市民」として釧路市の発展の話をしているが、いくら若が弘宣寺で働いていても、弘宣寺には出番が無い。憲法で禁止されているからだ。だから弘宣寺が政治や選挙で引っこんでいると何も問題にならない。だから絶対に失敗しない。もしも無理矢理に出番を作ろうと思って関わると、「憲法違反だ」と必ず言われて失敗する。釧路市民にも迷惑がかかるだろう。
自分の出番の時は必ず出て、自分の出番では無い時は必ず引っこんでいることが、成功するために、失敗しないために絶対に必要だ。


一言:警察へ一言。若が3年後の釧路市のリーダーの競争に出たとしても、当選したとしても、弘宣寺は憲法の「政治と宗教の分離」の対象なので、まったく弘宣寺は使えないから、若が警察に財政再建の準備をいろいろお願いしているのに「弘宣寺には、まったく出番が無い」と言うのは、財政再建をする気も無いのに警察をダマしているのでは無く、憲法で禁止されているから弘宣寺は絶対に使え無いからです。
勘違いされたらイヤなので、いちおう伝えました。


一言:今から30年くらい前にアメリカで大統領をしていたレーガンは、「どんなに優秀なエンジンでも、ブレーキのついていないクルマには乗れない」と話した言葉が新聞に載っていた。
若は、独裁者のタイプなので、これがよくわかる。だからナンバー2には「自分にブレーキをかけてくれるキラワレ役」が必要だ。
ちなみに憲法に「政治と宗教の分離」とあるので、若が釧路市のことをする時は、弘宣寺はブレーキ役にもなれません。あくまでも「弘宣寺は関係無い」という立場にならないとダメなのです。


若のお参りの反省:お参り出発予定時間に、4時間47分遅れて、檀家さんの約束の時間に遅れた。原因は、寝坊したから。さらに休みが少ないので疲れがたまっているから。解決策として、夜10時に寝て、朝5時に起きて、シャワーを浴びて、朝食を食べて、いつでもお参りに行ける状態で朝7時の仕事開始をむかえることと、休みをしっかり取って疲れをとりたい。

今日のお参りの内容は、「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「仏教では、『嫉妬をすると苦しいだけだから、嫉妬してはダメだ』と教えます。落語家の立川談志は、他の落語家に嫉妬している弟子に、『相手の欠点を攻撃して自分のレベルまで下げることを嫉妬というんだ。本当ならば、相手に並んで、追い抜いていくために行動すればそれで解決するのけれど、人間はなかなかそれができない。嫉妬しているほうが楽だからだ。しかし、そんなことでは状況は何も変わらない。時代が悪いとか、世の中がおかしいと言う前に、どうしてそんなに差がついたのかの原因を調べて行動しなさい』と言いました。自分よりも相手が優秀ならば『悔しい』と思うのは自然な気持ちです。そこで自分を磨いて成長するならば、相手の存在は自分にとってプラスになります。『競争が成長のために必要だ』というのはそういう考えです。しかし、相手を引きずり下ろすことだけをがんばっていると、うまくいっても自分には何もプラスにならないので、満足しません。仏教では『嫉妬をする相手の存在が自分を苦しめるのでは無いよ。嫉妬をする気持ちが自分自身を苦しめるんだよ。だから嫉妬の気持ちを捨てれば、苦しみも無くなるよ』と教えます。だから私は、自分よりも優秀な人を見たら、素直に相手の良さを認めて、それを自分自身に活かして成長していきたいと思いました」という話をしました。


一言:若の足を引っぱりたい人へのアドバイス。若の欠点や問題点を攻撃して若の評判を下げることに成功することはできます。その時に、そのままにしていればいいのに、「オレが若の代わりをするんだ」というと、若との「中身の勝負」になるので、ここでほとんどの人が自滅します。若より中身のレベルが低いと自分で客観的に証明してしまうからです。だから市民には「若には欠点や問題点がたくさんあるんだな」ということと、「若の中身はすごいんだな」ということだけをおぼえる。若の支持が根強いのも、中身で勝負して負けた人のおかげもあります。市民も、何回も何回もこういう経験をすると、「若の中身はすごい」と強烈におぼえるだけなので、若の足を引っぱりたい人は、ものすごく失敗しているよ。だから、若の欠点や問題点を攻撃して評判を下げたら、絶対に「自分が、自分が」と言ったらダメなのさ。若の足を引っぱるということは中身では絶対に勝てないと自分が一番思うからなので、それなのに「自分と若との中身を比べる状況」に持ち込んだらダメさ。で、さらに若が「不景気との闘いや、財政再建で代わりに先頭に立つのか」と聞くと、相手は一瞬で逃げて行くのさ。ここで「先頭に立ってやる」と言えば、市民も「すごい人がいるぞ」と思うのだけれど、そんなことを言ったら本当に若から財政再建で先頭で一人で市民全員の文句を受ける立場を譲(ゆず)られるので、それだけは言えないのさ。ただたんに、若の影響力を自分もほしかったというだけなのさ。若の代わりをしようとは、まったく思わないのさ。
だから「若の足を引っぱりたいこと」が本当の目的では無くて、「若から出番を奪(うば)いたいこと」が本当の目的ならば、勉強して自分を磨きなさい。若よりも勉強して、若よりも成長しなさい。そうしたら若も自分についてくるよ。若の足を引っぱるのでは無くて、若を中身で追い越そうとしたら成功するよ。ソニーは、韓国のサムスンに足を引っぱられたのでは無いよ。中身で完全に追い抜かれたのさ。若を中身で追い抜いたら、釧路市の景気の良くなる可能性がもっと増えるよ。若も応援しているよ。


一言:若の足を引っぱりたい人で、若の代わりをしようとして失敗した人は、「若の代わりを自分がしようと挑戦したこと」は褒(ほ)めてあげるよ。若はそもそも、中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをしたいからいつ警察に捕まるかわからないし、8年後に45才で釧路市の第一線から身を引いて若よりも年下の人に立場を譲(ゆず)ると言っているけれど、本当に8年後まで釧路市にいてくれたらありがたいと思っている市民がけっこういるのではないかと思うよ。人が育つのには10年かかるから、若者が今すぐ若の代わりをするのは無理だから、もしも若が釧路市からいなくなったらすぐに若の代わりをやって8年後に若者に譲(ゆず)るまで踏ん張るんだよ。そうすれば釧路市の景気の悪くなるスピードも速くならないよ。
頼りにしてるよ。
ちなみに、東京や中国の経済は、若から見たら中身が雲の高さです。化け物だよ。怪物だよ。


一言:釧路市そのものが若の教え子だから、どんな動きも釧路市の発展に結び付けられるよ。何をやっても「教え子が何かをしている」としか思わないからさ。

若の今日の会計ミス:ありません。


若の会計の改善:準備作業で、23分。1分で終われるので、22分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、15分。10分で終われるので、5分の無駄。
門信徒会会計で、会費の集計で、13分。5分で終われるので、8分の無駄。預金の確認で、1分。無駄なし。現金の計算で、7分。5分で終われるので、2分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、2分。1分で終われるので、1分の無駄。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、8分。1分で終われるので、7分の無駄。門信徒会会計全体で、31分。13分で終われるので、18分の無駄。
寺院会計で、お布施の帳簿入力で、13分。1分で終われるので、12分の無駄。預金の確認で、1分。無駄なし。現金の計算で、10分。5分で終われるので、5分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、3分。1分で終われるので、2分の無駄。データーバックアップで、2分。1分で終われるので、1分の無駄。寺院会計全体で、29分。9分で終われるので、20分の無駄。
後片付けで、4分。3分で終われるので、1分の無駄。
今日の会計全体で、1時間42分。36分で終われるので、1時間6分の無駄。
2013/11/01
一言:若はリーダーになる時は独裁者(どくさいしゃ)になりますが、独裁者と聞くと「ヒドイ人」だと思うかもしれないけれど、わかりやすく言うと「リーダーシップの強い人」ということです。リーダーには二つのタイプがあって、一つは若のような「自分で決める人」。もう一つは「みんなで決める人」。日本人はこのタイプが多いです。これは「みんなで話し合って、、みんなで決めた」と思えるので「なぜそう決まったのか」がよくわかるので、みんなが深く理解できて良いのですが、欠点は「都合の悪いことは、みんな『自分のせいじゃない』と逃げるのでなかなか決まらない」ということです。みんなの喜ぶことや、負担の少ないことはすぐに決まりますが、都合の悪いこと、イヤなことはみんな「自分が悪いんじゃない」と言って先送りになります。国会議員の衆議院選挙で一票の格差が大きすぎるから裁判所から「選挙は成り立たないけれど、手間がかかるから再選挙だけはしないよ。最後の警告だよ」と言われているのにさっぱり変えられないのは、国会議員みんなで話し合っているからです。いつも全員が「先送りにしよう」と言うので決まりません。みんなで決める場合の「悪い見本」です。
若のような「自分で決めるリーダー」の場合は、都合の悪いことや、イヤなことからリーダーが逃げれば永遠にできませんが、リーダーさえやる気になれば必ずできます。決定権をリーダーだけが持っているからです。そして「どうやって決定するのか」が誰が見てもすぐにわかるので、混乱しません。「あの人がいいと言ったけれど、あの人がダメと言った」ということが無いので部下は楽です。指示はいつも一つだからです。物事がすぐに決まり、わかりやすいので混乱も少ないけれど、このやり方の一番の欠点は、「その組織の大きさが、やろうとしていることのスケールが、リーダーの器を超えた場合は、自然に暴走する」ということです。リーダー一人にかかっているので、リーダーが崩れたら誰もどうすることもできません。だから若の場合は、それをわかっているから絶対に国会議員になろうとしません。1億2000万人は引っ張れないからです。釧路市民18万人は、若の器の大きさでいったら「このぐらいの小ささならできるな」と思える小ささのです。財政再建も「釧路市ぐらいの借金ならば自分でできる」と思えるからです。若は不可能なことを言っているようで、可能なことしか選んでいません。

で、「自分で決める」からと言って、何でも自分の好きなようにできるかというとそうでは無くて、「自分の意見が通ること」と、「物事が成り立つこと」は違って、自分で決めるから必ず自分の意見が通るのですが、だからこそ失敗したらすべて自分のせいです。他人のせいにできません。必ず自分で決めるから、他人に助けてもらうこともできません。だから自分で決めるリーダーは、部下の意見をよく聞くのです。失敗したくないから。現場の意見も聞くのです。現場のことがわからないから。若は釧路市のリーダーになったら、景気を良くすることと、財政再建だけで一日が終わるので、「釧路市が今までやってきたこと」はすべて現場にまかせて口出しをしませんが、それは「自分のできないことに口を出すとガタガタになる」ということがわかるから。ガタガタになるくらいならば、現場にまかせて成り立った方が若が助かるので、現場にまかせます。自分で決定権を持っているからこそ、現場にまかせるのです。
ちなみに、自分で決めるリーダーは、成功した人はみんな「リーダーシップのある人だ」とか「自分で考えて自分で決断できる人だ」などと言われて、失敗すると「独裁者だ」と言われますが、両方とも同じタイプの人です。成功したか、失敗したかで呼び方が変わるだけです。
ということです。


一言:警察庁に一言。「天下の警察庁からわざわざ手伝いに行ってやるのに、なぜお前の部下になるのか」と思うかもしれませんが、暴動が起きるかもしれない状況でみんなで話し合って決めていたら、現場の警察官から「ヤバイ雰囲気です」と報告があったのに、「えー、これから暴動にどう対応するかの会議を開きます。みなさん自由に話し合ってください」と会議が始まって、「私はこんな状況になるとは思わなかった」とか、「私の部署はちゃんとやるべき事をやった。悪いのは他の部署だ」とか、「そもそも私は財政再建に反対だったんだ」と永遠と2時間も3時間も話し合っている最中に暴動が始まります。すぐにトップダウンで対策を取らないとダメなので、若が「現場に行ってオレが先頭になって市民と話し合う。行くぞ」言えば、5分で行動できます。警察という組織にいるならば、この方がやりやすいでしょ?
で、せっかく警察庁から来たのに若と余計なことでもめて送り返されると自分の経歴に傷がつくので、もしも若ともめた時は「婦人警官に頼れば丸く収まる」とおぼえていてね。制服を着た婦人警官と30分ぐらい話せばすぐに笑顔に戻るでしょう。若は、制服を着た婦人警官が大好きだからです。「そんなことで」と思うでしょうが、そんなことでもめるのが若の器の小さいところなのです。これで自分の経歴に傷がつくのを防げるのならば、とても助かるのではないかと若は思います。警察だから婦人警官という最強の切り札を使えるんですよ。もしも財務省から官僚が参加したら、もめたら終わりさ。丸く収めてくれる人が誰もいないんだから。
それから婦人警官に一言言いますが、若はほとんどの場合は婦人警官にすごくやさしくて、すごく歓迎するけれど、それは若が婦人警官が好きだからなのだけど、マジメな話をしている時はものすごくマジメだから、その時はやさしくしてあげられないので、というかまったくやさしくなくて他の男性と同じような態度をとられるかもしれないけれど、それは自分の魅力が通用しないのでは無くて、マジメな時はものすごくマジメなのが若なので、マジメな話をしている時は女の魅力が通用しないんだとわかってください。マジメな話が終わった瞬間に通用するよ。
ということです。
それから、釧路市で財政再建が始まったら、警察も仲間に入るから「若の部下」という形になるけれど、警察のすべてが若の部下になるのでは無く、「釧路市の財政再建によって治安が悪くなる部分を担当する警察の部分」だけが若の部下になるということなので、みなさん安心してね。
市民のみなさん、こういうリーダーがイヤだったら3年後の釧路市のリーダーの競争で若を落選させればいいんだよ。若が落選したら、若の財政再建のやり方は絶対にできないし、「自分で決める」というタイプでは無く、「みんなで決める」というタイプのリーダーも当選させられる。市民は「自分たちには、若を当選させることも、落選させることも自由にできるんだ」ということをちゃんとわかっておくんだよ。
2013/11/01
一言:「SPEC(スペック)」というテレビドラマが映画になるから、最近はテレビでドラマの再放送や、映画のパート1を放送しているが、SPECという超能力を持つ人たちと、警察との闘いが話の中心だが、ありえない想像の物語だが、すごくおもしろいのは、筋が通っているからだ。SPECを持つからこそできる良い思いも、SPECを持つからこそ味わう苦しみも両方が出てくる。主人公の「自分にSPECが無くなった時は、不思議な力を使えなかったからこそ、逆に幸せだった」とか、主人公の弟が「SPECを持っているというだけで何度も殺されかけたら、世の中を恨(うら)むようになるよ」と言う言葉はすごく筋が通っていて説得力がある。ただの想像の物語だから、「SPECは、選ばれた者だけが持てる最高の力だ。普通の人はSPECが無いからかわいそうだ」とやっても成り立つのだけど、「普通の人は、SPECが無いからこんな苦しみを味わわなくて幸せだ」ということを言うから、リアルに感じておもしろい。とにかく、話の流れがブレなくてしっかり筋が通っているからおもしろい。
良いことばかりを伝えるよりも、悪いことも伝えるからリアルに感じておもしろいし、筋が通っていて話に引き込まれる。
ちなみに、釧路市の若者は8年後に若から釧路市の第一線を譲(ゆず)ってもらうが、だからこその悩みや苦しみもたくさんあるよ。自分の代わりがいないことのたいへんさは、経験してみないとわからない。若から立場を譲ってもらう苦しさも経験しないとわからないさ。
だけど、まわりが釧路市民だからサポートしてくれるから、あんまり悪いほうばかり考えないで、リラックスすることも大切だよ。どんなことても、良いことと、悪いことの両方があるのさ。



一言:警察庁へ一言。若が犯罪をしたならば捕まえるのは当たり前さ。そうではなくて、警察は「日本で一番器の小さな集団」だから、若が「財政再建をしたら警察の権威は通用しないよ」と言ったのを、「警察の権威を通用しなくするために財政再建をするのか」と勘違いする警察官がいるかもしれないのさ。そうしたら、「自分は若の財政再建をジャマするために警察庁から送り込まれた」と勘違いをするかもしれないのさ。そうしたら、若と釧路市の中でケンカさ。次の日に市民の話題になるよ。そうしたらその警察官は、釧路市民に新しい話題を与えただけですぐに警察庁に戻されるよ。
若は市民に何回も言うんだよ。「若のことは、遠くから見ているのが無難だ」と。警察庁から来た警察官もそうだよ。自分が本当にやるべきことから外れたことをしたら、通用しないのは当たり前さ。釧路警察署の警察官もそうだよ。例外として、女性の警察官だけは、特に制服を着た婦人警官は、用が無くても関わってきたら大歓迎です。
警察官は、自分の器の小ささを忘れたら、失敗するよ。



一言:釧路市民へ一言。若は警察に命令できる力を持っているのでは無く、釧路市の財政再建をする時に「治安を守るために、特に暴動をおこさないために警察に仲間として協力してもらいたいだけ」なのさ。若は、仲間にはこれだけ厳しいのさ。弘宣寺の檀家さんに聞いたらよくわかるよ。
警察に命令しているのではなく、「仲間としてやっていくならば、こういうことを気をつけてね」と言っているだけさ。若は仲間に厳しいから、釧路市で財政再建をやった時に、警察庁から来た警察官が一生懸命にやって失敗したならば許すけれど、余計なことをわざわざやって若ともめたら、必ず警察庁に送り返して代わりの警察官に来てもらうよ。警察をナメてかかっているのではなくて、若はこれだけ仲間に厳しいのさ。
ということです。




一言:若はよく「独裁者だ」と言われるのですが、それは若がリーダーの役目をしている時に仲間に対してそういう態度になります。だからもしも若が釧路市のリーダーの競争に当選して財政再建を始めたら、たとえ財務省の官僚が参加しようが、警察庁の警察官が参加しようが、若がリーダーをすると独裁者のようになるので、仲間はみんな若の部下になります。だから財務省の官僚も、警察庁の警察官も、もしも参加するならば「独裁者と一緒に仕事をする」と思ってください。独裁者というのがわかりづらかったら、「王様と一緒に仕事をする」とか、「強烈なリーダーシップのある人の下で仕事をする」と思ってください。そう思うのが若とうまくやっていくための良い方法です。


若の会計の改善:準備作業で、16分。1分で終われるので、15分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、1時間26分。20分で終われるので、1時間6分の無駄。
門信徒会会計で、領収証の貼り付けと帳簿入力で、23分。4分で終われるので、19分の無駄。会費の集計で、2分。1分で終われるので、1分の無駄。預金の確認で、3分。1分で終われるので、2分の無駄。現金の計算で、3分。1分で終われるので、2分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、2分。1分で終われるので、1分の無駄。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、5分。1分で終われるので、4分の無駄。門信徒会会計全体で、38分。9分で終われるので、29分の無駄。
寺院会計で、お布施の帳簿入力で、4分。1分で終われるので、3分の無駄。預金の確認で、3分。1分で終われるので、2分の無駄。現金の計算で、14分。8分で終われるので、6分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、2分。1分で終われるので、1分の無駄。データーバックアップで、2分。1分で終われるので、1分の無駄。寺院会計全体で、25分。12分で終われるので、13分の無駄。
後片付けで、4分。3分で終われるので、1分の無駄。
今日の会計全体で、2時間49分。45分で終われるので、2時間4分の無駄。
2013/11/01
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後6:00頃。
お参り 5件(住職 5件:月参り 5件)

若:お寺の中の仕事

その他、午前10時から午後4時10分。会計事務所の弘宣寺の全体の10月分月次監査。弘宣寺会館2階。(無事にOKをもらいました。会計事務所の弘宣寺全体の11月分月次監査は、12月4日(水)午前10時からです)



今日の若の予定

午前10:16 起床(5時予定)


午前10:16開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。自分もまわりの人も生きていることに感謝をする(済)。
10:20開始済 会計事務所の弘宣寺全体の10月分月次監査(午前の部)(若の20分遅刻)。銀行(済)。郵便局(済)。
午後12:45開始済 昼食休憩
2:01開始済 会計事務所の弘宣寺全体の10月分月次監査(午後の部)(16分遅刻)
4:10終了済 終了。後片付け。
4:40開始済 夕食
6:14開始済 弘宣寺全体の日次決算(34分遅刻)(済)
9:03開始済 会計の反省(済)
9:10開始済 明日の予定を作る(済)
10:43終了済 仕事終了


一言:若について来るのは誰でも自由だけど、若は自分の進みたい方向に進むだけだから、若から主導権を奪(うば)おうとすると、必ず若とぶつかるか、若において行かれるよ。
だから主導権を奪おうとするならば、最初から若について来なければいいのさ。若は、釧路市が世界の経済から学ぼうとするのも、釧路市の財政再建も、ゼロから自分で道を切り開いた。「若の影響力を自分のものにしたい」という人はたくさんいたが、みんな若に「おまえは何をしたいのよ」と言われて、自分がコントロールするはずが、若と方向性が違うと客観的に証明するだけだった。
もともと自分にはついて来ていないのだから、「自分が、自分が」と「我(が)」を出した瞬間にボロが出る。


一言:若について来るのは誰でも自由だけど、若は自分の進みたい方向に進むだけだから、若から主導権を奪(うば)おうとすると、必ず若とぶつかるか、若において行かれるよ。
だから主導権を奪おうとするならば、最初から若について来なければいいのさ。若は、釧路市が世界の経済から学ぼうとするのも、釧路市の財政再建も、ゼロから自分で道を切り開いた。「若の影響力を自分のものにしたい」という人はたくさんいたが、みんな若に「おまえは何をしたいのよ」と言われて、自分がコントロールするはずが、若と方向性が違うと客観的に証明するだけだった。
もともと自分にはついて来ていないのだから、「自分が、自分が」と「我(が)」を出した瞬間にボロが出る。


一言:釧路市民が若のことを理解できなくなるのは当たり前のことだ。若は「東京から学べ」というが、若がそう言うまでは、そんな考え方をする人がいなかった。世界の経済から学ぶというのもそう。
釧路市民は「釧路市が世の中のすべてだ」と思う人がいっぱいいるが、だから内向きになって、どんどん釧路市の殻に閉じこもるのがみんなの夢だ。だから「不景気だから、景気の良い街から学び続けようとする若の行動」が理解できない。
だから結局、若が背中で教えなければ誰もわからない。今まで釧路市民が考えもしなかったことをするのが若なので、それはしょうがない。
だから釧路市民は若のことを理解できなくても、自分がダメだと思わなくていいよ。誰もやったことのないことばかりをするのが若なので、釧路市の中では参考にする人が他にいないからさ。


一言:若の釧路市民への影響力は弘宣寺の影響力ではないから、もしも弘宣寺の住職や檀家さんが「若を自分の思いどおりにコントロールすることで釧路市をコントロールしたい」と思っても、まず若に通用しないから、若が動かないと釧路市の経済は動かないので、日本国憲法の「政治と宗教の分離」は守れるから安心してね。


一言:弘宣寺の檀家さんは、若が釧路市の発展をがんばることを「自分たちがサポートしなければ」と勘違いする人がいるが、それが憲法の「政治と宗教の分離」に違反するのさ。若は、釧路市の発展で誰かに助けてもらいたい時は、釧路市民に助けてもらうのさ。いまでも毎日、市民には助けてもらっているのさ。財政再建の実験の時も、若が「中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをして警察に捕まるかもしれない」と言っていた時も、檀家さんが「何回もバカにされた」と怒っているのに、若が目の前でバカにされたのは、たったの2回だけだよ。それ以外はどこに行ってもそっとしておいてくれた。市民が協力してくれていた証拠さ。
だから弘宣寺の檀家さんは、弘宣寺の維持経営という「弘宣寺の本当にやるべきこと」で若に協力してね。釧路市のことは釧路市民にまかせてね。


一言:釧路市の中で若の足を引っ張りたい人に、効果のある足の引っ張りかたを教えます。
まず、よくあるパターンは、最初に若の欠点や問題点をついて、若の支持を減らすということ。これは確かに効果があります。しかし、次の瞬間に「若の代わりにオレ様が引っ張るんだ」と言った瞬間に、「若のほうがいい」と一瞬で支持が戻ります。わかりやすくいうと、若に欠点や問題点があるのはイヤだけど、代わりをできる人がいないと市民が思うから、また若を支持するようになります。
この時に「若のせいで、また自分の時代が来るのが失敗した」と思うかもしれませんが、そうではなくて、自分を見て市民が「この人について行くならば、若についていったほうがいい」と思うだけです。ものすごくわかりやすくいうと、自分が若の評判を下げて支持を減らして、自分が若の代わりをすると言って若の支持をもとどおりに戻すという、若にとってプラスマイナスゼロのことを何回も繰り返しています。
だから、まず考えなければならないのは、「若の支持を減らしたいのか」、「若から自分が出番を奪(うば)いたいのか」、このどちらをしたいのかハッキリと決めることです。若の支持を減らしたいだけならば、若の欠点や問題点を攻撃したら、そのままにしておけばいい。釧路市民は基本的に一ヶ月前のことをおぼえていないので、毎月一回は若の欠点や問題点を攻撃し続けないと若の支持が減ったこともおぼえていないので、毎月やり続ける必要があります。釧路市民はコツコツ努力するのが苦手なのでギブアップすると思いますが、市民は本当に一ヶ月以上前のことをおぼえていないので、若の欠点や問題点を毎月、攻撃し続けないと、若の欠点や問題点を忘れて自然に支持がもとに戻ります。しかも同じ話題には一ヶ月で飽きるので、新しい欠点や問題点を探さないと、市民も乗ってきません。実際に「若は、中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをしたいという欲求があるから、いつ警察に捕まるかわからない」ということは、市民は飽きたので、問題にしないというよりも、飽きたから話題にしたくない状態です。
ただ、若は欠点や問題点がすごく多くて、付き合いかたもすごく難しいので、自分から評判を下げることをいつもやり、人間関係でも必ずもめごとを起こすので、自分は何もしなくても勝手に評判が下がり続けるけれど、市民も一ヶ月以上前のことはおぼえていないので、自然に支持が戻ることの繰り返しです。だから、足を引っ張りたい人ががんばってもがんばらなくても、若への市民の支持は、減ったり、もとに戻ったりを自然に繰り返しています。試しに、「若の支持を減らしたくない」と一ヶ月ぐらい思い続けてください。若の足を一番引っ張っているのが若自身だとわかります。
これが「若の足を引っ張ること」の現実です。
「自分ががんばらなくても評判が勝手に下がるのか」とショックを受けたらすいません。
若の足を引っ張っても、若は他の市民と平等に接するよ。仲間はずれにしないから安心しなさい。
「若の代わりをするためのアドバイス」はまた今度。


一言:「中学生や高校生の娘の親は、何も若のことを問題にしないのか」と思うかもしれないけれど、確かに娘にエッチなイタズラをされたらイヤだけど、自分の娘の年代の若者の後ろ盾が若なのさ。釧路市の中で「沖縄県のアメリカ軍の基地のような存在」の若が、「8年後にオレの後を継(つ)がせるから、若者を育てなさい。ノビノビ自由にさせなさい」と市民に何回も言っているのさ。釧路市で、自分の立場を守るために若者をおさえつけようとしたら、アメリカ軍の基地のような若にケンカを売ることになるんだよ。
そんな役目も若はしているのさ。真剣には怒れないと若は思うよ。若がいないと、自分たちの娘の年代が8年後に釧路市を引っ張るなんて、たぶん無理だよ。
だから、若から立場を奪いたい人は、若が自分で評判を下げて支持を減らすたびに、若者が後ろ盾を無くすのではと不安になるから、「オレがおまえたちの後ろ盾になってやるぞ」と言えば、若者の心も、若者の親の心もガッチリつかむよ。


一言:もしも、「若はあまりにも欠点や問題点が多いから、若の影響を受けた人はイヤだ」と思う釧路市民がいたら、釧路市そのものが若の教え子なので、本人がわかっていても、わからなくても、みんな若の影響を受けているのさ。もしもまったく影響を受けていなかったら、今でも「釧路町と合併するしか助かる道は無い」と言っていたよ。だから、どうしても若の影響を受けた人が気に入らないならば、釧路市に住むのはツライので、そこは考え方を柔らかくして、「若だけがキライだ」と思ったほうが楽だよ。8年後に若は釧路市の第一線から身を引いて若者に譲るけれど、どう考えても若の影響を受けた人ばかりでしょ? 若に後ろ盾になってもらい、若に第一線を譲ってもらうからさ。若が釧路市の第一線から身を引いたら、完全に「若者について行く立場」になるけれど、若の影響を受けた人が釧路市を引っ張るのはしばらく続くよ。だって若の言う方向に進んだほうが好景気に近いからさ。
そういうことです。
ちなみに、若の影響を受けたい人は、釧路市の外にもけっこういるよ。若の影響を受けると、ガチガチの男女差別や、学歴差別や、前例主義が無くなるから、けっこう若を好きな人もいるんだよ(若の欠点や問題点を知ると、キワラれます)。
ということです。


一言:釧路市の若者は、若の影響を受けているけれど、8年後には自分たちで釧路市の経済の進む方向を考えるんだよ。若はまったく何も言わずに、若者を支えて育てる立場になるから、失敗しそうになったら失敗させるよ。その結果、景気の悪くなるスピードが速くなって経済にダメージを受けても、そこからなぜそうなったのか学びなさい。釧路市の経済が若の言う方向に進むのは、8年後までだよ。



一言:警察庁に一言。もしも警察庁から釧路警察署に送り込まれた警察官が、若のことをナメてかかって「暴動を起こしそうだから釧路市の中で若を孤立させよう」と思ってジャマをしてくるならば、若の持っているありとあらゆる力を使ってケンカするよ。若は国の財政再建を助けようと思っているんだよ。それをあえてジャマしようとする国家公務員なんかいないと思うのさ。
どうか釧路警察署に送り込んで来る警察官は、若のことをナメてかからない人にしてね。わざわざ釧路警察署に来て、出世コースからはずれて帰っていくのもかわいそうだよ。釧路市の財政再建をがんばって、出世コースに乗って、その経験を日本の国の財政再建に活かすような、そういう警察官に来てほしいな。
釧路警察署の警察官は、もしも警察庁から警察官が来たら、「若とあまり関わらないほうがいいですよ」とアドバイスしてね。せっかく来たのに若とケンカして一ヶ月以内に送り返されたらかわいそうだよ。
警察庁からは、頭の良さそうに見える警察官ではなく、本当に頭の良い警察官に来てほしいよ。本当に頭の良い警察官は、余計なことで若ともめたりしないよ。


若の今日の会計ミス:ありません。
2013/10/31
開門済:午後12:30頃。閉門済:午後5:30頃。
お参り無し

住職:お寺の中の仕事
若:お寺の中の仕事


今日の若の予定

午後1:30 起床(5時予定)


午後3:34開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。自分もまわりの人も生きていることに感謝をする(済)。
3:35開始済 銀行(済)。郵便局(済)。10月分市民税を支払う(済)。
4:40開始済 夕食
5:40開始済 弘宣寺全体の日次決算(済)
8:41開始済 会計の反省(済)
8:48開始済 明日の予定を作る(済)
9:34終了済 仕事終了


一言:明日、11月1日(金)午前10時から、会計事務所の弘宣寺全体の10月分月次監査です。


一言:もしも弘宣寺の檀家さんが若の釧路市の立場に嫉妬して、弘宣寺は檀家さんが400件だけど、400件全員で若と釧路市のことで競争しても、若たった一人に必ず負けるよ。まず、釧路市民は若の味方につくし、弘宣寺の檀家さんも釧路市民がほとんどだから、このまま若にがんばってもらったほうが好景気の可能性があるから、弘宣寺の檀家さんも若の味方につく。勝負にならないよ。
若は釧路市の中で競争をするのではなく、釧路市の外と競争をしてお金と仕事を引っ張ってきて釧路市を好景気にする立場さ。だから釧路市民が応援するのさ。だからまわりが釧路市民という状況で若に勝てたら本当にすごいよ。
弘宣寺の檀家さんが若よりも上の立場になれるのは、弘宣寺の中だけさ。弘宣寺の住職もそうだよ。弘宣寺から一歩でも出れば、釧路市の中では絶対に若の上には立てないよ。


一言:釧路市の中で、若に嫉妬して若の足を引っ張りたい人は、気持ちはわかるよ。人間だから嫉妬する気持ちはわかる。だけど、足を引っ張るのが「かわいいレベル」ならば怒らないけれど、本当に足を引っ張っちゃって若を本気で怒らせたら、若が市民の立場だったら絶対に若に関わらないよ」と言う意味が心からわかるよ。足を引っ張るならば、かわいいレベルにおさえておきなさい。
若には問題も欠点もたくさんあるから、批判は好きなだけしなさい。許します。

一言:釧路市の景気を良くすることを若よりもがんばったら、簡単に若を追い抜いて、市民も自分についてくるよ。若も「自分より上だ」と思ったら、ついていくよ。


一言:釧路市民の中で、どうしても若と競争をして勝ちたい人は、釧路市の外で、釧路市民が一人もいない状況で競争しなさい。そうすれば本当に若の能力との勝負になるよ。まわりが釧路市民ばかりという状況ならば、圧倒的に市民が若の味方につくのさ。だから「若と、釧路市民の連合」との競争になるから勝負にならないんだよ。おおげさな言い方に聞こえるかもしれないけれど、本当なのさ。だから若は、釧路市の中では絶対にイバれないのさ。若は市民にイバらないように本当に気を使っているのさ。
これだけ若を支えるほど、市民は何十年も不景気に苦しんできたのさ。だから若は、釧路市で一番勉強する立場なのさ。


一言:若は、経済の能力は東京や中国の足元にもおよばないよ。若から見たら、東京や中国は雲の高ささ。


若の今日の会計ミス:ありません。


若の会計の改善:準備作業で、30分。1分で終われるので、29分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、26分。20分で終われるので、6分の無駄。
門信徒会会計で、会費の集計で、8分。3分で終われるので、5分の無駄。預金の確認で、55分。22分で終われるので、33分の無駄。現金の計算で、5分。無駄なし。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、7分。1分で終われるので、6分の無駄。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、8分。1分で終われるので、7分の無駄。門信徒会会計全体で、1時間23分。32分で終われるので、51分の無駄。
寺院会計で、領収証の貼り付けと帳簿入力で、3分。無駄なし。お布施の帳簿入力で、4分。1分で終われるので、3分の無駄。預金の確認で、17分。5分で終われるので、12分の無駄。現金の計算で、7分。5分で終われるので、2分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、5分。2分で終われるので、3分の無駄。データーバックアップで、2分。1分で終われるので、1分の無駄。寺院会計全体で、38分。17分で終われるので、21分の無駄。
後片付けで、4分。3分で終われるので、1分の無駄。
今日の会計全体で、3時間1分。1時間13分で終われるので、1時間48分の無駄。


一言:弘宣寺へ一言。「若の釧路市民への影響力は弘宣寺の影響力だ」と言った瞬間に日本国憲法の「政治と宗教の分離」に違反するから、市民も、釧路市内の他の宗教団体も黙っていないよ。今は若が「若の市民への影響力は、若だけの影響力であって、弘宣寺の影響力では無いよ」と言うから、市民も、他の宗教団体も黙っているんだよ。市民も、他の宗教団体も、弘宣寺が釧路市民に影響力を持つことを歓迎していないよ。だから弘宣寺も「若の影響力」を弘宣寺の影響力だと勘違いしないでね。
2013/10/30
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後6:15頃。
お参り 8件(住職 5件:月参り 5件) (若 3件:月参り 3件。午後2:59出発済。午後4:21終了済。午前9:55出発予定。午後1:50終了予定)


今日の若の予定

午前11:40 起床(5時予定)


午前11:47開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。携帯をマナーモードにする(済)。自分もまわりの人も生きていることに感謝をする(済)。
1:26開始済 お参り出発の準備
2:59出発済 お参り出発
4:21終了済 お参り終了
4:30開始済 夕食
5:38開始済 お参りの反省(8分遅刻)(済)
6:08開始済 弘宣寺全体の日次決算(済)
7:25開始済 会計の反省(済)
7:31開始済 明日の予定を作る(済)
8:10終了済 仕事終了


一言:釧路市の若者へ一言。8年後に若が釧路市の第一線から身を引くので自分たちが街を引っ張っていくけれど、そうなると財政再建が始まっていたら自分が先頭に立って市民全員の文句を受けるが、そのための練習として、今から「親や、先生や、会社の上司の文句を、途中で黙らせずに相手に言いたいだけ言わせる」ことをしなさい。人間は、不満がたまった分しか文句を言えない。不満が無いのに文句を言える人を「役者」と言ってそれが仕事になる。不満は、文句を言えば言うだけ減っていって、不満が無くなれば文句を言わなくなる。これが財政再建の時の「市民の心のケア」だ。だから、市民に好きなだけ文句を言わせるためにも、今から「親や、先生や、会社の上司から文句を言われた時」は、相手に好きなだけ文句を言ってもらいなさい。そうすれば相手は心がスッキリして必ず文句を言うのをやめる。昔の自民党は、幹部が決めたことを、2回か3回しか当選していない若い人たちがテレビで「あんなのはダメだ」と好きなだけ文句を言っても、何も怒られないで許された。そういうところを見て、国民は安心した。
今から、好きなだけ相手に文句を言わせる練習をしなさい。
(相手に文句を自由に言わせることが大切だと若者に教えるために、例え話として昔の自民党の話をしました。別に自民党を応援しているのではありません)


一言:釧路市の若者は、若がやさしくしてくれて、自分たちがノビノビできるように後ろ盾になってくれて、自分たちのために釧路市の第一線まで譲(ゆず)ってもらえるので、若の良い部分しかしらない人がたくさんいるだろう。しかし、若には問題がたくさんあって、欠点もたくさんあるので、若の良くない部分を知ると「許せない」と思うかもしれないが、文句があったら言ってきなさい。文句を言うのは許すよ。ただ、「問題があるから釧路市を引っ張っらせたくない」と思うならば、それは聞けないよ。若の代わりをできる人がいないからさ。釧路市の大人は、若には問題や欠点があるのをわかっているけれど、「良い部分」と「良くない部分」の両方を考えて、その結果、若に期待するのさ。景気の良いか、悪いかに生活がかかっているからさ。だから若は自分のことを「沖縄県のアメリカ軍の基地みたいだ」と言っているのさ。問題があろうが、キラワレようが、代わりになるものがいないということさ。だから若は釧路市民に絶対にイバらないように気をつけているのさ。若はイバろうと思ったら好きなだけ釧路市でイバれるよ。だからイバってはいけないのさ。「絶対にイバれる時は、絶対にイバってはいけない」と若者はおぼえておきなさい。
で、文句は好きなだけ言ってきなさい。許すよ。


一言:「アメリカ軍の基地はヨーロッパにもたくさんあるけれど、日本のような問題は起きていない」と言うヨーロッパの人の言葉が日本の雑誌に載っていた。
沖縄県のアメリカ軍の基地がいろいろな問題を起こすのは、「オレたちは日本を守ってやっているんだ。オレたちがいなかったら日本は、やっていけないだろう」という気持ちが心の底にあるからではないかと若は思う。心の底では「文句を言うなら日本から手を引くぞ」と思っているのではないかと思う。釧路市の中での若の立場と同じだ。だからこそアメリカ軍の基地は、沖縄県の中でイバったらダメなのさ。もめごとが起こっても日本政府さえ何も文句が言えないからこそ、イバったらダメなのさ。絶対にイバれる立場というのは、とても恐ろしいのさ。そこであえてイバらないからこそ、自分の立場も守れるのさ。絶対にイバれる状況でイバってしまうと、自分の立場を悪くするだけさ。自分との闘いだよ。


若のお参りの反省:お参り出発予定時間に、5時間4分遅れて、檀家さんの約束の時間に遅れた。原因は、寝坊したから。その原因は、疲れもたまっているから。これからはしっかりと休みを取って、心と体をしっかり休めたい。


今日のお参りの内容は、「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「仏教では、『嫉妬をすると苦しいだけだから、嫉妬してはダメだ』と教えます。落語家の立川談志は、他の落語家に嫉妬している弟子に、『相手の欠点を攻撃して自分のレベルまで下げることを嫉妬というんだ。本当ならば、相手に並んで、追い抜いていくために行動すればそれで解決するのけれど、人間はなかなかそれができない。嫉妬しているほうが楽だからだ。しかし、そんなことでは状況は何も変わらない。時代が悪いとか、世の中がおかしいと言う前に、どうしてそんなに差がついたのかの原因を調べて行動しなさい』と言いました。自分よりも相手が優秀ならば『悔しい』と思うのは自然な気持ちです。そこで自分を磨いて成長するならば、相手の存在は自分にとってプラスになります。『競争が成長のために必要だ』というのはそういう考えです。しかし、相手を引きずり下ろすことだけをがんばっていると、うまくいっても自分には何もプラスにならないので、満足しません。仏教では『嫉妬をする相手の存在が自分を苦しめるのでは無いよ。嫉妬をする気持ちが自分自身を苦しめるんだよ。だから嫉妬の気持ちを捨てれば、苦しみも無くなるよ』と教えます。だから私は、自分よりも優秀な人を見たら、素直に相手の良さを認めて、それを自分自身に活かして成長していきたいと思いました」という話をしました。


一言:釧路市の中で、若が財政再建の実験をしたことを嫉妬して「弘宣寺の若はホモだ」と言っている人がいるが、女性が好きならば中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをしたいという欲求が本当だと言うことになり、そうなるとたくさんの市民に助けられたことになるから、「みんなが若の協力したこと」に嫉妬をして認めたくないのだろうと思うが、それならば、財政再建の実験をしたことを否定するよりも、「若は、釧路市の中でアメリカ軍の基地と同じ存在だ。いなかったら経済に影響が出るから、問題があろうが、キラわれようが、代わりになるものがいないんだ」と言うことを客観的に否定したほうがいいよ。こっちのほうが財政再建の実験よりもはるかにすごいことを言っているよ。嫉妬するならば、スケールの小さいほうを一生懸命に否定するよりも、スケールの大きいほうを否定した方が足を引っ張れると思うよ。


若の今日の会計ミス:ありません。


若の会計の改善:準備作業で、12分。1分で終われるので、11分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、13分。10分で終われるので、3分の無駄。
門信徒会会計で、会費の集計で、4分。1分で終われるので、3分の無駄。預金の確認で、10分。6分で終われるので、4分の無駄。現金の計算で、7分。5分で終われるので、2分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、1分。無駄なし。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、4分。1分で終われるので、3分の無駄。門信徒会会計全体で、26分。14分で終われるので、12分の無駄。
寺院会計で、お布施の帳簿入力で、3分。1分で終われるので、2分の無駄。預金の確認で、4分。1分で終われるので、3分の無駄。現金の計算で、12分。5分で終われるので、7分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、3分。1分で終われるので、2分の無駄。データーバックアップで、1分。無駄なし。寺院会計全体で、23分。9分で終われるので、14分の無駄。
後片付けで、3分。無駄なし。
今日の会計全体で、1時間17分。37分で終われるので、40分の無駄。
2013/10/29
若のお参りの反省:お参り出発予定時間に、3時間31分遅れて、檀家さんの約束の時間に遅れた。原因は、寝坊したから。その原因は、夜中の4時頃に寝たから。解決策として、夜10時に寝て、朝5時に起きて、シャワーを浴びて、朝食を食べて、いつでもお参りに行ける状態で朝7時の仕事開始をむかえたい。

今日のお参りの内容は、「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「仏教では、『嫉妬をすると苦しいだけだから、嫉妬してはダメだ』と教えます。落語家の立川談志は、他の落語家に嫉妬している弟子に、『相手の欠点を攻撃して自分のレベルまで下げることを嫉妬というんだ。本当ならば、相手に並んで、追い抜いていくために行動すればそれで解決するのけれど、人間はなかなかそれができない。嫉妬しているほうが楽だからだ。しかし、そんなことでは状況は何も変わらない。時代が悪いとか、世の中がおかしいと言う前に、どうしてそんなに差がついたのかの原因を調べて行動しなさい』と言いました。自分よりも相手が優秀ならば『悔しい』と思うのは自然な気持ちです。そこで自分を磨いて成長するならば、相手の存在は自分にとってプラスになります。『競争が成長のために必要だ』というのはそういう考えです。しかし、相手を引きずり下ろすことだけをがんばっていると、うまくいっても自分には何もプラスにならないので、満足しません。仏教では『嫉妬をする相手の存在が自分を苦しめるのでは無いよ。嫉妬をする気持ちが自分自身を苦しめるんだよ。だから嫉妬の気持ちを捨てれば、苦しみも無くなるよ』と教えます。だから私は、自分よりも優秀な人を見たら、素直に相手の良さを認めて、それを自分自身に活かして成長していきたいと思いました」という話をしました。


一言:若が「3年後の釧路市のリーダーの競争で若が当選したら、釧路市で財政再建が始まるから、市民の心に余裕が無くなるので暴動が起きる可能性があるよ」と何回も言っているので、市民が本当にビビっているとわかった。まず市民にわかってほしいのは、これは世界のどこでもそうだが、暴動というのは突然に起こせるものでは無いということ。「市民や国民の心に余裕が無い状態」という条件があって、そこに暴動を指揮する指導者が出てきたり、何かのきっかけで暴動が始まるのであって、それはただの「きっかけ」だ。暴動の直接の原因は「みんなの心に余裕が無い状態」なのだ。釧路市では、若の言う「本当に本当に必要なものだけを残して、その他の必要なものはすべてカットして借金を返す」という方法をやった時に、市民の心に余裕が無くなって暴動が起きる可能のせいがあるのであって、財政再建を始めていない今は、市民の心に余裕があるので誰も暴動を起こせない。心に余裕のある人は暴動なんかしないから、いくら市民をあおろうが誰もついてこないからだ。だから財政再建が始まっていない今は、釧路市で暴動が起きる可能性は絶対にゼロです。暴動というのは指導者のせいじゃないのさ。市民や国民の心に余裕の無い状態が本当の原因なのさ。
それから、若は暴動を起こしたいのでは無くて、「暴動を起こせる」と警察や市民を脅(おど)しているのでは無くて、「財政再建をしたら暴動が起きる可能性があるから、暴動が起きないように警察に協力をお願いしている立場」なのです。本当に暴動を起こしたかったら、警察に何も言わずに財政再建を始めるよ。そうしたら「権威が通用しない。上からおさえたら暴動が始まっちゃった。今までどおりのやり方はダメだ」と警察がパニックになるから、それを見て若は笑っていればいいのさ。何も教えないと警察は対応できないと思うから、ていねいに教えているのさ。
それから、若の財政再建のやり方がどうしても不安でイヤならば、3年後の釧路市のリーダーの競争で落選させればいいんだよ。もしも「財政再建が必要だと思うけれど、若のやり方はたいへんすぎる」と思うならば、「財政再建をやります。若のやり方よりもずっと負担の少ないやり方をします」という人を立候補させればいいんだよ。市民も、財政再建のやり方を選べてとても助かるよ。
ということです。


一言:釧路市の若者へ。若は「8年後の45才で釧路市の第一線から身を引いて、自分より年下の人に立場を譲(ゆず)るよ」と言うから、若者は「自分も引っぱる立場になるかも」と思っている人がたくさんいると思うが、若が自分の今の状況を詳しく説明するほど、ありえないような話を毎日するから、「こんなたいへんなことを自分はできない」と思う人がいると思うけれど、そう思ったら無理しないでいいよ。今すぐ若の代わりをするんじゃ無くて、8年後にするんだから、時間はたっぷりあるんだよ。「8年後までにできるようになればいいさ」と思えば、心がつらくないよ。それから、8年後になっても若の代わりが自分にはできないと思ったら、無理をしなくていいよ。できなくていいよ。釧路市の大人の人たちも、若の代わりをやりたいという人がいないんだよ。こんな言い方はヒドイけど、大人でも逃げるのが若の立場さ。だから8年後に自分ができなくてもしょうがないんだよ。大人でもできないことを若者に8年後にやれと言っているのだから、最初から無理なことを言っていると若も思うよ。だけど、8年間も時間がたっぷりあるから、成長の可能性にかけているのさ。
だから無理をしたらダメだよ。若の代わりができないと景気の悪くなるスピードが速くなるけれど、だからこそ自由でノビノビやりなさい。経済は生き物だから、来年どうなっているのか誰もわからないんだよ。いつも「どうなるかわからない状況」に対応しなければならないし、今まで思いつかなかった新しい考え方というのが経済にはすごく大切なので、自由でノビノビやることが自分の経済のセンスを磨くのさ。若がしてあげられるのは、若者を自分から自由にすることだけさ。自由な中で自分はどうしたらいいのかを自分で考えられる人になりなさい。


一言:若は、「釧路市民で誰も仲間はずれにしない」と思っているが、これは好きキライだけではなくて、「がんばっても若のペースについていけない人を、無理をさせずに、若がサポートしてついてこれるようにする。若のペースに市民の一人もおいていかないこと」だと今日、初めて思った。弘宣寺は浄土真宗だが、他の宗派を作った法然(ほうねん)や、空海(くうかい)や、日蓮(にちれん)などはみんな「お釈迦さまが、こうしなさいと言ったこと」を自分でできた人たちだ。しかし浄土真宗を作った親鸞(しんらん)だけは「どんなにがんばっても、お釈迦さまの言うとおりにできません」と悩んだ人だった。そして「南無阿弥陀仏(ナムアミダブツ)」という考え方に出会って、「どんなにできなくても、そのままで救われる。一人も仲間はずれにしないよ」という考え方に救われた。だから若も、どんなにがんばっても若のペースについてこれない釧路市民に、親鸞のように「がんばってもついていけない気持ちがわかるよ」と共感して、南無阿弥陀仏の考え方のように「そのままで無理なくついてこれるやり方」というのを考えなければならないと思った。
釧路市の若者は、もしも今の自分が「若のペースについていけない」と思ったら、それはものすごい勉強だよ。それと同じ気持ちを、自分が釧路を引っぱった時に市民が感じるよ。「サボっているのでも、情けないのでも無くて、本当にどんなにがんばってもついていけない」という気持ちを自分が味わうことは、人を引っぱる立場になった時にものすごいプラスになるよ。
(釧路市のことに仏教の浄土真宗そのものが影響を与えるのでは無く、がんばってもついてこれないという人を助けるために南無阿弥陀仏や親鸞の考え方を参考にしているだけです。仏教の信者で無くても、浄土真宗の信者で無くても、釧路市民として何のマイナスもありません)


一言:学校の先生は、クラスの生徒全員を相手にしているので、「がんばってもついてこれない」という生徒をサポートするのはたいへんだと思うが、学校の先生というのは、大学に合格して、教員採用試験に合格するという「がんばったらできた人」なので、仏教で言えば、法然や空海や日蓮のような種類の人たちだ。がんばってもできなかったら大学に合格しないし、教員採用試験にも受からないから。
でも、クラスの中でがんばってもついてこれない生徒は、親鸞のように、本当にがんばってもできないのさ。そのことに本当に悩んでいるのさ。それを「がんばればできる」法然や空海や日蓮の立場から見たら、何の解決にもならないよ。がんばってもできない「親鸞の立場」にならないとサポートができない。まずは、がんばってもできない人の気持ちに素直に共感することから始めたらいいよ。
何を参考にしたらいいかわからなかったら、親鸞の言葉に救われた、助けられたという人は今でもたくさんいるから、親鸞の弟子が親鸞の言葉を書いた「歎異抄(たんにしょう)」という本や、親鸞のことを書いた本を買って読めば、親鸞が「自分は何もできないんだ」と悩んで苦しんでいる言葉に出会えるよ。学校は公の場所だから特定の宗教を参考にするのは良くないかもしれないけれど、他に参考にするものが無い場合は、読んでみたら勉強になると思います。他の宗教の人は、「自分の教祖や、宗祖(しゅうそ。仏教の宗派を作った人)なども、何もできない人だった」と言う人がいたら、自分の宗教団体のホームページで学校の先生に教えてあげてね。基本的に、教祖や宗祖は優秀な人ばかりだから、親鸞のように「自分の力では何もできません」という人が他にいないのさ。これが親鸞の存在感の一つの理由だと思います。優秀だからでは無く、何もできない人だったから比べるライバルがいないというのが親鸞です。
(学校は公の存在なので、浄土真宗の考え方を先生に押しつけているのではありません。何もできないことに悩んでいる人の気持ちを知るために他に参考にする人がいなかったら、親鸞はどうですかと言っているだけです。宗教と何の関係も無い人を参考にするのが一番良いのは当たり前のことです。歴史に名前の残っている人はほとんど「優秀だから名前が残っている」ので、何にもできないという理由で歴史に名前が残っているのが親鸞くらいだから、という理由です。学校の場に宗教を持ち込んだらダメだと思う先生は、無視してください)
2013/10/29
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後6:00頃。
お参り 6件(住職 3件:月参り 3件) (若 3件:月参り 3件。午後1:31出発済。午後3:49終了済。午前10:00出発予定。午後1:20終了予定)

その他、午後1時から午後4時30分。ビハーラ北病院。お坊さんの衣を着たまま病院に入院しているおじいちゃんやおばあちゃんに、法話をしたり、歌を歌ったり、話を聞いたりする、初めて見た人はビックリするけれど、とてもお坊さんらしい活動です。興味のある方は弘宣寺までお電話ください。電話番号:0154の51の2496。とてもすばらしい活動だと思うけれど、若は興味が無いので参加していません。住職と坊守と檀家さんでやっています。


今日の若の予定

午後12:25 起床(5時予定)


午後12:31開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。携帯をマナーモードにする(済)。自分もまわりの人も生きていることに感謝をする(済)。
12:34開始済 お参り出発の準備
1:31出発済 お参り出発
3:49終了済 お参り終了
4:00開始済 休憩
4:34開始済 お参りの反省(済)
5:39開始済 夕食
6:55開始済 弘宣寺全体の日次決算(16分遅刻)(済)
9:02開始済 会計の反省(済)
9:07開始済 明日の予定を作る(済)
9:46終了済 仕事終了


一言:若は、仏教の話や、釧路市の景気を良くする話や、釧路市の財政再建の話ばかりをするが、マジメな話ばかりをしていると、だんだんと異常になってくる。異常な状態を異常だと思わなくなる。たぶん戦争をする時も、こんな感じになると思う。お互いの国が異常なほどマジメになるから、戦争は避けられなくなる。
エッチなことを考えていると、とても人間らしいので、逆に正常になる。マジメ過ぎた自分が異常に思えるからだ。
マジメなことも大切だが、マジメ過ぎるのは絶対にやめたいと思った。


一言:若は最近「財政再建をやったら釧路市で暴動が起きる可能性がある」と何回も言うが、それは本当なのでそのための準備はしなければならないが、「暴動が起きる」と普通に言える状況というのは、やっぱり異常だと思った。最近の若は、異常な状態が「普通の状態」になっている。釧路市は財政再建をしなければならないし、そうなると暴動が起きる可能性も本当にあるから準備もしなければならないが、「暴動」という言葉を「異常だ」と思える感覚は持ち続けたいと思う。「暴動」という言葉を「普通の言葉」と感じた時は、自分の感覚が狂っているということだ。
エッチなことを考えたりして息抜きをすると、正常な状態に戻れるよ。


一言:警察へ一言。「暴動」という言葉を、市民が「異常だ」と思っているうちは絶対に暴動は起きないよ。心に余裕があるということさ。若は財政再建の実験をしたからわかるけど、本当に心に余裕が無くなったら、「暴動」という言葉をすごくリアルに感じるのさ。そうなったら本当に暴動が起こる可能性があるよ。財政再建が始まったら、警察は市民の声をいつも聞いて、市民が「暴動」という言葉を異常だと思うか、リアルだと思うか、いつも確認したらいいよ。


若の今日の会計ミス:ありません。


若の会計の改善:準備作業で、22分。1分で終われるので、21分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、37分。14分で終われるので、23分の無駄。
門信徒会会計で、領収証の貼り付けと帳簿入力で、13分。7分で終われるので、6分の無駄。会費の集計で、12分。3分で終われるので、9分の無駄。預金の確認で、2分。1分で終われるので、1分の無駄。現金の計算で、7分。5分で終われるので、2分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、5分。2分で終われるので、3分の無駄。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、6分。1分で終われるので、5分の無駄。門信徒会会計全体で、45分。19分で終われるので、26分の無駄。
寺院会計で、お布施の帳簿入力で、6分。2分で終われるので、4分の無駄。「預金の確認」と「現金の計算」で、10分。6分で終われるので、4分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、3分。1分で終われるので、2分の無駄。データーバックアップで、1分。無駄なし。寺院会計全体で、20分。10分で終われるので、10分の無駄。
後片付けで、3分。無駄なし。
今日の会計全体で、2時間7分。47分で終われるので、1時間20分の無駄。


一言:釧路市を引っぱる人は、なんとか経済を好景気にしなければならないので、今よりもっとがんばらなければならない。しかし、今でも釧路市にがんばってもついていけない市民がいるので、その人たちも絶対においていってはいけない。今まで以上にスピードを上げながら、今まで以上に市民が無理なくついてこれるようにしなければならない。ハッキリ言って「矛盾(むじゅん。筋が通っていないこと)」だ。これと同じ矛盾に悩んで苦しんでいるのが中国だ。中国は、豊かな人は世界トップレベルにお金持ちだが、貧乏な人は世界で一番貧しいレベルだ。その人たちが同じ国に住んでいて、さらに経済の成長のスピードが世界で一番早い。だから経済が成長して豊かになればなるほど、お金持ちと貧しい人の差が開くので、この流れについていけない貧しい人たちが中国では暴動を起こしている。貧しい人たちは「今の豊かな中国よりも、昔の貧乏だった頃の中国のほうが良かった」と言う。なぜならば、国としては今よりずっと貧乏だけれど、全員が貧乏だったから差が無かったからだ。中国の暴動の原因は、経済の成長が世界で一番早いことなのだ。だから成長すればするほど、中国は不安定になる。中国を引っぱっている人たちは、どれだけ豊かになっても問題が無くならない。
釧路市では中国ほどたいへんでは無いけれど、好景気のために今よりもっとスピードを上げて成長しなければならないけれど、今でもついて来れない人たちのために、今よりもっと無理なくついてこれるようにしなければならない。中国は同じ問題で悩む先輩だから、中国を見て学びなさい。
2013/10/28
若のお参りの反省:お参り出発予定時間に、3時間18分遅れて、檀家さんの約束の時間に遅れた。原因は、寝坊したから。その原因は、夜中の2時頃に寝たから。解決策として、夜10時に寝て、朝5時に起きて、シャワーを浴びて、朝食を食べて、いつでもお参りに行ける状態で朝7時の仕事開始をむかえたい。

今日のお参りの内容は、「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「仏教では、『嫉妬をすると苦しいだけだから、嫉妬してはダメだ』と教えます。落語家の立川談志は、他の落語家に嫉妬している弟子に、『相手の欠点を攻撃して自分のレベルまで下げることを嫉妬というんだ。本当ならば、相手に並んで、追い抜いていくために行動すればそれで解決するのけれど、人間はなかなかそれができない。嫉妬しているほうが楽だからだ。しかし、そんなことでは状況は何も変わらない。時代が悪いとか、世の中がおかしいと言う前に、どうしてそんなに差がついたのかの原因を調べて行動しなさい』と言いました。自分よりも相手が優秀ならば『悔しい』と思うのは自然な気持ちです。そこで自分を磨いて成長するならば、相手の存在は自分にとってプラスになります。『競争が成長のために必要だ』というのはそういう考えです。しかし、相手を引きずり下ろすことだけをがんばっていると、うまくいっても自分には何もプラスにならないので、満足しません。仏教では『嫉妬をする相手の存在が自分を苦しめるのでは無いよ。嫉妬をする気持ちが自分自身を苦しめるんだよ。だから嫉妬の気持ちを捨てれば、苦しみも無くなるよ』と教えます。だから私は、自分よりも優秀な人を見たら、素直に相手の良さを認めて、それを自分自身に活かして成長していきたいと思いました」という話をしました。


一言:檀家さんからも、「弘宣寺のホームページに若の個人的な考えを書くのは、やめてほしい」と言われていて、若もそのとおりだと思うので、若が弘宣寺のの仕事としてやっていることは弘宣寺のホームページに、若の個人的なことは若の個人のホームページを作ってそこに書くことにします。今は、「弘宣寺のホームページに若の個人のことを書いている状態」ですが、もっとハッキリと言うならば、「若の個人のホームページに、弘宣寺のことも書いているよ」という状態なので、とてもわかりづらいので、別々にします。住職からも何ヶ月も前に「別々にしてくれ」と言われているので(たぶん6月から7月頃)、その時に若は「別々にするよ」と言ったので、そうします。
この「弘宣寺での若の仕事のことと、若の個人的なことを一つホームページに両方書いている状態」は、若も楽で、見ている人も一つだけを見れば若の考えのすべてがわかるので楽なのですが、そうなると弘宣寺としては「それは若が一人で思っているだけで、弘宣寺全体の考えでは無い」と思うし、若は「若の個人の考えを、弘宣寺が勝手に『自分の考え』をつけ加えて市民に伝えるので、曲がって受け取られる」と思うので、別に別にしたほうが、弘宣寺にも、若にも良いので、そうしようと思います。
特に若は、釧路市民に対して「こうだよ、ああだよ」といろいろ言うので、若が「一人の市民」として言うならば問題無いのですが、弘宣寺の若として、弘宣寺のホームページで言っている形になっているので、「弘宣寺という宗教団体が、釧路市民に指示を出している」というようにも見えるので、これは完全な「憲法の、政治と宗教の分離に違反している状態」なので、若が釧路市民に何かを言いたい時は、「一人の市民」として言うためにも、ホームページを分けたほうがいいので、そうします。


一言:釧路市民の中には、「若は釧路市の中にいるから、こんなにメチャクチャでもやっていけるのだろう」と思う人もいるかもしれないけれど、若も今日、ハッキリと思いました。釧路市民は基本的に若に協力してくれるので、これは東京や札幌などの「釧路市民がまったくいない状態」ではありえないので、若は釧路市を離れたら普段の生活が成り立たないのかもしれないと、今日初めて気がつきました。ということは、若が釧路市で通用するのは自分の力では無く、市民の協力あってこそとなるので、とても感謝しています。ありがとうございます。


一言:若は8年後に45才で釧路市の第一線から身を引いて自分より年下の人に立場を譲(ゆず)るけれど、若者は自分が釧路市を引っ張る立場になったら、市民全員に平等に接して、一人も仲間はずれを作らないようにしなさい。街を引っ張る立場の人に仲間はずれにされると本当に普段の生活がツラクなるのさ。だから無条件で、相手が自分のことを好きでもキライでも関係無く、自分と合っても合わなくても関係無く、平等に接して一人も仲間はずれにするんじゃ無い。「オレ様にキラわれたら仲間はずれにするぞ」とビビらせるのではなく、無条件で、どんなに相手が腹が立つ態度をとっても、誰も仲間はずれにしたらダメだよ。釧路市を引っ張るようになったらわかるよ。自分が育てている街だから、釧路市が自分と合わないわけが無いのさ。だからこそ、自分と合わなくなったら、相手は釧路市に住みにくくなるんだよ。若は、東京や札幌から帰るたびに、いつも思うよ。釧路行きの飛行機に乗るのは釧路市民がほとんどだから、それまでは旅行中だからどこに行っても東京の人や、札幌の人たちばかりだけど、自分のまわりが釧路市民ばかりになった瞬間に「もう問題は起こらないな」と若は思うのさ。別に東京や札幌で問題を起こすというのでは無いよ。東京や札幌では、若は「普通の人」さ。でも、まわりが釧路市民になった瞬間に、若は普通の人では無くなるのさ。「街を引っぱっている人」になるのさ。これは若者が釧路市を引っぱるようになったら、東京や札幌から帰る時に実感できるよ。旅行中だから、東京も札幌も「他人の縄張り」さ。でも、まわりが釧路市民になった瞬間に「自分の縄張り」になるのさ。これが街を引っぱることであり、街を引っぱることの恐さだよ。
ものすごくおおげさな言い方をすると、東京や札幌に旅行中は「ただの人」さ。まわりが釧路市民になった瞬間に「王様」のようになるよ。おおげさに言うと、こういう感じさ。
だから今から、「自分が釧路市を引っぱるようになったら、市民18万人全員に平等に接して、一人も仲間はずれを作らない」と心の準備をしておきなさい。
言っておくけれど、人は誰でも成長するから、学歴も、性別も関係無いから。自分から学んで成長する気持ちがあれば、それでじゅうぶんだよ。釧路市を引っぱりたいと思う若者には、平等にチャンスがあるよ。自分のためでは無く、他人のために勉強して成長する人になりなさい。


一言:釧路市民へ。若の財政再建に反対の人は、3年後の釧路市のリーダーの競争で若を落選させなさい。それは市民一人一人の自由だよ。若の釧路市民への影響力は8年後に第一線から身を引くまで逃れられないけれど(誰も若の代わりができないので)、若の財政再建は落選させれば逃れられるから安心してね。実際に、釧路市民は去年の秋の釧路市のリーダーの競争で若を落選させているので、じゅうぶん可能だから、若の財政再建がどうしてもイヤならば落選させなさい。若は釧路市民が真剣に考えた結果が若の財政再建の拒否ならば、文句を言わないよ。去年の釧路市のリーダーの競争の落選も、若は文句を言ったことも、否定したことも無いよ。いつも素直に認めているよ。
2013/10/28
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後6:00頃。
お参り 9件(住職 4件:月参り 4件) (若 4件:月参り 4件。午後2:03出発済。午後4:14終了済。午前10:45出発予定。午後1:30終了予定。午後2:55出発予定。午後3:50終了予定)


今日の若の予定

午後12:35 起床(5時予定)


午後1:30開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。携帯をマナーモードにする(済)。自分もまわりの人も生きていることに感謝をする(済)。
1:31開始済 お参り出発の準備
2:03出発済 お参り出発
4:14終了済 お参り終了
4:25開始済 休憩
4:29開始済 お参りの反省(済)
5:25開始済 夕食
6:43開始済 弘宣寺全体の日次決算(18分遅刻)(済)
8:21開始済 会計の反省(済)
8:27開始済 明日の予定を作る(済)
9:25終了済 仕事終了


一言:「若は、まわりが釧路市民ならば圧倒的に強いよ」と書いたが、若に問題があるから直してほしいと言うならいいんだよ。若のやろうとしていることが、特に釧路市のことでそのやり方が間違っているなら間違っていると言ってもいいんだよ。しかし、個人的な嫉妬で若を攻撃したり潰そうとしたら、釧路市では、まわりが全員釧路市民なんだよ。その時のまわりの反応がどうなるのかを考えてからやったほうがいいよ。何十年も不景気に苦しんでいる釧路市で、若は景気を良くしたいと言っているし、経済の能力が一番なのさ。それを自分がわざわざ潰すとなったら、しかもそれが個人的な嫉妬だとしたら、市民がどういう反応をするか想像してごらん。景気が良くなるか悪くなるかは釧路市民18万人の生活がかかっているのさ。その景気の良くなる可能性を自分の個人的な嫉妬で一つ潰したとなったら、市民に好かれるか、キラわれるかわかるでしょ? 若は、自分が市民の立場ならば、若の存在感や影響力が強いから、怖くて関われないと思うのさ。若と問題を起こすと、市民が敏感に反応するのさ。だから自分が市民の立場ならば、若を遠くから見ているのと思うのさ。それが無難だと思うのさ。
これがウソだと思うなら、若を軽く「誰が聞いても個人的な嫉妬だろう」と思う攻撃をしてごらん。あくまでも軽くね。その時のまわりの釧路市民の反応をよく見てごらん。若のことを知らない市民も多いから、その人たちは何とも思わないよ。若のことを知っている市民がどういう反応をするのか、よく見てごらん。若の言うことを、たぶん実感できるよ。
若の批判は好きなだけしてもいいよ。釧路市ではものすごい存在感と影響力があるから、若は批判をガマンする立場さ。
ただ、批判と、ただの個人的な攻撃は違うのさ。釧路市の中ではそれを気をつけたほうがいいよ。若がなぜ「若は市民全員と平等に接するよ。一人も仲間外れを作らないよ」と言うのかわかるよ。若が釧路市の中で仲間外れなんか作ったら、その人にものすごい影響が出るからさ。だから若は、自分と違う人も、自分を否定する人も、そのまま受け入れて、そのままで居心地の良い釧路市を作りたい、作らなければならないと思っているんだよ。
財政再建にそうとうビビっている人がいるから、そういう人は「若が財政再建をしようとしていること」を批判してね。それは好きなだけしてもいいよ。若も許すよ。「若を個人的に攻撃してるのではないよ。財政再建の批判だよ。財政再建の批判は若も好きなだけしてもいいよと言ってるよ」と一言言ってから批判すると無難だよ。
何度も言うけれど、若のことは好きなだけ批判してもいいよ。ただ、間違って個人的な攻撃だと勘違いされたり、個人的な攻撃をしてしまったらダメだよ。そこを大切にしてね。


一言:「批判」と「攻撃」の違いは、わかりやすくいうと、若はよく弘宣寺の檀家さんを批判するのだが、腹の立つ檀家さんもたくさんいるけれど、若の言おうとすることをわかってくれる檀家さんもいる。しかし、若が檀家さんを個人的に攻撃したら、檀家さんは一人もわかってくれないだろう。批判はすればするほど状況が良くなる。攻撃はいくらしても何も生まれない。この違いです。
だから釧路市民は、若のことを好きなだけ批判していいよ。批判すればするほど心がスッキリするし、その声が若まで届いたら状況が改善するかもしれないよ。だけど若を攻撃しても、それを聞いている人のプラスにならないし、若にその声が届いたら、「若を攻撃している人がいるよ」と言われるだけで、何も状況が改善しないよ。
だから釧路市民は、若の批判をしている人がいたら、好きなだけ批判をさせてあげてね。どうせこれから一日ごとに釧路市の財政再建をするかもしれない日が近づいて来るので、財政再建にビビっている人たちの批判は一日ごとに強くなってくるし、実際に釧路市の財政再建が始まったら、本当に本当に必要なものだけ残して、その他の必要なものはすべてカットして借金を返すので、市民全員からキラわれてものすごく文句を言われるから、若は批判をされて市民のストレスを解消することが仕事になるのさ。
だから釧路市民は若への批判と、若への攻撃を間違えないで、批判は好きなだけさせてあげてね。
どれだけ批判しても、若は平等に接して誰も仲間外れにしないから。


一言:若の釧路市民への影響力は、若だけの影響力で、弘宣寺の影響力では無いから。だから、弘宣寺の檀家でも、檀家でなくても、市民の生活に何も変わりが無いよ。


一言:若の言うことを「本当かな?」と思ったり、「自分で確かめてみよう」と思うのはとても良いことだ。言葉で言うだけならならば、誰でも何でも言えるからだ。その時は必ず、このホームページに若が書いていることが原点だから、それを見て「原点を確認しながら」、考えたり、自分で確かめなさい。そうすると、原点を見失って若が何を言っていたのかわからなくなることは無いよ。原点を見失うと、自分が何を考えていたのか、何を確かめていたのかわからなくなるよ。


一言:若が「まわりが釧路市民になったら、王様のように感じる」と言ったことを本当かなと思う人は、釧路市を引っぱったことがある人に聞いてごらん。「釧路市民への自分の影響力の強さにビビる」と言うと思うよ。
経済で釧路市を引っ張っることの恐ろ
2013/10/27
若のお参りの反省:お参り出発予定時間に、26分遅れて、檀家さんの約束の時間に遅れた。原因は、寝坊したから。その原因は、夜中の4時頃に寝たから。解決策として、夜10時に寝て、朝5時に起きて、シャワーを浴びて、朝食を食べて、いつでもお参りに行ける状態で朝7時の仕事開始をむかえたい。

今日のお参りの内容は、「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「仏教では、『嫉妬をすると苦しいだけだから、嫉妬してはダメだ』と教えます。落語家の立川談志は、他の落語家に嫉妬している弟子に、『相手の欠点を攻撃して自分のレベルまで下げることを嫉妬というんだ。本当ならば、相手に並んで、追い抜いていくために行動すればそれで解決するのけれど、人間はなかなかそれができない。嫉妬しているほうが楽だからだ。しかし、そんなことでは状況は何も変わらない。時代が悪いとか、世の中がおかしいと言う前に、どうしてそんなに差がついたのかの原因を調べて行動しなさい』と言いました。自分よりも相手が優秀ならば『悔しい』と思うのは自然な気持ちです。そこで自分を磨いて成長するならば、相手の存在は自分にとってプラスになります。『競争が成長のために必要だ』というのはそういう考えです。しかし、相手を引きずり下ろすことだけをがんばっていると、うまくいっても自分には何もプラスにならないので、満足しません。仏教では『嫉妬をする相手の存在が自分を苦しめるのでは無いよ。嫉妬をする気持ちが自分自身を苦しめるんだよ。だから嫉妬の気持ちを捨てれば、苦しみも無くなるよ』と教えます。だから私は、自分よりも優秀な人を見たら、素直に相手の良さを認めて、それを自分自身に活かして成長していきたいと思いました」という話をしました。


一言:若はなんでこんなに釧路市の中で立場が強いのかというと、若は「釧路市の外と競争して、外からお金と仕事を引っ張ってきて釧路市を好景気にする立場」だから。だから若は今まで釧路市の中で、階段をのぼったことも、順番待ちをしたこともなかった。最初から階段の一番上で、最初から自分の出番でスタートした。市民は、「釧路市の中のことはいいから、おまえは外に通用して、仕事やお金を引っ張ってきて好景気にしてね」と望んでいた。だから市民はあえて、若を釧路市の中の階段や順番待ちをさせないようにしてきた。これが若が「アイツは釧路市の中で絶対に通用しない」と根強く言われる理由だ。だって、階段をのぼったことも、順番待ちをしたこともないから、若のことを見たことが無い、知らない人がたくさんいるのさ。で、それだけならば、若は釧路市の外と競争してばかりだし、釧路市の中で競争をする人は階段を上ったり順番待ちをするだけなので、「お互いに関わることが無い」ので、問題も起きなかった。しかし、二つ問題が起きて、一つは「お寺なので、地域密着という『釧路市が世の中のすべてだ』という人たちを相手に仕事をしていること」。景気を良くすることをがんばって釧路市の外との競争だけをしていたら絶対に関わることの無かった「内向きな人たち」と若はお坊さんの仕事をしているので関わらなければならない。そうすると「井の中の蛙(いのなかのかわず。ただの世間知らずのこと)」や、「お山の大将(小さな集団のトップになると世界のトップになったと思い込む人)」たちと関わるようになった。そうなると若は世界の経済に追いつこうと勉強して自分を磨いてきたので、「小学校の野球チームに、アメリカの大リーガーが入ったような状態」になって、相手にとっては想像を絶する経験をすることになる。若にとっては「オレよりも、東京や中国の方がすごいよ」と思うだけだけど、相手は「自分のよりもすごい人がいたのか」と本当にビックリする。若にとっては「お前よりもすごい人ばかりだよ」と思うけれど、相手には衝撃の体験をする。で、これだけならまだ良かったけれど、二つめの問題は「釧路市のリーダーの競争に出たこと」。これで「釧路市の中で権力争いをしている、自分は強いと思っている人たち」と関わることになった。若にとっては何の興味も無いのだけれど、「アイツはオレたちの仲間にいない素人だから、相手になんかならない」とナメてかかってくる人たちが、若に中身でまったく勝てないという状態になり、相手にとっては「川の中で自分が一番大きいと争っていたら、若という『イルカ』みたいに大きいのが突然現れて、状況を理解できない」という状態になりました。若は「若はイルカだけど、東京や中国はクジラみたいに大きいぞ」と思うのだけど、相手には「弘宣寺の若を潰さないと自分たちは釧路市で生きていけない」と本気で思う。今はまさに、そういう状況です。景気を良くすることだけをがんばっていれば関わることの無かった内向きな人たちと、お寺の仕事や、釧路市のリーダーの競争のために関わることになって、わかりやすく言うと、見たことも無い強い人が突然現れたという「TPP状態」なのです。
で、若はもともと市民から期待されていたし、景気を良くするために東京や中国などの世界の経済に追いついていかないとダメなので、釧路市の中で競争をしている暇(ひま)も無いし、若の能力が通用したら釧路市は好景気になるから、どうせ釧路市の中で勝負をしても市民が味方につくから若が勝つだろうから、別に釧路市の中で競争する気持ちは無いんです。でも、「アイツを潰さないと自分たちに未来は無い」と本気でビビっている内向きな人たちは、今、一生懸命に若を倒すために、潰すためにがんばっています。「若の能力が通用したら釧路市は好景気になるから、あんたの生活にもプラスだよ」と言っても、そんなスケールの大きなことは内向きな人たちには理解できません。好景気になって自分の生活にプラスになるよりも、自分の立場の方が大事なのです。
と、今はこういう状況になっています。
ちなみに、「若は8年後の45才で釧路市の第一線から身を引いて、自分より年下の人に自分の立場を譲(ゆず)るよ」と言うのは、この「釧路市の外と競争をして、釧路市にお金と仕事を引っ張ってきて好景気にする」という立場を譲るということです。だから市民に支えられているからと言って、内向きになってイバったらダメだよ。イバるために市民は支えているのでは無いよ。好景気にしてほしいから支えているだけだから、釧路市の中で競争をするのでは無く、釧路市の外と競争をしなさい。東京や中国などの「世界レベル」は、雲の高さぐらいに上にいるよ。がんばりなさい。
2013/10/27
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後8:00頃。
お参り 17件(住職 11件:月参り 9件。七日参り 1件。法事 1件) (若 6件:月参り 6件。午後1:41出発済。午後4:37終了済。午後1:15出発予定。午後6:00終了予定)


今日の若の予定

午後12:19 起床(5時予定)


午後12:19開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。携帯をマナーモードにする(済)。自分もまわりの人も生きていることに感謝をする(済)。
12:54開始済 お参り出発の準備
1:41出発済 お参り出発
4:37終了済 お参り終了
4:45開始済 休憩
5:06開始済 お参りの反省(済)
6:04開始済 弘宣寺全体の日次決算(済)
7:34開始済 会計の反省(済)
7:39開始済 明日の予定を作る(済)
8:53終了済 仕事終了


一言:あのー、若は仕事をしている時は、「今、何をしているのか」をこのホームページに書いているので、誰でも見れるから安心できるのですが、仕事が終わると若が何をしているのかわからないので、若の釧路市での影響力はすごいものがあるので、何をしているのかわからないとすごく不安になるので、仕事が終わると「今、若は何をしているのか」とものすごくさぐってくるのですが、だから若は仕事をしている時より、仕事が終わった夜から次の日の仕事が始まるまで休んでいる時のほうがすごく疲れるので、どうか若が仕事が終わったあとは、そっとしておいてもらえないでしょうか。
仕事をしている時より、休んでいる時のほうが疲れるというのはちょっとおかしいと思うので、仕事をしている時は檀家さんからも市民からも注目をあび続けるので、夜くらいは心の逃げ場がほしい、そっとしておいてほしいと思うのです。


一言:警察へ。若は「釧路市が財政再建をやったら、市民の心に余裕が無くなって暴動が起きる可能性があるよ」と書いたけど、財政再建をしないと暴動が起きる可能性も無いよ。それに若は財政再建をやっても暴動を自分から起こす気は無いよ。警察が上からおさえつけたら、それがきっかけで暴動が起きる可能性があるよと言っているだけだよ。若は釧路市民にすごい影響力があるけれど、暴動なんか起こせないから。何度も書くけれど、冷静に考えられる人は暴動なんか絶対にしないんだよ。
それから若が釧路市のリーダーになったら釧路市の財政再建が始まるから、最初から警察にも財政再建のメンバーに入ってもらうけれど、若への対応はものすごく難しいから、「オレ様は警察でエライんだぞ」という態度で来ると、「だからどうしたのよ」と言われるから、若はイバっている人と、若をコントロールしようとする人は大キライなので、自分のせいで若に釧路市の財政再建から手を引かれないでね。


一言:釧路市役所へ一言。若がもしも釧路市のリーダーになったら、現場のことはわからないので現場には口を出さないよ。若は、景気を良くすることと、財政再建で、先頭に立ってがんばるだけさ。若は「釧路市が今までやってきたことの現場のこと」は何もわからないから、現場のことは現場が一番わかるからまかせるよ。例えば、市立小学校や中学校の経営なんかまったくわからないから若が口を出したほうが失敗するよ。景気を良くすることや、財政再建は、若が自分で道を切り開くから、現場のことは若が一番わかるから、若が現場で先頭に立つほうがうまくいくんだよ。若が背中で「こうやるんだよ」と教えなかったら、誰もわからないから。
そういうことです。


一言:若は前に「現場というのは、今日をどうこなすのかが大切なので、どうしても現状維持なるから、世の中はいつも移り変わるからそのままでは必ず行きづまるから、現場を時代に合わせて変えるのは経営者の役目だ」と書いたが、それなのに若は「釧路市のリーダーになったら現場に口を出さない」と書くので矛盾しているように見えるかもしれないが、理由は、現場のことがまったくわからないのに現場に口を出すと現場がガタガタになるから。若が釧路市のリーダーになっても、景気を良くすることも、財政再建もしなくてもいいならば、今まで釧路市役所がやってきたことの底上げだけをすればいいから、それなら現場のことも学べるから、現場に口を出しても、現場を変えてもうまくいく。しかし、景気を良くすることと、財政再建で一日が終わる毎日になると思うので、今まで釧路市役所がやってきたことの現場を学んだり、変えたりする時間も体力も気力も無い。だから現場は現場でがんばってもらわないとダメだと思うのです。
そういうことです。


一言:若のために何かをしたいと思う人は、まず「若のまわりは釧路市民18万人なんだ」と思ってね。若はまわりが釧路市民ならば、まずうまくいくんだよ。だからそれだけでじゅうぶんなのさ。
その前提で自分がやらないと、「何をムダなことを」と若が思うのさ。東京や札幌ならばそんなことは無いんだよ。釧路市だから、まわりが釧路市民だから、これが通用するのさ。まわりが釧路市民ならば、若はものすごく強いよ。だから若は、釧路市の中で若にミエをはったり、若に競争しようとする人が出てくると、「釧路市の中でよくやるよな」と思います。サッカーでは、ホームアンドアウェーといって、自分の地元の「ホーム」では圧倒的に有利な状況で試合ができるけれど、相手の地元の「アウェー」では圧倒的に不利な状況で試合をするけれど、釧路市は若の「ホーム」なので、この中で若に勝負をする人はすごいと思うよ。若に圧倒的に有利な状況だからさ。釧路市民は何十年も不景気に苦しんできたから、景気を良くしたいと言う若に本当に期待しているのさ。若への根強い支持は、それだけ不景気に苦しんできたということさ。


若の今日の会計ミス:ありません。


若の会計の改善:準備作業で、16分。1分で終われるので、15分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、13分。10分で終われるので、3分の無駄。
門信徒会会計で、会費の集計で、9分。4分で終われるので、5分の無駄。預金の確認で、1分。無駄なし。現金の計算で、6分。5分で終われるので、1分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、3分。1分で終われるので、2分の無駄。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、7分。3分で終われるので、4分の無駄。門信徒会会計全体で、26分。14分で終われるので、12分の無駄。
寺院会計で、お布施の帳簿入力で、14分。4分で終われるので、10分の無駄。預金の確認で、1分。無駄なし。現金の計算で、7分。5分で終われるので、2分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、7分。1分で終われるので、6分の無駄。データーバックアップで、2分。1分で終われるので、1分の無駄。寺院会計全体で、31分。12分で終われるので、19分の無駄。
後片付けで、4分。3分で終われるので、1分の無駄。
今日の会計全体で、1時間30分。40分で終われるので、50分の無駄。


一言:弘宣寺の檀家さんは、「他のお寺のお坊さんとどう考えても若の行動は違うけれど、なぜなのか」と不思議に思う人がいたかもしれないけれど、こういう状況なんだよとやさしく詳しく話すと理解できると思う。お釈迦さまは、「わかるように伝えたら、相手は必ずわかってくれるよ。わからない時は自分の伝え方が悪いんだよ。理解できない相手のせいにしたらダメだよ」と言ったけれど、そのとおりだと思う。お釈迦さまの良さを見習いたい。


一言:最近、若が思うのは、政治家は権限が大きな力だと思う人がたくさんいるけれど、本当は「相手に理解して、納得してもらうこと」が大きな力だと思った。自民党はずっと国会議員の過半数を取って総理大臣を出してきたが、どんなことをするのかの政策は官僚にまかせてきた。それを若は「なまけている」と思っていたが、たぶん、官僚の作った政策を、自民党は国民に理解して納得してもらって法律にしてきたのだと思う。どんなに良い政策でも、実行できなければ何もしないのと同じだ。その「すばらしい机上の空論」を、「現実的に成り立たせるために国民に理解して納得してもらう」というのが自民党の最大の仕事だったのではないかと思った。それならば、官僚と、自民党のどちらかがいなくても成り立たない。自民党も官僚と同じくらいがんばったのだと思う。
(日本国憲法に政治と宗教の分離とあるので、特定の政党の応援ではありません。政治家という仕事の客観的な説明です)


一言:若が釧路市のリーダーになったら必ず財政再建をするが、そうなったら警察にも最初から協力してもらうので若と警察が会うことがたくさんあると思うけれど、若の対応は本当に難しいので、若はものすごく器が小さくて、ものすごく気が短くて、ものすごく気が小さいので、「そんなことで怒るのか」ということで怒るので、本当に対応が難しいです。しかも考え方が独特なので、先を読むということができない。桃太郎の話はほとんどの人が「桃太郎って、悪い鬼をやっつけて良いことをしたね」と言うけれど、若は「鬼というだけで、突然乗り込んできた桃太郎に倒されて、ご先祖様の財宝まで持って行かれて、ものすごくかわいそうな話だ」と若は思う。こういうものの見方もする。
で、何を言いたいのかというと、若の対応は難しいから、もしも若ともめたり、怒らせたりしたら、すぐに制服を着た婦人警官に若の対応をまかせなさい。若は女性の警察官が好きで、さらに制服を着た婦人警官が大好きなので、一瞬で機嫌が直ると思うので、「婦人警官」というどの団体も持っていない最強の切り札を持っているので、若との対応でもめたら婦人警官に頼ってね。そうしないと、もめたらあっさりと若に釧路市の財政再建から手を引かれて、「警察のせいで釧路市の財政再建は失敗した」とみんなに文句を言われるかもしれないよ。


一言:釧路市の財政再建では、暴動が起こったら困るし、財政再建を途中で断念したら困るので市民の心のケアが大切ですが、文句を言わせることもストレスが減るので心のケアになるので、市民には好きなだけ文句を言わせます。財政再建の文句には若は絶対に怒らないので、市民は好きなだけ若に文句を言ってストレスを減らしてね。若は、途中で断念したり、暴動が起きることを考えたら、文句を言われてるほうが何十倍も幸せです。


一言:若が「東京や中国は、若と比べて雲の高さぐらいにレベルが高い」と書いたけれど、本当かどうか確かめなさい。ウソだったら、若を倒せば世界の頂点になれるよ。本当だったら、若を倒しても、若よりはるかに強い人がいるということさ。世界の頂点になりたいならば、釧路市の中でイバらないで、自分を磨いて成長することが大切だよ。
2013/10/26
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後9:10頃。
お参り 5件(住職 1件:法事 1件) (若 3件:月参り 3件。午前11:57出発済。午後1:00終了済。午後5:37出発済。午後6:05終了済。午前11:15出発予定。午後12:40終了予定。午後5:10出発予定。午後5:50終了予定)

午後1時から午後3時40分。本部役員会。会館2階。(出席者:9名。来てくれた檀家さんに感謝)


今日の若の予定

午前10:49 起床(5時予定)


午前10:49開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。携帯をマナーモードにする(済)。自分もまわりの人も生きていることに感謝をする(済)。
11:30開始済 お参り出発の準備
11:57出発済 お参り出発
午後1:00終了済 お参り終了
1:09開始済 本部役員会(若の9分遅刻)
3:40終了済 終了。後片付け。
3:57開始済 夕食
5:13開始済 お参り出発の準備(16分遅刻)
5:37出発済 お参り出発
6:05終了済 お参り終了
6:15開始済 休憩
6:29開始済 お参りの反省(済)
7:17開始済 弘宣寺全体の日次決算(済)
8:29開始済 会計の反省(済)
8:36開始済 明日の予定を作る(済)
9:34終了済 仕事終了


一言:釧路市民は「熱しやすく、冷めやすい」ので、一つのことでものすごく盛り上がるが、すぐに飽きて、盛り上がったことも忘れる。だから若が思うのは、財政再建をしようとしたら、たいへんだから猛反対をする人たちがたくさん出てくるが、すぐに猛反対することに飽きるので、釧路市にはたくさんの借金があるので財政再建はしなければならないので、粘り強く財政再建をしようとしたら必ず「しょうがない」と猛反対する人たちも受け入れるだろう。だから財政再建に猛反対する人たちは、好きなだけ反対させなさい。そのほうが飽きるのが早い。
仕事では「コツコツ努力すること」が強いが、釧路市民は飽きるのが早いのでコツコツ努力することができない。これも釧路市の経済が弱い一つの原因だ。
だから釧路市で仕事を失いたくない人は、会社の中で一番コツコツ努力する仕事を自分から希望しなさい。コツコツ努力することはどの会社でも必要だけど、釧路市民はコツコツ努力できないからライバルがいないし、代わりになる人もいないから、社長から大切にされるよ。


一言:釧路市の中で市民にかまわれ続ける人は、かなりすごいよ。若は市民にかまってもらっているが、このホームページの「若の背中」から昔の若の行動を見てもらえばわかるが、若は一定の期間ごとに話題が変わる。自分でやろうとしたこともあれば、巻き込まれたこともあるが、話題がドンドン変わっていくから飽きない。例えば、去年の12月の衆議院選挙の時は、弘宣寺は、若が「お坊さんと檀家さんや、檀家さん同士の間に壁を作りまくっているから、壁を壊さなければならない」という法話を作ったので、檀家さんが「平等じゃ無かったのか」と怒って、「弘宣寺は潰れるんじゃないのか」と盛り上がっていた。3月の下旬には若が弘宣寺をクビになりかけて、4月29日から「財政再建の実験が苦しくて中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをしたいという本当の自分がおさえられないから、いつ警察に捕まるかわからない」と盛り上がり、最近は「アジアの発展について行けば釧路市は好景気だ」と言っている。さらに今までは、3月の春のお彼岸や、8月のお盆や、9月の秋のお彼岸のたびに、若は「どの檀家さんに何日にお参りするという案内が間に合わないから、お盆やお彼岸ができないかもしれない」と盛り上がる。
だから市民は、一定の期間ごとに若の話題が変わるから、飽きずに若をかまってくれる。もともと話題の少ない釧路市で、若はいつでも新鮮な話題をくれるから、若をかまっていると市民が退屈しないので、けっこう前からかまい続けてもらっている。来年に若がどんな話題をくれるのか誰も想像もつかないが、たぶんまた新しい話題を市民にあげると思う。
わざわざ話題を作っているのでは無く、自然にやっているだけで話題ができるのが若なのだ。
だから釧路市民にかまい続けてほしい人は、自分で自分を変え続けないとダメだよ。市民にかまってもらうことは簡単さ。新しいものが好きだからすぐにかまってもらえる。かまい続けてもらうことが難しいのさ。だから良い結果が一つできても、その自慢話ばかりしていたら、市民にあっさりと飽きられるよ。
逆に言えば、一ヶ月ごとに話題が変わるから、みんな平等にかまってもらうチャンスがあるので、そういうところは良い街だと思うよ。


一言:ものすごくわかりにくいけれど、弘宣寺の枠組みは弘宣寺の中でしか通用しないから。弘宣寺から一歩出れば、そこは「釧路市のこと」なので、弘宣寺の枠組みは若には通用しないよ。弘宣寺の枠組みの中ならば若に指示できる人はたくさんいるけれど、弘宣寺から一歩出たら、若は釧路市の景気を良くすることや、釧路市の財政再建という「誰もやったことの無いこと」をやろうとしているので、若に指示できる人は誰もいないので、弘宣寺の枠の中にいるつもりで若に釧路市のことを指示したら、絶対に言うことを聞かないし、市民の中にそんな人は一人もいないので、「世の中をナメてる」と見ている人に思われるよ。悪気が無くてもそう見えるよ。だから、「弘宣寺の枠組みは、弘宣寺の中にしか通用しない」とおぼえておいてね。
それから、若は釧路市民全員と平等に接する立場なので、弘宣寺で檀家さんがどれだけ若のためにがんばっても、釧路市の話になったら他の市民と平等になるから、弘宣寺の檀家になっても普段の生活に何のプラスも無いから。
もちろん、弘宣寺の檀家にならなくても普段の生活に何のマイナスも無いよ。こうしないと日本国憲法の「政治と宗教の分離」に違反するし、市民が誰もやる気にならないし、ついて来ないから意味が無いんだよ。


一言:弘宣寺の中では、弘宣寺の枠組みは通用するんだよ。弘宣寺の外では弘宣寺の枠組みが通用しないというだけだよ。よく考えたら当たり前でしょ?


一言:釧路市のことで弘宣寺は若の側近になんかなれないよ。そんなことをしたら憲法の「政治と宗教の分離」に違反するよ。若が釧路市の話をした時は、弘宣寺は釧路市の中の宗教団体の一つさ。その線を越えたら、若に「弘宣寺は何を調子に乗っているのよ」と思われるよ。若が釧路市の話をする時は、弘宣寺は関わらないほうがいいよ。


一言:なぜなのかと言うと、若が釧路市の話をしている時に弘宣寺が側近になってしまったら、まるで弘宣寺の檀家にならないと市民の普段の生活に影響が出るように見えるのさ。だから憲法で「政治と宗教の分離」とあるのさ。
そういう理由です。


若のお参りの反省:お参り出発予定時間に、42分遅れて、そのために午後1時のお寺の会議に遅れた。原因は、寝坊したから。その原因は、夜中なの2時頃に寝たから。解決策として、夜10時に寝て、朝5時に起きて、シャワーを浴びて、朝食を食べて、いつでもお参りに行ける状態で朝7時の仕事開始をむかえたい。


今日のお参りの内容は、「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「仏教では、『嫉妬をすると苦しいだけだから、嫉妬してはダメだ』と教えます。落語家の立川談志は、他の落語家に嫉妬している弟子に、『相手の欠点を攻撃して自分のレベルまで下げることを嫉妬というんだ。本当ならば、相手に並んで、追い抜いていくために行動すればそれで解決するのけれど、人間はなかなかそれができない。嫉妬しているほうが楽だからだ。しかし、そんなことでは状況は何も変わらない。時代が悪いとか、世の中がおかしいと言う前に、どうしてそんなに差がついたのかの原因を調べて行動しなさい』と言いました。自分よりも相手が優秀ならば『悔しい』と思うのは自然な気持ちです。そこで自分を磨いて成長するならば、相手の存在は自分にとってプラスになります。『競争が成長のために必要だ』というのはそういう考えです。しかし、相手を引きずり下ろすことだけをがんばっていると、うまくいっても自分には何もプラスにならないので、満足しません。仏教では『嫉妬をする相手の存在が自分を苦しめるのでは無いよ。嫉妬をする気持ちが自分自身を苦しめるんだよ。だから嫉妬の気持ちを捨てれば、苦しみも無くなるよ』と教えます。だから私は、自分よりも優秀な人を見たら、素直に相手の良さを認めて、それを自分自身に活かして成長していきたいと思いました」という話をしました。


一言:あのー、まさかとは思いますが、「政治と宗教の分離を守りなさい」と若に言われてショックを受けている檀家さんがいるわけが無いよね? そんなことをされたら、若が憲法違反をしているように見えるよ。若のことを大切に思う檀家さんは、憲法の「政治と宗教の分離」をしっかり守って、若の足を引っ張らないよ。


若の今日の会計ミス:ありません。


若の会計の改善:準備作業で、13分。1分で終われるので、12分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、15分。10分で終われるので、5分の無駄。
門信徒会会計で、会費の集計で、6分。2分で終われるので、4分の無駄。預金の確認で、1分。無駄なし。現金の計算で、7分。5分で終われるので、2分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、3分。1分で終われるので、2分の無駄。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、5分。1分で終われるので、4分の無駄。門信徒会会計全体で、22分。10分で終われるので、12分の無駄。
寺院会計で、お布施の帳簿入力で、8分。2分で終われるので、6分の無駄。預金の確認で、1分。無駄なし。現金の計算で、7分。5分で終われるので、2分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、2分。1分で終われるので、1分の無駄。データーバックアップで、2分。1分で終われるので、1分の無駄。寺院会計全体で、20分。10分で終われるので、10分の無駄。
後片付けで、2分。無駄なし。
今日の会計全体で、1時間12分。33分で終われるので、39分の無駄。


一言:若は、側近(そっきん)というものを作らない。弘宣寺のことでは檀家さん全員と平等に接しているつもりで、釧路市のことでは市民全員と平等に接しているつもりだ。だから「側近」という言葉をどうしても使うならば、弘宣寺のことでは檀家さん全員が若の側近であり、釧路市のことでは市民全員が若の側近だ。市民全員が側近と聞くと「大げさすぎる」と思う人もいるかもしれないが、もしも若が釧路市の経済の競争力をつけて、他の街から「最近の釧路市の経済はすごいな」と言われるようになったら、釧路市民全員が若の側近に見えるよ。なので、釧路市のことで弘宣寺のが若の側近のフリをすると、憲法の「政治と宗教の分離」に違反するだけで無く、若の「みんなに平等に接する。みんなが側近だ」というやり方と違うので、若にとってとても都合が悪く、自分らしくできなくなる。なので、釧路市のことで弘宣寺のが若の側近のフリをするのは、やめてね。弘宣寺のことでは檀家さん全員を側近だと思っているよ。だから会計でもいつでも誰でも若の代わりができるように詳しく送っていたのさ(檀家さんから紙のムダだと言われて毎月送らなくなったけれど)。
2013/10/25
若のお参りの反省:お参り出発予定時間に、1時間39分遅れて、檀家さんの約束の時間に遅れた。原因は、寝坊したから。その原因は、夜中の3時過ぎに寝たから。解決策として、夜10時に寝て、朝5時に起きて、シャワーを浴びて、朝食を食べて、いつでもお参りに行ける状態で朝7時の仕事開始をむかえたい。

檀家さんから、「毎月ちゃんと給料をもらっているならば、遅刻したり、檀家さんの約束の時間に遅れるのはおかしい」と言われて、「そのとおりです」と言いました。いつも本当にすいません。反省しています。

今日のお参りの内容は、「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「仏教では、『嫉妬をすると苦しいだけだから、嫉妬してはダメだ』と教えます。落語家の立川談志は、他の落語家に嫉妬している弟子に、『相手の欠点を攻撃して自分のレベルまで下げることを嫉妬というんだ。本当ならば、相手に並んで、追い抜いていくために行動すればそれで解決するのけれど、人間はなかなかそれができない。嫉妬しているほうが楽だからだ。しかし、そんなことでは状況は何も変わらない。時代が悪いとか、世の中がおかしいと言う前に、どうしてそんなに差がついたのかの原因を調べて行動しなさい』と言いました。自分よりも相手が優秀ならば『悔しい』と思うのは自然な気持ちです。そこで自分を磨いて成長するならば、相手の存在は自分にとってプラスになります。『競争が成長のために必要だ』というのはそういう考えです。しかし、相手を引きずり下ろすことだけをがんばっていると、うまくいっても自分には何もプラスにならないので、満足しません。仏教では『嫉妬をする相手の存在が自分を苦しめるのでは無いよ。嫉妬をする気持ちが自分自身を苦しめるんだよ。だから嫉妬の気持ちを捨てれば、苦しみも無くなるよ』と教えます。だから私は、自分よりも優秀な人を見たら、素直に相手の良さを認めて、それを自分自身に活かして成長していきたいと思いました」という話をしました。


一言:今日のお参りの時に檀家さんから、若が財政再建の実験をしている時に「中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをしたい」と弘宣寺のホームページに書いていたことを、「みんなから笑われてたいへんな思いをした」と言われました。「すいませんでした」と謝りました。若はすっかり忘れていたけれど、財政再建の実験をしている最中は、若に「中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをしたい」と言われて弘宣寺の檀家さんは笑われて、市民も若が捕まっていなくなると景気の悪くなるスピードが速くなるのでビビって、中学生や高校生の娘がいる親が自分の娘が若にエッチなイタズラをされるのではないかと思ってビビって、みんなたいへんな思いをしました。もちろん若も倒れそうなくらいにつらかったのですが、今日、檀家さんのたいへんだった気持ちを聞いて「自分一人だけがたいへんなのでは無かった」と思って、勉強になりました。本当にみんなたいへんだったんですよ。みんなががんばったから乗り越えられたんですよ。弘宣寺の檀家さんの中には、「若が中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをしたいとホームページに書いたら、弘宣寺がみんなから笑われたから、これからも笑われ続けるのか」と思う人がいるかもしれませんが、釧路市民は笑えません。釧路市が財政再建をやったら、若と同じ状態になるからです。もしも「日本の国」と「北海道」と「釧路市」の3つの財政再建が同時に重なったら、市民は間違いなく若と同じ状態にななります。本当の自分が出るくらい苦しくて、暴動も起きるかもしれない。自分のそうなるのかと思うと、笑える市民はいないと思います。
ちなみに、若の財政再建の実験は、母親から100万円を借りましたが、警察も間に入っているので、もしも母親から借金をしていなかったら、毎月返していなかったら、「警察の力を使って遊んだ」ということになるので、若は必ず刑務所に行きます。だから母親ならばみんな、借金が無くても「借金があった」と言うので、母親の言うことは客観的な証拠になりません。なので絶対に若の財政再建の実験は「事実」になりません。なので、弘宣寺の檀家さんが笑われながらも耐えたことや、市民が若が捕まることにビビりながら協力したことは、どんなにがんばっても、どんなにたいへんだったとしても、絶対に「事実」にはなりません。これが若の財政再建の実験のツライところです。ただ、客観的に否定する証拠も無いから、「絶対に無かった」とも誰も言えません。
だから、若の財政再建の実験で一番がんばった人は、若をまったく誘惑しなかった釧路市の中学生や高校生の女の子なのですが、もしもたった一人でも若を誘惑していたら必ずエッチなイタズラをしていたので、必ず警察に捕まっていたので、中学生や高校生の女の子は冗談では無く釧路市の経済を救っていたのですが、若の財政再建の実験そのものが絶対に「事実」にならないので、中学生や高校生の女の子が釧路市を救っていたことは、「現実」ですが、絶対に「事実」になりません。がんばってくれたのに、すいません。たぶん、伝説というのは、現実だけど客観的に正しいと証明できないから事実にならなかったことではないかと思います。「釧路市の中学生や高校生の女の子が釧路市を救ってたんだよ」というのは、ちょっとした伝説みたいなものだと若は思います。もしも若が釧路市の景気を良くしたり、釧路市の財政再建をしたら、「若が活躍できるのも、中学生や高校生の女の子のおかげなんだよ」と、若の財政再建の実験を知っている人が言うかもしれません。
若の人生と、弘宣寺と、釧路市を救ったのは本当に釧路市の中学生や高校生の女の子なので、若はそのことに本当に感謝しているよ。ありがとうございました。


一言:若の財政再建の実験は、最近詳しく書いていますが、あれがだいたいの流れです。4月29日(月)からリアルタイムで見ていた人は、「若はいつ警察に捕まってもおかしくない」という状況で、ずっと毎日このホームページを見ていました。若は、「自分が捕まったら、釧路市の景気の悪くなるスピードが速くなるからたいへんだ。さらに、本当に景気の悪くなるスピードが速くなったら『若がわざわざ中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをして警察に捕まったからだ』と市民の怒りが爆発するから、その怒りがもしかしたら弘宣寺に直撃するかもしれない」と、捕まった後の自分の人生よりも、釧路市の経済や弘宣寺のことを心配していました。そういう状況で、毎日みんなでがんばったのです。若は「若が捕まったら必ず新聞に載るから、すぐに対策を取って若の代わりをするんだよ。だから毎朝に必ず新聞をチェックするんだよ」と市民に言っていました。釧路市の政党に「若が捕まっていなくなったら、若の代わりに釧路市の経済を引っ張ってね。政党の東京本部は戦後のボロボロの日本を世界トップレベルの経済に育てたのだから、東京の本部から学んで釧路市の経済を引っ張っていってね」とこのホームページで頼んだのです。若も必死でした。本当に中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをして警察に捕まるかもしれないと思ったのです。「そんなに捕まったらダメならば、財政再建の実験をやめたらいいだろう」と思う人がいるでしょうが、それでは若の「本当に本当に必要なものだけを残して、その他の必要なものをカットして借金を返す」というやり方が通用しないと証明されるので、そうなったら他に財政再建をする方法が無かったのです。だからどうしても「成功した。ゴールまでたどりつけた」という結果が必要でした。このやり方で断念したら、釧路市の財政再建そのものができなくなった可能性があるのです(他に誰も財政再建をしようとしないから)。だから何が何でも途中でやめることができないので、4月29日に限界だったのに、そこからがんばりにがんばって7月末までがんばりました。
ところがそこで、ありえないことが起こりました。4月29日にスタートした「若がたいへんだからいつでも若が捕まってもいいように準備をしてね」と言ったことに、市民が飽きたのです。釧路市民は「熱しやすく冷めやすい」ので、一つの話題が1ヶ月持ちません。4月29日に始まったので、5月は良かったのですが、6月になったら完全に飽きました。そしていつの間にか「弘宣寺の若は借金を返し終わって、警察に捕まらずにすんだ」という話になったのです。現実逃避です。「景気の悪くなるスピードが速くなるかもしれない」というぐらいでは、市民の興味は1ヶ月以上持たないのです。若がいなくなったらすぐに対応しないと経済のダメージが大きくなるから必ず新聞で毎朝にチェックをしてほしいと頼んだことも、いつの間にか誰もおぼえていませんでした。たぶん、よっぽど根性のある人以外は新聞でチェックすることを断念したと思います。飽きたから。だから若はなんとか市民に興味を持ってもらうために、弘宣寺のホームページで仏教の話を書いていました。これが好評だったのです。仏教の話はおもしろかった。これでなんとか市民の興味を7月末まで引っ張っていきました。でも毎日毎日「今日も中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをしませんでした」と書いているのを見て(エッチなイタズラをしましたと書いてあったらすぐに対応しないとたいへんなことになるので)、市民はウンザリしていました。「飽きたから他の話題に変えてくれ」と。このホームページを見ている人は「中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをしたいなんて書いているから、地元で一生言われ続けるぞ」と思う人もいるかもしれませんが、釧路市民は違うのです。7月末に借金がゼロになって若に心の余裕が戻ったので、もう中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをして捕まる心配が無くなったら、「この話題をもうしなくてもいいんだ」とホッとしました。一生言われ続けるどころから、市民がこの話題に飽きたからもう他の話題に移りたがっていたのです。釧路市は、こういう街です。
なので若の財政再建の実験の最後の2ヶ月のたいへんなことは、「市民の興味をなんとかつなぎ止める」と言うことでした。「中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをしたい」というだけでは、釧路市民にかまってもらえなくなります。
ちなみに釧路市民は、釧路川にラッコが来た時にたくさんの人が見に行って、地元のテレビにも新聞にも毎日このニュースが出るくらいに大ブームになりましたが、釧路市民は今では「ラッコが来たこと」もすっかり忘れています。こんな市民です。記憶に残らないのです。ちなみに「ハナミズキ」と「僕等がいた」という2本の映画も釧路市で撮影しましたが、これはすごいことなのですが、そんなことをすっかり忘れている市民がたくさんいます。熱しやすく冷めやすい釧路市民にかまわれ続けるのは、本当に難しいのです。
2013/10/24
一言:釧路市民は「弘宣寺の若は暴動を起こそうとしているのか」と思うかもしれないけれど、そうではなくて、財政再建の実験をしたから「心に余裕が無い状態」を自分で経験したので、「これなら暴れまわるかもしれない」と自分で思ったのです。市民全体が若と同じようになったら「誰かが暴れまわる」というレベルでは無くて、「暴動」になるので、警察に「今から気をつけてね」と言っているのです。警察に恨(うら)みがあるようにも見えるかもしれませんが、警察に恨みがあるならば「暴動が起きるかもしれないから気をつけて」なんて言いません。前もって教えたら警察なら対応するから。おまけに「ソフトな対応の方がおとなしくなるよ。今までどおりに上から押さえつけたら、それがきっかけが暴動が始まるよ」とも教えません。警察に何も教えずに財政再建を始めれば、警察は必ず今までどおりに権威でおとなしくさせようとするし、上から押さえつけようとするでしょう。そうしたら「権威が通用しない。上からおさえたら暴動が始まっちゃった」と大混乱するでしょう。恨みがあるならば、それを笑いながら見ていればいい。恨みが無いから、暴動が起きてほしくないから、前もって教えているのです。
それから、「若の財政再建の実験は、客観的にやったという証明できる証拠が一つも無いから、警察も本格的に準備ができないのではないか」と思うかもしれませんが、「やった」と客観的に証明する証拠も無いけれど、「無かった」と客観的に否定する証拠も無いのです。この、「暴動が起きる可能性がゼロでは無い」というのがすごく大切なことなのです。若が3年後の釧路市のリーダーの競争に勝つ可能性がゼロでは無いから、数年以内に釧路市で暴動が起きる可能性がゼロでは無いということになります。そうなれば警察としては釧路市で暴動が起きてもいいように必ず準備をします。警察の会議でも認められるでしょう。若の財政再建の実験を客観的に否定できない限り、釧路市で暴動が起きる可能性がゼロだと言えないからです。だから、警察でちゃんと対応できるようになるから、市民は心配無いよ。若の想像では、日本の国も収入の半分が借金だから財政再建から逃れられないから、釧路市が財政再建を先に始めたら警察庁(日本全体の警察の本部)も「実験場」として釧路市に注目するよ。だからたぶん、警察庁の優秀な人を釧路警察署に送り込んでくるよ。体育会系の警察官ばかりならばソフトな対応ができないかもしれないけれど、警察庁の頭の良い警察官が来たらちゃんと対応できるよ。警察の頭の良い人たちは若よりも頭が良いから、若は心配してないよ。もしも若が警察庁の立場ならば、釧路市の財政再建を黙って見てはいないよ。ものすごく貴重な経験になるからさ。
そういうことです。
2013/10/25
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後9:00頃。
お参り 8件(住職 4件:月参り 1件。七日参り 2件。法事 1件) (若 4件:月参り 4件。午前11:39出発済。午後3:36終了済。午前10:00出発予定。午後1:30終了予定。午後4:30出発予定。午後5:30終了予定)


今日の若の予定

午前9:44 起床(5時予定)


午前9:45開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。携帯をマナーモードにする(済)。お釈迦さまの教えは本当に真実なのか確かめる。自分もまわりの人も生きていることに感謝をする(済)。
10:52開始済 お参り出発の準備
11:39出発済 お参り出発。配布ボランティアの檀家さんに弘宣寺だより11月号を届ける(全部済)。
午後3:36終了済 お参り終了
3:50開始済 お参りの反省(済)
4:33開始済 夕食
5:40開始済 弘宣寺全体の日次決算(7分遅刻)(済)
8:24開始済 会計の反省(済)
8:29開始済 明日の予定を作る(済)
9:32終了済 仕事終了


お釈迦さまの教えは本当に真実なのか確かめる:悩みの無い人も、老人にならない人も、病気にならない人も、死なない人も、一人もいないと思うので、お釈迦さまの教えは真実だと思います。だから苦しんでいるのは自分だけでは無いと思います。
今日も通用したいので、昨日までお釈迦さまの教えを根拠にして通用したことはすべて忘れます。
今日もお坊さんとしての根拠はお釈迦さまの教えにします。


一言:釧路市の財政再建の時に警察が暴動を起こさせないためには、ストレスをためさせないこと。だから財政再建がスタートした瞬間から心のケアをすることが大事だ。若は財政再建の実験をした時に、前半はまったく心のケアをしなかったから、後半になって一気に心が苦しくなった。しかしそこから心のケアを大切にしたからなんとかゴールまでつけた。市民にストレスがたまっているとわかってから心のケアをしたのでは遅い。ストレスがたまる前から心のケアをしてストレスがたまらないようにしたら、心の余裕もそんなに無くならないので暴動が起きる可能性も減るし、財政再建も途中で断念しなくてすむ。暴動が起こってからどう対応するかよりも、暴動が起きる状態になるまでストレスや心の疲れをためないためにどうしたらいいかと考えたほうが、結果的に暴動の可能性を減らせるよ。そしてそれはそのまま日本の国や北海道の財政再建の時に使えるよ。
それから、若の財政再建のやり方は「本当に本当に必要なものだけを残して、その他の必要なものは全部カットして借金を返す」という方法だが、これは最高にツライが、なぜ若はこの方法をするのかというと、借金を返している期間が一番短いから。借金を返している最中は最高にツライが、短い期間で終わるから気持ちが切れない。若は毎月の給料が25万円なのに、去年の11月から今年の7月までの9ヶ月間で100万円の借金を返せた(母親から借りたから利息は無かったので助かった)。給料が毎月25万円の人は、たった9ヶ月で貯金を100万円作ると想像してほしい。100万円の借金を返すのも、100万円の貯金をするのも「お金を使えない」ということでは同じです。ものすごいたいへんでしょう。これが簡単にできるなら毎月25万円の給料でも1ヶ月で11万2000円貯金できるので(9ヶ月間で100万円を1ヶ月平均にしたら11万2000円になる)、1年間で134万4000円、2年間で268万8000円貯金ができるので、2年ごとにクルマを新車に現金で買い換えられる。
これだけたいへんでも、借金を短い期間で返し終わったほうが気持ちが切れないから、結果的に楽なのです。だから若は100万円の借金の苦しみがたった9ヶ月間で終わったのです。
さらに若は財政再建の実験の時に、住職や坊守にラーメンやお寿司をおごってもらったり温泉につれていってもらえて、檀家さんからお菓子やジュースやアイスをご馳走になったから、それが心のケアになってとても助かったからゴールまでつけた。釧路市が財政再建をしても、日本の国からは今とあまり変わらないくらいのお金がもらえると思うので、それがすごく助かる。日本の国の財政再建が始まったら、国からお金をもらえないかもしれない。だから今のうちに釧路市の財政再建をしたほうが楽なのです。
ということです。


一言:若は、独特な考え方をするから対応がすごく難しいので、若への対応をどうしたらいいのかは若に直接に聞いてね。住職や坊守は親だけど、親にだけ聞いても若に対応できません。特に、釧路市の景気を良くすることと、釧路市の財政再建は若が自分で道を切り開いているので、親は関係無いので、若に聞くしかありません。もしも「若が釧路市の景気を良くすることや、釧路市の財政再建をすることは、父親の住職に教えてもらっているのではないか」と思ったら、それは間違いです。若は一人で考えてやっているので、勘違いされたら住職がかわいそうです。釧路市の中で、若が景気を良くすることと、財政再建をすることに指示を出せる人は誰もいません。若が一人で考えているので、後ろについてくるしか方法が無いからです。市民は、良いと思ったらついてくればいいし、イヤだと思ったらついて来なければいい。完全に自由です。ついて来るか来ないかは市民の自由に決められるけれど、若に指示は誰も出せない。ヒドイ言い方ですが、ッキリ言うと、若よりレベルの低い人が若を動かすのは無理だからです。景気を良くすることも、財政再建も、若が切り開いた道なので、若よりレベルが高い人は釧路市に存在しません。もしも若よりレベルが高いのであれば、若についていかないで、その人について行けばいいからです。若のやり方でやっているうちは、若が一番レベルが高くて、若に指示を出せる人は誰もいません。市民は「若のやり方は一番結果が出るのか」と考えて、良いと思ったらついて来ればいいし、イヤだと思ったらついて来なければいい。
若は釧路市では、誰かの通った道を通るのではなく、道の無いところに自分で道を切り開く立場です。だから、景気を良くすることや、財政再建は、誰もやったことが無いので、若にピッタリなのです。


一言:若が警察に捕まったら困る人は、釧路市の中学生や高校生の女の子に感謝してね。若が財政再建の実験をしていた時は、たった一人でも「エッチなイタズラをしてもいいよ」と誘惑したら、心に余裕が無いから、警察に捕まることがわかっていてもエッチなイタズラをしたのさ(今は心に余裕が戻ったので、もしも誘惑されても断れると思う。たぶん)。
若が警察に捕まったらどれだけ影響が出るかを考えたら、釧路市の中学生や高校生の女の子の助けてくれたことは、ものすごく大きいよ。


一言:「財政再建の実験」と、「中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをしたい」ということは何の関係も無いよ。財政再建の実験があまりにもツライから、「中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをしたいという本当の自分」をおさえられなくなったから、若は本当に「いつ警察に捕まるかわからない状態」になったのさ。
だから釧路市で財政再建をしたら、「苦しくて本当の自分が出るかもしれない」と思ってね。それぐらい心に余裕が無くなるから、暴動も起きる可能性があると若は思うのさ。


一言:「若の財政再建の実験をみんなが助けた」と聞いて理解できない人は、正確に言うと、「若が財政再建の実験をしたらあまりにツラクて途中で断念しそうになって、さらに心に余裕が無くなったから、中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをしたいという本当の自分がおさえられなくなったので、若が捕まっていなくなると釧路市の景気の悪くなるスピードが速くなる可能性があったので、みんなで若が中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをしないように協力して若が警察に捕まることをしないように、若の心の余裕が少しでも戻るように協力して財政再建がゴールまでつくようにみんなで助けた」ということです。
だから、若を誘惑しなかった中学生や高校生の女の子が一番助けてくれた相手だと思うのです。
「冷静に考えたら、おまえの言っていることは理解できない」と思うでしょうが、それが「心に余裕が無い状態」なのです。だから、暴動を起こしたり、警察にケンカを売るという「冷静に考えたら絶対にありえないこと」をする可能性があると思うのです。


若の今日の会計ミス:ありません。


若の会計の改善:準備作業で、16分。1分で終われるので、15分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、14分。10分で終われるので、4分の無駄。
門信徒会会計で、領収証の貼り付けと帳簿入力で、37分。10分で終われるので、27分の無駄。会費の集計で、38分。8分で終われるので、30分の無駄。預金の確認で、1分。無駄なし。現金の計算で、5分。無駄なし。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、8分。2分で終われるので、6分の無駄。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、8分。1分で終われるので、7分の無駄。門信徒会会計全体で、1時間37分。27分で終われるので、1時間10分の無駄。
寺院会計で、お布施の帳簿入力で、16分。4分で終われるので、12分の無駄。預金の確認で、1分。無駄なし。現金の計算で、5分。無駄なし。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、6分。1分で終われるので、5分の無駄。データーバックアップで、2分。1分で終われるので、1分の無駄。寺院会計全体で、30分。12分で終われるので、18分の無駄。
後片付けで、7分。4分で終われるので、3分の無駄。
今日の会計全体で、2時間44分。54分で終われるので、1時間50分の無駄。
2013/10/24
若のお参りの反省:お参り出発予定時間に、3時間11分遅れて、檀家さんの約束の時間に遅れた。原因は、寝坊したから。その原因は、夜中の4時頃に寝たから。解決策として、夜10時に寝て、朝5時に起きて、シャワーを浴びて、朝食を食べて、いつでもお参りに行ける状態で朝7時の仕事開始をむかえたい。

「のれん」の法話をしながら、「やっぱり、のれんみたいにやれば相手の批判を受け入れられるな。相手の批判も、必ず正しい部分があるから、批判を取り入れて自分の成長につなげたい」と思った。

今日のお参りの内容は、「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「仏教を作ったお釈迦さまは、『人間には四つの苦しみがある』と言いました。ひとつめは、生きる悩みです。若者には青春の悩みが、大人には生活や仕事の悩みが、年配の人には年配の人の悩みが、男性には男性の悩みが、女性には女性の悩みがあります。お釈迦さまは『悩みの無い人なんていないんだよ。悩んでないように見えるだけで、みんな悩んでるんだよ』と言いました。二つめは、老人になる苦しみです。年を取って体が動かなくなったり、見た目がどんどん老人になっていくのは、とても自然なことです。お釈迦さまは『みんな平等に老人になるんだよ』と言いました。三つめは、病気の苦しみです。現在、病気の人はそうですが、健康な人もいずれ病気になって苦しみます。お釈迦さまは『病気の苦しみは、みんな経験するんだよ』と言いました。四つめは、死ぬ苦しみです。死の恐怖や、死の苦しみは、みんな平等に経験します。まわりの人の死もそうです。家族や、親戚や、友達を亡くすことはほとんどの人が経験しています。お釈迦さまは、『自分が死ぬ苦しみも、まわりの人が死ぬ苦しみも、みんな経験するんだよ』と言いました。お釈迦さまは、『四つの苦しみは、人間ならば逃れることができないけれど、苦しむ量を減らすことはできる』と言いました。人は苦しいと、『何で自分だけが』と思ったり、苦しむことを『恥ずかしい』とか、『情けない』とか、『損だ』とか思って、苦しんでいる自分を責めたりします。そうすると、苦しみが何倍にも増えます。しかし、『四つの苦しみは人間ならば逃れることができないのだから、みんな経験するんだから、良いことでも悪いことでもなく、とても自然なことだ』と思って、苦しんでいる自分を素直に受け止めれば、苦しむ量もグッと減ります。だから私は、悩みがあっても、老人になっても、病気になっても、死ぬ時も、『良いことでも悪いことでもなく、とても自然なことだ』と素直に受け止めたいと思いました」という話と、

「仏教では、『嫉妬をすると苦しいだけだから、嫉妬してはダメだ』と教えます。落語家の立川談志は、他の落語家に嫉妬している弟子に、『相手の欠点を攻撃して自分のレベルまで下げることを嫉妬というんだ。本当ならば、相手に並んで、追い抜いていくために行動すればそれで解決するのけれど、人間はなかなかそれができない。嫉妬しているほうが楽だからだ。しかし、そんなことでは状況は何も変わらない。時代が悪いとか、世の中がおかしいと言う前に、どうしてそんなに差がついたのかの原因を調べて行動しなさい』と言いました。自分よりも相手が優秀ならば『悔しい』と思うのは自然な気持ちです。そこで自分を磨いて成長するならば、相手の存在は自分にとってプラスになります。『競争が成長のために必要だ』というのはそういう考えです。しかし、相手を引きずり下ろすことだけをがんばっていると、うまくいっても自分には何もプラスにならないので、満足しません。仏教では『嫉妬をする相手の存在が自分を苦しめるのでは無いよ。嫉妬をする気持ちが自分自身を苦しめるんだよ。だから嫉妬の気持ちを捨てれば、苦しみも無くなるよ』と教えます。だから私は、自分よりも優秀な人を見たら、素直に相手の良さを認めて、それを自分自身に活かして成長していきたいと思いました」という話と、

「お葬式の時は、みんなの前に出るので本当に緊張します。仏教では、『自分が、自分がという、我(が)を捨てなさい』と教えますが、心の中の我をはっている部分だけ緊張します。『お坊さんなのだから仏教にまかせればいいんだ』と思える心の部分は、何も緊張しません。我をはるとその部分の心が硬くなるので、硬いからダメージを受けます。おそば屋さんには『のれん』というものがありますが、前から押しても、後ろから押しても、のれんはその方向に力を流すだけで何もダメージを受けません。私は『我を捨てる』とは、のれんのような心の状態になって、前から来ても後ろから来ても『そうだね』とその方向に力を流すだけで、決してこらえたりガマンしたりしないやり方ではないかと思いました。のれんのような気持ちでやるとは、緊張している時に無理に緊張をおさえないで、緊張している自分をそのまま認めて受け入れることだと思いました。緊張している時に心が揺(ゆ)れるのは、揺れることで緊張感やプレッシャーを逃すからです。だから緊張やプレッシャーが無くなると逃す必要が無くなるので、自然に心の揺れがおさまります。だから緊張している時は、そのまま自分を緊張させておくほうが良いと思いました。それが自然な姿なのだと思いました。『自分が、自分がという、我を捨てる』ということは、自分を演じたり無理をするのでは無くて、そのままの自分を受け入れることだと思いました」という話をしました。


一言:若が「釧路市が財政再建をすると、市民の心に余裕が無くなるから、そうなると警察の権威が通用しなくなるよ。やさしく対応して市民の心の負担を減らすという『ソフトな対応』をすると市民が冷静になっておとなしくなるよ。上から押さえつけると、逆に警察がきっかけになって暴動が起きるよ」とこのホームページに書くから、権威に頼らないとやっていけない体育会系の警察官はビビっていると思うけれど、たぶん、印籠をなくした水戸黄門のような状態になるので、今のままでは通用しないだろうからビビるのだと思うけれど、まずジックリ考えてほしいのは、日本の国の中では警察とケンカをしても絶対に勝てないような仕組みになっているので、警察にケンカを売ってくるのは「冷静に考えられない状態」の人だけです。冷静に考えられたら、警察にケンカを売っても良いことは一つもないとわかるので、心に余裕の無い状態の人しか警察にケンカを売りません。だから財政再建をすると市民の心に余裕が無くなるから、警察にケンカを売ってくる可能性が、警察に向かってくる可能性があるのです。だからこそ、力で上から押さえつけると、逆に警察がきっかけで暴動が起きて、警察署が一番最初に狙われる可能性があります。ソフトな対応をして、市民の心の負担を減らして、冷静さを取り戻せば「警察にケンカを売っても何も良いことは無い」と気づくので、自分からおとなしくなります。若の財政再建の実験をしている時のことを考えたらわかるでしょ? あの時の若はたぶん自分から警察を挑発していたと思うよ。でも今は、「警察のメンツを傷つけたらダメだよ」と市民に教えている。心の負担を減らしたり、心の負担を無くせば必ず冷静になるから、冷静になったら警察にケンカを売らないほうがいいと誰でも思うのさ。今の若もそうさ。
警察官の直感として、「今の自分のやり方では暴動が起きる」と思う人は、今からソフトな対応ができるようにコツコツ努力をすればいいのさ。その直感はたぶん正しいよ。ソフトな対応ができるようになれば、「財政再建をやってもなんとか暴動を起こさずに治安を守れる」と思えるようになるよ。今の不安は、「今のままでは通用しないからソフトな対応をおぼえなさい」と自分の心が教えてくれているのさ。
でもね、日本は法律で動いている国なのだから、本当は「どうしてもお前を捕まえたのか。どうして捕まえなければならなかったのか」というのを犯人に理解して納得してもらわなければならないんだよ。その「法律を守ることを理解して納得してもらう」ということを普段から国民にしていくのも警察の役目なのさ。そうすれば犯罪そのものを減らせるから。警察官としての本当にやるべきことをやっていないから、権威が通用しないというだけでオドオドするのさ。仏教を作ったお釈迦さまは「相手に理解して、納得してもらうこと」を大切にしたから、お釈迦さまが死んでから2000年以上たっても、お釈迦さまを支持する人がたくさんいるのさ。もしもお釈迦さまが力で無理矢理に言うことを聞かせていただけならば、お釈迦さまが死んだら誰も相手にしないよ。警察の権威が通用しないと誰も法律を守らないのならば、そもそも「法治国家(ほうちこっか。権力を持った人がルールでは無く、法律がルールということ)」としての日本の警察としては、一番やるべきことをやっていなかったということになるよ。「相手に理解して納得してもらう」というやり方を身につけたら、警察への恨(うら)みも減らせるし、犯罪そのものを減らせるから財政再建だけでなく、治安を守ることにも役立つよ。
それから、若は女性の警察官が好きだから絶対に逆らわないから女性の警察官は誰も若にビビっていないと思うけれど、警察は「日本で一番器の小さな集団」だから、若にビビっている男性の警察官もいるのさ。だから男性の警察官が「弘宣寺の若は危険な存在だ」とビビっていたら、「私たちが対応したら絶対に警察に逆らいませんよ」と言ってください。特に、婦人警官の制服が大好きなので、制服を着た婦人警官が若の対応をしたら絶対に逆らいませんので、なにかあったらこういうやり方で若に対応してください。若は、女性の警察官にキラわれたらショックで泣くかもしれません。
そういうことです。
2013/10/24
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後8:15頃。
お参り 9件(住職 5件:月参り 5件) (若 4件:月参り 4件。午後1:11出発済。午後3:23終了済。午前10:00出発予定。午前11:45終了予定。午後1:10出発予定。午後3:10終了予定)


今日の若の予定

午前11:15 起床(5時予定)


午前11:55開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。自分もまわりの人も生きていることに感謝をする(済)。
11:56開始済 お参り出発の準備
午後1:11出発済 お参り出発
3:23終了済 お参り終了
3:30開始済 お参りの反省(済)
4:28開始済 10月分給料支払いの準備
5:30開始済 銀行(済)
6:15開始済 夕食
7:21開始済 10月分給料支払いの準備(済:若37才の10月分給料、27万円。10月10日の行事のお布施の分だけ今月はいつもより2万円多いです)(6分遅刻)
8:10開始済 弘宣寺全体の日次決算(済)
0:45開始済 会計の反省(済)
0:51開始済 明日の予定を作る(済)
2:02終了済 仕事終了


一言:コンピュータには、他人が自分のフリをして使えないように、パスワード(暗証番号)を入れないとコンピュータを使えない時がある。そのパスワードは、まわりから見えないように何を入力しても「*」しか画面に出ない場合があるが、そういう時に何回も「パスワードが違います」と言われたら、自分が間違って入力したのだけれど何を入力したか確認出来ないので「自分の知らない間にパスワードを変えられた」とか、「コンピュータがおかしくなった」と思ってしまう。コンピュータは入力されたものをそのまま受け止めて「違います」と答えているだけなのに、コンピュータがおかしくなったと思われることがある。
同じように、会社の上司が部下に指示を出した時に、上司が間違った指示を出したので部下がそのとおりにやって失敗した時は、「なんでそんなことをした」と部下が怒られる。上司は部下が失敗した時は、まずは自分の指示が間違っていなかったかどうかを考えるべきだ。部下は、その間違った指示をそのとおりにやっただけかもしれない。部下が失敗したら瞬間的に「部下のせいだ」とは思わないほうがいい。


一言:「のれん」のように、前から押したらそのまま後ろに力を逃がし、後ろから押したら前に力を逃せばダメージを受けないが、自分と意見がぶつかる相手に「のれん」のように接すると、相手の意見を否定せずに、たとえ自分のことを否定されたとしても「そうだね」と相手の言う方向に自分も流れてその力をそのままその方向に逃がせば、ダメージを受けないし、けっこう相手の気持ちがわかる。相手の立場にたって考えられるようになる。そうすると自分の説明不足や、相手の勘違いが原因だとわかることがある。それならばやさしくわかりやすく説明すればわかってもらえるので相手に納得してもらえる。
これを自分と違う意見だからと「一歩も引かない。絶対に認めない」と思ってこらえようとすると、わかりあえるものも、わかりあえなくなる。
伝統仏教は「伝統仏教はダメだよね」と言われると、怒らないで「そうだよね」と共感してくれて喜んで話に乗ってくるので、相手も言いたいことを言うと気持ちがスッキリして言いたいことも無くなるので、この「伝統仏教の、批判に怒らない、むしろ共感するというやり方」は、「のれん」のようなやり方だと思った。仏教の「我(が)を捨てる」ということだ。


一言:弘宣寺の檀家さんは、他の檀家さんから若への批判を聞いても、否定しないで「そうだね」と相手の立場になって共感してください。そうしたら批判をする檀家さんも気持ちがスッキリするので、そのほうが弘宣寺は安定するので助かります。たまってたまって爆発したほうが恐ろしい。人間だから不満が出るのは当たり前。批判をして気持ちをスッキリしてもらったほうが健全で、無難です。

一言:「のれん」というのは一番上の部分が木の棒(ぼう)などにつけられて動かないが、その他の部分は前にも後ろにも右にも左にも自由に動く。一番上を木の棒につけなければ一番上も自由に動けるが、それならば風が吹いたらどこかに飛んで行ってしまう。この木の棒の部分が「原点(げんてん)」だと思う。原点さえしっかりしていれば、相手に合わせて前にも後ろにも右にも左にも動いて対応してもビクともしない。原点がしっかりしていないから「ちょっとでも相手の言い分を認めたら崩れていく」となる。
伝統仏教は、「仏教」というしっかりした原点があるから、批判をされても怒らないで「そうだね」と共感できるのだと思う。「のれん」のようなやり方だ。


一言:若の財政再建の実験は客観的に「やった」という証拠が一つも無いから「事実」とは認められないのだけど、それはそもそも借金をした相手が母親なので、若にもしも借金が無かったり、借金をしていても毎月返していなかったら、「若は警察の力を使って遊んだ」となって必ず刑務所に行くのさ。「自分の息子が自分から借金をしていなかったら、自分に毎月借金を返していなかったら必ず刑務所に行く」という状況になったら、母親はみんな必ず、母親から借金をしていなくても「借金をしていた」と言うし、毎月返していなくても「毎月返していた」と言うのさ。そうすれば自分の息子が絶対に刑務所に行かないから。だから若の母親がいくら「息子は私から借金をして、毎月返していた」と言っても、「一つの意見」にしかならなくて、客観的な証拠にはならないのさ。警察にこれだけ具体的なリアルな「財政再建をやった時の警察の対応」をアドバイスしても、やっぱり客観的な証拠が無いから「本当に財政再建の実験をしたのかな」と言われるのさ。
現実を「事実」としてみんなに認めてもらうことは、これだけ難しいのさ。


一言:もしも若が財政再建の実験をしていなかったら、警察にこれだけリアルなアドバイスを100パーセント頭の中だけで考えたことになるから、そんなことができるなら小説家や、テレビや映画の脚本家になったら大ヒット間違いなしさ。必ず「お願いします」と来るよ。
それなのに母親からの借金だから客観的な証拠にならないから、若の財政再建の実験は絶対に事実にはならないのさ。


一言:客観的に正しいと証明する証拠が無いと、みんなが認める「事実」にはならないけれど、客観的に否定する証拠が無いと「そんなことは絶対に無い」と否定もできない。正しいと証明できないからといって、絶対に無いとも言えない。客観的に否定できないからといって、事実になるわけでもない。
わかりやすく言うと、クルマの免許は、事故も違反も1回も無ければ「優良ドライバー」になって、講習も30分、免許の更新も5年後になるが、それは「事故や違反をしたドライバーは運転がヘタだ。だから事故も違反も無いならば、優秀なドライバーだ」と警察が思うから。事故や違反の情報という客観的に「運転がうまくない」と証明する証拠があれば「優秀なドライバーではない」と客観的に証明できる。しかし、客観的に「運転がうまくない」と証明する証拠が一つも無いからといって、それが「運転がうまい」という証明にはならない。なぜならば、クルマを1回も運転しなければ、絶対に事故も違反も無いからだ。クルマをまったく運転しないペーパードライバーがいつも「優良ドライバー」になるのは、これが原因だ。本当は、「運転がうまい」と客観的に証明できるドライバーだけを「優良ドライバー」にすればいいのだけど、それをやると警察の仕事が何十倍にも増えるので、「事故も違反も無ければ、運転がうまいということにしよう」と、ペーパードライバーが「優良ドライバー」になる可能性があるとわかっていても警察が「しょうがないよ」とガマンしている。
これが、客観的に証明できないからといって、絶対に無いとも言えない。客観的に否定できないからといって、事実だとも言えないということです。


一言:警察が若にビビっているのは、若の財政再建の実験がウソだと客観的に否定する証拠を見つけられないかぎり、財政再建をすると暴動が起きる可能性がゼロではないから。
たぶん警察は客観的に否定したい人がたくさんいると思うけど、客観的に否定する証拠が警察でもどうやっても見つけられない。なので、若の言うことにビビるのです。警察官として正しいと思います(ソフトな対応ができる警察官はじゅうぶん通用するからビビってないと思うけど)。


若の今日の会計ミス:ありません。


若の会計の改善:準備作業で、47分。1分で終われるので、46分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、42分。12分で終われるので、30分の無駄。
門信徒会会計で、会費の集計で、19分。3分で終われるので、16分の無駄。預金の確認で、48分。11分で終われるので、37分の無駄。現金の計算で、20分。5分で終われるので、15分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、8分。2分で終われるので、6分の無駄。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、14分。1分で終われるので、13分の無駄。門信徒会会計全体で、1時間49分。22分で終われるので、1時間27分の無駄。
寺院会計で、領収証の貼り付けと帳簿入力で、40分。12分で終われるので、28分の無駄。お布施の帳簿入力で、9分。2分で終われるので、7分の無駄。預金の確認で、0分。無駄なし。現金の計算で、6分。5分で終われるので、1分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、17分。5分で終われるので、12分の無駄。データーバックアップで、1分。無駄なし。寺院会計全体で、1時間13分。25分で終われるので、48分の無駄。
後片付けで、4分。3分で終われるので、1分の無駄。
今日の会計全体で、4時間35分。1時間3分で終われるので、3時間32分の無駄。
2013/10/23
若のお参りの反省:お葬式に出発する時に、36分遅れた。原因は、寝坊したから。住職に朝の9時頃に「お葬式に間に合わないぞ」と言われて起こされたので起きて、しかもお葬式の会場がお寺か近かったからなんとかギリギリ間に合った。インド旅行に行った時に、同じツアーに参加していたお坊さんが「法事は30分前、お葬式は1時間前に会場に着いているのが常識だ」と言ったので、若はそんな考えがまったくなかったのでビックリした。これからはお葬式は必ず始まる1時間前に会場に到着するようにします。

お葬式も、お経の本を作っていなかったので、持って行けなかった。忌中引も、お経の本を作っていなかったので持って行けなかった。お葬式も、忌中引も、ジッといるだけなのはツライので、お経の本を見れば、どんなことをやっているのかも、今どこまで進んで残りはどれくらいかもわかるし、緊張感がすごいから何かをしたほうが緊張が少し減るので、お経の本を見ているだけで少し楽になる。だからこれからはお通夜や、お葬式や、忌中引のたびにお経の本を必ず全員分持って行きたい。そのために、お葬式の無い普段の時からお経の本を作っておきたい。

今日のお参りの内容は、「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「お葬式の時は、みんなの前に出るので本当に緊張します。仏教では、『自分が、自分がという、我(が)を捨てなさい』と教えますが、心の中の我をはっている部分だけ緊張します。『お坊さんなのだから仏教にまかせればいいんだ』と思える心の部分は、何も緊張しません。我をはるとその部分の心が硬くなるので、硬いからダメージを受けます。おそば屋さんには『のれん』というものがありますが、前から押しても、後ろから押しても、のれんはその方向に力を流すだけで何もダメージを受けません。私は『我を捨てる』とは、のれんのような心の状態になって、前から来ても後ろから来ても『そうだね』とその方向に力を流すだけで、決してこらえたりガマンしたりしないやり方ではないかと思いました。のれんのような気持ちでやるとは、緊張している時に無理に緊張をおさえないで、緊張している自分をそのまま認めて受け入れることだと思いました。緊張している時に心が揺(ゆ)れるのは、揺れることで緊張感やプレッシャーを逃すからです。だから緊張やプレッシャーが無くなると逃す必要が無くなるので、自然に心の揺れがおさまります。だから緊張している時は、そのまま自分を緊張させておくほうが良いと思いました。それが自然な姿なのだと思いました。『自分が、自分がという、我を捨てる』ということは、自分を演じたり無理をするのでは無くて、そのままの自分を受け入れることだと思いました」という話をしました。


一言:釧路市の中で、「若が腹が立つから潰してやりたい」と思う人は、まずは釧路市民に許可を取ってください。若がいなくなると、景気の悪くなるスピードは速くなるし、好景気の可能性を一つ潰すし、財政再建も始められません。「それでも潰していいよ」と市民が納得したら、誰も文句を言わないでしょう。勝手に若を潰して、もしも景気に影響が出たら、若を知っている人は怒るでしょう。そのまま景気の悪くなるスピードが速くなりっぱなしになったら、怒りをぶつけられるかもしれません。保険会社がコンピューターを使って釧路市の30年後を予想したら、「人口が今の3分の1になる」という結果が出たそうです。今までの釧路市のやり方をしていたら、市民向けに商売をしているあらゆる業界で3分の2の会社が倒産します。お寺もそうです。若を潰したら、そうなる可能性が高くなるでしょう。若がいたら、今までどおりのやり方ができないんですよ。「東京から学べ、世界の経済から学べ」という今まで聞いたこと無いことを市民に教えているんです。
というわけで、若を潰したいならば、潰さなくても釧路市から引っ越してもらえばいいんですよ。若は東京に逃げたがっているんです。東京は好景気で、借金もゼロです。不景気との闘いからも、財政再建からも若は逃げられる。しかも東京の底上げには若の今の能力でも通用する。ますます東京が強くなるだけですが、どうしてもそうしたかったらしてあげるので、いつでも相談に来てください。若は市民に前に言ったことがあるんですよ。「若に釧路市か逃げる言い訳を与えるな」と。不景気との闘いと、財政再建から逃げてもいいと言われたら、若は「ありがとう」と言って逃げるだけです。潰しても、引っ越されても、釧路市には何十年の不景気と、ものすごい借金だけ残って、若の力はもう使えません。それをよく考えてから、行動してください。
とにかく、若を潰したい時は必ず釧路市民に許可を取ってからにしてください。今後の釧路市での生活に影響するよ。
若は欠点も、問題もたくさんあるから、批判をするのは許すから、若のマイナスの部分の影響をどう減らすかをがんばったほうがいいよ。
2013/10/23
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後9:55。
お参り 7件(住職 4件:葬式 1件。月参り 3件) (若 3件:葬式 1件。月参り 2件。午前9:36出発済。午前11:08終了済。午後1:01出発済。午後2:09終了済。午後3:01出発済。午後3:43終了済。午前9:00出発予定。午前11:55終了予定。午後1:00出発予定。午後4:00終了予定)


今日の若の予定

午前9:17 起床(5時予定)


午前9:17開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。自分もまわりの人も生きていることに感謝をする(済)。
9:18開始済 葬式の準備
9:36出発済 葬式に出発
9:47到着済 会場に到着
10:00開始済 葬式
10:36出発済 お参りに出発
11:08終了済 お参り終了
11:17開始済 昼食
12:57開始済 忌中引の準備
1:01出発済 忌中引に出発
1:11到着済 会場に到着
1:25開始済 忌中引
1:53開始済 会場から出発
2:09到着済 忌中引から到着
2:20開始済 忌中引の着替え
2:29開始済 休憩
2:52開始済 お参り出発の準備(17分遅刻)
3:01出発済 お参りに出発
3:43終了済 お参り終了
3:53開始済 お参りの反省(済)
5:01開始済 夕食
6:25開始済 弘宣寺全体の日次決算(24分遅刻)(済)
9:21開始済 会計の反省(済)
9:28開始済 明日の予定を作る(済)
10:35終了済 仕事終了


一言:釧路市の中で、若を潰したいと思う人は、若を本当に潰してしまったら釧路市の景気の悪くなるスピードが速くなるし、釧路市の財政再建も先頭に立つ人がいなくなるのでできない。そうなった時の市民の反応を考えてから、潰そうとしたらいいよ。本当に潰しちゃったら、その後が本当にたいへんだと思うよ。
若からのアドバイスです。


一言:体育会系の警察官の中には、若にビビっている人がいるかもしれないけど、警察の頭の良い人たちは若よりも頭が良いから、若は絶対に頭の良さで警察に勝てないから安心してね。
で、なんで体育会系の警察官が若にビビるのかというと、自分のやっていることを相手に理解して納得してもらえないから。苦手だというのはわかるけど、なるべく理解してもらう努力をしないと、犯人が警察を逆恨みして、それがまた犯罪を増やすかもしれない。捕まえた相手に理解してもらうことも、治安を守るためには大切だよ。


一言:若を潰したい人の気持ちは、若はわかります。いろいろ欠点や問題があるから共感するよ。でも自分が釧路市民ならば、若を潰したら釧路市の景気を良くする可能性を一つ潰してしまうよ。それに若を潰したら釧路市の景気の悪くなるスピードが速くなる可能性が高いから(絶対に速くなると若は思う)、自分自身の普段の生活に影響が出るよ。若は釧路市の景気を良くしたいと言っているけれど、もしも若が景気を良くできたら自分自身の生活にもプラスだよ。だから自分のこれからの生活をよく考えて、自分にプラスになるやり方をやりなさい。潰ししてから後悔しても、若の代わりができる人を見つけるまで若の穴は埋まらないよ。若は釧路市の中では、日本のサッカーに例えたら、三浦和良や、中田英寿や、本田圭介(漢字が違ったらすいません)のような存在さ。「突然出てきた代わりのいない人」なのさ。
だから若にはがんばってもらって、若への不満のある部分をなんとか解決してもらうように若に頼んだほうが良いと思うのさ。何もしなくても8年後の45才で釧路市の第一線から身を引くんだよ。37才の今にわざわざ身を引かせる理由がわからないよ。ちなみに若は、釧路市の景気を良くすることも、財政再建の実験も、釧路市から1円ももらわずにやっているんだよ。若をどうしても潰したいならば、まずは最初に「がんばってくれてありがとうございます」と御礼を言ってからにしてよ。そうじゃないと、人としてヒドすぎるよ。

一言:釧路市の財政再建はたいへんだけど、北海道も、日本の国も、ものすごい借金があるから、釧路市の財政再建と、北海道の財政再建と、日本の国の財政再建が3つ同時に重なったら「地獄の苦しみ」になるよ。だからその前に釧路市の財政再建を始めて終わらせたら楽なのさ。若は苦しみを増やすために財政再建をしたいのではなく、苦しみを減らすために財政再建をしたいのさ。


一言:お釈迦さまが「自分が、自分がという、我(が)を捨てなさい」と言ったが、それは「そば屋」の「のれん」と同じだと思ったので、のれんになった気持ちでお葬式と、忌中引をやった。お葬式の時に「のれんは、前から押せば後ろに力を逃がすだけ、後ろから押せば前に力を逃がすだけだから、自分もこの緊張感に逆らったり、耐(た)えるのではなく、この緊張感をそのまま逃がせばいいんだ」と思った。そうしたら「緊張している時は、自然にそういう状態になるのだから、無理に緊張を押さえようとしないで、緊張している自分をそのまま認めて受け止めればいいんだ」と思った。そうしたら心が楽になった。緊張している時に心が右に左に揺(ゆ)れるのは、そうすることで緊張感やプレッシャーを逃しているから。地震の時に高いビルがわざと揺れるように作って地震の力を逃がすのと同じだ。だから緊張している時は、そのまま自分を緊張させているほうが楽だと思った。
「緊張していると思われたらカッコ悪い」と思うから、そこで自然な動きを止める「不自然」なものができるから、逆にたいへんになる。


一言:「若が釧路市からいなくなると、景気の悪くなるスピードが速くなって、景気の良くなる可能性が一つ減って、財政再建が始められない」と書いたのを見て、「本当なのかな」と思った君は正しい。だから客観的に否定する証拠を見つけて、「そうなる可能性がまったく無い」と客観的に否定してごらん。そうしたら市民が本当に安心するよ。
客観的に否定できたら、釧路市から若がいなくなっても何も悪い影響が出ないということなので、若の欠点に市民がガマンする必要も無くなるよ。


一言:観光客が一年間に北海道で使うお金は、1兆3000億円。これは北海道の農業が一年間に生み出すお金(1兆円)と、北海道の漁業が一年間に生み出すお金(3000億円)をたしのと同じ金額。
北海道以外から来た日本人が北海道の旅行中に使うお金は、ひとり平均約7万円。外国から来た人が北海道の旅行中に使うお金は、ひとり平均約12万円。(NHK北海道の番組から)


一言:若を潰したい人は、釧路市の中で若の代わりができるようにがんばらないかい? 若は釧路市民に勉強している背中を見せて「学ぶことの大切さ」を教える役目さ。「釧路市が世の中のすべてだ」と思いたがる釧路市民に、「釧路市18万人は、世界70億人の中のほんの一部だ」と教える役目さ。若の代わりができるようになったら、若もすごく助かるよ。
まずは日本経済新聞を読みなさい。そこに書いてあるのが日本の経済さ。


一言:若を潰したいと思う人にも平等に接するよ。若が市民の立場なら、恐くて絶対に関わらないからさ。若の恐さは力の大きさでは無いよ。これだけの影響力があるのに、ものすごく器の小さいところさ。ちょっとしたことで怒るのさ。
そんな若にケンカを売るならば、その度胸は認めてあげるよ。だから他の人と平等に接するよ。今度はその度胸を、不景気との闘いに使いなさい。市民から尊敬されるよ。


若の今日の会計ミス:ありません。


若の会計の改善:準備作業で、20分。1分で終われるので、19分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、15分。14分で終われるので、1分の無駄。
門信徒会会計で、領収証の貼り付けと帳簿入力で、36分。8分で終われるので、28分の無駄。会費の集計で、23分。8分で終われるので、15分の無駄。預金の確認で、3分。1分で終われるので、2分の無駄。現金の計算で、7分。5分で終われるので、2分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、6分。1分で終われるので、5分の無駄。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、5分。1分で終われるので、4分の無駄。門信徒会会計全体で、1時間20分。24分で終われるので、56分の無駄。
寺院会計で、領収証の貼り付けと帳簿入力で、7分。2分で終われるので、5分の無駄。お布施の帳簿入力で、34分。6分で終われるので、28分の無駄。預金の確認で、1分。無駄なし。現金の計算で、8分。5分で終われるので、3分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、4分。1分で終われるので、3分の無駄。データーバックアップで、2分。1分で終われるので、1分の無駄。寺院会計全体で、56分。16分で終われるので、40分の無駄。
後片付けで、5分。3分で終われるので、2分の無駄。
今日の会計全体で、2時間56分。58分で終われるので、1時間58分の無駄。


一言:弘宣寺の檀家さんは、若が「檀家さんよりも、釧路市民のほうが若の対応がうまいよ」と言われてプライドが傷つくみたいですが、釧路市民は景気が良いか悪いかで生活がかかっているからどうしても若への対応がうまくなるのです。若はいつも、「本能というか、直感で対応できるんだな」と思います。弘宣寺の檀家さんは、別に弘宣寺に若がいてもいなくても別に自分の生活には関係無いので(釧路市に若がいないと困りますが)、市民ほど対応がうまくないだけです。だから弘宣寺の檀家さんは、世界で2番目に若への対応がうまいですよ。若は平気で、「釧路市そのものが若の教え子だ」とか、「釧路市の経済を育てたのはオレだ」とか、「人口が18万人いても若がたった一人いなくなっただけで釧路市の景気が下がるよ」とか、「財政再建の実験をしました」とか、「釧路市の第一線を45才で身を引いて自分より年下の人に譲ります」と言うけれど、普通のお坊さんはこんなこと絶対に言いません。他のお寺の檀家さんならば想像の範囲を超えることを言われるので「何を言っているのか理解できない」という状態になります。でも弘宣寺の檀家さんは若が何を言っているのか理解できてついてこれるので、これは本当にすごいことなんですよ。釧路市民は生活がかかっているから直感で若が何を言っているのかわかるから対応が檀家さんよりもうまいだけです。人間は、「安定した生活をしている人」と、「中高年や年配の人」と、「男性」は、世の中の流れについていけませんが、逆に、「生活が厳しい人」や、「若者」や、「女性」は、世の中の流れに敏感なので肩書きなどの見た目よりも中身で判断できますが、だから釧路市の中でも「安定した生活をしている中高年や年配の男性」は、今でも若のことを知らなかったり、若が何を言っているのか理解できない人がいます。しかし、「生活が厳しい、若者や女性」はもう何年も前から若のことを知って、若が何を言っているのか直感で理解して、ずっと若に期待したり、若を支えてくれていました。そういう人たちの根強い支持が若をここまで育てたのです。だから若はそういう人たちの気持ちに答えて、どんどん経済の勉強をがんばって、一日でも早く釧路市の景気を良くしたいと思います。
マスコミの人に一言。新聞社では「社説(しゃせつ)」というのがその新聞社の一番言いたいことで、新聞社でエライ立場の人が書くが、エライから日本のトップの人たちといつも話ができるかもしれないが、「生活の安定している中高年や年配の男性」とばかり話をするから、社説は新聞の中で一番切れ味が鈍いどうでもいい文章になる。私は今まで「今日の社説がすごかったね」という声を聞いたことが無い。誰の印象にも残らないのが社説なのだろう。だから、若い新聞記者は、生活の厳しい人や、若者や、女性に話を聞きなさい。世の中の流れに敏感だから、記者の感性も鋭くなるよ。日本はずっと韓国をバカにしてきたけれど、今ではサムスンがソニーを抜いたりして尊敬する人も出てきたけれど、一番最初に韓国を認めたのは「ヨン様ブーム」の女性たちだよ。韓国が中身で日本人に通用すると一番最初に認めたんだよ。若はそう思っています。
2013/10/22
若のお参りの反省:お参り出発予定時間に、4時間18分遅れて、檀家さんの約束の時間に遅れた。原因は、寝坊したから。その原因は、夜中の4時頃に寝たから。解決策として、夜10時に寝て、朝5時に起きて、シャワーを浴びて、朝食を食べて、いつでもお参りに行ける状態で朝7時の仕事開始をむかえたい。

今日、檀家さんにお参りに行ったら、檀家さんに会えたことがうれしかった。こういう気持ちでやれば、毎日のお参りがもっと楽しくなる。若は法話の場を与えてくれるだけでありがたいが、檀家さんに会えたことがうれしくなると、もっとやりがいになる。

今日のお通夜も、お経の本を作るのが間に合わなかったので、持って行けなかった。お通夜の時にジッとしているのはツライし、今日が人生で仏教に出会うたった1回のご縁という人もいるかもしれないので、できるだけ仏教の良さを伝えたい。

今日のお参りの内容は、「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「仏教では、『嫉妬をすると苦しいだけだから、嫉妬してはダメだ』と教えます。落語家の立川談志は、他の落語家に嫉妬している弟子に、『相手の欠点を攻撃して自分のレベルまで下げることを嫉妬というんだ。本当ならば、相手に並んで、追い抜いていくために行動すればそれで解決するのけれど、人間はなかなかそれができない。嫉妬しているほうが楽だからだ。しかし、そんなことでは状況は何も変わらない。時代が悪いとか、世の中がおかしいと言う前に、どうしてそんなに差がついたのかの原因を調べて行動しなさい』と言いました。自分よりも相手が優秀ならば『悔しい』と思うのは自然な気持ちです。そこで自分を磨いて成長するならば、相手の存在は自分にとってプラスになります。『競争が成長のために必要だ』というのはそういう考えです。しかし、相手を引きずり下ろすことだけをがんばっていると、うまくいっても自分には何もプラスにならないので、満足しません。仏教では『嫉妬をする相手の存在が自分を苦しめるのでは無いよ。嫉妬をする気持ちが自分自身を苦しめるんだよ。だから嫉妬の気持ちを捨てれば、苦しみも無くなるよ』と教えます。だから私は、自分よりも優秀な人を見たら、素直に相手の良さを認めて、それを自分自身に活かして成長していきたいと思いました」という話と、

今日のお通夜の法話は、一つめは「みなさんは私がみんなの前でお経を唱えているのを見て『緊張するだろうな』と思うでしょうが、本当に緊張します。仏教では、『自分が、自分がという、我を捨てなさい』と教えますが、心の中の我をはっている部分だけ緊張します。『お坊さんなのだから仏教にまかせればいいんだ』と思える心の部分は、何も緊張しません。我をはるとその部分の心が硬くなるので、硬いからダメージを受けます。おそば屋さんには『のれん』というものがありますが、前から押しても、後ろから押しても、のれんはその方向に力を流すだけで何もダメージを受けません。私は『我を捨てる』とは、のれんのような心の状態になって、前から来ても後ろから来ても『そうだね』とその方向に力を流すだけで、決してこらえたりガマンしたりしないやり方ではないかと思いました」という話と、

二つめは「仏教の『仏』とは、『お釈迦さま』のこと。なので『仏教』とは『お釈迦さまの教え』という意味です。お釈迦さまは、今から2000年以上前にインドで生まれました。人生に問題に深く悩み、そして『人間の苦しみの本当の原因は、人間のレベルを超えたところにある』と発見しました。お釈迦さまは、『人間には四つの苦しみがある』と言いました。ひとつめは、生きる悩みです。お釈迦さまは『悩みの無い人なんていないんだよ。悩んでないように見えるだけで、みんな悩んでるんだよ』と言いました。二つめは、老人になる苦しみです。お釈迦さまは『みんな平等に老人になるんだよ』と言いました。三つめは、病気の苦しみです。お釈迦さまは『病気の苦しみはみんな経験するんだよ』と言いました。四つめは、死ぬ苦しみです。死の恐怖や、死の苦しみはみんな平等に経験します。まわりの人の死もそうです。家族、親戚や、友達を亡くすことは、ほとんどの人が経験しています。お釈迦さまは『自分が死ぬ苦しみも、まわりの人が死ぬ苦しみも、みんな平等に経験するんだよ』と言いました。お釈迦さまは、『四つの苦しみは、人間ならば逃れることができないけれど、苦しむ量を減らすことはできる』と言いました。人は苦しいと、『何で自分だけが』と思ったり、苦しむことを『恥ずかしい』とか、『情けない』とか、『損だ』とか思って、苦しんでいる自分を責めたりします。そうすると、苦しみが何倍にも増えます。しかし、『四つの苦しみはみんな経験するんだから、良いことでも悪いことでもなく、とても自然なことだ』と思って、苦しむことを『恥ずかしい』とも『情けない』とも『損だ』とも思わずに、苦しんでいる自分を素直に受け止めれば、苦しむ量もグッと減ります。だから私は、悩みがあっても、老人になっても、病気になっても、死ぬ時も、『良いことでも悪いことでもなく、とても自然なことだ』と思って素直に受け止めたいと思いました」という話をしました。


一言:若のお通夜の法話がすごいと思っても、お釈迦さまが作った教えを、若はそのまま伝えているだけです。もしも若がこの教えを作ったら、若が世界の歴史に名前が残ります。
「若は伝えただけで、この教えを作ったお釈迦さまがすごい」と思ってください。


一言:釧路市が財政再建をやったら市民の心の余裕が無くなるから、市民に好きなだけ文句を言わせるのも心に余裕が戻るので心のケアになるが、それを受ける時は「のれん」のように受けたらいいと思った。「本当にそうですね」と相手の気持ちに共感はするけれど、相手の怒りは受け流す。そして「心がツラクないかい?」とやさしく接する。この方法ならば、自分でも最後までできるかもしれないと思った。心のケアをすると、財政再建を途中で断念せずにゴールまで行けるし、暴動が起きる可能性も減らせる。「のれん」のようなやり方を早く身につけたい。
2013/10/22
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後9:00頃。
お参り 12件(住職 6件:月参り 5件。お通夜 1件) (若 6件:月参り 4件。100ヵ日法要 1件。お通夜 1件。午後1:48出発済。午後4:24終了済。午後5:55出発済。午後7:30終了済。午前9:30出発予定。午後2:00終了予定。午後5:00出発予定。午後7:30終了予定)


今日の若の予定

午前7:49 起床(5時予定)


午後12:57開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。携帯をマナーモードにする(済)。自分もまわりの人も生きていることに感謝をする(済)。
12:59開始済 お参り出発の準備
1:48出発済 お参り出発
4:24終了済 お参り終了
4:29開始済 夕食
5:29開始済 お通夜に出発する準備
5:55出発済 お通夜に出発
6:09到着済 会場に到着
6:30開始済 お通夜
7:30到着済 お通夜から到着
7:40開始済 お通夜の着替え
7:51開始済 お参りの反省(済)
8:46開始済 弘宣寺全体の10月21日と10月22日の決算(済)
11:32開始済 会計の反省(済)
11:38開始済 明日の予定を作る(済)
0:24終了済 仕事終了


一言:昨日、クルマの免許の更新に行ってきて、違反が無かったので30分で講習が終わりました。最後に免許証を渡す人が制服を着た婦人警官だったので、うれしかったです。
警察は、法律を守って、警察のメンツを傷つけない人にはやさしいですよ。
クルマの免許を持っている人は、仕事のために、生活のために、何年間に一回は必ず免許の更新のために公安委員会(警察)に行くから、警察のメンツを傷つけると「日本で一番強い暴力団」に変身するから公安委員会がヤクザの事務所になるから、警察のメンツを傷つけたらダメだよ。


一言:組織が不安定になるのは、リーダーの器がその組織を引っ張っるだけの大きさが無いから。大事なポイントは、相手の言うことを無条件で聞くのでは無く、相手の存在を否定しないで受け入れること。リーダーの好きキライとか、リーダーと性格が合うか合わないかで判断すると、どんどん息苦しくなる。リーダーが「私と合わなくても、私のことがキライでも、平等に接するよ。何のマイナスも無いよ」と言うと、「自分は仲間外れにされているかもしれない」と思う人が安心する。
「自分は仲間外れだ」と思う人が一人でもいたら、それはリーダーの失敗だ。


一言:勘違いしないでほしいのは、警察のメンツを傷つけると暴力団が出てくるのではなく、警察そのものが暴力団だということ。警察のドラマを見ていると「法律で縛られて自由にできない」と言う場面が出てくるが、法律で縛らずに本当に自由にしたら、警察は「おまえの態度が悪いから取り調べをした」となって、本当に暴力団そのものになってしまう。外国では大きなもめごとがあると軍隊が出てくるが、日本には軍隊が無いので警察が力でおさえこまなくてはならない。だから最初から警察は「法律で縛られた、日本の国が作った暴力団」なのだ。
で、公安委員会は警察官ばかりだからもともと暴力団の事務所なのだけど、法律を守って、警察のメンツを傷つけない人だけには「やさしい正義の味方」になる(警察署も同じです)。
警察のメンツを傷つけると、警察の本当の顔が見えるだけだよ。


一言:「警察は日本で一番強い暴力団だ」と書いたけれど、法律で縛られているから、国民は安心できるよ。わかりやすく言うと、警察のドラマでは、警察が「アイツが絶対に犯人だ」と思う人が、客観的にやったと証明できる証拠が無いから「無罪」になって、「どうして悪い者を捕まえられないのか」と法律で縛られていることに不満を持つ場面が出てくるが、これは正しいやり方だ。もしも客観的に証明できる証拠が無いのに、警察の直感だけで犯人にできるならば、誰でも犯人にできる。警察に勘違いされたら終わりだ。だから警察は法律で縛られているから、国民は安心して暮らしていける。
それから、警察がなぜメンツにこだわるのかと言うと、本当は「おまえを捕まえるのは、法律のここに違反しているからだ。法律でそれを禁止しているのは、禁止しないとこういう悪いことが起きるからだ。だから法律に違反したおまえを捕まえる」と言えば相手も納得するからこう言うべきなんだけど、警察にはものすごく頭の良い人がいるからこういう人たちはできるのだけど、警察には「勇気と体力には自信があるけど、頭の良さには自信がありません」という「体育会系」の警察官もたくさんいて、この人たちが犯人に「こういう悪いことが起こるから法律で禁止しているから、法律違反したおまえを捕まえるんだ」と言おうとしても、例えるなら、学校で体育会系の部活ばかりがんばっているから勉強をまったくしていない生徒に学校の勉強を教えてもらうようなもので、「は? 何を言ってるの?」と相手に理解されないので捕まえられない。ここでパトカーや、警察手帳などの「警察の権威」を出すと、印籠を出した水戸黄門のように一瞬で相手がおとなしくなるので、体育会系の警察官はとても助かる。
しかし警察のメンツを傷つけられると「警察の権威」を出しても相手がビビらないので、こうなると体育会系の警察官は仕事にならなくなるので、毎日の仕事に影響が出る。だから何がなんでも警察の権威は守らなければならない。だから警察のメンツを傷つけられると、法律を破ったのと同じくらい怒る。体育会系の警察官にとっては、パトカーで行っても、警察の制服で行っても、警察手帳を見せても、相手がビビらないで「なんで捕まえなければならないの? 説明してよ」と言われるのが一番恐ろしい。警察の権威が通用したら、「警察をナメてるのか」と一言怒鳴れば解決する。
だから警察はメンツを大切にするのです。でも本当は、すべての警察官が「あなたをどうして捕まえるのか」と納得してもらう説明ができれば一番良い。そうしたら犯人を捕まえても警察が恨(うら)まれることが無い。
そういうことです。


一言:よく警察のドラマで、犯人のまわりをたくさんのパトカーで囲んだら、その瞬間に犯人が抵抗しないでおとなしくなるが、あれは警察の権威が通用するから。もしも警察の権威が通用しないと、まわりをいくらパトカーや警察官で囲んでも徹底的に犯人が抵抗するので、お互いに被害が出る。お互いに無傷で捕まえられるのは警察の権威のおかげだ。
だから財政再建をやって市民の心に余裕が無くなったら、この方法は通用しなくなる。警察の権威は、心に余裕がある人にしか通用しない。逆に警察が上からおさえつけると、そのことがきっかけで暴動が起きるだろう。渋谷の交差点で「相手の心に寄りそうやり方」で日本のワールドカップが決まった夜に「被害ゼロ」でおさめた「DJポリス」と呼ばれる警察官のような「ソフトな対応」をしたほうが相手が冷静さを取り戻しておとなしくなる。


若の今日の会計ミス:ありません。


若の会計の改善:準備作業で、28分。1分で終われるので、27分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、26分。14分で終われるので、12分の無駄。
門信徒会会計で、領収証の貼り付けと帳簿入力で、12分。7分で終われるので、5分の無駄。会費の集計で、31分。8分で終われるので、23分の無駄。預金の確認で、2分。1分で終われるので、1分の無駄。現金の計算で、8分。5分で終われるので、3分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、5分。1分で終われるので、4分の無駄。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、9分。1分で終われるので、8分の無駄。門信徒会会計全体で、1時間7分。23分で終われるので、44分の無駄。
寺院会計で、お布施の帳簿入力で、26分。4分で終われるので、22分の無駄。預金の確認で、1分。無駄なし。現金の計算で、7分。5分で終われるので、2分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、6分。1分で終われるので、5分の無駄。データーバックアップで、1分。無駄なし。寺院会計全体で、41分。12分で終われるので、29分の無駄。
後片付けで、4分。3分で終われるので、1分の無駄。
今日の会計全体で、2時間46分。53分で終われるので、1時間53分の無駄。
2013/10/21
お参り 6件(住職 6件:月参り 4件。他のお寺の報恩講 1件。仮通夜 1件)

若:休み(免許の更新のために公安委員会に行きます)
2013/10/20
開門済:午前8:00頃。閉門済:午後10:00頃。
お参り 8件(住職 8件:月参り 2件。七日参り 1件。他のお寺の報恩講 2件。法事 3件)

若:お寺の中の仕事

その他、午前9時から午後4時。弘宣寺だより11月号の発送作業。弘宣寺 事務室。手伝ってくれる方、大歓迎です。(手伝ってくれた檀家さん:2名。檀家さんに感謝)(今日発送したのは、1「弘宣寺だより11月号」、以上1点です。印刷機が故障したので、その他のものは印刷できませんでした)


今日の若の予定

午前10:21 起床(5時予定)


午前10:43開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。自分もまわりの人も生きていることに感謝をする(済)。
10:46開始済 弘宣寺だより11月号の発送作業(若の1時間46分遅刻)
午後4:00終了済 終了。後片付け。
5:13開始済 夕食
7:05開始済 弘宣寺全体の日次決算(52分遅刻)(済)
9:03開始済 会計の反省(済)
9:12開始済 明日の予定を作る(済)
10:41終了済 仕事終了


一言:若は「釧路市そのものが若の教え子だ」と言うが、自分の住んでいる街が自分の教え子だとは、他の人は想像もしない。だから若は、そんなことを平気で思う人間だということだ。こんな考えをする人は、日本の中には官僚ぐらいしかいない。官僚は本気で「日本の国は教え子だ」と思っている。だから若は、官僚と似たような考え方をするということだ。普通の人とは、ものの考え方が違うということだ。
それから若に対して「会社を経営したことも無いのに、どうして釧路市の経済を引っ張っていると言うのか。市民がついて来ると思っているのか」と思う人もいるだろうが、景気を良くするとは釧路市の会社に儲けさせることだが、若は会社の経営者ではないから一番儲けるところを他人の会社に「おまえらが儲けろ」と言おうと思っている。若は釧路市が好景気になれば自分は何も儲からなくてもいいと本気で思っている。他人の会社がいっぱい儲けて、そのお金で社員の給料を増やして、釧路市にちゃんと税金を払って、釧路市のお店で買い物をしたら、みんなにお金がまわる。しかし自分が会社を経営していたら、一番儲けるところは必ず自分の会社がとる。だから何をやっても自分の会社が一番儲かるから「自分の会社が儲けるために釧路市を利用しているのか」とみんなが思う。若はどれだけ自分のやろうとしていることが成功しても、若は1円も儲からない。それでいいんだと本気で思っている。ここが市民への影響力で圧倒的に差が出る。会社を経営していないから逆に市民が信用するのだ。ちょうど官僚と同じ。官僚はどんなに経済でがんばっても日本の会社に儲けさせるだけで自分には1円も入らない。それでいいんだと思える人しか官僚にならない。自分も儲けないと気がすまない人は会社に入る。ここでも若は官僚と考え方が似ている。
若はこういう人です。


一言:若は「釧路市そのものが若の教え子だ」と言うが、自分の住んでいる街が自分の教え子だとは、他の人は想像もしない。だから若は、そんなことを平気で思う人間だということだ。こんな考えをする人は、日本の中には官僚ぐらいしかいない。官僚は本気で「日本の国は教え子だ」と思っている。だから若は、官僚と似たような考え方をするということだ。普通の人とは、ものの考え方が違うということだ。
それから若に対して「会社を経営したことも無いのに、どうして釧路市の経済を引っ張っていると言うのか。市民がついて来ると思っているのか」と思う人もいるだろうが、景気を良くするとは釧路市の会社に儲けさせることだが、若は会社の経営者ではないから一番儲けるところを他人の会社に「おまえらが儲けろ」と言おうと思っている。若は釧路市が好景気になれば自分は何も儲からなくてもいいと本気で思っている。他人の会社がいっぱい儲けて、そのお金で社員の給料を増やして、釧路市にちゃんと税金を払って、釧路市のお店で買い物をしたら、みんなにお金がまわる。しかし自分が会社を経営していたら、一番儲けるところは必ず自分の会社がとる。だから何をやっても自分の会社が一番儲かるから「自分の会社が儲けるために釧路市を利用しているのか」とみんなが思う。若はどれだけ自分のやろうとしていることが成功しても、若は1円も儲からない。それでいいんだと本気で思っている。ここが市民への影響力で圧倒的に差が出る。会社を経営していないから逆に市民が信用するのだ。ちょうど官僚と同じ。官僚はどんなに経済でがんばっても日本の会社に儲けさせるだけで自分には1円も入らない。それでいいんだと思える人しか官僚にならない。自分も儲けないと気がすまない人は会社に入る。ここでも若は官僚と考え方が似ている。
若はこういう人です。


一言:昨日、「自分が市民の立場ならば、若のことを遠くから見ているだけで、絶対に関わらないだろう」と書いたが、若との付き合い方は本当に難しいので、若のまわりにはなぜか「オレ様は人間の気持ちがわかる」と言う人が何人も出てくるのだが、みんな若とうまくやっていけないことに悩んでいる。
だから「若との付き合い方はものすごく難しい」と思ったほうがいいよ。
それから、「釧路市の中学生や高校生の娘がいる親は、若と娘がつきあったり、結婚したりする可能性がまったくのゼロでは無いよ」と書いたけど、もしも自分の娘が若と結婚したらかなり嫉妬されるかもしれないと思ってね。若と結婚したら釧路市の中でもそうとう安定した生活ができるから(釧路市の外でも仕事が見つかるし)、若の魅力が好きという女の子もいるかもしれないけど、安定した生活ができることを嫉妬する人もいるから、嫉妬されて当たり前という状況になると思ってね。ちなみに若は、しばらく前から嫉妬されることにガマンすることも(さらに嫉妬してくる人に平等に接することも)、立派な自分の仕事です。
それから、釧路市の中学生や高校生の女の子と結婚する可能性もあるけれど、19才以上の女の子も好きなので、19才以上の女の子と結婚する可能性もあるよ。
ということです。去年の秋の釧路市のリーダーの競争に勝った人は40倍の票で勝ったけど、人柄は40倍良いでしょ? あの結果は正しかったのさ。


昨日の日本経済新聞から:リーマンショックの時にアメリカの株の値段はものすごく下がったが、アメリカ人のお金持ちのウォーレン・バフェットは値段の下がった株をたくさん買って、今は株の値段が戻ってきたので、1兆円ももうかったそうだ。


今日の日本経済新聞から:ローソンでは、お店でいれたてのコーヒーを売っている。タバコは1箱売っても利益は1割。若はタバコの値段がわからないけど、1箱400円なら利益は40円。しかし、いれたてのコーヒーは利益が7割。1杯150円だから、お店の利益は105円もある。
お客さんの払う値段が少ないほうが、お店の利益が大きいことがある。


若の今日の会計ミス:門信徒会会計で、会場使用料を帳簿につけていないのに、パソコンの会計ソフトの「本日の現金残高」に登録してしまいました。一度登録すると二度と変更できないので、明日の帳簿につけます。


若の会計の改善:準備作業で、30分。1分で終われるので、29分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、23分。10分で終われるので、13分の無駄。
門信徒会会計で、領収証の貼り付けと帳簿入力で、4分。3分で終われるので、1分の無駄。会費の集計で、8分。2分で終われるので、6分の無駄。預金の確認で、2分。1分で終われるので、1分の無駄。現金の計算で、6分。5分で終われるので、1分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、2分。1分で終われるので、1分の無駄。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、6分。1分で終われるので、5分の無駄。門信徒会会計全体で、28分。13分で終われるので、15分の無駄。
寺院会計で、お布施の帳簿入力で、18分。4分で終われるので、14分の無駄。預金の確認で、5分。1分で終われるので、4分の無駄。「現金の計算」と「本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で」で、5分。無駄なし。データーバックアップで、2分。1分で終われるので、1分の無駄。寺院会計全体で、30分。11分で終われるので、19分の無駄。
後片付けで、7分。3分で終われるので、4分の無駄。
今日の会計全体で、1時間58分。38分で終われるので、1時間20分の無駄。


一言:若は、10月25日で免許の有効期限が切れるのだけど、お寺の近くのアパートに住んでいた時の住所で免許証を作っていて、お寺に住むようになったのにまだ免許の住所を変えてなかったので、免許の更新のハガキが届かないので、明日は免許更新の講習はいつなのかを公安委員会に聞きに行って、うまく時間があえばそのまま講習を受けてこようと思います。公安委員会とは警察なので、若は男性の警察官にはビビってますが、たぶん公安委員会で働いている女性は警察官ではないかと思うので、女性の警察官が好きな若は明るい気持ちになりました。もしも若が何か事件を起こしたら、男性の警察官に怒鳴られても言い返しますが、女性の警察官にキラわれたらショックで泣くと思うので、もしも若を捕まえる時は女性の警察官が捕まえに来ると何も抵抗しないと思います。テレビで女性の警察官が出た時はいつも、「何もしてないけれど、捕まってもいい」と思うので、若は女性の警察官に取り調べしてもらうのをドキドキしながら逮捕されると思います。なんでこんなことを言うのかというと、警察のメンツを傷つけると、公安委員会に行くのが、まるでヤクザの事務所に行くように感じるからです。公安委員会に女性の警察官がいなかったら、若は免許を失ってもいいから絶対に行かなかったでしょう。
みんな、警察のメンツを傷つけたら、免許の更新の時に本当にビビるよ。
2013/10/19
一言:若の釧路市での存在感と影響力を考えると、若が市民の立場だったら絶対に関わらないと思います。存在は気になるから、遠くから見ていると思います。若の恐ろしいところは、これだけの影響力がありながら、ものすごく器が小さくて、気が短いことです。若は釧路市の中で、何かあればすぐに「学ぶところは何も無い」とイバりたがる釧路市民に「学ぶところばかりだ」と言って学ぶ立場にさせるのが大きな役目なので「本当はいないほうがいいけれど、いないともっと悪いことが起きるので必要とされる」という「必要悪(ひつようあく)」の存在なので、ヤクザに近いものがあります。ニラミをきかせるのが役目なので。
で、釧路市の経済の進む方向を決めるので政治家のような部分もあります。それだけの影響力と存在感がありながら、「調子に乗ったら引っ越すぞ」という「市民の生活よりも自分の感情の方が大事」というものすごくワガママなところがあり、だからわかりやすく言うと、若と関わるといつ怒られるかわからないし、もしも若ともめたらそのまま釧路市の話題になるというものすごく恐ろしい存在なのです。強いからというよりも、これだけの立場なのに、器が小さいものだから感情的になったらものすごくワガママになるところがおそろしいところです。ちょうど、警察の恐ろしさが、その力の強さよりも、「日本で一番器の小さな集団だ」というのと同じです。
なので、釧路市民は若のことを遠くから見ているのが一番いいよ。本当に、若が市民の立場だったら、弘宣寺の若と関わろうと絶対に思わないよ。それぐらい、器が小さくて、気が短いのさ。去年の釧路市のリーダーの競争で若に40倍の票を取って勝った人は、人柄がすばらしいよ。イバらないし、気も短くないし、市民に優しいし、関わっても何も怖いことがないと思うよ。安心して関われるよ。人柄を見ると、40倍で勝った理由がわかるよ。
こんな恐ろしい若に、釧路市の中学生や高校生の娘の親は、「あなたの娘にエッチなイタズラをするかもしれないし、つきあうかもしれないし、結婚するかもしれないよ」と言われてるんだよ。しかも、娘たちの年代のためにたった45才でこれだけの影響力と存在感を「自分より年下の人に譲って身を引くよ」と言うんだよ。しかも自分の代わりに引っ張ってもらうために自分の娘たちを育てようとしてくれるのさ。しかも、娘にエッチなイタズラをしたいと言いながら、娘たちの後ろ盾になってるんだよ。もしも釧路市の中で若者に「先輩を超えるな」とか訳のわからないことを言って押さえつけたら、それは弘宣寺の若にケンカを売っているのと同じことになるんだよ。釧路市の中学生や高校生の娘の親も、若に怒りたくてもいろんな理由で怒れないと思うんだよ。しかも、義理の息子になる可能性がゼロでは無いのさ。かわいそうだと思うよ。例えるならば、自分は猫なのに、娘が虎やライオンからプロポーズされるようなものさ。市民のみなさん、釧路市の中学生や高校生の娘がいる親に同情してください。若がもしもその立場ならば、逃げ出したい気持ちになるでしょう。ただし、娘の結婚相手としては「安定した生活が送れるかもしれない」ということでは、ちょっとうれしいかもしれません(若は経済の勉強が好きなので経済の能力とセンスがあって、さらに景気を良くすることと、財政再建をがんばっているので、若を必要とする人はどこにでもいるから仕事が無くなる可能性はないだろうと思うから。景気を良くすることと、財政再建を選ぶことが、若の経済のセンスが良いところです)。
2013/10/19
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後11:00頃。
お参り 10件(住職 6件:月参り 6件) (若 4件。3件済:月参り 4件。午後2:01出発済。午後3:40終了済。午後4:15出発済。午後5:13終了済。午前10:00出発予定。午後1:00終了予定。午後4:05出発予定。午後5:45終了予定)


今日の若の予定

午後12:41 起床(5時予定)


午後12:42開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。携帯をマナーモードにする(済)。お釈迦さまの教えは本当に真実なのか確かめる(済)。自分もまわりの人も生きていることに感謝をする(済)。
1:18開始済 お参り出発の準備
2:01出発済 お参り出発
3:40終了済 お参り終了
3:50開始済 お参り出発の準備
4:15出発済 お参り出発
5:13終了済 お参り終了
5:27開始済 お参りの反省(済)
5:59開始済 夕食
7:34開始済 弘宣寺全体の日次決算(35分遅刻)(済)
10:16開始済 会計の反省(済)
10:21開始済 明日の予定を作る(済)
11:35終了済 仕事終了


お釈迦さまの教えは本当に真実なのか確かめる:悩みの無い人も、老人にならない人も、病気にならない人も、死なない人も、一人もいないと思うので、お釈迦さまの教えは真実だと思います。だから苦しんでいるのは自分だけでは無いと思います。
今日も通用したいので、昨日までお釈迦さまの教えを伝えて通用したことはすべて忘れます。
今日もお坊さんとしての根拠は、お釈迦さまの教えにします。


一言:日本は男性中心の社会だが、女性にしかできないことはたくさんある。ナプキンなどの生理用品は男性だけでは作れない。子育てをしているのは男性よりも女性が多いから、子育てについて話し合う時は、政治の政策を考える時は、女性に話を聞かなければならない。
男性は「すべてを自分でできる」と思わずに、女性にしかできないことは素直に女性に頼るべきだ。ミエをはって失敗するよりも、「女性にしかできないことは男性の私にはできないので協力してください」と頼んだほうが自分が成功する。


一言:弘宣寺へ。もしも釧路市民が「若が釧路市の景気を良くすることや、財政再建はすばらしいから、きっと若一人の力ではなく、弘宣寺が若の知恵袋としてサポートしているんだ」と思って、若ではなく、弘宣寺に頼ってきたら、「釧路市の景気を良くすることも、財政再建も、弘宣寺は関係無いのです。若が一人でやってるんです」と言うんだよ。そうじゃないと、「なんか若が言うことと違う」と思われて、「ウソついているのか」と言われるから、イヤな思いをするよ。勝手に誤解をする市民が悪いのだけど、自分のやっていないことは「やっていない」と言うほうが苦しみが減るよ。


若のお参りの反省:お参り出発予定時間に、4時間1分遅れて、檀家さんの約束の時間に遅れた。原因は、寝坊したから。その原因は、夜中の4時頃に寝たから。解決策として、夜10時に寝て、朝5時に起きて、シャワーを浴びて、朝食を食べて、いつでもお参りに行ける状態で朝7時の仕事開始をむかえたい。


今日のお参りの内容は、「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「仏教では、『嫉妬をすると苦しいだけだから、嫉妬してはダメだ』と教えます。落語家の立川談志は、他の落語家に嫉妬している弟子に、『相手の欠点を攻撃して自分のレベルまで下げることを嫉妬というんだ。本当ならば、相手に並んで、追い抜いていくために行動すればそれで解決するのけれど、人間はなかなかそれができない。嫉妬しているほうが楽だからだ。しかし、そんなことでは状況は何も変わらない。時代が悪いとか、世の中がおかしいと言う前に、どうしてそんなに差がついたのかの原因を調べて行動しなさい』と言いました。自分よりも相手が優秀ならば『悔しい』と思うのは自然な気持ちです。そこで自分を磨いて成長するならば、相手の存在は自分にとってプラスになります。『競争が成長のために必要だ』というのはそういう考えです。しかし、相手を引きずり下ろすことだけをがんばっていると、うまくいっても自分には何もプラスにならないので、満足しません。仏教では『嫉妬をする相手の存在が自分を苦しめるのでは無いよ。嫉妬をする気持ちが自分自身を苦しめるんだよ。だから嫉妬の気持ちを捨てれば、苦しみも無くなるよ』と教えます。だから私は、自分よりも優秀な人を見たら、素直に相手の良さを認めて、それを自分自身に活かして成長していきたいと思いました」という話と、


「今日は、死ぬ苦しみについて話します。仏教を作ったお釈迦さまは、『人間には、悩み、老人になる苦しみ、病気、死ぬ苦しみの、四つの苦しみがあるから、人間ならば逃れることができないから、そのまま受け止めることが苦しみを減らす一番方法だ』と言いました。家族の死は、本当にツライとお釈迦さまも認めています。その苦しさを、数字で100とするならば、素直に受け止めれば100だけ苦しめば、苦しみは終わります。しかし、新聞を見れば毎日お通夜やお葬式の死亡広告が載っているのに、それでも『自分の家族だけが死ぬんだ』と思ったり、呪いやタタリや普段の行いが悪いから死んだのだと思うと、もともと100もあった苦しみが、300にも、500にも増えます。『そもそも、人が死ぬなんて認めない、許せない』と思うならば、人間の歴史では、今まで生まれてきた人はすべて死んでいるので、とんでもないところに不満を持つことになるので、苦しみが1000にも、2000にも増えます。お釈迦さまはそれを『無駄な苦しみだ』と言いました。お釈迦さまは、『苦しみは少なければ少ないほうがいいから、家族の死はそのまま受け止めれば100だけ苦しめば苦しみは終わるから、それ以上は苦しむ必要が無いんだ』と言いました。だから私は、家族の誰も死んではいませんが、もしも死んでも、そのまま素直に受け止めたいと思いました」という話をしました。


若の今日の会計ミス:ありません。


若の会計の改善:準備作業で、47分。1分で終われるので、46分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、42分。10分で終われるので、32分の無駄。
門信徒会会計で、会費の集計で、22分。5分で終われるので、17分の無駄。預金の確認で、3分。1分で終われるので、2分の無駄。現金の計算で、5分。無駄なし。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、3分。1分で終われるので、2分の無駄。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、11分。1分で終われるので、10分の無駄。門信徒会会計全体で、44分。13分で終われるので、31分の無駄。
寺院会計で、お布施の帳簿入力で、12分。3分で終われるので、9分の無駄。預金の確認で、1分。無駄なし。現金の計算で、6分。5分で終われるので、1分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、5分。1分で終われるので、4分の無駄。データーバックアップで、1分。無駄なし。寺院会計全体で、25分。11分で終われるので、14分の無駄。
後片付けで、4分。3分で終われるので、1分の無駄。
今日の会計全体で、2時間42分。38分で終われるので、2時間4分の無駄。
2013/10/18
若の会計の改善:準備作業で、20分。1分で終われるので、19分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、58分。12分で終われるので、38分の無駄。
門信徒会会計で、領収証の貼り付けと帳簿入力で、41分。3分で終われるので、38分の無駄。会費の集計で、29分。5分で終われるので、24分の無駄。預金の確認で、25分。5分で終われるので、20分の無駄。現金の計算で、28分。5分で終われるので、23分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、11分。2分で終われるので、9分の無駄。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、12分。1分で終われるので、11分の無駄。門信徒会会計全体で、2時間26分。21分で終われるので、2時間5分の無駄。
寺院会計で、お布施の帳簿入力で、7分。2分で終われるので、5分の無駄。預金の確認で、7分。2分で終われるので、5分の無駄。現金の計算で、5分。無駄なし。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、4分。1分で終われるので、3分の無駄。データーバックアップで、1分。無駄なし。寺院会計全体で、24分。11分で終われるので、13分の無駄。
後片付けで、4分。3分で終われるので、1分の無駄。
今日の会計全体で、4時間15分。56分で終われるので、3時間19分の無駄。


一言:釧路市民は、若が「アジアの発展について行くのが大切だ」と言っても、想像の範囲を超えるので理解できない人がたくさんいると思う。釧路市は何十年も不景気だったから、誰も景気を良くする方法を知らない。だから景気を良くする方法は必ず「自分の知らなかったこと」だ。
逆に財政再建は、釧路市議会で認めてきた予算からカットするだけなので、誰も知らないものは予算がつかないのでカットする必要も無いので、釧路市民の想像の範囲を超えるものは一つも無い。だから財政再建はすべて釧路市民の知っていること、理解できる範囲のことなのだ。
景気を良くすることは自分の知らなかった新しいこと、財政再建は自分の知っている範囲のこと。こう思ったらいいよ。
2013/10/18
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後8:00頃。
お参り 7件(住職 3件:月参り 3件) (若 3件:月参り 3件。午前10:22出発済。午前11:01終了済。午後1:18出発済。午後1:43終了済。午前11:00出発予定。午後12:00終了予定。午後1:05出発予定。午後1:45終了予定)


午後2時から4時。納骨堂の利用規約を作る作業部会。弘宣寺会館2階。(出席者:6名。来てくれた檀家さんに感謝)


今日の若の予定

午前8:48 起床(5時予定)


午前9:29開始済 仕事開始(5時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。携帯をマナーモードにする(済)。お釈迦さまの教えは本当に真実なのか確かめる(済)。自分もまわりの人も生きていることに感謝をする(済)。
9:39開始済 お参り出発の準備
10:22出発済 お参り出発
11:01終了済 お参り終了
11:10開始済 銀行(済)。駐車場の舗装工事代を業者に振り込む(済)。
12:52開始済 お参り出発の準備
1:18出発済 お参り出発
1:43終了済 お参り終了
1:56開始済 会場で待機
2:00開始済 納骨堂の利用規約を作る作業部会
4:00終了済 終了。後片付け。
4:29開始済 弘宣寺だより11月号の若の原稿を作る(完成)。
5:42開始済 夕食
6:46開始済 お寺に来てくれた弘宣寺だより担当の檀家さんに11月号の若の原稿を渡す(済)
7:16開始済 お参りの反省(済)
7:51開始済 弘宣寺全体の日次決算(済)
0:06開始済 会計の反省(済)
0:25開始済 明日の予定を作る(済)
1:25終了済 仕事終了


一言:中国は、リーダーほど自分から勉強する。リーダーだから何もしなくてもイバっていられるが、それならば自分は通用しても中国は発展しない。昔の中国は貧乏な国の代表だったから、アメリカや日本やヨーロッパに追いつくために、中国のリーダーはドンドン勉強した。だから、ヨーロッパを越えて、日本を越えたし、3年後にはアメリカを越えて世界で一番豊かな国になる。
釧路市の若者は、8年後に若が第一線から身を引くから、若より年下の人たちが釧路市を引っ張っるが、引っ張っる立場になるからイバろうと思ったら好きなだけイバれる。しかしそんなことをしたら釧路市がどこまでも弱っていく。中国のリーダーのように自分からドンドン勉強したら、釧路市を引っ張っる立場の人が成長するから、釧路市そのものも成長する。
釧路市を引っ張っるからこそ、自分から勉強してドンドン成長する人になりなさい。


一言:中国は、国の役職のランキングが、そのまま「自分から勉強をするランキング」なので、立場が上の人ほど勉強する。
釧路市も、肩書のある人ほど、立場のある人ほど勉強したら、それがそのまま能力の順番になるので、わかりやすくてスッキリするし、自然にまわりの人も自分から勉強するようになるよ。


お釈迦さまの教えは本当に真実なのか確かめる:お釈迦さまは「すべてのものはいつも移り変わって、それは誰にも止められないから、自分で自分を変え続けなさい」と言いましたが、これは「昨日どんなにがんばっても、今日には今日やるべきことをやりなさい」という意味だと思うので、今日やるべきことをしっかりがんばりたい。


一言:若が、東京やアジアの発展の人たちに能力で追いつけば釧路市は好景気になれるので、若の経済の能力が世界レベルになれるように勉強します。釧路市のリーダーの肩書は釧路市の外にはまったく通用しないので、リーダーの肩書が無くても何も困らないから安心してね。


一言:成長するためには相手の良いところをマネしたらいい。勉強するとは、相手の良いところをマネして自分の良さにすること。中国からは学ぶ気持ちを、アメリカからは会社の商品でも人でも外国人を差別しないで中身が優秀ならば素直に認めるところをマネをする。そうしたら、自分が成長する。誰も参考にしないで一人でゼロから考えるのはとても難しい。相手の良いところをマネしたら、すごく楽だ。中国は、ディズニーランドのマネをした遊園地が問題になったが、もともと中国そのものがアメリカや日本やヨーロッパの良いところをマネしてここまで成長した。
釧路市も相手の良いところをマネしたら、けっこう楽に成長できるよ。


一言:若が言ったことを「信用できない」と思うのは自然な気持ちだよ。釧路市は18万人もいるのに、若がたった一人いなかっただけで経済がもっと下がっていたと堂々と言っているのさ。常識的に考えたらありえないよ。さらに客観的に正しいと証明する証拠が一つも無いから、信用できないのは自然な気持ちさ。でも、客観的に否定もできないのさ。試しに自分で「若が釧路市の経済を育てたことはウソだ」と客観的に若の言うことを否定してごらん。否定できたら、これからの釧路市の経済の流れが変わるよ。すごく大きなことだよ。
「客観的に正しいと証明する証拠が無いから自分は信用しない」という気持ちは大切にしなさい。ただし、それだからこそ「客観的に否定する証拠が無いから否定できない」ということも大切にしなさい。
若は釧路市ではそんな存在さ。


一言:若の釧路市民への影響力は、若そのもの影響力であって、弘宣寺の影響力では無いから。弘宣寺の住職も関係無いから。日本国憲法に「宗教の自由」とあるから、弘宣寺の檀家でも、檀家でなくても、釧路市民としては何も変わらないよ。


一言:「若が釧路市の経済を育てた」と言うのを素直に信じる人は、「なんでおまえは同じことを何回も言うのか。自慢しているのか」と思うかもしれないけれど、「信じられない」と思う市民もたくさんいるのさ。市民がそう思うのならば、正面から向き合わなければならないし、客観的に正しいと証明する証拠が無いから、信用できない気持ちもわかるのさ。
市民全員と向き合うと、同じことを何回も言わなければならないのさ。


一言:今日の作業部会で、若は「仏教の信者はみんなお釈迦さまの弟子なのだから、檀家さんと会う時は『檀家さん』ではなく『お釈迦さまの弟子』だと思おう。そうしたら檀家さんに尊敬の気持ちを持って接することができる」と思った。そう思うと、若の自分の態度が悪いと思った。
人間同士だから問題も起きるし、言いたいこともあるけれど、檀家さんが「若は自分に尊敬の気持ちが無い」と思ったら、若はお釈迦さまを心から尊敬しているので、その尊敬するお釈迦さまの弟子に対しての態度としてはヒドイので、すぐに謝ります。
そして「浄土真宗は『ナムアミダブツ』と唱えるが、意味は『相手の存在を否定しないですべての人に暖かく接する』ということなので、仏教の信者かどうかに関係無く、すべての人に尊敬の気持ちで接しよう」と思った。


一言:若は、釧路市で一番マジメで、釧路市で一番エッチなのさ。その二つの間が若の人間性なのさ。マジメな気持ちも本音、エッチな気持ちも本音。どちらも若の本音さ。


若のお参りの反省:今日は、お参り出発予定時間によりも早く出発したので、遅れることは無かったけれど、寝坊して仕事開始時間に遅れたので、夜10時に寝て、朝5時に起きて、シャワーを浴びて、朝食を食べて、いつでもお参りに行ける状態で朝7時の仕事開始をむかえたい。

今日のお参りの内容は、「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「仏教では、『答えは最初から自分の目の前にある』と教えています。親は子供の気持ちがわからないと悩みますが、『そんな甘い考えは通用しない』と否定していることが子供の本音です。お店の店員は『どうやったら利益の高い商品を売れるか』と悩ますが、お客さんは最初から最後まで『自分のほしい商品を買いたい』としか言いません。人間関係で不満があると『ワガママな人だ、性格の悪い人だ、飲み込みの悪い人だ』と思いますが、最初から『そういう人の相手をするんだ』と思って接したほうがうまくいきます。お坊さんをしていると『檀家さんはみんな自分のために檀家になったんだ』と思いたくなりますが、檀家さんは『仏教だから檀家になりました』としか言いません。目の前の答えを答えと思わずに、『自分の見たいものが見えない』と悩みむのは、欲や、偏見や思い込みや、過去の成功や失敗を引きずることや、思い上がった心が原因です。だから仏教では、『そういうものをすべて捨てれば、目の前のものがあるがままに見ることができる。そうすると目の前の答えを答えだと気づくことができる。答えがハッキリわかれば誰でも必ず正しい判断ができるよ』と教えます。正しい判断ができない時は、自分がダメなのではないか、判断力が無いのではないかと思いますが、そうではなくて、正しい答えがわからないから正しい判断ができないだけで、正しい答えがわかれば誰でも正しい判断ができると仏教では教えます。人間は、都合の悪いものは目の前にあっても『見えない』と思い込んだり、見なかったことにしたり、そこには無いものが『存在する』と思い込んだりするので、正しい判断ができなくなります。落語家の立川談志は、他の落語家に嫉妬(しっと)をしている弟子にこう言いました。「自分が努力や行動をしないで相手の欠点を攻撃して自分のレベルまで下げることを『嫉妬』というんだ。でもそんなことでは状況は何も変わらない。現実は正解なんだ。現実は事実なんだ。そこから、どうしてそうなったのかの原因を考えろ」と弟子に教えました。写真は、そこにあるものはすべて写り、そこに無いものは一つも写らないので、自分の都合に関係無く、目の前の現実がそのまま写るので、写真を見れば誰でも正しい答えがわかるから、誰でも必ず正しい判断がでるので、写真は客観的な証拠として信用されます。あるがままに見るとは、自分の都合に関係無く写真を写すように目の前の現実をそのまま受け止めるということです。だから私は、自分の見たいものを見るのでは無く、目の前の現実を写真を写すようにあるがままに見ていきたいと思いました」という話と、

「仏教では、『嫉妬をすると苦しいだけだから、嫉妬してはダメだ』と教えます。落語家の立川談志は、他の落語家に嫉妬している弟子に、『相手の欠点を攻撃して自分のレベルまで下げることを嫉妬というんだ。本当ならば、相手に並んで、追い抜いていくために行動すればそれで解決するのけれど、人間はなかなかそれができない。嫉妬しているほうが楽だからだ。しかし、そんなことでは状況は何も変わらない。時代が悪いとか、世の中がおかしいと言う前に、どうしてそんなに差がついたのかの原因を調べて行動しなさい』と言いました。自分よりも相手が優秀ならば『悔しい』と思うのは自然な気持ちです。そこで自分を磨いて成長するならば、相手の存在は自分にとってプラスになります。『競争が成長のために必要だ』というのはそういう考えです。しかし、相手を引きずり下ろすことだけをがんばっていると、うまくいっても自分には何もプラスにならないので、満足しません。仏教では『嫉妬をする相手の存在が自分を苦しめるのでは無いよ。嫉妬をする気持ちが自分自身を苦しめるんだよ。だから嫉妬の気持ちを捨てれば、苦しみも無くなるよ』と教えます。だから私は、自分よりも優秀な人を見たら、素直に相手の良さを認めて、それを自分自身に活かして成長していきたいと思いました」という話をしました。


若の今日の会計ミス:ありません。
2013/10/17
若の釧路市での立場と気持ち その2

こういう状況が若の立場ですが、次に「若が心の中でどう思っているのか」を書きます。
若は釧路市では「景気を良くすること」を絶対にしたいと思っていて、釧路市が何十年も不景気だから一日でも早く景気を良くしなければならないというのが大きな理由ですが、若は「釧路市の中での成功で、釧路市の外に実績として持って行けるのは、釧路市を好景気にすることだけだな。後は、人口18万人の小さな街での成功だから相手にされないな」と思っていたのです。だから若は、「釧路市の中で若の実績と堂々と釧路市の外の人に言えるのは、好景気にした時だけだ。だから若には何も実績は無いんだ」と思っていたのです。そして、釧路市を好景気にしたら、その実績をアピールして、世界で活躍する会社に転職したいと思っていました。だから何が何でも釧路市には好景気になってもらわなければならないのです。釧路市そのものが「若の作品」であり、釧路市を好景気にすることが「若の実績」なので、「景気を良くするためにがんばっている自分」に満足しているわけにはいかないので、何が何でも「本当に釧路市を好景気にすること」が必要でした。
しかし、だんだんと釧路市のでの立場が上がってくると、釧路市を好景気にするよりも、自分の立場が良くなったことに満足する自分がいて、「おかしいな」といつも思っていました。それが今の若の状態です。
だから、なんとか昔の自分、釧路市の景気を本当に良くしたいと思っていた頃の自分に戻りたいと思って、見失った自分の良さを取り戻すためにがんばっています。
ちなみに、昔は本当に景気を良くしたいと思っていたので、経済のセンスが今とは比べものにならないほど鋭かった。まだ日本経済新聞が「外国が、温暖化ガスの削減と言って、それを義務化しようとしているが、経済にはマイナスになるからたいへんだ」と社説に書いていた時に、若は「温暖化ガスの削減は、石油を使うなと言うことだ。石炭を握ってイギリスは強くなり、石油を握ってアメリカは強くなった。温暖化ガスの削減の義務化は、次のエネルギーの権力争いだ」、「環境ビジネスそのものが商売になるんだ。環境は経済にマイナスでは無く、環境を守ることが商売になるんだ」と地元の読者投稿欄に送ったのさ。その日のどの新聞の、どの記事よりも勝っていた自信があるよ。
これが釧路市での若の立場と考えです。
2013/10/17
若の釧路市での立場と気持ち その1

若の釧路市での立場はどんなものかわからない釧路市民もいると思うので、詳しくやさしく説明します。
釧路市は何十年も不景気で、「隣の釧路町と合併するしか助かる道は無い」と言っていたけれど、その合併も釧路町に断られて失敗して、どうすることもできない状況でした。
そんな将来が真っ暗の時に北海道の夕張市が借金を返せずに潰れました。釧路市民は「次は自分たちだ」と思って本気でビビッた人がたくさんいました。
その時に若が「釧路市は自分の力で景気を良くするべきだ。東京から学んで、世界の経済についていくべきだ」と言って、出てきたのです。もちろん、釧路市ではみんなの前で堂々とそんなことを言う人は若が初めてでした。
それから若は、釧路市の成長のために経済の勉強をして、学んだことをほとんど全部、釧路市民に教えてきました。市民に対しては地元の新聞の読者投稿欄に送って、釧路市を引っ張っている人に対しては紙に書いて直接に持って行きました。
良い木を育てるためには、良い根を育てなければならない。良い根を育てるためには、良い土を作らなければなりません。その「良い土作り(環境作り)」を若は釧路市の中でしてきたのです。それが結局、国際バルク港に応募することにつながり、トヨタやソニーより自分の会社が大きいとイバる社長が減ることにつながり、湖陵高校が東大やハーバード大学より学歴が高いとイバる湖陵高校の卒業生が減ることにつながり、釧路市が世の中のすべてだと思う市民が減ることにつながり、「釧路市の景気が悪いのは国のせいだ。自分たちは何も悪くない。釧路市がどうしたらいいか、国が考えたらいい」と言う政治家や市役所の職員がいなくなったことにつながるのです。札幌へのコンプレックス(劣等感)が減ったり、自分の立場を守るために「先輩を超えるな」と後輩をおさえつける人たちが減ったことにもつながっています。
その環境を作ったのが若なのです。もちろん、たくさんの市民が共感してくれたからなのですが、若が出てこなかったらこの環境にはならなかったでしょう。
だから、若は肩書きが何も無いのに、市議会議員よりも市民への存在感や影響力があり、経済では市長よりも市民に影響力があります。

次に続きます。
2013/10/16
一言:若の財政再建の実験の話。
4月21日(日)に突然「本当に本当に必要なものだけ残して、その他の必要なものはすべてカットして借金を返すというやり方はもう限界だ」と思ってから、それでもなんとか「がんばろう」と思って、7月末まで続くと思うとウンザリしましたが、気持ちをごまかしてがんばりました。
しかし、だんだんと心の苦しさをごまかせなくなりました。
そして、4月29日(月)。檀家さんへのお参りの帰りに、クルマから道路にいる高校生の女の子を見ながら、「エッチなイタズラをしたいな」とすごく思いました。それまでも中学生や高校生の女の子を見たら「かわいいな」とか、「エッチなイタズラをしたいな」と思ったのですが、それはほんの少し思うぐらいですが、、もともと中学生や高校生の女の子が好きでした。しかし札幌のススキノの「19才や20才の女の子に本物の制服を着せてエッチなイタズラをするお店」に一年間に何回も行っていたので、スッキリしていたので、本当に中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをしたら警察に捕まるので、「そんなことは絶対にしない」と思っていました。しかし4月29日(月)に、借金を返すことで心に余裕が無くなったので、「警察に捕まることがわかっていても、エッチなイタズラをするな」と思ったのです。若は8年後の45才で釧路市の第一線から身を引いて自分より年下の人に自分の立場を譲るので、前から自分の代わりにできるように若ものをを育てていたのです。特に、中学生や高校生は若いからこれからの時間が一番あるから、学校の勉強のやり方や、「総理大臣の命令どおりに官僚は動くんだぞ」などを教えていたのです。特に、「学校の勉強をなぜするのか」を学生はみんな疑問に思うけれど、「先生の言うとおりに、教科書に書いてあるとおりにやれば必ず満点だから、学校のテストとは『言われたとおり』にすることがうまいかどうかを確かめるだけで、意味なんか無い。意味を考えないで、言われたとおりにやる練習をしなさい。会社とは『社長に言われたとおりにすること』が仕事だから、働いてから役に立つよ」と教えていました。なので、釧路市の中学生や高校生には前から影響力があったんですよ。「8年後には若の代わりに君たちが釧路市を引っ張るんだよ。頼んだぞ」とも言っていたので、若を知らない学生は何を言っているのかわからないでしょうが、若を知っている学生にはすごく影響力があったんですよ。だから若が一言「エッチなイタズラをしたい」と言えば、中学生や高校生の女の子が「そんなにしたいなら、いいよ」と絶対に言うと思ったのです。
だから若はビビりました。中学生や高校生の女の子に絶対に相手にされないのであればエッチなイタズラも絶対にできないから犯罪者にはならないけれど、頼めばOKしてくれるならば、警察に捕まるのがわかっていても絶対にエッチなイタズラをするだろうと思ったのです。この瞬間に、「借金を返す苦しさ」に「中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをして、いつ警察に捕まるかわからない苦しさ」が増えたのです。
あのー、中学生や高校生の娘がいる母親は、若のことをナメないほうがいいよ。今でも「エッチなイタズラをしたい」とお願いしたら、「いいよ」という中学生や高校生の女の子は必ずいるよ。若はね、あまりもエッチな欲求をストレートに言うから、相手の女の子もドキドキすることがあるのさ。すごくイヤがったり、怒ったりする女の子もいるけれど、でもちょっとうれしいと思ったり、ドキドキする女の子もいるのさ。だから母親たちは、もしも自分が若に「エッチなイタズラをしたい」と言われたとしたらと想像したらわかるよ。すごく怒るかもしれないけれど、完全に怒れない、ちょっとドキドキする母親もいるでしょ? 若は「婦人警官にエッチなイタズラをしたい」と言った時に、男性の警察官は本気でカンカンに怒ったけれど、婦人警官はそんなに怒ってなかったんだよ。「あなたがステキだから、魅力的だからエッチなイタズラをしたい」と言われたら、あんまり本気で怒れないのさ。
だから中学生や高校生の娘がいる母親は、若が3ヶ月に一回くらい札幌のススキノのエッチなお店に行ったり、エッチなDVDをレンタルして、欲求や性欲を解消しているかどうか、いつも確認しておくんだよ。若がスッキリしていれば、自分の娘にエッチなイタズラをされる危険も無いのさ。だけど、欲求や性欲がたまっていたら、若がもしも「エッチなイタズラをしたい」とお願いしたら、女の子だからOKするかもしれないんだよ。で、娘は傷つき、若は必ず警察に逮捕されて、たいへんなことになるのさ。若が捕まって釧路市からいなくなったら、特に経済では悪い影響が出るのがわかるでしょ? だから若はいつも欲求や性欲を解消することをがんばるよ。中学生や高校生の娘がいる母親の心配な気持ちはよくわかるよ。だからなるべく安心できるように、ススキノのエッチなお店や、エッチなDVDをレンタルすることを一生懸命にがんばるね。
というわけで、今は冷静だから「エッチなイタズラをしないようにがんばります」と言えますが、借金を返すことが苦しくて心に余裕が無かったので、「警察に捕まることがわかっていても中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをしたいという自分をおさえられない」という状態になって、若は本当に警察に捕まるかわからない状態になったのです。
長いので、明日に続きます。


一言:せっかくなので、釧路市の中学生や高校生の娘がいる母親に一言言います。若に対してものすごく不安で心配になるでしょうが、実際に借金を返している時に、若はどこかの母親から警察に通報されました。警察に怒られました。でも、そんな母親の気持ちは若はよくわかるのですよ。だから若は何も腹が立たないよ。原因は若にあるのだから、若が悪いと思います。
で、母親たちに言いたいのは、たいへんなのは「自分の娘が若にエッチなイタズラをされるかもしれない」というだけでは無いということです。どういうことかというと、「自分の娘が若とつきあう可能性がゼロでは無い」ということです。若は、中学生や高校生の女の子が本当に好きなのです。いつもクルマから見るたびに「かわいいな」と思います。だからもしも自分の娘が若に興味があるなら、「彼氏を紹介するね。弘宣寺の若です」と言われる可能性がゼロでは無いのです。娘が若に何の興味も無いならばそんな可能性はゼロですが、もしも興味があったり、あこがれがあったりしたら(若の能力に)、若とつきあう可能性がゼロでは無いのです。若は最近特に「中学生や高校生の女の子は本当にかわいいな。つきあうかもしれないな」とよく思うのです。
だから、娘の彼氏が若になる可能性が0.0001%かもしれないけれど、ゼロでは無いと心の準備をしておいてください。もしも若が自分の娘とつきあったら、もしも若が釧路市のリーダーになった時よりも大ニュースになるでしょう。みんなビビると思います。
で、もしもつきあったら、そのままの流れで娘と結婚したら、母親は、若が「義理の息子」になります。
若と身内になるとたいへんですよ。まず若は37才なので、母親と年齢が近いということ。それだけでなく、若はお坊さんの仕事をしていますが、お坊さんの仕事はけっこう安定しているし、若は経済に能力があるのでもしも弘宣寺の仕事を失ってもどこかで仕事を見つけられるので、娘の生活はそこそこ安定するでしょう。しかし、若の存在感というものがたいへんです。もしも若が義理の息子になったら、釧路市民がいつも自分の義理の息子の話題をしているという状況になるのです。釧路市民は何十年も不景気に悩んでいて、若も「釧路市の景気を良くしたい」と言っているので、釧路市民が若から興味を無くすことはありえません。そして若には長所もあるけれど、欠点も多いし、大きいので、いつも市民からは、根強く期待されて、根強く批判されます。この「市民がいつも義理の息子の話題をしている」ということに耐えなければなりません。で、母親は自分が若の義理の親としても気を遣うでしょう。あるところではものすごく気をつかわれ、あるところでは白い目で見られ(若のせいで)、あるところでは若のことをいろいろ聞かれるという、若の親や、弘宣寺の檀家さんがしている苦労を自分もすることになります。
長くなりましたが、釧路市の中学生や高校生の娘がいる親は「自分の娘が、弘宣寺の若とつきあったり、結婚したりする可能性が0.0001%くらいある。まったくのゼロでは無い」と思ってください。
どうしても言いたいと思ったので、伝えました。
2013/10/17
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後7:00頃。
お参り 10件(住職 5件:月参り 5件) (若 5件:月参り 5件。午前10:51出発済。午後1:18終了済。午前10:10出発予定。午後2:15終了予定)


今日の若の予定

午前9:32 起床(5時予定)


午前9:32開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。携帯をマナーモードにする(済)。お釈迦さまの教えは本当に真実なのか確かめる(済)。自分もまわりの人も生きていることに感謝をする(済)。
9:58開始済 お参り出発の準備
10:51出発済 お参り出発
午後1:18終了済 お参り終了
1:30開始済 お参りの反省(済)
3:01開始済 昼食
4:01開始済 夕食
5:04開始済 弘宣寺全体の日次決算(3分遅刻)(済)
8:44開始済 会計の反省(済)
9:08開始済 明日の予定を作る(済)
11:51終了済 仕事終了


お釈迦さまの教えは本当に真実なのか確かめる:お釈迦さまは「すべてのものはいつも移り変わって、それは誰にも止められないから、自分で自分を変え続けなさい」と言いましたが、昨日どんなに良い結果が出たとしても、今日は「今日やるべきこと」をやらないとすぐに行き詰まるので、毎日、今日やるべきことをがんばりたい。


一言:日本の官僚はものすごい大きな力を持っているが、自分から毎日勉強している。理由は、日本の中でイバるだけなら、官僚は何もしなくてもイバっていられる。それくらいの権限を持っているからだ。しかしそれなら日本の経済の国際競争力がドンドン下がっていって、貧しい国になる。日本は第二次世界大戦でボロボロに負けたが、官僚が一生懸命に勉強して成長したのも、世界で三番目に豊かになった原因だ(1位がアメリカ、2位が中国)。釧路市の若者は8年後に若から釧路市の第一線の立場を譲ってもらうが、自分が勉強しなかったら釧路市の経済はドンドン下がっていってさらに市民の生活は苦しくなる。自分が勉強して成長したら、釧路市の経済はドンドン成長して好景気になって市民の生活が楽になる。
日本の官僚は「自分が勉強して成長しなければ日本の国は成長できない」と本気で思うのが良いところだ。だから釧路市の若者も「自分が勉強して成長しなければ釧路市は成長できない」と本気で思いなさい。釧路市は、若が出てくるまで「学校を卒業してからも勉強する大人」を見たことが無かった。若は市民に「仕事の勉強をしたら、仕事が成長する。大人になってからも勉強をすることが大切だ。経済力とは、勉強をする気持ちのことだ」と市民に教えている。若者は、自分が勉強している背中を見せて、市民に学ぶことの大切さを教えなさい。市民もマネして自分から勉強するようになり、釧路市の経済が成長するよ。自分のためだけに勉強すればいいのは、誰かに頼れる立場の人だけだ。釧路市の若者は8年後に市民から頼られる立場になる。釧路市のために、釧路市民のために勉強するクセを今からつけなさい。
でも無理をしたらダメだよ。無理をすると長続きしないから。


若のお参りの反省:お参り出発予定時間に、41分遅れて、檀家さんの約束の時間に遅れた。原因は、寝坊したから。解決策として、夜10時に寝て、朝5時に起きて、シャワーを浴びて、朝食を食べて、いつでもお参りに行ける状態で朝7時の仕事開始をむかえたい。


今日のお参りの内容は、「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「仏教では、『嫉妬をすると苦しいだけだから、嫉妬してはダメだ』と教えます。落語家の立川談志は、他の落語家に嫉妬している弟子に、『相手の欠点を攻撃して自分のレベルまで下げることを嫉妬というんだ。本当ならば、相手に並んで、追い抜いていくために行動すればそれで解決するのけれど、人間はなかなかそれができない。嫉妬しているほうが楽だからだ。しかし、そんなことでは状況は何も変わらない。時代が悪いとか、世の中がおかしいと言う前に、どうしてそんなに差がついたのかの原因を調べて行動しなさい』と言いました。自分よりも相手が優秀ならば『悔しい』と思うのは自然な気持ちです。そこで自分を磨いて成長するならば、相手の存在は自分にとってプラスになります。『競争が成長のために必要だ』というのはそういう考えです。しかし、相手を引きずり下ろすことだけをがんばっていると、うまくいっても自分には何もプラスにならないので、満足しません。仏教では『嫉妬をする相手の存在が自分を苦しめるのでは無いよ。嫉妬をする気持ちが自分自身を苦しめるんだよ。だから嫉妬の気持ちを捨てれば、苦しみも無くなるよ』と教えます。だから私は、自分よりも優秀な人を見たら、素直に相手の良さを認めて、それを自分自身に活かして成長していきたいと思いました」という話をしました。


一言:たぶん、中学生や高校生の娘のいる母親は、若に昨日「娘とつきあう可能性があるし、結婚する可能性もゼロでは無いよ」と言われて、ビックリしたり、ショックだった人もいると思うけれど、若への不安や警戒する気持ちが少しは減った人もいると思うのさ。若は、たくさん欠点があるし、何より中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをしたいと言うから、母親としては許せないと思う人もいると思うけれど、経済の能力があるから若を必要とする人はどこでもいるから仕事が見つからないという可能性が低いので、母親としては娘の結婚相手としては「安定した生活ができる」ということで喜ぶ気持ちもあると思うのさ。沖縄県の人たちはアメリカ軍の基地を心から憎んでいるけれど、沖縄はすごく景気が悪いので仕事が無いから、アメリカ軍の基地の仕事というのは安定していて倒産も無いから、自分の子供がアメリカ軍の基地に就職すると親はまわりに自慢するのさ。アメリカ軍の基地を心から憎むけれど、子供が就職したら心から喜ぶのが沖縄の親さ。たぶん若も、そんな感じだと思う。
で、何が言いたいのかというと、経済の勉強をしていると今の仕事を失っても他の仕事が見つからないということにはならないから、男性は経済の勉強をドンドンしなさい。結婚する時に相手の親から歓迎される可能性が高くなるよ。


一言:ちなみに、若は釧路市の仕事そのものを増やして、仕事に就ける人を一人でも増やそうとしているから、市民から根強い支持を受けます。市民から支持されたり期待されたい人は、釧路市の仕事を増やすことをがんばりなさい。期待も支持もされるよ。


一言:釧路市の経済の進む方向が、若の言う方向だという客観的な証明として、若は「やり方」にこだわらないので、今のやり方よりも良いと思ったら、自分がやっているかどうかに関係無くあっさりとそれを一番大事にするので、一番好景気になるやり方は必ず若の言うやり方になります。ただしレベルを下げることは絶対に認めないので、「札幌について行くべきだ」と言われたら絶対に認めません。「最低でも東京、できればアジアの発展について行く」と言います。
釧路市の経済の進む方向が必ず若の言う方向になるという客観的な証明です。


一言:釧路市民の中には、「若は釧路市のリーダーの競争に勝つことがゴールだ」と思っている市民もいますが、若は「釧路市の景気を良くすること」と、「釧路市の財政再建」がゴールです。財政再建で先頭に立って市民全員の文句を受けるためにリーダーの肩書が必要だというだけです。


一言:若は8年後に45才で釧路市の第一線から身を引いて、年下の人に譲るから、若者を育てないとたいへんなことになるよ。わかりやすく言うと、8年後に若は釧路市から「手を引く」のさ。釧路市の発展のために若者に出番を与えるために譲る気持ちが半分、「不景気との闘い」や「財政再建」から逃げる気持ちが半分さ。
もしも若者が若の代わりができないと、釧路市は一気に経済が下がる可能性があるよ。若者に嫉妬して「先輩を超えるな」と言ったら、8年後に先輩たちはみんな泣くよ。「8年後に若は釧路市から手を引く」と思ってね。


一言:釧路市の若者へ。現実的な話として、8年後は今よりももっと不景気で、財政再建が始められなくて今よりももっと釧路市の借金が増えているよ。今よりも状況が悪くなって若者は釧路市の第一線をまかされるのさ。
経済を成長させるアドバイスとしては、「景気の良い人たちについて行きなさい」ということ。世界の経済を見て、一番景気が良い人たちについて行くのさ。そうすれば「おこぼれ」くらいはもらえるから、世界は70億人だけど、釧路市は18万人しかいなくて小さな街だから、おこぼれでも好景気になるよ。だから「釧路市が世の中のすべて」と思わずに、「世界の経済を見るクセ」をつけなさい。


若の今日の会計ミス:ありません。


若の会計の改善:準備作業で、4分。1分で終われるので、3分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、20分。10分で終われるので、10分の無駄。
門信徒会会計で、領収証の貼り付けと帳簿入力で、1時間11分。6分で終わるので、1時間5分の無駄。会費の集計で、16分。4分で終われるので、1の無駄。預金の確認で、4分。1分で終われるので、3分の無駄。現金の計算で、8分。5分で終われるので、3分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、15分。2分で終われるので、13分の無駄。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、15分。1分で終われるので、14分の無駄。門信徒会会計全体で、2時間9分。19分で終われるので、1時間50分の無駄。
寺院会計で、お布施の帳簿入力で、21分。2分で終われるので、19分の無駄。預金の確認で、2分。1分で終われるので、1分の無駄。現金の計算で、10分。5分で終われるので、5分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、3分。1分で終われるので、2分の無駄。データーバックアップで、1分。無駄なし。寺院会計全体で、37分。10分で終われるので、27分の無駄。
後片付けで、4分。3分で終われるので、1分の無駄。
今日の会計全体で、3時間14分。43分で終われるので、2時間31分の無駄。
2013/10/16
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後7:00頃。
お参り 7件(住職 7件:他のお寺の報恩講 1件。月参り 6件)

その他、午前10時から午後5時。檀家さんの会計監査の「門信徒会会計」と「納骨堂特別会計」と「諸積立金会計」と「住職継職法要会計」の4会計の上半期(4月分から9月分)の会計監査。(無事にOKをもらいました。檀家さんの会計監査の10月分から12月分までの帳簿と領収証の点検は、来年1月の予定です)


今日の若の予定

午前7:48 起床(5時予定)


午前8:01開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。
8:19開始済 仏教の勉強(済)
8:42開始済 会計監査の準備
10:00開始済 檀家さんの上半期会計監査(午前の部)
午後12:05開始済 昼食休憩
1:09開始済 檀家さんの上半期会計監査(午後の部)(4分遅刻)
5:00終了済 終了。後片付け。
5:19開始済 夕食
6:47開始済 弘宣寺全体の日次決算(28分遅刻)(済)
8:10開始済 会計の反省(済)
8:15開始済 明日の予定を作る(済)
10:06終了済 仕事終了


一言:若に嫉妬(しっと)をする人は、若のレベルを下げることをがんばらないで、若ができることを自分もできるように能力を磨きなさい。そうしたら自分のレベルも上がるよ。
ただ、若に嫉妬するよりも、若よりレベルの高い人に嫉妬したほうがいいよ。仏教ならばお釈迦さま、経済ならば東京や中国が若よりもはるかにレベルが高いよ。「弘宣寺の若に負けたくない」と言うよりも、「お釈迦や、東京や中国に負けたくない」と言ったほうがカッコイイし、自分のレベルも上がるよ。


一言:釧路市の中で若のことを知らなかった人で、若にあっさりと追い抜かれた人は「なんだコイツは」と思うかもしれないけれど、TPPが始まったらこんな感じです。若よりもはるかに強くてレベルの高い相手がドンドン釧路市にやってくるので、「自分は、ただの世間知らずだった」と気づくよ。それがTPPをやる良ささ。


インドのお経の本から(ブッダのことば。岩波文庫):「世の中のものは一つも自分のものではないと思う人は、自分のものが無いから、失うこともない」(205ページ。読みやすいように少し文章を変えています)


一言:昨日のお葬式で「檀家さんが生きているだけでありがたい。檀家さんが生きているうちに大切にしよう」と心から思ったのに、一晩寝たらそう思ったことさえ忘れた。そしてシャワーを浴びながら偶然に思い出した。
人間は、どうでもいいことは忘れないけれど、大切なことほどすぐに忘れる。その証明です。


一言:弘宣寺へ。若の釧路市民への影響力は、若だけの影響力で、弘宣寺には何の関係も無いよ。若は釧路市民に「イバらないで勉強したら好景気になるぞ」と言っているのさ。弘宣寺が若の影響力を使って釧路市民にイバったら、市民が「言っていることと、やっていることが違うぞ」と思うよ。
釧路市民は、若そのものを支持しているのでは無いよ。若の「釧路市の景気を良くしたい」、「釧路市の財政再建をしたい」という気持ちを支持しているだけさ。


一言:去年の秋の釧路市のリーダーの競争で若に40倍の票を取って勝った人の後援会は、ボロ負けした若が釧路市の経済で目立っているから腹が立つかもしれないけれど、「若の経済のレベル」が「釧路市の経済のレベル」なので、若が釧路市の経済のレベルを上げることや、釧路市の景気を良くすることをジャマしないでね。
もしも釧路市の景気を良くできたら、現職のリーダーの手柄さ。後援会もうれしいでしょ? もしも釧路市がもっと不景気になったら、現職のリーダーのせいになるよ。後援会もツライだろ? だから若が釧路市の景気を良くすることをジャマしないでね。
ちなみに、若は釧路市民全員に平等に接するから、若に勝った人の後援会に入っていても何のマイナスも無いよ。安心して後援会をやりなさい。もしも平等に接してもらってないと思ったら、いつでも言ってくれたら、すぐに謝るよ。
それから、若からのアドバイスとして、釧路市民18万人全員を相手にしなさい。自分の都合で勝手に枠を作ると、必ず枠からもれる人が出るよ。それでは、枠からもれた人は自分たちのことをリーダーだと思わないよ。釧路市民18万人全員を相手にしたら、市民は誰も仲間外れにならないよ。市民全員からリーダーだと思ってもらえるよ。


一言:若は、釧路市民が誰の後援会に入ろうが平等に接するよ。若の後援会を誰にも作らせないというだけさ。


一言:「若の経済のレベルが、釧路市の経済のレベルだ」と言う客観的な証明として、若がもしもアジアの発展について行けたら、釧路市も必ずアジアの発展について行けるのさ。若は何年も前から「中国に釧路市の会社の商品を売るべきだ」と市民に言っていたが、なかなか本格的に中国に売れないのは、若の能力不足で壁にぶつかっているから。期待している市民は、若が中国に売ってくれるのを何年もジッと待ているだけ(あまりにも待っているのが長いから、もう忘れてしまったかもしれないけれど)。
アジアの発展も、若がアジアの発展について行けるのをジッと待っている。ついて行けたら、すぐに自分たちもマネしてアジアの発展について行くだろう。


一言:「おまえが釧路市の経済を引っ張っているわけが無いだろう」と言う人も、若がアジアの発展について行けるようになって、そのやり方を教えてくれるのをジッと待っているのさ。「代わりにオレがアジアの発展について行って、釧路市民にもついて行く方法を教えてやる」と言う人はまだ出てこない。若が釧路市の経済を引っ張っていると認めない人も、若に期待する気持ちが心に必ずあるのさ。だって釧路市民は何十年も不景気に苦しんで来たから、景気が良くなりそうなことは無視できないのさ。「若がアジアの発展について行っても、絶対にオレはついて行かない。みんな好景気になって生活が楽になっても、自分だけは苦しい生活を続ける」と言う市民は一人もいないのさ。


一言:アジアの発展は若だけのものではないので、釧路市民は自信のある人はドンドン自分で挑戦しなさい。世界中が期待しているから、アジアの発展について行くのは正しいのさ。去年の秋の釧路市のリーダーの競争で若に大勝した人も、ドンドン勉強してついて行けばいいのさ。それで好景気になったら、自分が好景気にしたと認めてもらえるよ。
こんなふうに、若は釧路市の経済の進む方向を「こっちがいいよ」と言うから、誰が活躍しても若の言った方向で活躍することになるのさ。
エライからじゃ無いよ。釧路市で一番、経済のセンスがあるからさ。


一言:若は8年後の45才で釧路市の第一線から身を引いて、自分よりも年下の人に譲るけれど、釧路市の若者は、この釧路市の経済の進む方向を決める役目を譲ってもらうのさ。けっこうたいへんだよ。進む方向が間違っていたら、どれだけがんばっても「ムダな努力」になるから、釧路市の経済がさらに悪くなるだけだよ。若は、釧路市の若者に「自分が通用しなかったら釧路市が潰れると思いなさい」と何ヶ月も前に言ったが、こういう意味だよ。冗談でなく、自分が通用しなかったら釧路市は下がり続けるよ。


一言:若の言うことよりももっと好景気の可能性があるやり方があったら、釧路市民はそのやり方について行きなさい。「どう考えてもアジアの発展について行くよりも良いやり方は無いな」と思ったら、アジアの発展について行きなさい。無難なほうを選びなさい。現実的に一番景気が良くなるやり方を選びなさい。
それから、若は「今のところ一番景気が良くなる」と思うから「アジアの発展」を選ぶのさ。もしももっと景気の良くなるやり方があったら、あっさりとそれを選ぶよ。経済は「やり方」にこだわったらダメだ。「結果」にこだわりなさい。

若の今日の会計ミス:ありません。


若の会計の改善:準備作業で、14分。1分で終われるので、13分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、18分。10分で終われるので、8分の無駄。
門信徒会会計で、会費の集計で、2分。1分で終われるので、1分の無駄。預金の確認で、3分。1分で終われるので、2分の無駄。現金の計算で、9分。5分で終われるので、4分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、4分。0分で終われるので、4分の無駄。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、5分。1分で終われるので、4分の無駄。門信徒会会計全体で、23分。8分で終われるので、15分の無駄。
寺院会計で、お布施の帳簿入力で、10分。2分で終われるので、8分の無駄。「預金の確認」と「現金の計算」で、9分。6分で終われるので、3分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、3分。1分で終われるので、2分の無駄。データーバックアップで、2分。1分で終われるので、1分の無駄。寺院会計全体で、24分。10分で終われるので、14分の無駄。
後片付けで、4分。3分で終われるので、1分の無駄。
今日の会計全体で、1時間23分。32分で終われるので、51分の無駄。
2013/10/15
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後7:10頃。
お参り 10件(住職 5件:葬式 1件。月参り 2件。100ヵ日法要 1件。他のお寺の報恩講 1件) (若 5件:葬式 1件。月参り 4件。午前9:30出発済。午後12:10終了済。午後1:07出発済。午後4:12終了済。午前9:00出発予定。午後5:15終了予定)


今日の若の予定

午前8:59 起床(5時予定)


午前8:59開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。携帯をマナーモードにする(済)。
9:00開始済 葬式の準備
9:30出発済 葬式に出発

9:44終了済 会場に到着
10:00開始済 葬式
10:47出発済 お参りに出発
午後12:10終了済 お参り終了
12:20開始済 業者への支払い
12:37開始済 昼食
12:59開始済 忌中引の着替え(4分遅刻)
1:07出発済 忌中引に出発
1:23到着済 会場に到着
1:50開始済 忌中引(きちゅうびき)
2:44出発済 お参りに出発
4:12終了済 お参り終了
4:20開始済 忌中引の着替え
4:30開始済 お参りの反省(済)
5:28開始済 夕食
6:28開始済 休憩
7:17開始済 弘宣寺全体の日次決算(17分遅刻)(済)
11:05開始済 会計の反省(済)
11:13開始済 明日の予定を作る(済)
0:14終了済 仕事終了


一言:今日の葬式の時に思ったのだけど、戦争というのは相手の国の人を全滅させることが目的だが、人間には寿命があるので、200年以内に相手の国の今生きている人たちは寿命で全滅する。自分は何もしなくても必ず願いがかなうのに、どうして自分が死ぬ危険があるのに今わざわざ戦争をするのかわからない。戦争をしたい人に「人間にはみんな寿命があるんだよ。何もしなくても200年以内に寿命で全滅するよ」と教えてあげたい。


一言:たぶん、それを言ったら仕事を失う人たちがたくさんいる、今の仕組みが問題なのだ。だから軍隊には「自制心(自分で自分をおさえること)」が一番大切だ。
第二次世界大戦の時に軍隊に国を乗っ取られた日本は、だから軍隊を持たないほうがいい。アメリカは、朝鮮戦争の時に中国とまで戦争しようとしたマッカーサー(軍隊のトップだったらしい)をクビにして、中国との戦争を防いだらしい。日本とアメリカの差は、ここだと思う。


若のお参りの反省:葬式の出発予定時間に、30分遅れた。最初から時間に遅れることを前提で予定を作っていたからなんかと間に合ったが、インド旅行に行った時にツアーに参加していた他のお坊さんから、「法事は30分前、お通夜やお葬式は1時間前に会場に入る。これが常識です」と言われて、「そうなんですか」と若は驚いたのだが(若にはそういう発想が無かった)、これからそれを見習いたい。

昨日のお通夜に来ていた人は、「お釈迦さまは、人間は死から逃れられない」と若が言ったことが、本当に逃れられないのか中身を確かめてみたらいいよ。ジックリ考えて寿命から逃れられる方法を見つけたら自分は永遠に生きられるし、「どうやっても寿命から逃れられない」と思ったら、自分の寿命を少し受け入れられるようになるよ。お釈迦さまの教えはたくさんあるけれど、「あなたには寿命があるから必ず死ぬんだよ。それを受け入れなさい」ということを一番言いたかったのだと若は思うよ。
どんなにがんばっても自分はいつか必ず死ぬと思ったら、生きていることに感謝をするよ。「自分の死」を知ることで、「自分の命」のありがたさを知る。それが仏教に良さだと思うよ。必ず寿命で死ぬから自暴自棄になって投げやりな人生を過ごせというのでは無いよ。死と向き合う事で、自分が生きてることに感謝をするという前向きな考えさ。

今日のお参りの内容は、「お経」、「法話」。以上。法話も内容は、「仏教を作ったお釈迦さまは、『悩みや、老いや、病気や、死は、人間ならば逃れられない』と言いました。人間には、キライな人も、憎い人も、許せない人もいます。そう思う相手でも、悩みが無くならないし、一日ごとに老人になって弱っていくし、必ず病気で苦しむし、必ず寿命で死にます。自分が何もしなくても相手が毎日、苦しんでいる姿が見られるので、それでじゅうぶんではないかと私は思います。戦争とは、相手の国の人を全滅させることが目的ですが、寿命で死ぬから何もしなくても200年以内に今生きている人たちは必ず全滅します。寿命の無い相手だから殺さなければならないのならば理由もわかりますが、必ず寿命で死ぬことがわかっている相手を、なぜ自分の命を危険な目に合わせてまで今、戦争をしなければならないのかわかりません。人間は、キライな相手や、憎い相手や、許せない相手が毎日苦しんでいることがわからない場合がありますが、そうではなくて自分と同じように毎日苦しんでいるんだと思えば、キライな気持ちや、憎い気持ちや、許せない気持ちが少し減ります。だから私は、『相手も苦しんでいるんだな』と思って、温かい目で見守っていきたいと思いました」という話と、

「仏教では、『嫉妬をすると苦しいだけだから、嫉妬してはダメだ』と教えます。落語家の立川談志は、他の落語家に嫉妬している弟子に、『相手の欠点を攻撃して自分のレベルまで下げることを嫉妬というんだ。本当ならば、相手に並んで、追い抜いていくために行動すればそれで解決するのけれど、人間はなかなかそれができない。嫉妬しているほうが楽だからだ。しかし、そんなことでは状況は何も変わらない。時代が悪いとか、世の中がおかしいと言う前に、どうしてそんなに差がついたのかの原因を調べて行動しなさい』と言いました。自分よりも相手が優秀ならば『悔しい』と思うのは自然な気持ちです。そこで自分を磨いて成長するならば、相手の存在は自分にとってプラスになります。『競争が成長のために必要だ』というのはそういう考えです。しかし、相手を引きずり下ろすことだけをがんばっていると、うまくいっても自分には何もプラスにならないので、満足しません。仏教では『嫉妬をする相手の存在が自分を苦しめるのでは無いよ。嫉妬をする気持ちが自分自身を苦しめるんだよ。だから嫉妬の気持ちを捨てれば、苦しみも無くなるよ』と教えます。だから私は、自分よりも優秀な人を見たら、素直に相手の良さを認めて、それを自分自身に活かして成長していきたいと思いました」という話をしました。


一言:他のお坊さんで参考にしたい人はしてください。1ヶ月や2ヶ月に1回のペースで新しい法話をしているお坊さんはいつも「ネタ切れ」になって、「これから新しい法話をまったく作れなかったらどうしよう」と少しビビりますが、ちょっとでも「こんな話をしてみたい」とひらめいたら、すぐに作ったほうがいいですよ。若は、何も無い状態で檀家さんの前で話しながらゼロから法話を作るのですが、「今日の月参りはこの法話をしよう」と思っていても、急に「こんな話をしてみたい」と思ったら、その場で新しい法話に挑戦します。これがすごく良くて、何もひらめかない時は、まったくアイデアが出なくて同じように話しか作れません。急にひらめくから今まで作ったことの無い法話を作れるのです。若は今日のお葬式の時に、「人間は寿命から逃れられないのだから、好きな人も必ず死ぬけれど、キライな人も必ず死ぬんだよな。戦争しなくても、戦争したい相手は必ず寿命で全滅するから戦争をする意味が無いな」と思いました。だからお葬式が終わってからの月参りで、檀家さんの前で話しながら法話を作りました。「こんな話をしてみたい」と思ったら、それを逃したらダメだよ。その方が新作を作れて助かるよ。


一言:若は、檀家さんが生きているだけでありがたいけれど、檀家さんが生きている間に出会えたことが本当にうれしいよ。生きている間にしか出会えないからね。今日のお葬式の時に思ったよ。


一言:若は、釧路市民が18万人もいることに感謝するよ。18万人の釧路市民が財産さ。自分が死んだら釧路市の人口が一人減るんだよ。人口が少なくなることに悩んでいる釧路市にとっては、自分が生きているだけでありがたいんだよ。


一言:子供が生まれたら、釧路市の人口が一人増えるんだよ。だから自分の子供が生まれたことを釧路市も喜んでいるよ。


一言:テレビで、新入社員から「教えられてないからできません」と言われることに悩んでいる上司に、料理の名人が「本当に優秀な上司は、部下の目線までおりていって(部下のレベルまで自分が下がっていって)、部下の立場で考える」と言っていた。


若の今日の会計ミス:ありません。


若の会計の改善:準備作業で、22分。1分で終われるので、21分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、17分。10分で終われるので、7分の無駄。
門信徒会会計で、領収証の貼り付けと帳簿入力で、1時間12分。15分で終われるので、57分の無駄。会費の集計で、6分。4分で終われるので、2分の無駄。預金の確認で、2分。1分で終われるので、1分の無駄。現金の計算で、6分。5分で終われるので、1分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、11分。2分で終われるので、9分の無駄。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、6分。1分で終われるので、5分の無駄。門信徒会会計全体で、1時間43分。28分で終われるので、1時間15分の無駄。
寺院会計で、お布施の帳簿入力で、53分。7分で終われるので、46分の無駄。預金の確認で、6分。1分で終われるので、5分の無駄。現金の計算で、11分。5分で終われるので、6分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、8分。3分で終われるので、5分の無駄。データーバックアップで、4分。1分で終われるので、3分の無駄。寺院会計全体で、1時間22分。17分で終われるので、1時間5分の無駄。
後片付けで、4分。3分で終われるので、1分の無駄。
今日の会計全体で、3時間48分。59分で終われるので、2時間49分の無駄。


一言:今日は疲れたので、若の財政再建の実験の話は、また明日に。


一言:釧路市では、「オレ様は世の中の頂点だ」とイバっている人がいますが、そんなに優秀ならば、海外留学に出しますよ。日本人が一人もいない、日本語も、日本の常識も、日本の法律も、日本のお金も使えない状況で1年間生活してください。若は10万円くらいなら出してあげますよ。自動車のトヨタはその状況で世界トップレベルです。これが日本を代表する会社の実力です。釧路市の会社も世界に通用するようにがんばりましょう。
2013/10/14
一言:若の財政再建の実験の後半の話。
3月で100万円の借金が残り49万円まで減ったので、すごくやる気が出ました。人間というのは初めてやることは「本当にできるのかな」と不安になるのですが、それが借金のプレッシャーになったのですが、借金を返せば返すほど心が軽くなっていきました。そして半分を返すと、そのプレッシャーが消えて無くなりました。半分返したことをもう1回繰り返せば必ず残りの半分の借金も返せるので「現実的に返せる」と思えるのです。マラソンで言えば、折り返し地点をまわった感じです。現実的に返せると思った瞬間に心は借金のプレッシャーから解放されました。
もうたいへんなことなんか無いとその時は思っていたのです。ところがそうではありませんでした。
若は、釧路市のリーダーの競争の供託金(きょうたくきん)で借金をする1年前に(今から2年前に)、インドの仏教の遺跡(いせき)を巡る旅行に行ったのですが、その時にツアー代として50万円以上かかったのですが、税務署に「仏教の遺跡を巡るツアーだからお寺の仕事として経費で払ってもいいですか?」と聞いたら、ツアーの内容を見て、「これなら仕事として認められないから、経費にはならないよ。この分のボーナスを出して所得税を払えばいいよ」と言われたので(若は税務署には絶対に逆らいません)、そのとおりに住職に言ったら「経費で払うならいいけれど、若だけボーナスを出すのはダメだ」と言われたので、結局、全額を若の個人のお金から払うことになり、足りない分の39万円の借金を旅行会社にしたのですよ。で、3月に旅行から帰ってから、すぐに借金を返し始めました。まず、その時はお寺の近くにアパートを借りていたのですが、家賃が5万円くらいしたので、アパートをやめて、お寺に住むようにしました。そして買い物をまったくしないで、お金を使わないで、借金を返すためにお金をまわして、毎月24万円の給料(その頃は)なのに、3月から返し始めて7月で39万円を全額返せたのです。これが若の生まれて初めての借金を返した経験でした。ここで若は、「ムダなモノをカットするなんて甘いことでは借金を返せない。本当に本当に必要なものだけを残して、その他の必要なものをすべてカットするしか借金を返す方法は無い。しかしこの方法はあっという間に終わるから、ダラダラ借金を返し続けるよりも楽だ」と思ったのです。この経験が、去年の秋の釧路市のリーダーの競争で「釧路市の財政再建のために、本当に本当に必要なものだけ残して、その他の必要なものをすべてカットして借金を返します」と市民に言った公約につながるのです。自分の経験があったから、この方法ができると思いました。
長くなりましたが、そのインド旅行の借金を返すことも、たいへんだったけれど勢いのまま最後まで行けたので、今回の100万円の借金も半分を返し終わった瞬間に「インド旅行と同じようにこのままゴールまで突っ走るだけだ」と思ったのです。
ところがそうではなかったのです。4月21日に檀家さんの家の仏壇でお経を唱えていた時に、仏壇にはお菓子やジュースが供えてあるのですが、それを見て「あー、お菓子もジュースもしばらく食べてないな。借金返している最中だから、これからもしばらくは食べられないな」と、フッと心で思ったのです。その瞬間です。「もう耐えられない」と急に借金を返す生活がイヤになりました。それまではたいへんだけれど、耐えられないなんて思ったことが無かった。借金を半分返した時は、本当にこのままゴールまで突っ走っていけると思ったのです。しかし、自分でも気がついていないうちに、自分の心が借金を返す生活に耐えられなくなっていたのです。インド旅行の借金を返した時は、3月から7月までの5ヶ月間。100万円の借金を返すことは、11月から初めてこの時は4月。6ヶ月目に入っていたのです。インド旅行の5ヶ月間を超えただけでは無く、それから7月末までの3ヶ月間もまだあります。11月の借金を返し始めた時から考えても、7月末まで合計で9ヶ月間も借金を返す生活が続きます。ここで、いきなり心が「もうダメだ。本当に本当に必要なものだけを残して、その他の必要なものは全部カットして借金を返す生活は無理だ」と自分に伝えてきたのです。
若はこの時に、「この財政再建の実験は、無理かもしれない。リタイアするかもしれない」と本気で思いました。
長いので、続きはまた明日に。
2013/10/14
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後7:00頃。
お参り 7件(住職 3件:他のお寺の報恩講 1件。法事 1件。お通夜 1件) (若 5件:月参り 4件。お通夜 1件。午前11:16出発済。午後12:21終了済。午後2:06出発済。午後3:34終了済。午後5:25出発済。午後7:01終了済。午前10:00出発予定。午後12:00終了予定。午後1:50出発予定。午後,3:50終了予定。午後5:00出発予定。午後7:35終了予定)


今日の若の予定

午前10:05 起床(5時予定)


午前10:12開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。携帯をマナーモードにする(済)。
10:28開始済 お参り出発の準備
11:16出発済 お参り出発
午後12:21終了済 お参り終了
12:30開始済 昼食
1:52開始済 お参り出発の準備
2:06出発済 お参り出発
3:34終了済 お参り終了
3:45開始済 法話の客観的な証明(済)
3:58開始済 夕食
5:10開始済 お通夜の着替え(20分遅刻)
5:25出発済 お通夜に出発
5:40到着済 会場に到着
6:00開始済 お通夜
7:01終了済 お通夜から到着
7:10開始済 お通夜の着替え
7:16開始済 お参りの反省(済)
7:54開始済 弘宣寺全体の日次決算(済)
9:45開始済 会計の反省(済)
9:51開始済 明日の予定を作る(済)
11:14終了済 仕事終了


一言:弘宣寺へ。若よりも、仏教を作ったお釈迦さまはものすごくレベルが高いよ。若から見たら、雲の高ささ。だから弘宣寺はお釈迦さまの教えでもっているんだよ。お釈迦さまの教えがあれば、若が弘宣寺にいても、いなくても関係無いのさ。若ぐらいのレベルでは、仏教の2000年以上の歴史では下から数えたほうが早いよ。ただの下っ端さ。


一言:仏教の頂点は、2000年以上も誰も追いつけないお釈迦さまだから、「先輩を超えるな」と言われることが無いので自由にノビノビできる。釧路市は何十年も不景気だから、「景気を良くしたいから勉強する」と言えば、「がんばって好景気にしてね」と言われて、自由でノビノビと成長できる。
「先輩を超える」というわけのわからない理由で上からおさえつけられて成長できない人たちはいろんなところにいる。仏教も、釧路市も、自由にノビノビ成長できて、若は幸せだと思う。


一言:新聞に「今は新聞週間です」と書いてあった。新聞週間とは「新聞とはどういう存在か」とみんなに知らせる期間だが、だいたい「新聞はこんなにすばらしい」と新聞社が自分を慰(なぐさ)めるだけで終わる。新聞は批判と分析が特徴なのに、「なぜ新聞紙を読む人が減ったのか」という問題には触れない。「読む価値が無くなったからではないか」と若は思うのだが、こういうことに正面から向き合って自己批判をしたら、ものすごくおもしろい記事になるし、新聞社にも勉強になる。新聞週間が、本当に新聞週間らしくなる日が来ることを若は望んでいる。


一言:文藝春秋(ぶんげいしゅんじゅう)という雑誌の11月号に「イタリアでは、税務署が国民の銀行口座を自由に調べられるので、毎月の給料の2割以上を使うと『言えない目的のためにそんなにたくさんのお金を使ったのか』と聞かれるので、領収証で『普通の買い物なんです』と証明しなければならないので、それも5年前までの分はいつでも領収証で証明しなければならないので、イタリア国民がビビって高い商品を買わなくなったので、ドンドン景気が下がっている」と書いてました。


一言:宗教指導者というのは、信者に話をする時は「オレ様が言ったということが正しいという根拠だ」という独裁者のようなやり方をして、信者もそれを当たり前だと思うので客観的に正しいと証明することが無いのですが、これからは若は「若が言うからではなく、客観的に正しいと証明できるから正しい」という「お釈迦さまのやり方」のマネをしようと思います。
まずは、若の「嫉妬(しっと)の法話」の「落語家の立川談志(たてかわだんし)の弟子への言葉は本当にそう言ったのか」の証明です。立川談志の弟子の立川談春(たてかわだんしゅん)の「談志の弟子になって経験したこと」を書いた「赤めだか」という本の116ページに、談志から言われた言葉として書いてありました。自分が直接に言われた言葉を書いているので本当だと思います。若は、この部分を読んで、立ち読みで半分以上も読み終わっていたのに買いました。この本は、ものすごくおもしろいですよ。オススメです。


若のお参りの反省:午前は1時間16分遅れた。原因は、寝坊したから。その原因は、夜中の3時頃に寝たから。解決策として、夜10時に寝て、シャワーを浴びて、朝食を食べて、いつでもお参りに行ける状態で朝7時の仕事開始を迎えたい。


最近、JR北海道が問題があると言われるが、列車の時間はしっかり守る。これはすごいことだと思う。昔、フランスからイギリスまでの「ユーロスター」という新幹線に乗った時に、フランスのパリから出発してすぐに「この列車はイギリスのロンドンに予定の15分遅れで到着します」という放送が入って、お客さんたち(もちろん外人ばかり)が「またか」とウンザリしてた。パリからロンドンまで4時間くらいあるのだから15分の遅れぐらいすぐに取り戻せそうに思うけれど、外国では予定した時間どおりには列車が着かないみたいだ。でも日本のJRは毎日ちゃんと時間を守る。JR北海道の良いところを見習いたい。

今日のお通夜も、お参りに来ている人のためのお経の本を作るのが間に合わなかった。お通夜の間ずっと何もしないで座っているのはツライし、今日がその人の人生で仏教に触れた最後の日になるかもしれないので、1回1回の出会いを大切に、できるだけ仏教の良さを伝えたいと思った。

今日のお参りの内容は、「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「仏教では、『嫉妬をすると苦しいだけだから、嫉妬してはダメだ』と教えます。落語家の立川談志は、他の落語家に嫉妬している弟子に、『相手の欠点を攻撃して自分のレベルまで下げることを嫉妬というんだ。本当ならば、相手に並んで、追い抜いていくために行動すればそれで解決するのけれど、人間はなかなかそれができない。嫉妬しているほうが楽だからだ。しかし、そんなことでは状況は何も変わらない。時代が悪いとか、世の中がおかしいと言う前に、どうしてそんなに差がついたのかの原因を調べて行動しなさい』と言いました。自分よりも相手が優秀ならば『悔しい』と思うのは自然な気持ちです。そこで自分を磨いて成長するならば、相手の存在は自分にとってプラスになります。『競争が成長のために必要だ』というのはそういう考えです。しかし、相手を引きずり下ろすことだけをがんばっていると、うまくいっても自分には何もプラスにならないので、満足しません。仏教では『嫉妬をする相手の存在が自分を苦しめるのでは無いよ。嫉妬をする気持ちが自分自身を苦しめるんだよ。だから嫉妬の気持ちを捨てれば、苦しみも無くなるよ』と教えます。だから私は、自分よりも優秀な人を見たら、素直に相手の良さを認めて、それを自分自身に活かして成長していきたいと思いました」という話をしました。

今日のお通夜の法話は、「仏教の『仏』とは、『お釈迦さま』のこと。なので『仏教』とは『お釈迦さまの教え』という意味です。お釈迦さまは、今から2000年以上前にインドで生まれました。人生に問題に深く悩み、そして『人間の苦しみの本当の原因は、人間のレベルを超えたところにある』と発見しました。お釈迦さまは、『人間には四つの苦しみがある』と言いました。ひとつめは、生きる悩みです。お釈迦さまは『悩みの無い人なんていないんだよ。悩んでないように見えるだけで、みんな悩んでるんだよ』と言いました。二つめは、老人になる苦しみです。お釈迦さまは『みんな平等に老人になるんだよ』と言いました。三つめは、病気の苦しみです。お釈迦さまは『病気の苦しみはみんな経験するんだよ』と言いました。四つめは、死ぬ苦しみです。死の恐怖や、死の苦しみはみんな平等に経験します。まわりの人の死もそうです。家族、親戚や、友達を亡くすことは、ほとんどの人が経験しています。お釈迦さまは『時分が死ぬ苦しみも、まわりの人が死ぬ苦しみも、みんな平等に経験するんだよ』と言いました。お釈迦さまは、『四つの苦しみは、人間ならば逃れることができないけれど、苦しむ量を減らすことはできる』と言いました。人は苦しいと、『何で自分だけが』と思ったり、苦しむことを『恥ずかしい』とか、『情けない』とか、『損だ』とか思って、苦しんでいる自分を責めたりします。そうすると、苦しみが何倍にも増えます。しかし、『四つの苦しみはみんな経験するんだから、良いことでも悪いことでもなく、とても自然なことだ』と思って、苦しむことを『恥ずかしい』とも『情けない』とも『損だ』とも思わずに、苦しんでいる自分を素直に受け止めれば、苦しむ量もグッと減ります。だから私は、悩みがあっても、老人になっても、病気になっても、死ぬ時も、『良いことでも悪いことでもなく、とても自然なことだ』と思って素直に受け止めたいと思いました。お釈迦さまの教えとは、『苦しみをどうやって減らすか』という教えです。みなさんも、家族や、親戚や、友達を亡くしたツラさに耐えられない時は、『人間として生まれた者は、みんな経験するんだ』と思って、不幸だとも、呪いやタタリだとも思わずに、自然なことだと思ってそのまま受け止めてください。それがみなさんの苦しみを減らす一番の方法です」という話をしました。


一言:若の法話を聞いてどんなに感動しても、どんなに「心が救われた」と思っても、若のおかげではなくて、お釈迦さまのおかげだよ。若はただ、お釈迦さまの教えを伝えただけだよ。その教えを作ったお釈迦さまがすごいのさ。


一言:今日もやっぱり、「檀家さんが生きているだけでありがたい」と思った。亡くなった人は、亡くなった日まで生きてくれたことがありがたいと思った。
だから毎朝、「今日も檀家さんが生きてくれてありがたいです」と檀家さんに言葉で言ってから人間関係を始めたら、うまくいくと思った。
でも、大切なことほど一晩寝たら忘れるから、明日は葬式があるから思い出すけれど、明日の晩に寝たら、明後日には、檀家さんが生きているだけありがたいと思ったことさえ忘れているので、毎日お釈迦さまの教えを聞いて大切なことを思い出すようにがんばりたい。


若の今日の会計ミス:ありません。


若の会計の改善:準備作業で、40分。1分で終われるので、39分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、15分。10分で終われるので、5分の無駄。
門信徒会会計で、会費の集計で、5分。1分で終われるので、4分の無駄。預金の確認で、1分。無駄なし。現金の計算で、9分。5分で終われるので、4分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、1分。無駄なし。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、5分。1分で終われるので、4分の無駄。門信徒会会計全体で、21分。9分で終われるので、12分の無駄。
寺院会計で、お布施の帳簿入力で、16分。3分で終われるので、13分の無駄。預金の確認で、1分。無駄なし。現金の計算で、8分。5分で終われるので、3分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、4分。2分で終われるので、2分の無駄。データーバックアップで、1分。無駄なし。寺院会計全体で、30分。12分で終われるので、18分の無駄。
後片付けで、5分。3分で終われるので、2分の無駄。
今日の会計全体で、1時間51分。35分で終われるので、1時間16分の無駄。
2013/10/13
一言:今日も遅くなって疲れたので、若の財政再建の実験の話は(借金を返す後半の話)は、また明日にします。


一言:弘宣寺の檀家さんは、若への対応がどんなにうまくいっても、絶対に「自分の手柄だ」と思ってはダメだよ。自分の力で若に通用したことは一度も無いよ。間に仏教をはさんだ「仏教つながり」だから、うまくいくんだよ。仏教の手柄さ。もしも自分の力だけで通用すると思って仏教を外したら、その瞬間に若に対応できなくなるよ。仏教が自分のできない部分や足りない部分を知らないうちにカバーしてくれているのさ。仏教を外すと、自分の中身が問われるようになるのさ。そうしたら若に「これはなんなのよ。こんなこともできないのか」と言われるのさ。ものすごく難しくなるよ。間に仏教があるから、「自分が通用している」と勘違いするくらいにうまくいくのさ。
すべて仏教のおかげだよ。

一言:去年の釧路市のリーダーの競争で若に40倍の票で勝った人は、絶対に若に嫉妬して足を引っ張ってきたらダメだよ。それは釧路市長の仕事の範囲外だよ。そうしたら完全に「一人の人」として若とケンカになるから、釧路市の中でまわりが釧路市民ばかりという状況で若とケンカしたら、負けるよ。若はずっと釧路市そのものを育ててきたのさ。教えて育てた相手を「教え子」と呼ぶならば、釧路市民に何人の教え子がいるかわからないし、「釧路市そのもの」が若の教え子なんだよ。冷静に、客観的に考えてごらん。若は、経済の知識や技術よりも、経済のセンスがすごいのさ。流れを読むのがうまいのさ。釧路市で一番だけではなく、最近はそのセンスも衰えたけれど、全国的に見てもけっこうすごい部分があったのさ。若から真剣に学んだ人も釧路市の外にいたんだよ。だから、釧路市の中ではナンバー1だから、釧路市の経済の進む方向は、若の言うとおりの方向に進んで来たんだよ。わかりやすく言うと「東京から学び、世界の経済に通用するようになる」ということさ。この何年間の釧路市の経済は、この方向で進んで来たのさ。つい10年前まで「隣の釧路町と合併するしか助かる道は無い」と本気で言っていた釧路市が、別人のように変わったのは若のおかげさ。だから昔の釧路市は札幌に対して東京に感じるのと同じくらいの強いコンプレックス(劣等感)があって、「札幌には絶対に勝てない。遠い存在だ」と思っていたのに、若が「東京から学べ。世界の経済について行くぞ」というから、札幌を世の中の中心だと思わなくなったのさ。しかも若は今「札幌の経済は新幹線が最後の頼みだけど、新幹線を使いたい札幌市民が一人もいないから、このままでは札幌の経済は折れるから、かわいそうだから若も少し札幌の経済を助けてやらなければならない」と言って、若は「札幌は憧(あこが)れる街ではなく、助けてあげる存在だ」と思っているから、ますます釧路市民は札幌へのコンプレックスが無くなるのさ。
というわけで、若に嫉妬して足を引っ張ったらダメだよ。若に勝った人は、経済が弱いけれど、人柄は若の40倍良いので、自分の得意なところで勝負しなさい。
それから、釧路市の財政再建では、勝った人は現職のリーダーなのに名前がまったく出てこなくて、若の名前ばかりが出てくるのは、若が財政再建の必要性や大切さを、「ムダなものをカットするのではなく、みんなの必要なものをカットして借金を返すことを、市民に教えているからさ。市民が「財政再建はしなければならない。財政再建は市民もすごく負担があるから、ものすごくたいへんだ。でも借金を返すと釧路市は楽になるかもしれない」と思うようになったのは、若のおかげです(これも客観的に証明する証拠が無いから事実にはならないけれど)。
本当は現職のリーダーの仕事なんだよ。あなたがリーダーのやるべきことをしないから、オレが代わりにしているのさ。御礼を言われて当たり前で、嫉妬される筋合いは無いよ。
こんな感じで若は釧路市を育てているので、若に勝った人も釧路市を育てることをがんばって、お互いにどちらが育てられたのかを競争すればいいんだよ。そうしたら、釧路市はますます発展するよ。
2013/10/13
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後7:15頃。
お参り 10件(住職 4件:初七日 1件。納骨法要 1件。月参り 1件。法事 1件) (若 6件:月参り 6件。午前11:50出発済。午後4:08終了済。午前9:05出発予定。午後4:10終了予定)


今日の若の予定

午前10:50 起床(5時予定)


午前10:50開始済 仕事開始(5時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。携帯をマナーモードにする(済)。
10:58開始済 お参り出発の準備
11:50出発済 お参り出発
午後4:08終了済 お参り終了
4:30開始済 休憩
4:31開始済 お参りの反省(済)
5:44開始済 昼食
6:58開始済 弘宣寺全体の日次決算(14分遅刻)(済)
10:36開始済 会計の反省(済)
10:45開始済 明日の予定を作る(済)
0:56終了済 仕事終了


若のお参りの反省:お参り出発予定時間に、2時間45分遅れて、檀家さんの約束の時間に遅れた。しかも、1件の檀家さんが若が遅刻したために仕事に行かなければならないのでお参りができなくなった。深く反省しています。仕事は、当たり前のことを、当たり前にするのが大切です。明日から心を入れ替えて、檀家さんのお参りの約束の時間を守れるようにがんばります。

「嫉妬」の法話は、落語家の立川談志の弟子への言葉をそのまま話しているので、自分の言葉では無いので原稿を見ながら法話をしている。今までは、仏教の教えを自分で思ったり考えたりしたことを話していたので、全部が自分の言葉なので原稿を見なくても良かった。しかし、他人の言葉を園のまま紹介すると、自分の言葉では無いので原稿を見なかったら自分の口からは出てこない。「自分の言葉で話す」ということが大切だと思った。他人の言葉は、やっぱり「自分の言葉なのではなく、他人の言葉」なのだと思った。

今日のお参りの内容は、「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「仏教では、『嫉妬をすると苦しいだけだから、嫉妬してはダメだ』と教えます。落語家の立川談志は、他の落語家に嫉妬している弟子に、『相手の欠点を攻撃して自分のレベルまで下げることを嫉妬というんだ。本当ならば、相手に並んで、追い抜いていくために行動すればそれで解決するのけれど、人間はなかなかそれができない。嫉妬しているほうが楽だからだ。しかし、そんなことでは状況は何も変わらない。時代が悪いとか、世の中がおかしいと言う前に、どうしてそんなに差がついたのかの原因を調べて行動しなさい』と言いました。自分よりも相手が優秀ならば『悔しい』と思うのは自然な気持ちです。そこで自分を磨いて成長するならば、相手の存在は自分にとってプラスになります。『競争が成長のために必要だ』というのはそういう考えです。しかし、相手を引きずり下ろすことだけをがんばっていると、うまくいっても自分には何もプラスにならないので、満足しません。仏教では『嫉妬をする相手の存在が自分を苦しめるのでは無いよ。嫉妬をする気持ちが自分自身を苦しめるんだよ。だから嫉妬の気持ちを捨てれば、苦しみも無くなるよ』と教えます。だから私は、自分よりも優秀な人を見たら、素直に相手の良さを認めて、それを自分自身に活かして成長していきたいと思いました」という話と、

「仏教では、『答えは最初から自分の目の前にある』と教えています。親は子供の気持ちがわからないと悩みますが、『そんな甘い考えは通用しない』と否定していることが子供の本音です。お店の店員は『どうやったら利益の高い商品を売れるか』と悩ますが、お客さんは最初から最後まで『自分のほしい商品を買いたい』としか言いません。人間関係で不満があると『ワガママな人だ、性格の悪い人だ、飲み込みの悪い人だ』と思いますが、最初から『そういう人の相手をするんだ』と思って接したほうがうまくいきます。お坊さんをしていると『檀家さんはみんな自分のために檀家になったんだ』と思いたくなりますが、檀家さんは『仏教だから檀家になりました』としか言いません。目の前の答えを答えと思わずに、『自分の見たいものが見えない』と悩みむのは、欲や、偏見や思い込みや、過去の成功や失敗を引きずることや、思い上がった心が原因です。だから仏教では、『そういうものをすべて捨てれば、目の前のものがあるがままに見ることができる。そうすると目の前の答えを答えだと気づくことができる。答えがハッキリわかれば誰でも必ず正しい判断ができるよ』と教えます。正しい判断ができない時は、自分がダメなのではないか、判断力が無いのではないかと思いますが、そうではなくて、正しい答えがわからないから正しい判断ができないだけで、正しい答えがわかれば誰でも正しい判断ができると仏教では教えます。人間は、都合の悪いものは目の前にあっても『見えない』と思い込んだり、見なかったことにしたり、そこには無いものが『存在する』と思い込んだりするので、正しい判断ができなくなります。落語家の立川談志は、他の落語家に嫉妬(しっと)をしている弟子にこう言いました。「自分が努力や行動をしないで相手の欠点を攻撃して自分のレベルまで下げることを『嫉妬』というんだ。でもそんなことでは状況は何も変わらない。現実は正解なんだ。現実は事実なんだ。そこから、どうしてそうなったのかの原因を考えろ」と弟子に教えました。写真は、そこにあるものはすべて写り、そこに無いものは一つも写らないので、自分の都合に関係無く、目の前の現実がそのまま写るので、写真を見れば誰でも正しい答えがわかるから、誰でも必ず正しい判断がでるので、写真は客観的な証拠として信用されます。あるがままに見るとは、自分の都合に関係無く写真を写すように目の前の現実をそのまま受け止めるということです。だから私は、自分の見たいものを見るのでは無く、目の前の現実を写真を写すようにあるがままに見ていきたいと思いました」という話をしました。


一言:若の財政再建の実験は、ウソだったという客観的な証拠が一つも無いから誰も客観的に否定できないけれど、本当だったという客観的な証拠が一つも無いから「事実」にはならないよ。財政再建の実験をしたという現実なんかどうでもいいのさ。それを客観的に証明できる証拠があって、はじめて「事実」として認められるのさ。
誰も否定できないけれど、事実としては認められない。それが若の財政再建の実験さ。


一言:若が「隣の釧路町と合併するしか助かる道が無いと言っていた釧路市を、国際バルク港に応募したのは若では無いけれど、国際バルク港に応募するまで育てたのは若なんだ」と言うのも、現実だけど、客観的に証明する証拠が無いから「事実」にはならない。若が出て来なければ、どうしてたった10年ぐらいでここまで成長したのか説明がつかないけれど、それが若ががんばったからだという客観的に証明する証拠が無いから、市民全員には認められない。でも、「若が出て来なくても同じくらい成長できたか」と言われたら、釧路市を引っ張っている人ほど「うーん、どうだろう」と思うから、誰も客観的に否定できない。
若は、釧路市ではすべてのことでこんな感じなのです。事実にもならないけれど、客観的に否定もできない。そんな存在です。


若の今日の会計ミス:ありません。


若の会計の改善:準備作業で、19分。1分で終われるので、18分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、26分。10分で終われるので、16分の無駄。
門信徒会会計で、会費の集計で、23分。6分で終われるので、17分の無駄。預金の確認で、6分。1分で終われるので、5分の無駄。現金の計算で、6分。5分で終われるので、1分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、4分。1分で終われるので、3分の無駄。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、7分。2分で終われるので、5分の無駄。門信徒会会計全体で、46分。15分で終われるので、31分の無駄。
寺院会計で、お布施の帳簿入力で、59分。4分で終われるので、55分の無駄。預金の確認で、5分。2分で終われるので、3分の無駄。現金の計算で、30分。5分で終われるので、25分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、24分。2分で終われるので、22分の無駄。データーバックアップで、3分。1分で終われるので、2分の無駄。寺院会計全体で、2時間1分。14分で終われるので、1時間47分の
無駄。
後片付けで、6分。3分で終われるので、3分の無駄。
今日の会計全体で、3時間38分。43分で終われるので、2時間55分の無駄。
2013/10/12
若のお参りの反省:お参り出発予定時間に、59分遅れて、檀家さんの約束の時間に遅れた。原因は、寝坊したから。その原因は、夜中の4時頃に寝たから。解決策として、夜10時に寝て、朝5時に起きて、シャワーを浴びて、朝食を食べて、いつでもお参りに行ける状態で朝7時の仕事開始をむかえたい。

檀家さんに法話をしながら、また「法話の時間が長いからもっと短くしよう」と思った。短い法話を作るのは本当に難しい。

今日のお参りの内容は、「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「私は仏教のお坊さんですが、お坊さんとして通用するためには自信があればあるほど、経験があればあるほど良いように見えますが、実際はその逆で、自信が無ければ無いほど、経験が無ければ無いほどお坊さんとして通用します。さらに檀家さんが少なければ少ないほど、お寺の名前を誰も知らなければ知らないほど、さらに通用します。その理由は、頼れる物が無ければ無いほど、お坊さんには最後には『仏教を作ったお釈迦さま
の教え』しか残りません。だからどこでも、誰に対しても必ずお釈迦さまの教えを話します。お釈迦さまの教えとは『人間はみんな最後は必ず死ぬんだよ』というような誰も客観的に否定できない内容なので、必ず通用します。しかし、自信のあるお坊さんは、経験のあるお坊さんは、檀家さんのたくさんいるお坊さんは、有名なお寺のお坊さんは、そういうものに心を奪われて一番大切なお釈迦さまの教えを見失うので、自分の自信や、経験や、檀家さんの数や、お寺が有名だということばかり話すようになります。わかりやすく言うと『ただの自慢話』です。そうすると急にものすごくレベルが下がった中身の無い話になるので、通用しなくなります。人間は、目の前に『通用するもの』と『通用しないもの』が両方あると、必ず『通用するもの』を選びますが、目の前に『ものすごく通用するもの』と『ほとんど通用しないもの』が両方あると、必ず自分から『ほとんど通用しないもの』をワザワザ選びます。具体的には、人間にとって一番大切なものは自分の命ですが、今日も自分の命があることに感謝をする人は誰もいません。二番目に大切なものは『まわりの人の命』ですが、これも誰も感謝しません。人間は食べ物を食べないと必ず飢え死にしますが、今日もご飯が食べられることに感謝をする人は誰もいません。病気で苦しんでいる人は『財産をすべて失ってもいいから健康になりたい』と心から願う人はたくさんいますが、健康な人は健康なことを何とも思いません。年配の人はみんな『若いことは本当にすばらしいことだ』と言いますが、若者は若いことを何とも思いません。そして『地位や名誉』や『高価な物』などの『無くても何も困らない物が無いから不幸だ』と平気で悩んで苦しみます。地位や名誉や高価な物はほんの少しだけ価値がありますが、だから命や食べ物や健康や若さなどの本当に価値のあるものよりも大切にします。人間は、本当は何が大切かをみんな最初からちゃんと知っています。しかし、大切であればあるほど『大切だ』ということをすぐに忘れてしまいます。そして失って初めて『大切だ』と思い出します。お釈迦さまの教えを聞く良さは、大切なものを失う前に『大切だ』と思い出させてくれることです。檀家さんのお葬式をする時はいつも『もっと大切にすれば良かった』と心から思いますが、すぐに忘れてしまいます。しかしお釈迦さまの教えを聞くと『檀家さんが生きているだけで本当にありがたいんだ』と思えます。だからこれからは、毎日お釈迦さまの教えを聞いて、『何が本当に大切か』を思い出し続けていきたいと思いました」という話と、

「仏教を作ったお釈迦さまは、『相手のわかるように伝えれば、必ずわかってもらえるよ。わからない時は、自分の伝え方が悪いからだよ。だから相手のせいにしたらダメだよ』と言いました。自分の気持ちや考えを相手に誤解されることは、よくあります。しかしそれは相手が悪いのではなく、「そういうとらえ方もできる」ということです。学校の国語のテストは生徒にわかってもらおうという考えが何も無いので、問題が何を聞いているのかわかりませんが、自分の言いたいことだけを言って相手にわかりやすく伝えようと思わなければ、国語のテストと同じように相手は何を言っているのかわかりません。だから私は、誰に対しても自分の気持ちや考えを伝える時は、相手の立場に立って、理解できるようにやさしくわかりやすく伝えていきたいと思いました」という話と、

「仏教では、『嫉妬をすると苦しいだけだから、嫉妬してはダメだ』と教えます。落語家の立川談志は、他の落語家に嫉妬している弟子に、『相手の欠点を攻撃して自分のレベルまで下げることを嫉妬というんだ。本当ならば、相手に並んで、追い抜いていくために行動すればそれで解決するのけれど、人間はなかなかそれができない。嫉妬しているほうが楽だからだ。しかし、そんなことでは状況は何も変わらない。時代が悪いとか、世の中がおかしいと言う前に、どうしてそんなに差がついたのかの原因を調べて行動しなさい』と言いました。自分よりも相手が優秀ならば『悔しい』と思うのは自然な気持ちです。そこで自分を磨いて成長するならば、相手の存在は自分にとってプラスになります。『競争が成長のために必要だ』というのはそういう考えです。しかし、相手を引きずり下ろすことだけをがんばっていると、うまくいっても自分には何もプラスにならないので、満足しません。仏教では『嫉妬をする相手の存在が自分を苦しめるのでは無いよ。嫉妬をする気持ちが自分自身を苦しめるんだよ。だから嫉妬の気持ちを捨てれば、苦しみも無くなるよ』と教えます。だから私は、自分よりも優秀な人を見たら、素直に相手の良さを認めて、それを自分自身に活かして成長していきたいと思いました」という話をしました。


一言:今、「亡くなったので、お葬式をしてください」と檀家さんから電話があった。やっぱり「檀家さんが今日も生きてくれているだけでありがたい」と思った。弘宣寺の檀家さんも、世間の人も、今日も自分が生きていることを、自分のまわりの人が生きていることを感謝したらいいですよ。すごく幸せですよ。今日、亡くなった人がいたら、今日まで生きてくれたことを感謝しましょう。その人が生きていただけで幸せだったんですよ。
「死」にふれると、本当に大切なものを思い出す。


一言:若は、釧路市で一番エッチですが、性欲を解消しないといつ中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをして警察に捕まるかわかりませんが、若は釧路市で一番マジメでもあるんです。お坊さんの仕事をしているときは超マジメですよ。マジメすぎてついて来れないくらいです。だって「お釈迦さまはこう言ってますよ」とか「お釈迦さまレベルのこと」を平気で言うんですよ。「若はすごくエッチだから、お坊さんというマジメな仕事をやっていけるのか」と心配する人がいたら、お坊さんの仕事の時は超マジメなので安心してください。マジメなフリをするのではなくて、本当に心がマジメになるんですよ。だから若は、仕事が終わってエッチなことを考えている時に「エッチな自分は本当に自分らしい」と思います。エッチな部分があるから、そこが息抜きになってなんとかやっていけるんですよ。マジメな部分も、マジメじゃ無い部分も、どちらも大切なんですよ。


一言:「現実」と、「現実を客観的に証明できること」は、まったく違う。「現実」というのは本当のこと。若は本当に自分の借金を返すことで財政再建の実験をして、ほんとうにツラかった。しかし、それを客観的に証明できる証拠が無いのだ。これをわかりやすく言うと、ノーベル賞をもらえるようなすごい発明をしたのに、自分が世界で最初に見つけたんだと客観的に証明できないのと同じだ。世間に、他人に認めてもらうためには、現実をそのまま伝えるだけではダメだ。自分の経験した現実が「事実」だと相手に認めてもらわなければならない。ノーベル賞をもらった科学者はみんな、「その発見を世界で一番最初にしました」と客観的な証拠で証明できた人たちだ。
自分の経験した現実がすべて「事実」として認められるならば、口約束は必ず守られるはずだ。だって本当に約束したんだから。しかし、「何月何日に商品を合計で何十個、30万円で買います」と約束しても、相手がその日に「そんな約束をしたおぼえはない」と言えば、それで終わりだ。裁判でも絶対に勝てない。しかし契約書などの「自分と相手が紙にサインしたもの」を残せば、裁判で必ず勝てる。客観的な証拠になるからだ。
この世の中では、他人に認めてもらうには「現実」だけでは足りない。「現実を客観的に証明できる証拠」を用意しないと、「事実」としは認めてもらえない。自分が一生懸命にがんばったことを「本当にがんばったの?」と言われて、努力を何も認めてもらえない経験をした人はたくさんいるだろう。相手が悪いのではない。がんばった現実を証明する客観的な証拠が無かったからだ。だからみんなも、自分の経験した現実を相手に認めてほしかったら、客観的な証拠を用意しなさい。例えば、残業がキツイ会社に勤めている人は、毎日必ず手帳に仕事が終わって会社から出た時間をボールペンで書きなさい。もしも過労で倒れたら、それが裁判で客観的な証拠として認められるよ。「だいたい毎日、こんな時間に帰ってました」と言葉だけで言うよりも、説得力があるよ。

一言:若の財政再建の実験の話(借金を返す後半の話)は、今日は疲れたので、明日に書きます。
2013/10/12
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後6:50。
お参り 6件(住職 1件:他のお寺の報恩講 1件) (若 5件:月参り 5件。午前10:39出発済。午後1:25終了済。午後4:55出発済。午後5:44終了済。午前9:40出発予定。午後2:00終了予定。午後4:45出発予定。午後5:50終了予定)


今日の若の予定

午前9:19 起床(5時予定)


午前9:19開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。携帯をマナーモードにする(済)。
10:15開始済 お参り出発の準備
10:39出発済 お参り出発
午後1:25終了済 お参り終了
1:34開始済 昼食
2:47開始済 銀行(13分遅刻)
3:33開始済 夕食
4:50開始済 お参り出発の準備(17分遅刻)
4:55出発済 お参り出発
5:44終了済 お参り終了
5:54開始済 お参りの反省(済)
6:35開始済 弘宣寺全体の日次決算(済)
8:55開始済 会計の反省(済)
9:00開始済 明日の予定を作る(済)
10:00終了済 仕事終了


一言:「若が財政再建の実験をしたというのはウソだ」と言う人がいるが、あまりにつらかったから「中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをしたい」という本当の自分がおさえられなくなったので、警察にも協力してもらって、どこに行っても見張ってもらっていたのさ(市民にも見張ってもらっていました)。そして借金を返し終わったから「中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをしたい」という欲求を解消するために札幌のススキノの「19才や20才の女の子に本物の高校の制服を着せてエッチなイタズラをするお店」に行ったのさ。その時に財政再建の実験のストレスがとてつもなくて、ちょっとでも関わってきたら怒りが爆発するような状態だったから、札幌市民に「若に関わって来ないでね」と頼んで、札幌の警察にも「いつ若が暴れだしてもいいように、24時間ずっと若を見張っていてね」とお願いしたのさ。で、ススキノのエッチなお店でスッキリして、欲求も、ストレスも解消して釧路市に帰ってきたのさ。札幌市民と、札幌の警察のおかげさ。
だから財政再建の実験がウソだったら、「警察の力を使って遊んだ」ということになるので、若は札幌の警察に呼ばれるよ。警察の力を使って遊んだならば、必ず刑務所に行くからさ。財政再建の実験をしたのは本当だから、警察も調べれば調べるほど「本当だな」と思うだけだから刑務所には行かないけれど、札幌の警察には呼ばれるだろうから、若の評判を落とすには良い方法さ。若が札幌の警察に呼ばれたら若がいなくなったら困る釧路市民がビビるから、ちょっとした騒ぎになるよ。その騒ぎをわざわざ起こしたのが自分だとバレたら、まわりからどう思われるのか考えなさい。若も間違いなく怒るよ。釧路市の中で若の逆鱗に触れたいと思う人は一人もいないよ。警察からも「あの人はなんで若の財政再建の実験をウソだと言うのか」と興味を持たれるよ。
若の財政再建の実験がウソだという客観的な証拠が無いのだから、よく考えてやったほうがいいよ。日本の警察をナメないほうがいいよ。誰が中心になって言っているのか、たぶん警察はわかってるよ。財政再建の実験がウソだったら、警察は若にあっさりとダマされたことになるから、メンツが傷つくよ。ヤクザのメンツを傷つけるよりも、警察のメンツを傷つけたほうが何十倍も恐ろしいよ。警察は治安を守る正義の味方だけど、日本で一番強い暴力団でもあるんだよ。
よく考えてから行動しなさい。


一言:日本の警察が「日本で一番強い暴力団だ」と書いたことの詳しい説明をします。アジアの貧しい国は、警察署長というのはその町の一番の悪者がするそうです。なぜならば、他の悪者にニラミをきかせるから、悪者もおとなしくなるからです。
日本の警察も、悪者に対しては「日本で一番強い暴力団」という部分を見せて、悪者にニラミをきかせているのです。犯罪を減らすために効果があります。
しかし日本の警察は、犯罪をしない一般市民には「やさしい正義の味方」という部分しか見せません。だから一般市民が警察にニラミをきかせられることは無いのです。
しかし(ここからが大切です)、日本の警察官には「治安を守るよりも、メンツを守るほうが大事だ」と思う人がいるのです。しかも警察は、日本で一番「器が小さい集団」です。「そんなことで怒るのか」とビックリするようなことで本気で怒ります。
若は、財政再建の実験をしていたから「中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをしたい」という本当の自分をおさえられなくなったから、「無理かもしれない」と思ったので、警察に「もしも警察に捕まったら、婦人警官を若の手の届く距離に近寄らせないでね」とお願いしたのです。若は、婦人警官も好きなのです。札幌のススキノのエッチなお店には、大人の女性に婦人警官の制服を着せてエッチなイタズラをするお店があって、若はずっと前から何回も行ってました。だから、中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをするぐらいに心に余裕が無い状態ならば、婦人警官が手の届く距離にいたら必ずエッチなイタズラをすると思ったのです。でもそんなことをしたら、ドンドン罪が増えるだけなので「婦人警官を手の届く距離に近寄らせないでね」とお願いしたのです。
で、そのことに警察が本気で怒ったのです。中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをしたいという「やったら絶対に犯罪」のほうには本気で怒らないのに、相手が納得の上ならば犯罪にならない「婦人警官にエッチなイタズラをしたい」という「犯罪にならない可能性もあること」に本気で怒ったのです。若はビビりました。日本でも珍しい、犯罪にならない可能性があることで警察の「日本で一番強い暴力団」としての部分からニラミをきかせられた人なのです。若は、「ヤクザのほうがマシだ」と思いました。
だから若は、「警察のメンツを傷つけたら恐ろしい」と言うのです。
「婦人警官にエッチなイタズラをしたい」というだけで本気で怒る警察なのだから、もしも財政再建の実験がウソだったら、完全に怒るでしょう。警察は日本で一番「器の小さい集団」だから、いつまでも根に持つんですよ。警察は捕まえようと本気で思ったら、いつでも、どんな理由でも捕まえられるんですよ。だから若が警察の力を使って遊ぶなんてありえないんですよ。
で、「若の財政再建の実験がウソだ」とあんまり言われると、「警察は、若にダマされた」と警察に聞こえるので、もしもメンツが傷ついたと思ったら本当に札幌に若を呼ぶ可能性がゼロでは無いのさ。
ということです。


一言:若はよく「中身で判断しなさい。ジックリ考えてウソだと思ったらウソだ」と言うので、「若が財政再建の実験をやったこと」を無条件で信じろとは言いません。中身で判断して、ジックリ考えてウソだと思ったら「ウソだな」と思っても自由です。しかし他人に「絶対にウソだ」と言うならば、客観的にウソだと証明する証拠が必要なのさ。客観的な証拠が無いのに「若の財政再建の実験はウソだ」と決めつけるのは、ただのワガママさ。そして(ここからが大事ですが)、若の財政再建の実験がウソだという客観的な証拠が一つも無いのさ。
もちろん、「本当だった」と証明する客観的な証拠も無いのさ。
だから、若の財政再建の実験を信じられないならば、「私には信じられないね」と言えばいいのさ。そうすると、ウソだと否定していないので、何の問題も無いのさ。
「客観的に否定するためには、客観的な証拠が必要だ」と、よくおぼえておいてね。


一言:自分でジックリ考えて「若の財政再建の実験は本当だと信じられない」と思った人は、褒めてあげる。正しいと証明する客観的な証拠が一つも無いからだ。でも「ウソだ」と客観的に否定する証拠が無いのに決めつけたことは失敗さ。
警察は、若の財政再建の実験がウソだという証拠を探しているよ。ウソだったら「警察の力で遊んだ」として、若は犯罪者になって刑務所に行くからね。でも、警察も客観的に否定する証拠を一つも見つけられないのさ。見つけていたら、とっくに若は捕まっているから。
警察という捜査のプロでも見つけられないから、客観的にウソだと証明するのは不可能だと若は思うよ。
ちなみに「それならいくらウソだと言われても警察は気にしないのでは」と思うかもしれないけれど、警察には「冷静な警察官」もいれば、「メンツが第一」の警察官もいるのさ。
だから客観的な証拠も無いのに「ウソだ」と言って警察のメンツを傷つけないでね。


一言:「若の財政再建の実験はウソだ」という人がやった良いことは、「正しいと証明する客観的な証拠が一つも無いと教えてくれた」こと。
これはものすごく大切なことで、正しいと客観的な証拠で証明できないことは、無条件で信じないほうがいいよ。
ただ、ウソだと客観的に否定する証拠が一つも無いことは、ウソだと決めつけないほうがいいよ。
正しいと信じる時も、ウソだと否定する時も、客観的に証明する証拠を見つけてから信じたり、否定すると、間違うことは無いよ。ダマされることも無いよ。


若の今日の会計ミス:ありません。


若の会計の改善:準備作業で、24分。1分で終われるので、23分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、13分。10分で終われるので、3分の無駄。
門信徒会会計で、領収証の貼り付けと帳簿入力で、22分。6分で終われるので、16分の無駄。会費の集計で、18分。4分で終われるので、14分の無駄。預金の確認で、18分。8分で終われるので、10分の無駄。現金の計算で、5分。無駄なし。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、3分。1分で終われるので、2分の無駄。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、5分。1分で終われるので、4分の無駄。門信徒会会計全体で、1時間11分。25分で終われるので、46分の無駄。
寺院会計で、お布施の帳簿入力で、11分。1分で終われるので、10分の無駄。預金の確認で、3分。2分で終われるので、1分の無駄。現金の計算で、7分。5分で終われるので、2分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、3分。1分で終われるので、2分の無駄。データーバックアップで、2分。1分で終われるので、1分の無駄。寺院会計全体で、26分。10分で終われるので、16分の無駄。
後片付けで、6分。3分で終われるので、3分の無駄。
今日の会計全体で、2時間20分。49分で終われるので、1時間31分の無駄。
2013/10/11
若のお参りの反省:お参り出発予定時間に、2時間4分遅れて、檀家さんの約束の時間に遅れた。原因は、寝坊したから。その原因は、朝の5時30分頃に寝たから。解決策として、夜10時に寝て、朝5時に起きて、シャワーを浴びて、朝食を食べて、いつでもお参りに行ける状態で朝7時の仕事開始をむかえたい。

今日のお参りの内容は、「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「仏教では、『答えは最初から自分の目の前にある』と教えています。親は子供の気持ちがわからないと悩みますが、『そんな甘い考えは通用しない』と否定していることが子供の本音です。お店の店員は『どうやったら利益の高い商品を売れるか』と悩ますが、お客さんは最初から最後まで『自分のほしい商品を買いたい』としか言いません。人間関係で不満があると『ワガママな人だ、性格の悪い人だ、飲み込みの悪い人だ』と思いますが、最初から『そういう人の相手をするんだ』と思って接したほうがうまくいきます。お坊さんをしていると『檀家さんはみんな自分のために檀家になったんだ』と思いたくなりますが、檀家さんは『仏教だから檀家になりました』としか言いません。目の前の答えを答えと思わずに、『自分の見たいものが見えない』と悩みむのは、欲や、偏見や思い込みや、過去の成功や失敗を引きずることや、思い上がった心が原因です。だから仏教では、『そういうものをすべて捨てれば、目の前のものがあるがままに見ることができる。そうすると目の前の答えを答えだと気づくことができる。答えがハッキリわかれば誰でも必ず正しい判断ができるよ』と教えます。正しい判断ができない時は、自分がダメなのではないか、判断力が無いのではないかと思いますが、そうではなくて、正しい答えがわからないから正しい判断ができないだけで、正しい答えがわかれば誰でも正しい判断ができると仏教では教えます。人間は、都合の悪いものは目の前にあっても『見えない』と思い込んだり、見なかったことにしたり、そこには無いものが『存在する』と思い込んだりするので、正しい判断ができなくなります。落語家の立川談志は、他の落語家に嫉妬(しっと)をしている弟子にこう言いました。「自分が努力や行動をしないで相手の欠点を攻撃して自分のレベルまで下げることを『嫉妬』というんだ。でもそんなことでは状況は何も変わらない。現実は正解なんだ。現実は事実なんだ。そこから、どうしてそうなったのかの原因を考えろ」と弟子に教えました。写真は、そこにあるものはすべて写り、そこに無いものは一つも写らないので、自分の都合に関係無く、目の前の現実がそのまま写るので、写真を見れば誰でも正しい答えがわかるから、誰でも必ず正しい判断がでるので、写真は客観的な証拠として信用されます。あるがままに見るとは、自分の都合に関係無く写真を写すように目の前の現実をそのまま受け止めるということです。だから私は、自分の見たいものを見るのでは無く、目の前の現実を写真を写すようにあるがままに見ていきたいと思いました」という話と、

「仏教を作ったお釈迦さまは、『相手のわかるに伝えれば、必ずわかってもらえるよ。わからない時は、自分の伝え方が悪いからだよ。だから相手のせいにしたらダメだよ』と言いました。自分の気持ちや考えを相手に誤解されることは、よくあります。しかしそれは相手が悪いのではなく、「そういうとらえ方もできる」ということです。学校の国語のテストは生徒にわかってもらおうという考えが何も無いので、、問題が何を聞いているのかわかりませんが、自分の言いたいことだけを言って相手にわかりやすく伝えようと思わなければ、国語のテストと同じように相手は何を言っているのかわかりません。だから私は、誰に対しても自分の気持ちや考えを伝える時は、相手の立場に立って、理解できるようにやさしくわかりやすく伝えていきたいと思いました」という話をしました。


一言:若は「中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをしたい」という欲求がありますが、誤解されないように、やさしくわかりやすく説明します。あくまでも中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをしたいだけなので、小学生以下の女の子は興味が無いので絶対に安全なので、小学生以下の娘がいる親は安心してください。ここでミエをはってもしょうがないので、本当に小学生以下の女の子は安全です。しかし、自分の娘が中学生や高校生になったら若にエッチなイタズラをしたいと思われるので、これからもずっと札幌のススキノの「19才や20才の女の子に本物の制服を着せてエッチなイタズラをするお店」に通い続けて欲求を解消してスッキリすることをがんばります。
それから、若は女の子に無理矢理エッチをするのはイヤなので、そういう性格なので、自分の娘が若に無理矢理エッチをされる心配が無いので、中学生や高校生の娘がいる母親は安心してください。エッチはお互いに楽しんでやらないとイヤなのです。
それから単純に性欲をためるのもよくないので、エッチなDVDをレンタルして性欲を解消することもいつもがんばります。
中学生や高校生の娘がいる母親は、女性だから男性の気持ちがわからないから「本当にススキノのエッチなお店に行って欲求を解消したり、エッチなDVDを借りて性欲を解消したら、娘にエッチなイタズラをしたいという気持ちが無くなるのか」と心配するでしょうが、自分が男性とエッチをした時を思い出してください。男性は精子を出すまでは性欲がものすごい出ますが、精子を出した瞬間に「やるべきことは終わった」と本能的に思うので(性欲というのは精子を女性に出して子供を作るのが目的なので、精子を出した瞬間に本能が「今日の仕事は終了」と思うのです)、いきなり女性に興味が無くなります。女性からすると「精子を出す前まではあれだけ求めてきたのに、なんで精子を出したら急に冷たくなるの」と思うでしょうが、男性にとっては精子を出すという「本能から来る仕事」が終わったので、やるべきことをやって満足しているだけです。だから精子を出した瞬間に、目の前に裸の女性がいても、その女性をさっきまでいっぱい求めていたとしても、もう男性にとっては女性だと思えないので、「ただの一人の人間」にしか見えません。わかりやすく言うと、「株価急落」です。株の値段が真っ逆さまに落ちていくように、男性の女性を求める気持ちは大暴落します。
なので、若は札幌のススキノの19才や20才の女の子に本物の制服を着せてエッチなイタズラをするお店に行って欲求を解消したり、エッチなDVDを借りて性欲を解消したら、中学生や高校生の女の子を見ても「一人の人間」にしか見えません。また欲求や性欲がたまるまでは自分の娘はいつも若に「一人の人間」としか見られません。女性には見えないのです。だから安全なので、釧路市の中学生や高校生の娘がいる母親は、「若はいつも札幌のエッチなお店に行っているのかな、エッチなDVDを借りているのかな」と気にしてください。ばかばかしく聞こえるかもしれませんが、これが一番現実的に自分の娘が若にエッチなイタズラをされないための効果的な方法なのです。
「自分の娘が若にエッチなイタズラをされたら困る」と思う中学生や高校生の娘がいる母親の心配な気持ちは本当に正しいと思います。だから若は、一番効果的で、一番無難なやり方の、「ススキノのエッチなお店に3ヶ月に1回ぐらい行ったて欲求を解消したり、エッチなDVDを借りて性欲を解消する」という方法をやり続けます。若に「あの人は危険だ」と思う母親の気持ちは正しいですよ。そのことを若は絶対に怒ったり、キライになったりしません。釧路市の中学生や高校生の娘がいる母親が毎日安心していられるように、若は一生懸命にススキノのエッチなお店に行ったり、エッチなDVDを借りて、欲求や性欲を解消し続けます。「これでもまだ安心できない」という母親がいたら、若に相談してください。一緒にもっと良い方法を考えましょう。
若からのアドバイスとして、世間体や、見た目のかっこよさにこだわらずに、「現実に一番通用するやり方」を選ぶことが、世の中で通用するために大切です。テレビには政治評論家がよく出ますが、あの人たちは政治家や官僚と同じくらいか、もっと優秀ですが、自分の力では現実には通用しないのです。それがわかっているから自分では決してやろうとしません。だから「評論家なんて、いてもいなくても同じだ。現実には通用しないから、世の中が何も変わらない」と言われるのです。「現実に通用すること」が一番大切です。


一言:若者たちへ。親が「おまえの考えは甘い」と言うのは、「現実に通用しない」と教えてくれているのさ。そのことは正しいよ。
だから自分の気持ちや考えが現実に通用するための方法を自分で見つけなさい。親は自分のやりたいことを否定するのでは無いよ。「現実に通用する人間になってほしい」と思うだけさ。「その方法ならば、現実に通用する」と思ったら、認めてくれるよ。


一言:若は「中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをしたい」と言っているけれど、いちおう釧路市の若者の後ろ盾なのさ。若者を育てようともしてるのさ。だから若に期待する人ほど、「中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをしたいという欲求がある」と言われることにショックを受けていると思うよ。
2013/10/11
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後7:00頃。
お参り 5件(住職 1件:他のお寺の報恩講 1件) (若 4件:月参り 4件。午後12:34出発済。午後2:29終了済。午前10:30出発予定。午後1:45終了予定)


今日の若の予定

午前10:50 起床(5時予定)


午前11:46開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。携帯をマナーモードにする(済)。
11:48開始済 お参り出発の準備
午後12:34出発済 お参り出発
2:29終了済 お参り終了
2:40開始済 休憩
3:05開始済 報恩講のタクシー送迎代の支払い(済)。事務作業(済)。
3:42開始済 お参りの反省(済)
4:59開始済 夕食
6:13開始済 弘宣寺全体の日次決算(14分遅刻)(済)
9:21開始済 会計の反省(済)
9:28開始済 明日の予定を作る(済)
11:21終了済 仕事終了


一言:若は、肩書があるから影響力があるのではないのさ。「どの人について行ったら一番効果があるのか」を選ぶ能力がすごいのさ。仏教では「お釈迦さまの教え」で、経済では「最低でも中国、できるならアジアの発展」について行きたいと思っている。「誰でもそれを選ぶだろう」と思うだろうが、日本の仏教では宗派の本山は親鸞などの宗祖(しゅうそ。その宗派を作った人)が中心でなければ「自分は本部だ」と言えないので、お釈迦さまが出てきたら宗祖も「ただの人」になるので都合が悪いから、お坊さんの修業の時にお釈迦さまから教えずにいきなり宗祖から教える。伝統仏教では、本部に頼っていたらお釈迦さまの教えがどれだけ通用するかわからない。弘宣寺では「住職や、檀家の会がお釈迦さまの教えより上だ」と思う人がいる。北海道では札幌市が断トツのナンバー1だから、札幌市について行けばなんとかなると思う人がたくさんいる。釧路市では「釧路市で一番になれば世の中で一番だ」と思う人がたくさんいる。
だから若は、中心にいるよりも、中心から外れたほうがものすごい影響力を与える。「中心だと言われている人に、若がまったくついて行かないのか」とまわりが思うからだ。だから、中心にいる人や、引っ張っる立場の人は、若のゴキゲンをとるよりも、自分を磨きなさい。そうしたら若は必ず自分について来るよ。
ちなみに若は、8年後の45才で釧路市の第一線から身を引いて、自分より年下の人について行きます。釧路市の中では大きなことだよ。8年後にたくさんの人が若よりも年齢の下の人について行くよ。すぐには通用しなくても、若者の将来性に釧路市の未来をかけるのさ。釧路市の中で「若はこの人について行きます」と言われる人は、若よりも年下の人たちだけだよ。若は釧路市の中で、自分よりも年下の人たちに一番期待しているのさ。若いから、これから成長するための時間が一番あるからさ。日本のサッカーは昔はワールドカップに出られないくらい弱かったけれど、本気で日本のサッカーを強くしようと思った時に一番がんばったのが、日本代表を強くすることよりも、若い人たちを育てることさ。若い人を世界で通用するように育てたから、ワールドカップに出るのは当たり前、ヨーロッパの強いチームのレギュラーになるのは当たり前という今の状態になったのさ。


一言:若は「中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをしたい」という欲求があるから、札幌のススキノの「19才や20才の女の子に本物の制服を着せてエッチなイタズラをするお店」に行ってスッキリしなければならないから、釧路市の中学生や高校生の娘がいる親は心配だろうと思うので、特に母親は同じ女性だから心配だと思うので、若が2ヶ月や3ヶ月に1回、札幌のエッチなお店にちゃんと行ってスッキリしているか確認してね。ススキノのエッチなお店に行ったら必ずこのホームページに書くから、もしも「3ヶ月以上もエッチなお店に行ってないな」と思ったら、「私の娘のためにもススキノのエッチなお店に行ってほしいんだけど」と若に伝えてください。すぐにエッチなお店に行きます。
トラはお腹がいっぱいならば、目の前に獲物が通っても何とも思わないんですよ。若も、ススキノのエッチなお店に行って「中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをしたい」という欲求を解消できたら、目の前に中学生や高校生の女の子がいても何とも思わないよ。
娘にエッチなイタズラをされないために、母親として娘を守るために、若がススキノのエッチなお店に行ってスッキリしているかいつも確認してね。


若の今日の会計ミス:ありません。


若の会計の改善:準備作業で、18分。1分で終われるので、17分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、14分。10分で終われるので、4分の無駄。
門信徒会会計で、領収証の貼り付けと帳簿入力で、10分。4分で終われるので、6分の無駄。会費の集計で、1時間17分。8分で終われるので、1時間9分の無駄。預金の確認で、2分。1分で終われるので、1分の無駄。現金の計算で、12分。5分で終われるので、7分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、4分。1分で終われるので、3分の無駄。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、11分。1分で終われるので、10分の無駄。門信徒会会計全体で、1時間556分。20分で終われるので、1時間36分の無駄。
寺院会計で、領収証の貼り付けと帳簿入力で、8分。4分で終われるので、4分の無駄。お布施の帳簿入力で、6分。1分で終われるので、5分の無駄。預金の確認で、2分。1分で終われるので、1分の無駄。現金の計算で、13分。5分で終われるので、8分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、4分。1分で終われるので、3分の無駄。データーバックアップで、4分。1分で終われるので、3分の無駄。寺院会計全体で、37分。13分で終われるので、24分の無駄。
後片付けで、3分。無駄なし。
今日の会計全体で、3時間8分。47分で終われるので、2時間21分の無駄。


一言:「若が財政再建の実験をした」とか、「中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをしたいという欲求があったけれど、なんとか乗り切った」とか、「釧路市の中学生や高校生の女の子と釧路市民と警察に助けてもらった」とか言うけれど、何を言っているのかわからない人のために詳しくやさしくわかりやすく書きます。
まず、若は去年の10月に釧路のリーダーの競争に参加して、ボロ負けました。リーダーの競争に参加する時には「供託金(きょうたくきん)」として100万円を預けなければなりませんが、若は貯金が無かったので全額を母親(坊守)から借りました。供託金は、ある程度の票を取れば全額が返ってきますが、票が少ないと全額を取られてしまいます。若はボロ負けしたので、全額を没収されました。なので、母親に100万円の借金ができたのでどうやって返そうかと思っていたら、市民が若に「釧路市の
リーダーの競争の時に市民に言った言葉は、受かるためだけの中身の無い言葉か。それとも本当に釧路市の発展を願っての言葉か」という目で見てきたので(落選した時は市民は「この人は釧路市のためにがんばったのか、肩書きのためにがんばったのか」をジッと背中を見てくるので)、若は釧路市のリーダーの競争の時の公約として市民に「国には1000兆円も借金がありますが、消費税の増税を決めたのでもうすぐ本格的な財政再建をするでしょう。そうしたら国からお金がまったくもらえなくなるかもしれないから、その前に釧路市の財政再建を始めて、終わらせます。そのために、本当に本当に必要なものだけ残して、その他の必要なものはすべてカットして借金を返します。市民もすごくたいへんなので、文句は好きなだけ言ってください。私は先頭に立って、その文句をたった一人ですべて受けます。どれだけ文句を言ってもいいですが、借金を返すことはやめません。そうやって釧路市の借金をゼロにします。借金が無くなれば、国からのお金がどれだけ減っても釧路市が潰れることはありません」と言ったので、母親への100万円の借金を返す時に釧路市の財政再建の実験をして、「本当に本当に必要なものだけ残して、その他の必要なものはすべてカットして借金を返す」と市民に言ったことを自分で実験しようと思ったのです。そして借金を返している姿を市民にリアルタイムで見せることで、財政再建の勉強にしてほしい、必要なモノをカットすることしか借金を返す方法が無いんだよと市民に伝えたかったのです。
そして、本当に本当に必要なもの以外はまったくお金を使わずに借金を返して、100円も使うことができない毎日で、お菓子もジュースも本も買えずに、息抜きのためのエッチなDVDも借りられずに、どんどん心に余裕が無くなっていきました。それでも借金を返すたびに「本当に100万円も返せるのか」という不安の気持ちがドンドン減っていくので、心が軽くなるのでがんばって借金を返していきました。そうして去年の11月から借金を返し始めて、今年の3月29日で残りの借金が49万円まで減ったのです。毎月の給料が24万円(この時は)だった若がたった5ヶ月で51万円も返すのはたいへんですが、それでも半分に減ったので、「残りも一気に返そう」と思ってますますやる気が出ました。
しかし、ここからがたいへんだった。ここまではただ「財政再建の実験をしていますよ。釧路市のリーダーの競争の時に市民に言ったことを、今の自分の立場でできる範囲でやっているよ」ということだったので、市民も「そうなのか」と思うだけだったのですが、ここから釧路市民も、釧路市の中学生や高校生も、釧路の警察も巻き込んだ(協力してもらった)、大きな出来事になっていくのです。
長いので続きは明日に。
2013/10/10
開門済:午前8:00頃。閉門済:午後6:00頃。
お参り無し

住職:お寺の中の仕事
若:お寺の中の仕事

その他、午前10時から午後4時。弘宣寺の報恩講(ほうおんこう)。浄土真宗を作った親鸞(しんらん)の法事です。他のお寺のお坊さんが来てくれてお経を唱えて、他のお寺のお坊さんの法話を聞いて、昼食を食べて、午後からまたお経を唱えて、法話を聞いて、午後3時からの祝賀会で飲んだり食べたりします。どなたでもご自由にご参加ください。(参加者:50名。来てくれた方に、手伝ってくれた方に感謝)


今日の若の予定

午前7:30 起床(5時予定)


午前9:55開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。報恩講の準備。
10:00開始済 報恩講
午後4:00終了済 終了。後片付け。
5:41開始済 夕食
7:26開始済 弘宣寺全体の日次決算(45分遅刻)(済)
11:19開始済 会計の反省(済)
11:25開始済 明日の予定を作る(済)
0:23終了済 仕事終了


一言:若の力がもしも弱ったら、釧路市ではすぐに若の代わりに景気を良くすることをがんばるんだよ。そうしないと景気が悪くなるスピードが速くなるよ。
それから、釧路市の財政再建もがんばってね。若が弱ったら先頭に立って市民全員の文句を受けてあげられないから、誰かが先頭に立って文句を受けないと、財政再建をスタートできないよ。
がんばってね。権力争いをしている人たちは、いつでも若の代わりができるように準備していなさい。若が弱ったらすぐに「不景気との闘い」という「釧路市の1軍の試合」が待っているよ(若が弱らなくてもいつでも出番があるけどね)。


一言:権力争いをしている人たちが、「若がもしも弱ったら、若の代わりに不景気との闘いを先頭に立ってがんばりなさい」と言われてビビったとしたら、若者の気持ちがわかるでしょ? 若より年齢が下の人たちは、「8年後の45才で若は釧路市の第一線から身を引いて自分よりも年下の人たちに自分の立場を譲るから、今から自分を磨いて準備していなさい」と、若にハッキリ言われているのさ。これがどれくらいたいへんなことかわかるでしょ? 権力争いをして思い出作りをしていることなんかできないのさ。だって若より年下の人たちは、自分たちが逃げたら釧路市が潰れるのさ。
だから「若者は将来たいへんなんだな」と思ったほうがいいよ。


一言:弘宣寺は、弘宣寺がやるべきことは、最近はけっこう順調なんですよ。今日の報恩講も、スタッフの檀家さんも、お参りの檀家さんも来てくれて、順調に終わりました。
弘宣寺の今の問題は、やるべきことが順調にいっているのに、なんか行き詰まっていることです。弘宣寺がやるべきことで行き詰まっているわけではないので、けっこう深刻な状態です。


一言:今日の報恩講は、檀家さんに手伝ってもらって、行事に来てもらって感謝しています。ありがとうございました。


若の今日の会計ミス:門信徒会会計で、原因不明で現金が2円多かったのですが、仮払金として会計処理をして、会計事務所にどうしたらいいか聞きます。


若の会計の改善:準備作業で、14分。1分で終われるので、13分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、13分。10分で終われるので、3分の無駄。
門信徒会会計で、領収証の貼り付けと帳簿入力で、1時間17分。35分で終われるので、42分の無駄。会費の集計で、55分。7分で終われるので、48分の無駄。預金の確認で、2分。1分で終われるので、1分の無駄。現金の計算で、21分。5分で終われるので、16分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、23分。7分で終われるので、16分の無駄。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、5分。1分で終われるので、4分の無駄。門信徒会会計全体で、3時間3分。56分で終われるので、2時間7分の無駄。
寺院会計で、預金の確認で、2分。1分で終われるので、1分の無駄。現金の計算で、11分。5分で終われるので、6分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、0分。無駄なし。データーバックアップで、2分。1分で終われるので、1分の無駄。寺院会計全体で、15分。7分で終われるので、8分の無駄。
後片付けで、8分。3分で終われるので、5分の無駄。
今日の会計全体で、3時間53分。1時間17分で終われるので、2時間36分の無駄。
2013/10/09
一言:「オレは、女の気持ちがわかるんだ」と自慢する男性を見たら、女性は「バカじゃないのか」と思うでしょうが、若のまわりにも「オレは人間の心がわかるんだ」というアホがたまに出てきて、「若の気持ちが理解できない」と悩みます。女性から見たら、「オレは男だから、女の気持ちはわからないよ」と言うほうが正しいと思うでしょうが、若は自分の作った予定さえも自分で守れず、旅行の時に飛行機やJRの特急さえも乗り遅れるので、自分でさえも自分をコントロールできないのだから、「若のことは誰も思いどおりに動かせないよね」と思うほうが正しいと若は思います。
とりあえず、「オレ様は人間心理がわかる」と思っている人は、相手に何かをしてほしい時は、前もって「これをしてください」とお願いして、「いいよ」と約束してもらってからでないと文句も言う権利が無いとわかってください。
それから相手の気持ちのウラを探ろうとする前に、相手の言うことを正面から受け止めて、本当かどうか自分で確認することが大切です。人間には、マジメな気持ちや、人を助けたい気持ちなどの「すばらしい心」が半分あり、汚い心や醜い心などの「すばらしくない心」も半分あります。その二つ合わせて「本当の自分」です。これは人間ならば、誰でもそうです。だから、すばらしい心の本音は、いつでもどこでもみんなに堂々と話せるので、相手の言うことを正面から受け止めないと、すばらしい心の本音がまったく理解できません。政治家や官僚はウラでコソコソ悪いことばかりしていると思うでしょうが、確かにそういう部分はあると思いますが、それは「すばらしくない心」の部分。もう半分の「すばらしい心」は、国会議員も、官僚も最初はみんな「日本の国を良くするために国会議員になりたい、官僚になりたい」と思うからワザワザそういう道を選ぶので、すばらしい心があると理解しないと、国会議員や官僚の行動は理解できないよ。ちなみに今の日本にとって一番大切なことは「東北の復興」だから、ここにお金も、人も、時間も一番多く使っています。東北の復興は国会議員や官僚の本音で、堂々と国会を通って、堂々とやっています。だから相手の言うことを正面から受け止めて自分で確認しないと、相手のすばらしい心がわからないから、どんなにウラから探っても「すばらしくない心」しかわからないから、相手の半分しか理解できないよ。
ちなみに、普通の人は「すばらしくない心」は絶対にみんなの前で自分から言いませんが、織田信長と、浄土真宗を作った親鸞(しんらん)は、自分から堂々とみんなに言いました。だから二人とも「変人」と言われるのです。変人というのは想像もできないことをする人ではありません。心に思ったことを、特に「すばらしくない心」をそのまま他人に言うだけで「変人」と言われるのです。だから常識のある人というのは、思ったことをそのまま言わない人、自分の心にウソをつく人のことを言います。それが常識だから、自分の心にウソをつかない人を「変人」と呼んで、キラうのです。
2013/10/09
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後6:00頃。
お参り 7件(住職 3件:葬式 1件。月参り 2件) (若 4件:月参り 4件。午後1:56出発済。午後4:28終了済。午前9:20出発予定。午後12:50終了予定)


今日の若の予定

午前11:50 起床(5時予定)


午前11:51開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。携帯をマナーモードにする(済)。
午後12:20開始済 お参り出発の準備
1:56出発済 お参り出発。郵便局(済)。
4:28終了済 お参り終了
4:40開始済 休憩
5:15開始済 お参りの反省(済)
5:54開始済 夕食
7:07開始済 弘宣寺全体の日次決算(13分遅刻)(済)
10:37開始済 会計の反省(済)
10:42開始済 明日の予定を作る(済)
11:43終了済 仕事終了


一言:弘宣寺へ。若の釧路市民への影響力は、「釧路市の景気を良くしたい」、「釧路市の財政再建をしたい」と思う気持ちがあるから。若そのものを支持しているのではなく、その気持ちを支持しているだけだ。だから、弘宣寺で働いているからでは無いから、弘宣寺の影響力では無いよ。
釧路市のリーダーの肩書をもしかしたら持つかもしれないからでも無いよ。そういう人もいるかもしれないけれど、リーダーの肩書が支持の理由ならば、去年の釧路市のリーダーの競争で勝ったほうを支持して、若の相手はしないだろう。肩書が理由ではないから、若を支持するのさ。
だから若が「自分そのものが支持されている」と勘違いをして「オレ様はすごい」とイバりだしたら、一瞬で市民は相手をしなくなるよ。大阪の橋下市長がすごい影響力があるのは、「大阪を改革したいという気持ち」を大阪市民や大阪府民が支持しているからさ。「自分そのものが支持されている」と勘違いして橋下市長がイバりだしたら、誰も相手にしなくなるから、一瞬で影響力が無くなるよ。
だから、「若が弘宣寺で働いてるから」という理由で釧路市民にイバッたら、市民は何を言われているのか理解できないよ。景気を良くすることも、財政再建も、生活に関係無い市民は一人もいないから、若は釧路市民全員と平等につながっているのさ。だから若とつながりのあることは釧路市の中では何も自慢できないよ。みんな平等につながりがあるからさ。それから若は、釧路市の話をする時は「弘宣寺は釧路市の宗教団体の一つだ」としか思わないから。弘宣寺を特別扱いはしないから。他の宗教団体と平等に接します。日本国憲法に「宗教の自由」とあるから、どの宗教でも、無宗教でも、釧路市民の普段の生活にはプラスもマイナスも無いよ。


一言:釧路市の昔の主流派だった人たちへ。「オレたちの仲間に入れないとかわいそうだ」とイバらずに、釧路市民全員と平等に接しなさい。そしてなるべく暖かく接しなさい。自分たちが主流派ではなくなったのは、自分たちがしていることが原因さ。だからいくら若の足を引っ張っても、自分に支持はまわってこないよ。去年の秋の釧路市のリーダーの競争で若に40倍の票で勝った人は、人柄はすごくいいよ。イバらないし、市民全員と平等に接するし、市民に開かれているよ。人柄では40倍の差がついたことに納得するよ。昔の主流派の人たちも見習いなさい。あのように市民に接したら、市民の心も近寄って来るよ。


一言:宗教というのは「自分の宗教だけが正しい。その宗教の中でも自分のグループだけが正しい」と思いたがるのさ。しかもそうい言うと、自分の宗教団体では歓迎されることが多いのさのさ。そうすると「自分たちの宗教以外はすべて間違っている。相手を助けるためにも、力ずくでも良いから自分たちの宗教に変えなければならない」と考えて、人を助けるための宗教が原因で宗教戦争が起きるのさ。もしも「弘宣寺だけが正しいんだ」と思ったら、「弘宣寺の檀家にならないで他のお寺の檀家になったり、他の宗教の信者になったり、無宗教になるのはすべて間違っている」と思うようになって釧路市の中で宗教の争いが起きるよ。だからそれを禁止したのが日本国憲法の「宗教の自由」さ。わかりやすく言うと「私の宗教もすばらしいけれど、他の宗教もすばらしいし、無宗教もすばらしいよ」ということさ。これなら争いが起きないよ。
宗教は「自分の宗教だけが正しい。他は全部間違っている」と自然に思いたくなるから、気をつけてね。


一言:宗教戦争というのは、敵を倒すためにするのでは無いのさ。間違った宗教をしている相手を助けるために力ずくで自分の宗教に変えることさ。だから恐ろしいんだよ。みんなマジメな気持ちで、相手を助けるために、相手を攻撃するのさ。マジメな信者ほど宗教戦争をする可能性があるのさ。これが宗教の恐ろしいところさ。だから、宗教をやる時はいつも冷静な目で自分を見ていないとダメだよ。宗教にハマったら絶対にダメだよ。


若のお参りの反省:お参り出発予定時間に、4時間36分遅れて、檀家さんの約束の時間に遅れた。原因は、寝坊したから。その原因は、夜中の3時30分頃に寝たから。解決策として、夜10時に寝て、朝5時に起きて、シャワーを浴びて、朝食を食べて、いつでもお参りに行ける状態で朝7時の仕事開始をむかえたい。

今日のお参りの内容は、「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「仏教では、『答えは最初から自分の目の前にある』と教えています。親は子供の気持ちがわからないと悩みますが、『そんな甘い考えは通用しない』と否定していることが子供の本音です。お店の店員は『どうやったら利益の高い商品を売れるか』と悩ますが、お客さんは最初から最後まで『自分のほしい商品を買いたい』としか言いません。人間関係で不満があると『ワガママな人だ、性格の悪い人だ、飲み込みの悪い人だ』と思いますが、最初から『そういう人の相手をするんだ』と思って接したほうがうまくいきます。お坊さんをしていると『檀家さんはみんな自分のために檀家になったんだ』と思いたくなりますが、檀家さんは『仏教だから檀家になりました』としか言いません。目の前の答えを答えと思わずに、『自分の見たいものが見えない』と悩みむのは、欲や、偏見や思い込みや、過去の成功や失敗を引きずることや、思い上がった心が原因です。だから仏教では、『そういうものをすべて捨てれば、目の前のものがあるがままに見ることができる。そうすると目の前の答えを答えだと気づくことができる。答えがハッキリわかれば誰でも必ず正しい判断ができるよ』と教えます。正しい判断ができない時は、自分がダメなのではないか、判断力が無いのではないかと思いますが、そうではなくて、正しい答えがわからないから正しい判断ができないだけで、正しい答えがわかれば誰でも正しい判断ができると仏教では教えます。人間は、都合の悪いものは目の前にあっても『見えない』と思い込んだり、見なかったことにしたり、そこには無いものが『存在する』と思い込んだりするので、正しい判断ができなくなります。落語家の立川談志は、他の落語家に嫉妬(しっと)をしている弟子にこう言いました。「自分が努力や行動をしないで相手の欠点を攻撃して自分のレベルまで下げることを『嫉妬』というんだ。でもそんなことでは状況は何も変わらない。現実は正解なんだ。現実は事実なんだ。そこから、どうしてそうなったのかの原因を考えろ」と弟子に教えました。写真は、そこにあるものはすべて写り、そこに無いものは一つも写らないので、自分の都合に関係無く、目の前の現実がそのまま写るので、写真を見れば誰でも正しい答えがわかるから、誰でも必ず正しい判断がでるので、写真は客観的な証拠として信用されます。あるがままに見るとは、自分の都合に関係無く写真を写すように目の前の現実をそのまま受け止めるということです。だから私は、自分の見たいものを見るのでは無く、目の前の現実を写真を写すようにあるがままに見ていきたいと思いました」という話をしました。


一言:釧路市の中では、「弘宣寺の若なんか最近出てきた素人なのに、何をデカイ顔をしているのか」と思う人がいるでしょうが、半分正解で、半分間違いです。釧路市では、権力争いというのは「2軍の試合」です。誰が一番になっても特に市民には関係無い。「不景気との闘い(景気を良くすること)」が釧路市の「1軍の試合」です。釧路市民は何十年も不景気に苦しんできて、ずっと「景気を良くすること」が市民の一番の願いだったから、不景気との闘いは市民全員が興味を持って、その結果が気になります。
で、若は何年も前から「不景気との闘い」をがんばってきたのです。そして「権力争い」には参加したことも無かった。去年に釧路市のリーダーの競争に参加して、はじめて権力争いに参加しました。だから「最近出てきた素人」と思うのは、権力争いの2軍の試合では正しいのですが、不景気との闘いの1軍の試合では何年も前から若はがんばっているので、間違っています。
で、若は8年後の45才で釧路市の第一線から身を引いて、自分より若い人に「不景気との闘い」という「釧路市での1軍の試合」を譲るのです。市民全員の生活に関わることだから、かなりたいへんなことだけど、不景気に鍛えられるからきっと若者も成長してくれると思います。けっして「釧路市の権力争い」という「2軍の試合」を譲るわけでは無いので、そんな簡単なものでは無いから勘違いしないでね。権力争いでは必ず誰かが勝つけれど、釧路市の景気を良くできた人は一人もいません。そのぐらいの難しさです。


一言:弘宣寺の若がすごいのではなく、釧路市の景気を良くすることが市民の何十年の願いなので、たくさんの人がドンドン参加したらいいのさ。具体的に言うと、釧路市の外に通用しないとお金を引っ張ってこれないから、東京と競争すると思うとわかりやすいよ。


若の今日の会計ミス:ありません。


若の会計の改善:準備作業で、25分。1分で終われるので、24分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、22分。11分で終われるので、11分の無駄。
門信徒会会計で、領収証の貼り付けと帳簿入力で、56分。16分で終われるので、40分の無駄。会費の集計で、17分。4分で終われるので、13分の無駄。預金の確認で、4分。1分で終われるので、3分の無駄。現金の計算で、19分。5分で終われるので、14分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、19分。2分で終われるので、17分の無駄。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、10分。1分で終われるので、9分の無駄。門信徒会会計全体で、2時間5分。29分で終われるので、1時間36分の無駄。
寺院会計で、お布施の帳簿入力で、19分。5分で終われるので、14分の無駄。預金の確認で、2分。1分で終われるので、1分の無駄。現金の計算で、8分。5分で終われるので、3分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、4分。1分で終われるので、3分の無駄。データーバックアップで、1分。無駄なし。寺院会計全体で、34分。13分で終われるので、21分の無駄。
後片付けで、4分。3分で終われるので、1分の無駄。
今日の会計全体で、3時間30分。57分で終われるので、2時間33分の無駄。
2013/10/08
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後6:00頃。
お参り 9件(住職 4件:法事 1件。月参り 2件。お通夜 1件) (若 5件:月参り 5件。午後2:11出発済。午後4:13終了済。午前10:00出発予定。午後1:20終了予定)


今日の若の予定

午後12:37 起床(5時予定)


午後1:50開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。携帯をマナーモードにする(済)。
1:51開始済 お参り出発の準備
2:11出発済 お参り出発
4:13終了済 お参り終了
4:25開始済 休憩
4:38開始済 お参りの反省(済)
5:34開始済 夕食
6:46開始済 弘宣寺全体の日次決算(12分遅刻)(済)
10:01開始済 会計の反省(済)
10:08開始済 明日の予定を作る(済)
11:05終了済 仕事終了


一言:イライラしていて心に余裕が無いからうまくいかない人は、自分自身が透明になって、相手が自分を見たら向こう側が透(す)けて見えるような感じを想像してください。そうすると、「自分が、自分が」という「我(が)」が無くなるから、だんだん落ち着いてくるよ。自分に何か言われても、他人が何か言われているにように感じて、客観的に自分を見れるよ。


一言:急に状況が変わると混乱するが、その状況でなければ経験できない良いことが必ずあるので、それを楽しんだらいいよ。


一言:若は、お坊さんとしては仏教を作ったお釈迦さまが師匠で、経済では中国や東京が先生なのさ。だから若に嫉妬(しっと)する人は、若よりもお、お釈迦さまや、中国や、東京に嫉妬してね。


一言:釧路市で一番強いのは、不景気だよ。どんなに「オレ様は強い」とイバッている人も、「どうやって景気を良くするのか」と聞いたら、一言もモノが言えなくなるよ。
その不景気に若は育てられたのさ。「おまえは何もできないんだぞ」と不景気は毎日、若に教えてくれるのさ。


若のお参りの反省:お参り出発予定時間に、4時間11分遅れて、檀家さんの約束の時間に遅れた。原因は、寝坊したから。その原因は、夜中の3時30分頃に寝たから。解決策として、夜10時に寝て、朝5時に起きて、シャワーを浴びて、朝食を食べて、いつでもお参りに行ける状態で朝7時の仕事開始をむかえたい。

今日も、寝坊をして檀家さんの約束の時間に遅れた。毎日ずっとそうだ。釧路市民は、そういう若の背中をずっと見ている。若は、言うことは超一流だが、行動がともなわない。自分の言ったことを自分で行動できないのだ。仕事は、約束を守ることが大切だ。「何月何日までに、この商品を何個、用意してください」、「何月何日午後何時に会いましょう」、「何月何日に商品の代金を支払ってください」など、自分が「そうします」と約束したことをやらなかったら、「あの人は仕事で信用できない」と思われて評価が下がる。約束を守るのは当たり前のことだ。だから、当たり前のことを当たり前にするだけで仕事では信用される。しかし、それがものすごく難しいのだ。若は毎日、檀家さんとの仕事の約束を守れないから、釧路市民は「若は、行動では仕事で通用しないんだな」と思うだろう。だから市民は毎日ずっと若の背中を見ている。一日や二日だけならば無理をしてダマすこともできるが、何年も無理をしてダマし続けることは不可能だ。だから毎日の若の行動が、若に対する市民の評価や期待につながるのだ。だから若は、その人の行動で評価することをすごく正しいと思う。

今日のお参りの内容は、「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「仏教では、『答えは最初から自分の目の前にある』と教えています。親は子供の気持ちがわからないと悩みますが、『そんな甘い考えは通用しない』と否定していることが子供の本音です。お店の店員は『どうやったら利益の高い商品を売れるか』と悩ますが、お客さんは最初から最後まで『自分のほしい商品を買いたい』としか言いません。人間関係で不満があると『ワガママな人だ、性格の悪い人だ、飲み込みの悪い人だ』と思いますが、最初から『そういう人の相手をするんだ』と思って接したほうがうまくいきます。お坊さんをしていると『檀家さんはみんな自分のために檀家になったんだ』と思いたくなりますが、檀家さんは『仏教だから檀家になりました』としか言いません。目の前の答えを答えと思わずに、『自分の見たいものが見えない』と悩みむのは、欲や、偏見や思い込みや、過去の成功や失敗を引きずることや、思い上がった心が原因です。だから仏教では、『そういうものをすべて捨てれば、目の前のものがあるがままに見ることができる。そうすると目の前の答えを答えだと気づくことができる。答えがハッキリわかれば誰でも必ず正しい判断ができるよ』と教えます。正しい判断ができない時は、自分がダメなのではないか、判断力が無いのではないかと思いますが、そうではなくて、正しい答えがわからないから正しい判断ができないだけで、正しい答えがわかれば誰でも正しい判断ができると仏教では教えます。人間は、都合の悪いものは目の前にあっても『見えない』と思い込んだり、見なかったことにしたり、そこには無いものが『存在する』と思い込んだりするので、正しい判断ができなくなります。落語家の立川談志は、他の落語家に嫉妬(しっと)をしている弟子にこう言いました。「自分が努力や行動をしないで相手の欠点を攻撃して自分のレベルまで下げることを『嫉妬』というんだ。でもそんなことでは状況は何も変わらない。現実は正解なんだ。現実は事実なんだ。そこから、どうしてそうなったのかの原因を考えろ」と弟子に教えました。写真は、そこにあるものはすべて写り、そこに無いものは一つも写らないので、自分の都合に関係無く、目の前の現実がそのまま写るので、写真を見れば誰でも正しい答えがわかるから、誰でも必ず正しい判断がでるので、写真は客観的な証拠として信用されます。あるがままに見るとは、自分の都合に関係無く写真を写すように目の前の現実をそのまま受け止めるということです。だから私は、自分の見たいものを見るのでは無く、目の前の現実を写真を写すようにあるがままに見ていきたいと思いました」という話と、

「仏教では、『嫉妬をすると苦しいだけだから、嫉妬してはダメだ』と教えます。落語家の立川談志は、他の落語家に嫉妬している弟子に、『相手の欠点を攻撃して自分のレベルまで下げることを嫉妬というんだ。本当ならば、相手に並んで、追い抜いていくために行動すればそれで解決するのけれど、人間はなかなかそれができない。嫉妬しているほうが楽だからだ。でもそんなことでは状況は何も変わらない。時代が悪いとか、世の中がおかしいと言う前に、どうしてそんなに差がついたのかの原因を調べて行動しなさい』と言いました。自分よりも相手が優秀ならば『悔しい』と思うのは自然な気持ちです。そこで自分を磨いて成長するならば、相手の存在は自分にとってプラスになります。『競争が成長のために必要だ』というのはそういう考えです。しかし、相手を引きずり下ろすことだけをがんばっていると、うまくいっても自分には何もプラスにならないので、満足しません。仏教では『嫉妬をする相手の存在が自分を苦しめるのでは無いよ。嫉妬をする気持ちが自分自身を苦しめるんだよ。だから嫉妬の気持ちを捨てれば、苦しみも無くなるよ』と教えます。だから私は、自分よりも優秀な人を見たら、素直に相手の良さを認めて、それを自分自身に活かして成長していきたいと思いました」という話をしました。


一言:釧路市の権力争いとは、「不景気に向かって行く自信の無い人の中で誰が一番強いか」という、強いのか弱いのかわからない争いです。だいたい「オレ様は強い」と言う人が本当に強かったらとっくに好景気なので、「強い」とイバッている人が弱くても、市民は誰も驚かない。
自分の強さに自信のある人は、自分から不景気に向かって行って釧路市を好景気にしましょう。釧路市を好景気にできたら、日本中どこに行っても通用するよ。
ちなみに若は、「景気を良くできなくてすいません」という立場です。


若の今日の会計ミス:ありません。


若の会計の改善:準備作業で、38分。1分で終われるので、37分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、26分。10分で終われるので、16分の無駄。
門信徒会会計で、領収証の貼り付けと帳簿入力で、1時間7分。22分で終われるので、45分の無駄。会費の集計で、8分。4分で終われるので、4分の無駄。預金の確認で、2分。1分で終われるので、1分の無駄。現金の計算で、5分。無駄なし。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、7分。2分で終われるので、5分の無駄。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、9分。1分で終われるので、8分の無駄。門信徒会会計全体で、1時間38分。35分で終われるので、1時間3分の無駄。
寺院会計で、お布施の帳簿入力で、10分。2分で終われるので、8分の無駄。預金の確認で、2分。1分で終われるので、1分の無駄。現金の計算で、11分。5分で終われるので、6分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、4分。1分で終われるので、3分の無駄。データーバックアップで、2分。1分で終われるので、1分の無駄。寺院会計全体で、29分。10分で終われるので、19分の無駄。
後片付けで、4分。3分で終われるので、1分の無駄。
今日の会計全体で、3時間15分。59分で終われるので、2時間16分の無駄。


一言:自分でも忘れていたけれど、若はものすごく器が小さい。さらに気も短い。だから頭では「自分と違う人も、違うまま受け入れよう」と思っているが、頭よりも心で感じるほうが強くなると、「自分とちょっとでも違う者は全員が敵だ」という器の小ささを発揮する。器の小さい人は、自分とちょっとでも違うと受け入れられないのです。
で、もともと器の小さい若なのだけれど、最近はさらに器が小さくなったので、若のことを「ものすごく器の小さく、ものすごく気の短い人なんだな。最近はさらに器が小さくなったんだな」と思ってね。そう思って接したほうがうまくいくよ。


一言:若は、頭では「若と合わない人も、合わないままでも居心地の良い釧路市や弘宣寺を作りたい」と思っていますが、本当にそう思っているのですが、頭よりも心で感じるほうが強くなると「オレ様と合わないお前が悪いんだ」という正反対の行動になりますが、ダマしているのではなく、器の小さな本当の自分が出てきただけです。なかなか直らないんです。自分と違う人を違うまま受け入れられる心を持つためにどうしたらいいかわかる人は教えてください。


一言:釧路市以外に住んでいて、釧路市の学校に来たり、釧路市の会社に入って最近に釧路市民になった人は、若のことを知ると「何を調子に乗っているのよ。世の中をナメているのか」と思うでしょうが、たぶんそれは正解だと思うのですが、実際に若に会った時に「おまえ、ナメてんのか。調子に乗っているのか」と自分からケンカを売ると(ケンカを売るような感じになると)、釧路市はどこに行ってもまわりは全部が釧路市民ですが、みんな「私は関係無いです」と自分のまわりから離れると思いますが、別にキラわれているのでは無く、関係無いのに巻き込まれたくないからです。だから、どうしても若に「おまえナメてるのか」と言いたい人は、そういう状況になることをわかった上でやってください。若がもしも市民の立場だったら、弘宣寺の若とは絶対にもめたくありません。やたらと影響力と存在感だけはあるので、理由も無いのにケンカをしても何も良いことが無いからです。だから「私は関係無い」という市民の気持ちも理解してあげてね。だから若は、釧路市民に絶対にイバらないように気をつけているのです。若は、自分が自由でノビノビだから、市民にも自由でノビノビしてほしいと思うので、市民の負担にならないようにがんばります。
2013/10/07
一言:若は「釧路市の景気を良くしたい」と言ってきたから、何年も前から若のことを知っている釧路市民から熱い注目を浴びてきた。そして若が弘宣寺に勤めているから、同時に檀家さんも若のことを知っている市民から熱い注目を浴びてきた。釧路市民にとって景気が良いかどうかは本当に生活に関わるので、注目を浴びるのはしょうがない。だから檀家さんは、市民から若のことを聞かれたり、注目を浴びたりして、若の後援会のような役割を半分やってきた。お寺と関係の無いことで注目を浴びるなんて、釧路市のお寺でも弘宣寺だけだろう。そのことはたいへんだと思うし、他のお寺の檀家だったらすることのない負担だと思う。しかし、このことだけならば問題にはならない。若は昔は選挙とまったく関係無く、政治家でも無かったから。若のことを知っている釧路市民には前から影響力はあったけれど、政治的な権力を持っていなかったから。しかし、釧路市のリーダーの競争に若が出るようになると話は変わる。誰が見ても政治的な権力を持つかもしれないので、日本国憲法の「政治と宗教は分離しなければならない」という部分に引っかかるのだ。もしかしたら檀家さんにとっては、「何年も前から若の後援会のようなことをしてきたのに、そのことに若から一言も文句を言われたことが無いのに、なぜ最近になって急に文句を言うのか」と思う人がいるかもしれませんが、釧路市のリーダーの競争に出るようになって、若そのものが政治的な権力を持つ可能性が出てきたから。ハッキリ言うと、どうせ当選したって肩書きの力は「景気を良くすること」にも、「財政再建」にも役に立たないから、今までと同じように自分で勉強して成長するしか方法は無いのだけれど、いちおう「役には立たないけれど」政治的な権力を持ってしまうので、日本国憲法に違反してしまうのです。
それから、今までは「若を知っている市民の熱い注目」ですんだけれど、実際に釧路市のリーダーの肩書きを持つ可能性が出てくると、権力争いや、権力の持つ魅力の虜になってしまう可能性があります(何度も言いますが、景気を良くすることにも、財政再建にも何の役にも立たない権力ですが)。もう今すでに、弘宣寺の檀家さんの中には権力の虜(とりこ)になっている人がいるように思えます。若が何度も「政治と宗教の分離だから、弘宣寺は関わるな」、「若に後援会を作ったら釧路市から引っ越すぞ」と言っても、やめません。たぶん、権力の虜になって自分を見失っているのだと思います。
というわけで、何年も前から若の後援会のような役割をして、他のお寺の檀家さんでは経験しない「市民の注目を浴びる」という苦労をしてきたので、これからは若の後援会の役割をしたら「権力に関わる苦労」もさらに加わるので、日本国憲法を守ってそういう苦労から解放されるべきだと思います。
弘宣寺の檀家さんは、もしも自分が弘宣寺の檀家で無かったとしても若のことをかまっていたでしょう。だから釧路市民が若から興味を無くすことはたぶん無いので、弘宣寺の檀家さんも若を知っている市民から熱い注目を浴びることは無くなりませんが、「憲法で禁止されているから、弘宣寺は若の後援会になれないんだ」と思って、「若とは政治的なつながりを持てないんです」と言ってください。それが苦労を減らす無難な方法だと思います。
ちなみに若は、45才で釧路市の第一線から身を引くまでは、市民の熱い注目を浴びることから逃れられません。そのことに耐えないと、釧路市の経済を強くすることなんかできないのです。若の肩書きは「ただの一般市民」ですが、半分は政治家のようなものなので(それぐらいの影響力があるので)、いつも市民から注目を浴びることはしょうがないと思っています。たまに「やってられない」と思うこともありますが、それを「しょうがない」と思うことも若の役目です。釧路市民にとっては「何を言っているかわからない」と思う人がいるかもしれませんが、「釧路市のどこに行っても最低一人は自分のことを知っている人がいるような状態から逃れられない」と想像してもらえば理解できると思います。ちなみに、そういう状況になったら恐ろしいと思うかもしれませんが、そういう時は「逆に自分からドンドンオープンにする」と注目が下がって楽になります。だから若は自分の気持ちや考えや「どんな仕事をしているのか」を弘宣寺のホームページに載せて誰でも見れるようにしているのです。自分の気持ちも、本音の、かなり心の深い部分もかなり書いています。こうすると逆に「よく見えるものは、あまり気にならない」という状態になって、楽になるのです(昨日の新聞の朝刊にどんなことが書いてあったかおぼえてないでしょ? 誰でも見れるものは、誰もおぼえていないということがあるのです)。


一言:若は「中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをしたい」という本当の自分があるから、絶対に性欲をためないように、エッチなDVDをレンタルしたり、札幌のススキノの「19才や20才の女の子に本物の高校の制服を着せてエッチなイタズラをするお店」に行かなければなりませんが、1回だけやっても意味が無くて、性欲は自然にたまるから「やり続けること」が必要です。言葉で言うのは簡単ですが、行動がともなわなければ「性欲を解消して中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをしない」ということを現実的に守れないので、「エッチなDVDを借りたい、エッチなお店に行きたいという自分にウットリ」するのではなく、実際に自分で行動をしなければなりません。行動がともなわなければ性欲は無くならないからです。
これと同じことは、マジメなことにも言えて、「釧路市の景気を良くしたい」、「釧路市の財政再建をしたい」というのは、言うだけなら誰でもできますが、行動がともなわなければ何も意味がありません。「景気を良くしたい、財政再建をしたいと言っている自分にウットリ」では、何もしてないのと同じです。
「想像の中でエッチなDVDを借りました、エッチなお店に行きました」と言っても性欲が何も減らないから何の意味も無いように、「想像の中で景気を良くしました、財政再建をしました」と言っても、何の意味も無いのです。
だから、エッチなDVDを借りるのも、エッチなお店に行くのも、景気を良くするのも、財政再建をするのも、「自分は本当に行動しているのか」というのをいつも気にして、言葉だけで終わらないように気をつけます。
ちなみに釧路市民は若が自分の言ったことをちゃんと行動しているかいつも見ています。ススキノにエッチなお店にまったく行かなくなったら、中学生や高校生の娘のいる親や、学校の先生や、警察はだんだん不安になってくるでしょう。ちゃんと行動がともなうと、「しばらくは大丈夫だな」とホッとできます(性欲が無くなるとエッチなことに興味が無くなるから)。
2013/10/07
開門済:午前9:00頃。閉門済:午後7:00頃。
お参り 6件(住職 2件:月参り 2件) (若 4件:月参り 4件。午後12:14出発済。午後2:46終了済。午前8:50出発予定。午後12:35終了予定)


今日の若の予定

午前11:16 起床(5時予定)


午前11:17開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。携帯をマナーモードにする(済)。
11:20開始済 お参り出発の準備
午後12:14出発済 お参り出発
2:46終了済 お参り終了
2:55開始済 休憩
3:05開始済 お参りの反省(済)
3:35開始済 昼食
4:35開始済 夕食
5:54開始済 弘宣寺全体の日次決算(若の19分遅刻)(済)
7:42開始済 会計の反省(済)
7:52開始済 明日の予定を作る
8:05開始済 納骨堂の点検(済)
8:21開始済 明日の予定を作る(済)。報恩講(親鸞の法事)の時の檀家さんのタクシー送迎をタクシー会社に申し込む(済)。
10:00終了済 仕事終了


一言:若は「釧路市の景気を良くしたい」、「釧路市の財政再建をしたい」と言っているが、今まで釧路市の景気を良くしたことが一度も無く、財政再建は始めたことさえ無い。「自分は何も良い結果を出していないんだ」ということをいつも忘れないでいたい。


一言:若は「中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをしたい」というのが本当の自分なので、性欲をためたら中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをする可能性が高いので、エッチなDVDを借りて性欲を解消することや、札幌のススキノの「19才や20才の女の子に本物の高校の制服を着せてエッチなイタズラをするお店」に行って「中学生や高校生の女の子にエッチなイタズラをしたいという欲求そのもの」を法律を守った上で解消したい。性欲はいつも自然にたまっていくので、これをマジメに一生懸命やることが、1回だけではなくてやり続けることが大切だ。もしも若に性欲をためると、中学生や高校生の娘がいる親や、学校の先生や、警察や、若が捕まっていなくなると困る釧路市民がビビるので、言うだけで行動がともなわないのではなく、自分の言ったことをちゃんと行動できるように、一生懸命にエッチなDVDを借りて、ススキノのエッチなお店に通いたい。


若のお参りの反省:お参り出発予定時間に、3時間24分遅れて、檀家さんの約束の時間に遅れた。原因は、寝坊したから。その原因は、夜中の3時30分頃に寝たから。解決策として、夜10時に寝て、朝5時に起きて、シャワーを浴びて、朝食を食べて、いつでもお参りに行ける状態で朝7時の仕事開始をむかえたい。

今日のお参りの内容は、「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「仏教では、『答えは最初から自分の目の前にある』と教えています。親は子供の気持ちがわからないと悩みますが、『そんな甘い考えは通用しない』と否定していることが子供の本音です。お店の店員は『どうやったら利益の高い商品を売れるか』と悩ますが、お客さんは最初から最後まで『自分のほしい商品を買いたい』としか言いません。人間関係で不満があると『ワガママな人だ、性格の悪い人だ、飲み込みの悪い人だ』と思いますが、最初から『そういう人の相手をするんだ』と思って接したほうがうまくいきます。お坊さんをしていると『檀家さんはみんな自分のために檀家になったんだ』と思いたくなりますが、檀家さんは『仏教だから檀家になりました』としか言いません。目の前の答えを答えと思わずに、『自分の見たいものが見えない』と悩みむのは、欲や、偏見や思い込みや、過去の成功や失敗を引きずることや、思い上がった心が原因です。だから仏教では、『そういうものをすべて捨てれば、目の前のものがあるがままに見ることができる。そうすると目の前の答えを答えだと気づくことができる。答えがハッキリわかれば誰でも必ず正しい判断ができるよ』と教えます。正しい判断ができない時は、自分がダメなのではないか、判断力が無いのではないかと思いますが、そうではなくて、正しい答えがわからないから正しい判断ができないだけで、正しい答えがわかれば誰でも正しい判断ができると仏教では教えます。人間は、都合の悪いものは目の前にあっても『見えない』と思い込んだり、見なかったことにしたり、そこには無いものが『存在する』と思い込んだりするので、正しい判断ができなくなります。落語家の立川談志は、他の落語家に嫉妬(しっと)をしている弟子にこう言いました。「自分が努力や行動をしないで相手の欠点を攻撃して自分のレベルまで下げることを『嫉妬』というんだ。でもそんなことでは状況は何も変わらない。現実は正解なんだ。現実は事実なんだ。そこから、どうしてそうなったのかの原因を考えろ」と弟子に教えました。写真は、そこにあるものはすべて写り、そこに無いものは一つも写らないので、自分の都合に関係無く、目の前の現実がそのまま写るので、写真を見れば誰でも正しい答えがわかるから、誰でも必ず正しい判断がでるので、写真は客観的な証拠として信用されます。あるがままに見るとは、自分の都合に関係無く写真を写すように目の前の現実をそのまま受け止めるということです。だから私は、自分の見たいものを見るのでは無く、目の前の現実を写真を写すようにあるがままに見ていきたいと思いました」という話をしました。


一言:たった今、「亡くなったのでお葬式をしてください」と電話がありました。8月、9月と2ヶ月連続でお葬式が無かったら忘れていたけれど、「人は、いつ死ぬかわからないんだな」ということを思い出しました。今日も自分やまわりの人がいきていたら、そのことに感謝しましょう。それだけで幸せなんですよ。今日、もしもまわりの人が亡くなったら、その人が今日まで生きていたことに感謝しましょう。生きていただけでありがたかったんですよ。お葬式のたびに、「本当に大切なものは何か」というのがわかります。


一言:自分のまわりでお葬式があると、マジメじゃ無い人ほど「普段の自分の生活は何だったんだ」と落ち込みますが、深く考えなくていいですよ。人間なんだから、汚い気持ちも、醜い気持ちも、エッチな気持ちも自然に出てきます。ムダにダラダラと毎日を過ごすことも、みんなそうです。そういう自分を否定するのでは無くて、「マジメな時にはマジメにすることが大切だけど、マジメで無くていい時はマジメにならなくてもいいんだ」と思ったほうがいいですよ。人間だから、マジメな時も、マジメじゃ無い時も、両方とも同じだけ大切なのです。もしもマジメじゃ無い時がまったくなかったら、ストレスがたまって倒れますよ。


一言:釧路市民の中には、「弘宣寺の若は世の中に恨(うら)みを持っている」と思う人がいるようだけど、そういう人にも、そのままで平等に接するよ。だから釧路市民として何のマイナスも無いよ。
ちなみに、釧路市の財政再建をしたら借金がゼロになるのでどうやっても夕張市みたいに倒産できないから、釧路市に恨みがあったら「財政再建をするな」と言うよ。そうしたら間違いなく夕張市みたいに潰れるよ。


若の今日の会計ミス:ありません。


若の会計の改善:準備作業で、13分。1分で終われるので、12分の無駄。
永代経会計と寺院諸積立金会計と納骨堂特別会計と諸積立金会計と住職継職法要会計で、20分。10分で終われるので、10分の無駄。
門信徒会会計で、領収証の貼り付けと帳簿入力で、9分。4分で終われるので、5分の無駄。会費の集計で、8分。2分で終われるので、6分の無駄。預金の確認で、2分。1分で終われるので、1分の無駄。現金の計算で、8分。5分で終われるので、3分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、2分。1分で終われるので、1分の無駄。「データーバックアップ」と「書類の整理」で、7分。1分で終われるので、6分の無駄。門信徒会会計全体で、36分。14分で終われるので、22分の無駄。
寺院会計で、お布施の帳簿入力で、20分。6分で終われるので、14分の無駄。預金の確認で、2分。1分で終われるので、1分の無駄。現金の計算で、7分。5分で終われるので、2分の無駄。本日の入金と出金の一覧表と本日の項目別の一覧表の確認で、4分。1分で終われるので、3分の無駄。データーバックアップで、2分。1分で終われるので、1分の無駄。寺院会計全体で、35分。14分で終われるので、21分の無駄。
後片付けで、4分。3分で終われるので、1分の無駄。
今日の会計全体で、1時間48分。42分で終われるので、1時間6分の無駄。
2013/10/06
開門済:午前8:00頃。閉門済:午後6:00頃。
お参り 9件(住職 4件:法事 2件。月参り 2件) (若 5件:月参り 5件。午前10:50出発済。午後1:46終了済。午前10:00出発予定。午後1:30終了予定)


今日の若の予定

午前8:24 起床(5時予定)


午前9:58開始済 仕事開始(7時予定)。檀家でいてくれることに感謝する(済)。携帯をマナーモードにする(済)。
10:00開始済 お参り出発の準備
10:50出発済 お参り出発
午後1:46終了済 お参り終了
1:55開始済 昼食
2:55開始済 夕食
4:45開始済 お参りの反省(50分遅刻)(済)
5:30開始済 弘宣寺全体の日次決算(済)
7:31開始済 会計の反省(済)
7:36開始済 明日の予定を作る
7:47開始済 納骨堂の点検(済)
8:00開始済 明日の予定を作る(済)
8:36終了済 仕事終了


一言:「オレ様はエライ」とイバッている人が仲間に入ってくると、いつも全体の動きが鈍くなる。イバッている人は、イバッているだけだから、中身のレベルが低いからだ。
だからイバッている人は、新しく仲間に入る時は「学ぶ立場」になりなさい。そうしたら全体のレベルもそんなに下がらない。
若は、イバッている人たちが仲間に入ってくるといつも「よく、この程度でイバれたな」と思う。
その度胸を前向きなところで使いなさい。


一言:弘宣寺は、若がもしも釧路市のリーダーの競争に出ても、絶対に関わって来ないでね。憲法の「政治と宗教の分離」に違反するよ。
釧路市のリーダーの競争に勝ってほしいと思わないでね。弘宣寺にまったく関係の無いことです。憲法違反になるし、勝ってほしいと思うと一票でも多くほしくなり、そのうち麻薬のように票がほしくなって、たった一票のために土下座をするようになるよ。
弘宣寺には関係の無いことだけど、票をほしいと思ったらその瞬間に負けさ。票よりも、釧路市の発展を願うかどうかを毎日、市民は若の背中を見ているのさ。
支持は、頭を下げてもらうものでは無い。毎日の行動の結果で、自分の背中について来るものさ。


若のお参りの反省:お参り出発予定時間に、50分遅れた。原因は、寝坊したから。その原因は、夜中の3時30分頃に寝たから。解決策として、夜10時に寝て、朝5時に起きて、シャワーを浴びて、朝食を食べて、いつでもお参りに行ける状態で朝7時の仕事開始をむかえたい。

昨日のお参りに時に思ったのだが、月が変わったので「目の前の現実が答えです」という法話をすでにした檀家さんがいるので、新しい法話を作らなければならないと思った。どんな良い話も2回聞いたら飽きるので、毎月、新しい法話を作らなければならない。たいへんだがそのたびに仏教の勉強になるし、「自分は仏教を何も知らない」と思えるし、「すべてのものはいつも移り変わって、それは誰にも止められない」というお釈迦さまの教えは本当だと思えて、とても勉強になる。

今日のお参りの内容は、「お経」、「法話」。以上。法話の内容は、「仏教では、『答えは最初から自分の目の前にある』と教えています。親は子供の気持ちがわからないと悩みますが、『そんな甘い考えは通用しない』と否定していることが子供の本音